77 クロウの家の事情
「もしそれが本当だったら、私を従者として連れていくように言いにきたんだが」
「はあああ?」
アンリウォルズ先輩の言葉をきいて、私は思わず声が裏返っていた。
「先輩、何考えてるんですか。あんたみたいな人が後輩の従者になるとかありえないでしょ。しかも魔素術科の」
「しかし、私が行けば心強いぞ。大抵のものについては、魔法で吹き飛ばせる」
「嫌です駄目です。連れて行きません」
「しかしだな、一人で行くというのは絶対にやめた方がいい。こんなことは言いたくないが、宴の参加者と従者とが徒党を組んで不意討ちをしてくることもある。その場合、頭数が同じ方がいい」
「えーっと……宴の場に従者は入れないのでは?」
「宴の会場のすぐ外で戦いを仕掛けてくることは可能だ」
もし、宴の課題が参加者の魔法の技量を戦闘で示せ、ということであれば宴の場で戦いになるのは当然のことだから問題にはならない。それを宴が始まる前にやられることがあるとは。
「先輩、もしかして前回出たときに不意討ちされたんですか?」
「私じゃない。私にいろいろと教えてくれた人がやられたそうだ。勿論、従者と一緒になって返り討ちにしたそうだが」
だから、絶対に魔法を使える従者を連れていった方がいい、そうであれば自分以上の人材はいない、と先輩は言う。
私は断固として突っぱね、アンリウォルズ先輩が食い下がり、ということを繰り返していると、クロウの義兄がぽそりと言った。
「アリス・ゼン、こいつはお前が誰か従者を連れていくと言うまで引き下がらないぞ。こいつはお前の魔素術の腕前を気に入っている。そんな魔素術の達人をその若さで死なせるのはこの世界の損失だと思っているんだ」
「世界の損失、ですか?それは大袈裟ですよ。私程度に魔素術を使える人は他にもいますよ」
「いるかもしれないが、絶対的に数は少ないだろう。高原の民にも君ほどに使える者はそうはいないときいたが」
「誰がそんなことを言ったんですか。高原の民のことを碌に知りもしないくせに」
「王宮に繋がる人からだな。まあそれはとにかくとして、私もジェラルドの意見に賛成だ。君は従者を連れていった方がいい。というか、是非連れていってくれ。でないと、クロウが従者を連れていくことに賛成しない」
「は?クロウが、ですか?だって、家の方で従者を選んでるって」
「ああ。クロウも、最初は家が選んだ者を従者として連れて行くつもりだったんだが、君が誰も連れていかないときいてからは、従者を連れていくのはやめると言い出して」
「つまり、私が従者を連れていくことになったら、彼も連れていくだろうと?ちなみに、誰を従者にする予定だったんですか?」
「うちの騎士たちの誰かだ」
「それがまずかったんじゃないのか」
アンリウォルズ先輩が横から言った。
「お前のいつもの態度じゃ、その家の人間が自分の指示をきいてくれるかわからない、と思ったのかもしれないぞ」
「まさかそんな。家の騎士たちは、クロウをとても可愛がっているぞ」
「そんなこと、お前の弟にわかるか?お前の弟は家に寄りつかないと言っていたじゃないか」
「それは……」
三年生二人がぐだぐだ話し始めたのを私はぼんやりときいていたが、不意に思いついた。
「そんな風にクロウのことがわかっているんだったら、アンリウォルズ先輩がクロウの従者としてついて行けばいいじゃないですか」
いいことを思いつきだと私は言ったが、クロウの義兄はすぐさま噛みつくように言ってきた。
「伯爵家の子息が公爵家の子息を、しかも跡取りを従者として連れて行くなんて、あり得ないだろう!」
「だったら、平民が公爵家の跡取りを従者として連れて行くなんてもっとあり得ないですよ」
「それは……、いや私は別にお前がジェラルドを従者として連れて行くことに賛成しているわけじゃないんだが」
確かにそうだ。ただ、誰かを従者として連れていくようにというのは望んでいる。私が従者を連れていかないからクロウも宴に一人で行くことにしたと考えて。
んー、別に私のせいでクロウがそんなことを考え出したわけじゃないと思うんだけどなあ。どちらかというと、アンリウォルズ先輩が言っているのが正しい理解な気がする。つまり、クロウが従者として連れて行っていいと思える相手がいない、と。
とはいえ、クロウの従者って選ぶのが難しい気がする。クロウは魔素術も魔法も使えるから、魔素術師を連れて行くべきなのか魔法使いを連れて行くべきなのかから考えないといけない。
「クロウの魔法の腕前ってどの程度なんですか?優秀な魔法使いであるお母さんに教えてもらったみたいですけど」
「残念ながら、魔法の腕前はそうでもない。あれに魔法の素養があるとわかったのは十歳になる目前で、魔法の修行はそれから始めたからな。そもそもクロウは魔力量がそんなに多くないから、ジェラルドのような大規模な魔法を使うことはできない。……言っておくがクロウが我が家で特に出来が悪いというわけではないぞ。そもそも我が家は大規模魔法を使う家系ではないんだ」
「いや、そんなことは思ってないんですけど。じゃあ、クロウが従者として連れて行くべきなのは、魔法使いということですね。家の人が駄目なら、他の家の人にお願いするとか」
「それも考えたが、それだと収拾がつかん。既に他家から申し出はいろいろきているが、どの家にすればいいか決め手がなくてな。こちらを立てればあちらが立たずとなるし、そうでなくても矢鱈な人間を従者につけるわけにはいかん。クロウの個人的な交友関係の中で誰か適当な者がいれば良いんだが」
そこまで言って、クロウの義兄はしばらく考えた様子で沈黙し、すぐに声を上げた。
「そうだ、フロリゼル・テウル・ガリエス、君はどうだ。今、魔法科に在籍している生徒の中で、君はジェラルドに次ぐ魔法の使い手だ。確か治癒術も使えるのだろう。君なら、クロウの従者につけることの理由をつけられる」
「断ります。俺はあなたの義弟を知らないし、あなたの義弟も俺のことは知らないでしょう。それに、彼は家から押しつけられるのが嫌なのかもしれない」
「しかし」
「あー、先輩、こいつを先輩の義弟につけるのは釣り合いが悪いかもしれないですよ」
ファラーグ先輩が言った。
「先輩の義弟につけるんだったら、アンリウォルズ先輩みたいな大火力の魔法を得意とする人じゃないと。こいつは器用に魔法を使うけど、天変地異までは起こせるほどではないんで。それと、先輩の義弟君、もっと精神的に自立した人間になってもらわないと、俺も親友を従者として宴に送り出すなんてことはしたくないですよ」
「……それはつまり、うちのクロウが弱い、と」
「彼のことをよく知っているわけじゃないけど、噂で伝わってくる彼の様子からすると、精神が強靱という感じはないですよね。少なくともここにいるアリス・ゼンほどには肝が太くない」
どういう意味だ、と私は思ったが、クロウの義兄は、確かにな、と言ってそこで黙った。いやいや、何でそこで納得するんだ。
アンリウォルズ先輩は呵々大笑している。
「それはそうだ。これほど肝が太い奴はいない。他の出席者にしたって、この足下にも及ばないだろう。だから恐らく、彼らの家は、従者に経験豊かな大人をつけてくるんではないかと思う。そういう観点からも、一人で宴に臨むのは無謀だと思うんだ」
「俺が、アリス・ゼンについて行きます」
ガリエス先輩が突然言った。私は驚いて先輩の顔を見た。何でこの人たちにばらしてるんだ。
アンリウォルズ先輩は虚を突かれたような顔をしていたが、すぐに大笑いをしだした。
「なるほど、そういうことか。外向きには誰も連れていかないと言っていたが、実は約束があった、と」
「何で黙っていたんだ」
クロウの義兄が恨めしそうに言うのに対し、アンリウォルズ先輩が説明する。
「それは、ヴィオレット・テウル・レイドールの悋気をかわすためだろう」
「まさか、噂は本当だったのか」
「噂?」
私は思わず訊き返した。が、クロウの義兄はばつが悪そうにしているだけで何も言わなかった。ガリエス先輩は視線を床に落とし、ファラーグ先輩は肩を竦めてみせている。
アンリウォルズ先輩が朗らかに言った。
「なに、ヴィオレットがフロリゼル・テウル・ガリエスに熱烈に恋をしているというだけの話だ」
「おい、そんな風に言うがお前の婚約者候補だろう。いいのか?」
クロウの義兄が慌てた様子で言う。おや、そんな話があるのか、初耳だ。でもそう言えば、従者にアンリウォルズ先輩を連れていけばいい、とレイドール公爵令嬢に提案したとき、そんなことをしたら冗談にならなくなる、と本人は言っていたな。
「とにかくこれで安心できた」
宣言するようにアンリウォルズ先輩が言った。
「ガリエスが同行するのなら、心配はないだろう。なに、案ずるな。ガリエスがアリス・ゼンの従者として同行することは、誰にも言わん。ライオット、お前も約束できるな」
「だがそれだとクロウを説得できなくなる」
「いやー、多分私のことは言い訳に使われただけなんじゃないかと思いますよ」
私の言葉に、クロウの義兄は私を睨みつけながら言った。
「では、お前からあいつを説得してくれ。誰か適切な者を従者として連れていくように、と。でなければ、お前の従者の件をあいつに話す」
えー、何でこうなった。




