75 従者の選定
試練の結果は、翌週の月曜日には届いた。
月曜日、学校が終わって寮に戻るとマリちゃんあての書状が届いていて、マリちゃんは最初それが何かわからず黙って受け取って自室に上がったのだが、部屋で開けてみると王宮からの書状で、中身を見るなり私の部屋にまで見せにきてくれたのだった。
金曜日に試練があって月曜日には届くだなんて、王宮は仕事が速い。
私はマリちゃんが満面の笑みで書状を見るように言ってきたので、良い結果だったのだと疑わずに受け取って読んだ。
書面は二枚。
今後貴族の侍女となることを禁ずる。
王宮の治癒術師見習いとして採用する。
そんなことが書かれたものがそれぞれ一枚ずつ。王宮の治癒術師見習いとして採用する、と書かれたものには、今後の話をするために今週の木曜日に王宮に来るように、とも書かれていた。
「んー……、これは、おめでとう、でいいのかな」
「うん。願ったり叶ったり、だよ」
「いやそうなんだろうけど、でも何でそんな話になってるの。マリちゃんが王宮で治癒術師になりたいって思ってることを向こうが知ってるみたいな感じになってるんだけど」
「だって話したもの。あのとき案内してくれた侍女の人にね。それでこういう話になったんだと思う。あの侍女の人、何とかならないか知り合いに話してみるって言ってくれたから」
マリちゃんはにこにこしていた。
その週の木曜日の午後、マリちゃんは学院を早退して王宮に行った。放課後の課外授業にマリちゃんが来ていないことに気づいたジェニファがマリちゃんのことを訊ねてきたので経緯を話すと、
「それじゃ、マリちゃんは学院を途中でやめるかもしれないのかしらね」
「そうなんだよねえ……。見習いでも給料は出るらしいし、王宮の中に宿舎があってそこに住むこともできるらしいし」
「マリちゃんは何て?」
「何も。……まあ、私が特にその辺りを訊いてないっていうのもあるけど」
マリちゃんが自分で将来を決めようとしているときにそんなことを訊くと、邪魔することになるんじゃないかと思ったからだ。
その日の課外授業では、先週の公爵令嬢の質問の影響からか、従者の役割についての説明があった。先代のレミトリオン侯爵は過去の宴の例とそのときどきの従者の働きぶりを話してくれた。これはとても参考になった。過去の宴の記録は見られる限り見たが、書かれているのは宴の出席者の動きについてのみであり、そのとき従者がどうしていたかなんてことには触れられていなかったのだ。
従者が宴の場の外で待機している場合には、宴の出席者自身が怪我をしたときに治療に当たっていた。宴の会場の外から加勢をすることが許されている場合には、各々が使える魔素術やら魔法を会場の中に流し込むことで助勢していた。
これらの場合はいい。時々宴の会場で行使される術が強大すぎて会場の外にまで天変地異が起きる場合に多少の巻き添えに遭うことはあっても、それは何とかなる。
従者も宴の場に入ることを許された場合には、従者たちは大抵悲惨な目に遭っていた。命の危険がある場なのだから当然の結果なのだけれど、それでも生存率が五割を切り、生き残った者も体や精神に何らかの障害を得てしまっているというのは、なかなかに悲惨なものだと思う。
と、後方の席から話し声が聞こえた。
「こんなことをきいたら、軽い気持ちで誰を従者にするか決められないなあ」
「貴族同士であればそうだろうけど、平民相手であればそんなに気を遣う必要はないのでは」
宴の参加者ではなく、聴講生として講義に参加していた生徒が呟いたのが、割と大きく響いて皆の耳に入った。途端に、先代のレミトリオン侯爵がぎろりとその声がした方を睨む。
「今、聞き捨てならんことを言った者がいるな。立ちなさい」
しばらく誰も立たなかったが、生徒たちの視線はある一人に向いていた。やがてその生徒は肩を萎ませるようにしながら立った。体格のいい、魔法科の二年生だった。
レイドール公爵令嬢などは目を向けるのも価値がないという風につんと鼻を突き出すようにして正面を向いたままだった。宴に参加する生徒のうち、最前列に座る他の二人も同様だった。
ジェニファも鼻の頭に皺を寄せてその上級生からそっぽを向く素振りを見せたので、私は小声でジェニファに訊ねた。
「あの人って何なの?知ってるの?」
「知らないわ。でも何て言うか、記憶する価値もない人だっていうのはわかるわよね」
「一応、この課外授業に出てるってことは、向上心だけはあるんじゃ?」
「そんなの関係ないわよ。野心とか下心があれば参加するでしょ。別にこの講義に参加するのに成績とかの保証は必要ないんだし」
私たちがひそひそ話している間に、先代のレミトリオン侯爵は滔々と問題の上級生に説教をしていた。曰く、人の命を何と心得ているのか、それでも世界を守るために神々と死力を尽くした千本杖の子孫か、と。
ひとしきり説教をした後で、先代のレミトリオン侯爵は不心得者から視線を私たち宴の出席者に移した。
「それで、そなたらは従者をもう決めておるのかな」
レイドール公爵令嬢は目線を下にしつつ言った。
「その……、今、家の方で適当な方を探しているところです」
「なるほど。公爵家であれば、有力な人物を連れてくることができるでしょうな。ライゾール侯爵令息はどうかな」
「家にお願いして探してもらい、既に決めてあります」
「なるほど。それでは、リントリー伯爵令息」
「今、家にお願いして探してもらっているところです」
先代のレミトリオン侯爵の視線はその次の列に移った。ジェニファが小さな声で言う。
「あの、今、家の中で話し合っているところで」
「なるほど。ラウトゥーゾ子爵家は、家格に見合わぬ実力者が揃っていますからな。兄君の顔も広い、そちらの方面で探すのもいいでしょう。……それで、アスラム君はどうするつもりかね」
「私も、家族と話し合っているところです」
クロウが堂々と答える。ここでいう家族っていうのは養子先の家のことなのかな、であればあの面倒くさそうな先輩も話し合いの面子の中に入っているのかな、だとしたらなかなか話は進みそうにないな、と私がぼんやり考えていると、先代のレミトリオン侯爵の視線が私に向いた。
「アリス・ゼン、君はどうするつもりなのかな。魔素術師であれば魔法使いを従者に連れて行くのが望ましいことではあるが、平民の君が貴族を従者になどできようもないだろうしな。それとも、腕の立つ魔素術使いを連れて行くつもりかな。それも良い案ではある。治癒術など、自身が大けがを負っているときに自分にかけるのは難しいだろうからな」
「えっと、私、従者を連れていくつもりはないんで」
私は先代のレミトリオン侯爵の言葉を遮るように言った。マリちゃんがこの場にいたら、行儀が悪い、と顔をしかめるだろうが、そんなのは構っていられない。このじいさんの嫌みったらしい言葉を早々に封じてやらないと気が済まない。
先代のレミトリオン侯爵は私の言葉に衝撃を受けたようで、押し黙ってしまった。教室にいた生徒たちもざわついている。んー、私、何かおかしなこと言ったかな?従者を連れて行くのは必須じゃないんだし、そういう選択をしてもおかしくないでしょ。
気を取り直すように、先代のレミトリオン侯爵は空咳を二回してから私に言った。
「従者は宴の出席者の強力な助けになる。どんな危険があるかわからない宴の場に、従者なしで行くのは自殺行為だぞ」
「でも、先生もおっしゃったじゃないですか。宴の場では、従者にも危険が及ぶって。私は、そんな危険な場所に来てくれって誰かにお願いするのは嫌です。そんなの、申し訳ないですよ」
私はそう言いながら、こっそりとレイドール公爵令嬢の様子を窺った。レイドール公爵令嬢は上半身をよじるようにして私をじっと見ていた。その表情は心なしか軟らかくなったように見えた。
先代のレミトリオン侯爵は口を少しばかりへの字に曲げていたが、やがて何事もなかったように言った。
「あー、話が少し逸れてしまったかな。それでは、今日の課外講義はこれで終わりにする」
先代のレミトリオン伯爵が教室を出ていき、私はやっと息をつけると思った。が、すぐに、私の両隣に座るジェニファとクロウが心配そうに私を見ていることに気づいた。
「何?」
「ううん、あんなこと言って、本気なのかなって」
ジェニファが心配そうに言う。
「本気だよ?第一、誰にするか、決めるのだって大変そうだし。選んで連れていっても、命の危険があるし、そんなのやってらんないって」
「かもしれないが、一応嘘でも誰かを連れていくと言っておいた方が良かったかもしれないぞ」
クロウが思わしげに言った。私は怪訝に思って訊いた。
「どういうこと?」
「従者になって宴の場に行ったというだけで、大変な箔になるんだ。先生は先ほど、平民の君が貴族である魔法使いを従者にすることは難しいだろうと言っていたが、下級貴族であれば、自分を連れて行け、と売り込んでくる者がいてもおかしくはないと思う」
「そんなの全部お断りだよ。相手が貴族だろうが関係ないわ。返り討ちにしてやる」
私が忌々しげに言うのに、ジェニファがくすくすと笑い出した。
「そうね、シホちゃんなら大抵の魔法使い相手に遅れをとることはないわよね」
その笑いはどういう意味かなと思ったが、追及はしなかった。




