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73 八年前の礼

「シホ・アリス・ゼン。こちらは国王陛下である。控えろ」

 私は唖然とした。そりゃそうでしょ、いきなり国王に会うとか、どういうことだっての。

 呆然として突っ立ったままの私に、リーシア先生がやんわりと声をかけてくる。

「アリス・ゼンさん、陛下に謁見したときの作法は教えていますよ。まずはお辞儀を」

 言われて私は我に返り、先生に習った、あの、前世で一度もやったことない形式のお辞儀をした。所謂カーテシーとかいう奴。

 国王は微笑した。

「そうかしこまらんでよい。今日のところは、ごく私的な場だ。そなたにはずっと会って礼を言いたいと思っていたのでな、この場を設けてもらった」

「礼、ですか?」

 私は姿勢を戻すと小首を傾げた。そして穏やかにほほえむ国王の目を見て、誰に似ているのか不意にわかった。第三王女殿下だ。あのひとに似ている。

 国王は穏やかに言った。

「八年前、娘を助けてくれたこと、誠に感謝しておる。そなたとそなたの両親がいなければ、娘はあのとき高原から生きて戻ってくることができなかった。本当はもっと早くに礼を言いたかったのだが、そなたの体調が安定するまではと言われ、そのうちに学校や魔素術の勉強で忙しいと聞かされ、今まで延びてしまった」

 国王はリーシア先生を見た。

「ドライド、そこのものを」 

 国王に言われて、先生は部屋の隅の小さな机に置かれていた小さな盆を両手で掲げるように持ってきた。

「シホ・アリス・ゼン、こちらへ」

 国王の声かけに、私は前に進んだ。国王は細い鎖がついた小さな印籠のようなものを私の首に掛けた。

「それは魔法を使うときにお前さんの力になってくれるだろう」

「え、でも私、魔法を使えないんですけど」

 私が言うと、国王はゆっくりと首を傾げ、

「神使様、いらっしゃっておいでですかな」

 と宙に向けて声を掛けた。すると、私の服のポケットからホリィが飛び出し、私の肩にとまったまま姿を消していたシュルが姿を現す。

 国王はホリィに訊ねた。

「この者に魔法を使えるようにさせる、と神使様は仰っていましたが」

「今、練習中なのよー。神具を使えば何となく魔力を操れるところまでは来ているんだけど、魔法を使えるようにならないといけないっていう意識がこの子に薄くて、なかなか進まないのよねー」

「何と、そういうことでしたか」

 国王は真剣な面もちで私に向き直った。

「そなたは宴に出ることになっているが、宴が危険を伴う場であることは知っているな?」

「はい。過去の記録を調べましたし、ホリィも口を酸っぱくして言うし」

「魔法を使えないと生きて帰ってこれない可能性が高いということも、神使様は仰っていたのではないかな」

「それも聞いています。でも、もともと魔素術を使える者が今回の宴では求められているっていうことで私は参加することになったんですよ。魔法を使えないといけないっていうこととは相反しているように思うんですけど」

「今回の宴では魔素術を使える者が求められていることは事実だ。だが、魔法を使えなくてよいというわけではない」

「……もしかして、私の魔素術科の同級生が宴の出席者に選ばれたのって、魔素術も魔法も使えたからですか」

「先代フェドゥール伯爵の孫のことか。その通りだ」

「魔素術と魔法を両方使える人なら、他にも知っていますよ。うちの学院の生徒じゃないけど」

「今度の宴の出席者は高等学院の一年生から出すように、と神々から言われているのでな」

「じゃあ、その私の知り合いを学院の一年生に編入させるとか」

 国王とその隣に立つアンリウォルズ先輩の姉は呆れたような表情を見せた。

「それはごまかしだろう。条件を満たせば何でもいいというわけではない」

「でも、その人、魔素術も魔法もかなりのレベルですよ」

「であれば、誰かの従者にでもして連れていけばよさそうだな。それは誰だね」

「タロちゃんです。あ、いや、本名はタロスで、家名は知らないんですけど」

「もしかしてそれはラウトゥーゾ子爵家に世話になっている者かね?」

「あ、はい、そうです。あの、ジェニファが、ラウトゥーゾ子爵令嬢が従者として連れていきたいって言っているんですけど」

 国王は頷きながら、

「そうか。しかし、それは認められんだろうな」

「やっぱり従者は同性の方がいいんですか」

「絶対とは言わんが、貴族の参加者が異性の従者を神々の宴に連れて行くなどあり得ないことだろうな」

「えっと……、平民だったら、男性の従者を連れていくのは問題にはならないんですか」

「そうだな。平民なら、異性の従者を連れていっても貴族ほどの醜聞は起きまい」

「相手の、従者として連れて行く人が貴族でも大丈夫なんですか?」

「大丈夫だろうな。もしかして、そなたは従者をとして貴族の令息を連れていこうとしているのか。それは誰かな?」

「ええっと……」

 私が言うのを渋っていると、国王は不思議そうな顔をした。

「おや、そんなに言えない相手なのかね?」

「まあ、ちょっと事情があって、私、表向きは従者を連れていかないことになってるんです」

「しかし実際は連れていく、と?そんなことはできんぞ。宴の会場までは神祇庁が連れていくようになるからな」

「いや、神祇庁は知っていていいんですけど、他の出席者には秘密にしておきたいんです」

「なぜそんなことを?」

「私が従者として連れていこうとしている人に執着している出席者がいて、私がその人を従者にするって知ったら、烈火の如く怒り出して何もかもぶち壊しにしそうで」

「その出席者とは誰のことだね?いや、心配せんでいい、誰の名を言ったとて、そなたに咎めがあることはない」

「そういうことなら。レイドール公爵令嬢です」

「なんと、ヴィオレットか。して、あの娘が従者に望んでいる者とは?」

 私は国王の問いに素直に答えようとした。だが、寸出のところで思いとどまった。国王の右隣に立っているのはガリエス先輩の実の姉だ。叔母の家に養女に行ったというこの人がガリエス先輩とどれほど交流があるのかわからないが、そんな人に、貴女の実の弟が危険な神々の宴に従者として行こうとしているんですよ、なんてことを耳に入れていいのか。

 私が口をつぐんだのを、国王たち三人は不思議そうに見ていたが、やがてリーシア先生が国王に言った。

「陛下、私に発言をお許しいただけますでしょうか」

「構わん。この部屋ではそなたにも自由に発言することを許そう」

「ありがとうございます。アリス・ゼンさん、貴女が従者として宴に連れていこうとしているのは、私の弟のフロリゼルということでよいかしら」

 当の本人にはっきり言われて、ごまかすのはよそうと思い、私は肯定した。国王が興味津々といった様子でリーシア先生を見る。

「フロリゼルというのは、末弟かな?」

「そうです。魔法の腕は良いのですが、いろいろと頼りない子で」

「ヴィオレット自身も腕のいい魔法使いだ、それがそこまで入れ込むというのだから、余程のことだろう。学年が違えば、宴の出席者に選ばれただろうな」

 私は顔をしかめて見せた。確かにガリエス先輩の魔法の腕は素晴らしいが、レイドール公爵令嬢がガリエス先輩に執着しているのはそのせいじゃない。

 国王は私の顔を見て、

「違うのかね?」

「いや、魔法の腕は確かにいいんですけど」

「何か問題が?」

 国王は今度はリーシア先生を見た。リーシア先輩も苦渋の表情をして、

「恐らく、レイドール公爵令嬢は弟の外見に執心していると言いたいのでしょう」

「おや、ガリエス伯爵は上の弟だけではなく末弟も美形なのか。一度会ってみたいものだな。まあそなたの弟ならば機会もあろうか」

 と、アンリウォルズ先輩のお姉さんが囁くように言った。

「陛下、お話中申し訳ありませんが、試練が始まるようです」


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