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72 王宮へ行く

 マリちゃんの申し出に対し、ジェニファは、やっぱりタロちゃんについてきてほしいというのが一番で、それ以外はまだ考えられない、と言った。マリちゃんはとりあえずそれで引き下がり、私は内心安堵した。これは絶対に会長夫妻の耳に入れて、マリちゃんを止めてもらわなければ。

 従者を誰にするかは王宮に直接報告することになっている。そのうちに面接がある筈だから、そのときに私はガリエス先輩を連れていくことを申告し、でもそのことは秘密にしてほしい、と伝えることにした。

 その日はそれで解散。

 翌日はマリちゃんが試験を受けるために王宮に行く日だった。昼食はジェニファも一緒に食堂でとった。

 ジェニファはしきりに、自分もついていけたら良かったのに、と言った。私も少しだけそう思っていたが、マリちゃんは穏やかにほほえんで、

「ありがとう、ジェニファ。私は貴女のその気持ちだけで嬉しいわ」

 そう言うマリちゃんの目尻には少しだけ涙が滲んでいた。やっぱりマリちゃんも不安なのだろう。

 私たちは午後の予鈴がなる前に学院長室に行き、王宮からの使者を待った。学院長は貴族がなることになっていて、現在の学院長も貴族なのだが、穏やかな人で平民を見下すことはなく、今回のマリちゃんの事情に対して同情している様子があった。

「王宮が用意している試練はかなり酷なものであるかもしれませんが、落ち着いて対処してください。王宮は絶対に対処不能な試練を準備はしませんから」

 マリちゃんは、はい、と落ち着いた様子で言った。私はその傍で黙って学院長が「試練」と言ったことが気になっていた。試験、ではないのか?

 王宮から遣わされた馬車には、タロちゃんが乗って待っていた。

「あれ、タロちゃん?」

「お前たちが知っている者が迎えにいった方がいいだろうという陛下の思し召しだ」

 タロちゃんが言う。

 私はタロちゃんの服装をまじまじと見た。なんか、どこかの職場の制服みたいなのを着ている。

「何だ?」

「いや、その格好って何だろうって」

「王宮に入るのに、それなりの服装がいるんだよ」

「ああ、なるほど」

 そう言いながらも、この人は何の仕事してるんだろうなあ、と私は思った。ジェニファの家の使用人みたいなことをしているのかなと思っていたのだが。

 王宮への移動中、私とタロちゃんは差し障りのない会話をしていたが、その間、マリちゃんはずっと黙っていた。両手をぎゅっと組んで膝の上においていたが、その握った手は血の気がなく真っ白になっていた。

 いつしか私もタロちゃんもそんなマリちゃんを見守るだけになっていた。

 王宮は学院からさほど遠くはなく、沈黙の時間もそう長くは続かなかった。王宮の建物の入口には揃いのお仕着せを着た女性が二人と女性の騎士が二人立って私たちを待っていた。私たちを迎えに来たのだという。

「試練の前にリーヌ・フォロさんにはこちらから様々な説明をさせていただきますので、私についてきてください。お連れの方はそちらの者についていってください」

 お仕着せを着た女性のうち、年長の方の女性が言った。

「えっと、私、別な場所に連れていかれるんですか?マリ・リーヌ・フォロさんの付き添いとして来たんですけど」

 まさか途中で別れさせられるとは思わず、私は思わず反論していた。お仕着せを着た女性は淡々と、

「試練に立ち会ってはいただきますが、別な部屋で見ていただくことになります。万が一、試練に介入されては困りますので」

 私はタロちゃんを見た。こんな話きいてないぞ、という思いを言外に込めながら。

 タロスは平板な調子で言う。

「王宮の決定だ。従うしかないだろう」

「あんたはどうすんの。ついてきてくれるの」

「お前がついてきてほしいっていうんなら、ついていってもいいけど」

「……じゃあ、あんたがマリちゃんについていってよ」

 タロちゃんはお仕着せの女性に視線を向けた。女性は、構いません、と言う。何それ。何でタロちゃんはよくて、私は駄目なの。

 私はマリちゃんの手を強く握った。

「マリちゃん、私は試験がある部屋には行けないみたいだけど、ちゃんと見てるからね」

「うん、ありがとう」

 私たちは、王宮に入ってすぐの廊下で別れた。マリちゃんは右へ、私は左へ曲がる。

 私はそれからまた随分と歩き、とある部屋に入るように言われた。扉は、小さいが分厚かった。

 中へ入ると、まず扉の正面に大きな窓があった。そこから見えるのは別の部屋だった。その部屋は壁も床も天井も石でできていて無機質な感じだった。

 一方でこちらの部屋は床はふかふかの絨毯で、壁には絹が張られ、天井には色石でできたモザイク画がある等、上等な内装が施されていた。

 部屋の奥にはもう一つ窓があり、そちらは外に面していた。外から溢れる光を背に、一人の人物が椅子に腰掛けていた。

 それは、老人だった。加齢で背が曲がっているために小柄に見える。上質な衣服を身につけ、青色の天鵞絨でできた短いマントを肩からかけている。

 その穏やかな青い瞳を見たときに、誰かに似ている、と思ったのだが、それが誰かを思い出す暇もなく、その老人の両脇に人の気配があるのに気がついた。気配はあるが、姿はない。

 多分、魔法で姿を消している。どうやって魔法を解除させるか?考えながら私は魔素を指先に纏わせはじめた。すると、私のすぐ前に立っていた案内役の女性が振り返り、魔素術を使った。亀の甲羅だった。術は大きく展開されており、私と老人の間に魔素でできた障壁が隙間なく設置されていた。

 あー、抜かった。王宮は、使用人といえど魔素術をそれなりに使えるということか。

 私は言った。

「別に、そこの人に危害を加えようなんて思ってないんだけど。ただその両脇にいる人に姿を現してほしいだけで」

 が、亀の甲羅を展開している女は無言でこちらを見ている。

 と、部屋の奥の老人が言った。

「申し訳ない、こちらの二人は私の護衛だ。ばれているようだから、姿を現せさせよう。二人とも、魔法を解きなさい」

 老人の言葉に、すぐさま魔法が解かれ、老人の両脇に女性が二人、姿を現した。

 二人とも知っているひとだった。一人は、マナー講師のリーシア先生。今週の火曜日にも会っている。

 そしてもう一人は、宴の出席者を決めるためにアンリウォルズ家の闘技場に転移させられたときに、転移陣を使った女性だった。名前は知らないけれど、後日きいた話ではジェラルド・テウル・アンリウォルズの実姉でファラーグ先輩の義姉ということだった。

 リーシア先生は口元に微笑を浮かべながら私を見ていたが、ファラーグ先輩の義姉はそんなことはなかった。かなり苦々しい表情をしている。

 ファラーグ先輩の義姉さんが口を開いた。

「シホ・アリス・ゼン。こちらは国王陛下である。控えろ」

 告げられた内容に、私は唖然とした。

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