74 試練
「陛下、お話中申し訳ありませんが、試練が始まるようです」
アンリウォルズ先輩のお姉さんが囁くように言った。その言葉に、国王が部屋にある大きな窓に目を向ける。私もそちらを見た。
窓を通じて見える隣の部屋に、マリちゃんが先ほどの侍女に案内されて入ってくるところだった。
侍女の手振りに従い、マリちゃんは部屋の入口に置かれた椅子に座った。侍女がその後ろに立つ。
部屋には別の入口があり、そこが開くと、複数の男性によって一台の担架が運ばれてきた。担架には血塗れの白髪の男性が載せられていた。出血量は明らかに多く、顔色は土気色で虫の息といった様子だ。長い白髪が血とともに頬にへばりついている。
担架はマリちゃんの目の前の床に置かれた。
理解が追いつかずに顔をしかめている私に、国王が言った。
「治癒術であの男を回復させるのがあの娘に与えられた試練だ」
「あれを、ですか。でも、かなり危険な状態に見えますけど」
「それをやれるかどうかを見たいのだ」
「……もし、成功しなかったら、マリちゃんはどうなるんですか」
「どうもならん。呪われた男が一人この世からいなくなるだけだ。あの娘が責められることはない」
「呪われた?」
私は訊き返した。呪いはこの世界では人の業ではあり得ないものだ。神々かそれに準ずる力の持ち主でないと成し得ない。つまり、それを受けている人間というのはかなり厄介な事情持ちということになるのだが、国王はその詳細については説明しなかった。
マリちゃんは、落ち着いている風に見えた。血塗れで死にかけの人を目の前にして、取り乱したりすることはなかった。
マリちゃんは担架の傍にひざまづくと、治癒術を使い始めた。体の組織が再構築されていくのが魔素の動きでわかる。が、途中から少し奇妙な感じが出てき始めた。確かに体は治っている。けれど、男性の体の根源的なところが、治療前と治療後では違っているような感じがした。
かなりの時間が経った後、マリちゃんは何事かを周りの人たちに告げ、立ち上がろうとした。が、膝から崩れ落ちるようになり、立てなかった。傍についていた侍女がその腕をとり、ゆっくりと体勢を元に戻らせる。
その間に、治療を受けていた男性は担架ごとマリちゃんから離された。担架を運んできていた男性のうちの一人がいつの間にか濡れた布を持っていて、それで男性の血塗れの顔を拭く。
白髪だったから年がいっているのかと思いきや、若い男性の顔がそこにはあった。しかも結構な美形。……というか、このパターンって、最近もあったような?
私はリーシア先生を見た。国王もリーシア先生を見ていて、おもむろに話しかけた。
「そなたの縁戚の者に間違いはないかな?」
「高祖父の弟、ルートヴィヒの肖像画そっくりです。彼はその子孫なのでしょうか」
リーシア先生は戸惑った様子である。
「本人は、麗しのユゲリアの叔父であるルートヴィヒ・テウル・ガリエス当人であると言っていたらしいが」
「あり得ません。ルートヴィヒが失踪して八十年近い年月が経っているんです。でも今ここにいる彼は、私や兄と同年代に見えます」
「魔の者の業によるのかもしれん。とにかく、知りたいことはわかった。後は手はずの通りに」
国王の言葉にアンリウォルズ先輩の姉が頷くと、足早に部屋を出ていった。入れ替わりに今度は別の女性騎士が入ってくる。
国王は晴れやかな顔をして私に言った。
「そなたの友の試練はこれで終了した。結果は後日連絡することとなるが、そなたの友はハーヴェロイの侍女になることはないだろう」
「ありがとうございます!」
「いやなに、礼を言われることではない。それから、そなたの精進に期待しておるぞ。神々の宴を無事に生き残れるよう、研鑽を積むように。神使様、どうぞこの者をよろしくお願いします。娘の命の恩人ですのでな」
「そんなの、言われなくてもわかってるわよー」
ホリィが軽い調子で言う。シュルも私の肩の上でクルルと鳴いていた。




