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70 学生たちの密やかな話し合い

 ヴァイオレット・テウル・レイドール公爵令嬢。魔法科の第一位で、宴の参加者で、一年生の中で最も身分が高い生徒だ。

 そこにいるだけで目立つ存在だった。銀色の髪、小さい頭と長い手足を持つ美少女で、紫の瞳が印象的。黙って立っていれば非の打ち所がなく、本人もそれを自覚しているように見えた。

 ただ、ガリエス先輩に想いを寄せていることを隠すことはできておらず、今もこんな風にあからさまに感情を爆発させるとは。

「ヴァイオレット・テウル・レイドール公爵令嬢、落ち着いてください」

 レイドール公爵令嬢の後を追いかけてきたジェニファが声を掛けた。その声に公爵令嬢は我に返ったようで、顔を青ざめさせ、小さな声で、

「あの、ごめんなさい、いきなりこんなことを」

 とジェニファに言った。ジェニファがなだめるように、

「大丈夫ですよ、とりあえずはこの場を離れましょう」

 ジェニファに言われても、レイドール公爵令嬢は立ち去りがたい様子で階段教室の後方を見上げていた。

 そこには、ガリエス先輩がいた。ガリエス先輩はレイドール公爵令嬢を見おろしていたが、その目は冷ややかだった。

「シホちゃん、行こう」

 マリちゃんが静かに近づいてきて私に言った。私は頷き、踵を返して行こうとしたが、ジェニファが声を掛けてきた。

「シホちゃん、待って」

 私は立ち止まり、ジェニファを振り返る。ジェニファはにっこりと笑って言った。

「ガリエス先輩も、少し話し合いましょう?マリちゃんもファラーグ先輩も同席で。それならいいでしょう?」

 マリちゃんとファラーグ先輩はすぐに頷いた。私はそれを見て頷き、最後にガリエス先輩も頷いた。

 話し合いの場所は、ファラーグ先輩がすぐに見当をつけて案内した。魔法部の談話室だ。ファラーグ先輩が他の部員に話をして人払いをし、一番奥まった部屋に皆で入った。

 部屋に入り席に着くと、最初は皆が黙ったままだったが、やがてジェニファが言った。

「さて、従者についての話でしたよね?えっと……私はもう決めてるんですけど。魔素術を使える人です」

「タロちゃん?」

 私が訊くと、ジェニファは頷いた。

「そう。でも、同性がいいって周りには反対されてるの。そういうのってあるのかな?」

 それに答えたのはファラーグ先輩だった。

「あるかもしれないね。怪我したときに従者が手当をすることがあるから、女性の手当は女性がした方がいいということはあるだろう。あとは、体面の問題かな。異性同士で組んで一対一になるなんて、とか。しかも、魔法使いと魔素術師の組み合わせってことは貴族と平民ってことになるし、そこであらぬ噂を流されると、不名誉とまでは言わなくても良い話にはならないよね」

「そっか……。どうしよう。シホちゃんは従者って誰にするとか考えてるの?」

「ん?私、誰も連れていくつもりないよ?」

 私は前から思っていたことを言った。マリちゃんが声を上げる。

「そうなの?」

「うん。だって、過去の例を調べたけれど、神々の宴って結構危険なんだもん。従者は会場の外で待ってるっていうけど、危険なのが本当に会場の中だけなのか疑問だから、そんなところに他の人を連れていけないよ」

「でも、私、シホちゃんの従者になろうと思ってて」

「そうなの?でも、本当に宴って碌でもない感じなんだよね。私も無事で済むかわからないし、そんなのにマリちゃんを連れていって何かあったら私が嫌だわ」

「でも」

 マリちゃんは更に言い募ろうとしたが、ファラーグ先輩が止めに入ってきた。

「あー、まあ魔素術師が魔素術師を連れていっても仕方ないんじゃないかな」

「でも、怪我をしたときに自分で治癒術を使えるかわからないでしょう。だったら、私がついていった方がいいじゃないですか」

「そういう考え方はあるけどさ。でも、魔法使いにだって治癒術は使えるんだし。だから、アリス・ゼンさんは魔法使いの従者を連れていった方がいいんじゃないかな」

 治癒術も魔素術の一種だ。貴族は魔素術を使おうとはしないが、有用だからと治癒術だけは身につける者もいる。ただ問題は、

「でも、治癒術を使える魔法使いなんてほとんどいないじゃないですか」

 マリちゃんの言う通りだった。魔法使いも訓練すれば治癒術も使えるようになるが、それをするくらいなら魔素術師を雇えばいい、と大抵の貴族は考える。

「男性になるけど、治癒術を使える魔法使いはいるよ」

 ファラーグ先輩は軽く言った。そこにレイドール公爵令嬢が噛みつくように言う。

「それはガリエス先輩のことですか」

「あー……」

 困ったようにファラーグ先輩がガリエス先輩を見た。ガリエス先輩が頷く。

「俺は、治癒術を使える。魔法が必要なときにも役に立てる」

 ガリエス先輩が私をまっすぐ見て言うのに、私は戸惑った。

「えっと……?」

「俺は、役に立てると思う。従者として連れていってほしい」

「いやー、でも、私、従者を連れていくつもりはないし。それに、同性の参加者についた方がいいのでは?」

「クロウ・アスラム君の従者なんてどうですか?」

 マリちゃんが横から言った。ファラーグ先輩が軽く顔をしかめる。

「アスラムって、フェドゥール伯爵家の養子だろう?きっとフェドゥール先輩が何か考えているんじゃないかな」

「でも、クロウ君、養子先とうまくいっていないみたいだから。きっと伯爵家から遣わされた人には遠慮してしまって頼れないんじゃないかと思うんです」

「いやでも、それは俺たちがここで話し合うことじゃないでしょ」

 マリちゃんの追撃にファラーグ先輩がたじたじになっている。

 一方でその間にレイドール公爵令嬢がガリエス先輩に迫っていた。

「どうして私の従者にはなってもらえないんですか」

「前にも話したけど、うちは醜聞がつきまとう家だ。公爵家の令嬢が関わっていい家じゃない」

「そんなことは関係ありません!先輩は今在籍している学院生の中で、アンリウォルズ先輩を除けば魔法の腕は一番ではありませんか」

「前から思っていたけれど、貴女の家柄ならば、アンリウォルズ先輩を従者にして連れていけるだろう。魔素術師ではなく魔法使いを、しかも男性を連れていくのなら誰もが納得する人選だ」

「アンリウォルズ先輩はご自身が戦うのなら一番の力がありますけれど、他人を支えるには不向きですわ。それに……あの方を選ぶと、私、のっぴきならない立場に追い込まれてしまうのです」

「だとしても、俺のような家の人間を連れていくよりはずっと筋が通っている」

 ガリエス先輩がきっぱり言うのにレイドール公爵令嬢は歯噛みをしていたが、そこで私を睨みつけた。

「シホ・アリス・ゼンさん、貴女、一人で神々の宴に行くことに間違いはないんですのね?」

「そのつもりですけど」

 何でこっちに飛び火するんだ、と思いながら答えると、ガリエス先輩が思わしげに訊いてきた。

「本気か?もし何かあったとき、誰の助けも得られないということなんだぞ」

「んー、まあ仕方がないですよね。そのときはそのときというか。第一、従者を連れていったところで会場の外に出ないと助けは得られない可能性が高いし」

「宴の形式によっては従者も会場に入れることはある」

「それだと一緒に連れていった人に危険が及ぶかもしれないってことでしょ。さっきも言ったけど、誰かに頼んでそんなところについてきてもらうなんて嫌なんです」

「しかし」

 そのとき、それまで黙って話をきいていたジェニファが訊ねてきた。

「ガリエス先輩は、誰の従者でもいいから宴に行きたいんですか?それとも、シホちゃんの従者として宴に行きたいんですか?」

 ガリエス先輩は固まったようになって答えなかった。レイドール公爵令嬢が不安そうにガリエス先輩を見つめている。

「おいおい、そこで黙るなよ」

 マリちゃんとの議論を切り上げ、ファラーグ先輩が割って入った。

「もういいじゃん、全部喋れば。どうせシホちゃんについていくとなったらそのときには話すって言ってたんだし」

 またちゃんづけで呼ぶのかよ、と私は心の中で突っ込んでいたが、周りの人間はそういうことには触れなかった。マリちゃんが少し眉間に皺を寄せたけど、他の理由があってそういう反応になったのかもしれない。

 確かに、何を「全部話す」んだというのはある。

 ガリエス先輩は黙っていた。ファラーグ先輩が沈黙の理由を追求する。

「本当に、何で黙るんだよ。今更だろ。シホちゃんの従者になりたいっていうところまでは言ったんだしさ」

「ガリエス先輩、教えてください。何か理由があるんですか」

「レイドール公爵令嬢には関係のない話だ」

「それはどういう意味ですか。ラウトゥーゾ子爵令嬢やそこの平民の娘は無関係ではないということですか」

 公爵令嬢が喰ってかかる。

 名指しで言われたジェニファとマリちゃんは顔を見合わせていた。私も二人に視線を向けたが、二人は二人だけで視線を交わすだけである。何で私も混ぜてくれないんだ。……まあ、ガリエス先輩が私についていきたい、と言った段階で、私は当事者でそれ以外は部外者、ということなんだろうけど。

 ガリエス先輩の言葉に、ファラーグ先輩は納得したような反応だった。

「あー、まあそういうことか。確かになあ。これ以上関係者増やすのもなんだし、うん、わかった。申し訳ないですけど、レイドール公爵令嬢、この部屋から退出していただけませんか。フロリゼルが貴女の従者になることはあり得ないので。もしご納得いただけないということでしたら、お家の方に当家から使者を立てて説明に上がります」

「ファラーグ侯爵家には関係のない話でしょう?」

「まあそうなんですけどね。でも、うちの親もガリエス伯爵家の力になるつもりでいて。この程度のことなら、家として行動を起こすくらいの覚悟はあるんですよ」

「おかしいですわ、そんなの。どうして侯爵家が伯爵家のために」

 少し青ざめながら公爵令嬢は言った。ファラーグ先輩は首を小さく振りながら、

「ガリエス家は確かに爵位は伯爵ですけどね、元は長く侯爵家の地位にあって、重要な役目を担ってきたんですよ。公爵家の方がご存じないとは思いませんが」

「それは勿論。でも、今は伯爵家ではないですか」

「それでも我々は動くんです。少なくとも、この国の貴族でガリエス家に感謝していない家はないんですよ。だからこそ、先代があれだけのことを起こしても伯爵家に降爵するだけで済んだ」

 ファラーグ先輩は公爵令嬢をまっすぐ見据えて言う。

「もしかして貴女は、フロリゼルの家がかつては侯爵家でも今は伯爵家だから、公爵家令嬢の自分なら、どんな無理を言っても許されると思っていたんですか?そんなのが認められる筈がないに決まっているでしょう。貴女のご友人のどなたも諫言してはくれなかったんですか?」

 レイドール公爵令嬢は顔を真っ赤にすると、

「お話わかりましたわ、失礼します」

 そう言って部屋を出ていった。

 それを見送って、ガリエス先輩が呟く。

「お前、性格悪いな」

「いやいや、そう思うくらいならお前自身が引導をきっちり渡してやれって話だよ。……まあ、友人云々っていうのは少し意地が悪かったかなとは思うけどね」

 そしてファラーグ先輩は、私たちを見て言った。

「それじゃ、どうしてフロリゼルが従者になって宴に行きたいのか、その話をしようか」


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