69 階段教室でのひとこま
その週も、特に何事もなかった。授業はいつもの通り、火曜日と木曜日には課外授業がある。
火曜日のマナーの課外授業ではまたリーシア先生にこてんぱんにされ、自尊心が折られかけたけど、水曜日の魔素術の授業でそれを完全に取り戻し、平常運転に戻る。
そして木曜日の放課後は宴に向けての課外授業があった。今回から、マリちゃんも参加する、と言った。マリちゃんは王宮の治癒術師を目指しているのだけど、貴族が当たり前に知っていると思われることを、マリちゃんも知っておきたいということだった。
私とマリちゃんは一緒に課外授業がある階段教室に行き、私は前から二列目のいつもの席へ、マリちゃんは最後列の席に座った。カート・ディエールの姿も教室にはあった。幸いマリちゃんとは席が離れていたが、向こうは私が見ているのに気づくと、居心地が悪そうに視線をあらぬ方に向けていた。
白々しい。マリちゃんにあんなことしておいて、何で平然としていられるのか。
そんなことを思ってディエールを睨んでいると、教室の後ろの入口からファラーグ先輩とガリエス先輩が入ってくるのが見えた。二人は私を見て、それからディエールを見て、マリちゃんを見ると、教室の奥の隅の席に座っていたマリちゃんのところまで行き、二言、三言言葉を交わしてからマリちゃんの隣に座った。
多分ディエールからマリちゃんを守ってくれているんだろうな、と私には見当がついたが、他の生徒はそうではなかったらしい。顕著なのは最前列に座っていたヴァイオレット・テウル・レイドール公爵令嬢だった。彼女は険しい表情でマリちゃんたちを見ていた。
これはまずい。
レイドール公爵令嬢はちょくちょくガリエス先輩を気にしている風を見せていた。いつもは高位貴族として皆の範になるような申し分の令嬢なのだけど、玉に瑕というか何というか。
授業が終わったら速やかにマリちゃんを教室から出さないと、と考えているうちに、講師である先代のレミトリオン侯爵が来た。
今回の課外授業は、神々の宴の歴史についての講義だった。宴はこの国だけで行われているわけではなく、高原以外のすべての国や地域で行われていること、どの国においても基本的には魔法使いが参加するものであるが、魔素術の使い手が参加することもあること。宴では参加者が何らかの方法で競うことが多いが、そのルールは神々が定め、神使が伝えてくること。そして、今回はまだ知らされていないこと。
そういったことを、これまでの宴の例を引きながら説明したうえで、先代のレミトリオン侯爵は、
「追って知らせはあるだろう。それまで各々の力を磨いておくように。質問は?」
それに対し、レイドール公爵令嬢が挙手をした。
「宴の参加者は一人付き添いを連れていけるときいているのですが、そのことについてお訊ねしたいのです」
「ああ、従者のことについてですか。どうぞ?」
「宴に参加する当人が魔法使いだったら、従者は魔素術師がいいというのは本当ですか。実はそういう理由で従者を断られ続けていまして」
レイドール公爵令嬢の言葉に、教室の中でひそひそと声が上がる。
「……ほら、ガリエス伯爵家の」
「まだ諦めていなかったのですわね」
私が座る席の二つ後ろに座っていた女子生徒たちの囁きが絶妙な声量で聞こえてきた。公爵令嬢が座っている場所辺りまでならぎりぎり聞こえるが、教壇に立っている講師には聞こえないだろうという声の大きさだ。どうやら公爵令嬢のガリエス先輩への好意は魔法科でよく知られているらしい。そんなにあからさまなのか。
公爵令嬢は怒りでか肩を震わせていたが、振り返って無礼をたしなめるようなことはしなかった。そうすれば自分の方がいろいろ分が悪いということがわかっているからだろう。
講師の先代のレミトリオン侯爵は生徒たちのそんな機微には気づかない様子で、公爵令嬢の質問に答えた。
「従者の役割は、宴に出る者の足りないモノを補うことにある。なので、宴の出席者本人が魔法使いであれば、従者は魔素術師になるのが当然の流れになるでしょうな。公爵令嬢、これで納得いただけましたか」
「……わかりました」
レイドール公爵令嬢は小さい声で答えた。
講義はそれで終了した。
講師が教室を出るとすぐに、私はマリちゃんがいる場所へ行った。早く出よう、と促すために。
マリちゃんは私が近づいてくるのに気づくと明るい表情を見せたが、次にぎょっとしたような表情をした。
「え、何?」
マリちゃんの席にたどり着く少し手前で私は立ち止まり、振り返った。すると、ものすごい形相でレイドール公爵令嬢がこちらに向かってやってきていた。
唖然として私が立ち止まったままでいると、レイドール公爵令嬢は私の数段手前で止まり、目を吊り上げ叫ぶように言った。
「あなたが、ガリエス先輩を従者にするつもりですのね?それで先輩は私の申し出を断っているんですのね?」
私は驚きで固まってしまった。




