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67 こんなお辞儀はしたことがない

 これで、謁見に関する問題はマナーだけになった。六時限目が終わり、マナーの課外授業の場所として指示された魔法科の教室に行くと、ジェニファとクロウがいた。宴の出席者のうち、他の三人は参加しないらしい。まあ、彼らは高位貴族だし、もともと王宮へ出入りするためのマナーはできるのだろう。

 マナーの講師は、不思議な雰囲気の女性だった。髪は白いけど、顔や身のこなしは若かった。

 そういえば、そういう人物に最近会ったぞ、と私は思い出していた。ガリエス先輩のお兄さんだ。あの人も白髪だったけど、まだ若かった。三十代になったばかり、といったところだったか。

 そんなことを思っていると、講師と目が合った。ガリエス先輩と同じ色の瞳をしていた。

 講師は口元に笑みを浮かべながら自己紹介をした。

「初めまして、みなさん。私はリーシア・テウル・ドライドです。普段は王宮で侍女をしています。以前は王妃付きでした。皆さんのマナーの向上のために力を貸せればと思っています。一緒に頑張っていきましょう」

 リーシア講師は、見れば見るほど隊長さんに似ていた。

 あー、この人、多分ガリエス先輩のお姉さんだ。先輩のお姉さんは母方の叔母さんの家に養女に行ったということだったので、名字が違っていてもおかしくない。

 リーシア講師はきっちりと髪を結い上げ、身につけているドレスもシンプルなデザインだが生地はよかった。王宮も含めて大抵の場所で通用しそうだった。

 とはいえ、ただ王宮に行くのではなく、国王に謁見となったらあれではすまないのだろうなあ。

 講師は年明けの謁見の流れについて説明したが、話をきいた限りではシンプルだった。謁見の間に行って、王様が部屋に入ってくるまでじっとしておき、王様が入ってきたらお辞儀をして、話しかけられたら当たり障りのない挨拶を返して王様が退出するのを待つ。王様がいなくなったら、元来た経路を帰る、と。

 今日教わるのは、謁見の間での動き方と王様の前でのお辞儀の仕方。謁見の間でどういうルートを歩くかは頭に入れればいい。が、お辞儀は体に覚えこませないといけない。

 女子がやるべきお辞儀として講師が説明しのは、前世でいうところのカーテシーだ。スカートの裾を摘んで片足を後ろに引く、というやつ。正直、前世も今世も通じて、私はそんなことをやったことはない。バレリーナがやっているのを見たことがあるくらい。

 講師に言われてまずジェニファがカーテシーをした。やりなれている感じだった。講師も褒める。が、細かなところに直しが入っていった。足の引き方、角度、腰の位置、肩を動かすなとかそういう指摘を傍できいていると、いやー無理、絶対無理、という思いしか湧いてこない。

「それでは、次」

 講師の一声で、クロウがお辞儀をする。こちらは簡単。右手を拳にし、それを左胸に当ててお辞儀する。いいなー、私もこっちがいいなー。

 とはいえ、講師の直しがこちらにも入っていた。右手の拳を当てる位置とか、肘の曲げ方とか、背中が少し曲がっているのをまっすぐにするように、とか。顎が少しあがっている、とかまで言い出したのをきいて、細かすぎるだろ!と、自分のことでもないのに私は心の中で文句を言っていた。

「それでは、次はあなた」

 講師の目がこちらに向く。

 私は仕方なく、カーテシーをした。カーテシーをしたつもりだったが、カーテシーもどきとも言えなかったんだろう。講師からはあちこち指摘をされ、直しを入れられた。直され続けてもう足も腰もへろへろになって、一体何が正しい姿勢なのか全くわからなくなった。

「今日はここまでにしましょう」

 私がくたびれ果ててため息をついているのに目をやりながら、講師が宣言した。あーよかった、と私がさらに深い息をついていると、講師が言った。

「シホ・アリス・ゼンさん。来週の講義までに自主練習をしておくように。このままだと恥ずかしくて陛下の御前になんて出られませんよ」

 講師は教室を出て行った。それを見送って、ジェニファが私に話しかけてきた。

「リーシア先生に言われたことを気にしちゃだめだよ。リーシア先生、王妃付きの侍女をやっていたことがあるって言ってたでしょ。だから厳しいんだよ」

「だとしても、お辞儀ができるようになる未来すら見えない……」

「大丈夫だよ、できるようになるって」

「ラウトゥーゾさんは、余裕そうだったな」

 傍にいたクロウが言う。

「そんなことないよ。私は小さい頃から母様に教わってきたけど、習ったのはそれだけで、きちんとした先生に教えてもらう機会なんてなかったから、自分ができているかどうか、自信がなかったんだよ」

「あれだけできりゃいいだろう」

 珍しくクロウが疲労感を滲ませながら言った。

「俺なんか、たったあれだけのお辞儀なのにあれだけもの指摘を受けてさ。でもまあ、課外授業を受けることにしてよかったよ。あにうえから、家で礼儀作法を学ぶ家庭教師をつけるからって言われたけど、家で授業を受けているときに教師からあれだけの注意を受けたら、また小言を言われる」

 クロウのいとこであり義理の兄でもある男の顔が思い浮かんだ。あの男なら、クロウの一挙手一投足に文句を言ってきそうだ。

 とはいえ、

「あんた、実家でマナーの授業受けられるんならそっちでも受けた方がいいんじゃないの」

「だから、あにうえにいろいろ言われるのが嫌なんだって」

「そうは言っても、王宮でやらかしたら、更にいろいろ言われるよ?」

 クロウはぐぬぬと唸ると考え込み始めた。まあ、この男の性格からすると、きっとマナーについての講義を学院とは別に実家で受け始めるだろう。そして、過不足なくマナーを身につけてくるに違いない。

 じゃなくて。

 他人のことを気にしている場合じゃないんだよ。私自身をどうにかしないと。でもどうすればいいんだか。

 私はジェニファと二人で寮に帰った。寮の入口ではマリちゃんが待っていた。

 最初、マリちゃんが私を待っているのを見たときには、なんて心配性な、と思った。きっと私が打ちのめされて帰ってくるに違いないから慰めるために待っているのだろう、と。

 だが、マリちゃんの表情を見て、それは違うとわかった。マリちゃんは青ざめた顔をしていた。

「どうしたの、マリちゃん、何かあった?」

 もしかして、マリちゃんの伯父夫婦が何か言ってきたのか、と思ったのだが。

「あのね……王宮から手紙が来て。王子の付き人の件で、試験を受けてほしいって」

「はあ?だって、その件は断るって言ったのに」

 憤って言う私を遮って、ジェニファが冷静に言った。

「大丈夫よ、兄様が言ってたでしょ。王子の侍女には不適格だって示す機会が与えられるって」

 んー、ちょっと言い回しは違ったような気はするけど、確かにヨハンはそれらしきことを言っていた。

 ジェニファの言葉で落ち着くかと思ったが、マリちゃんはまだ何か気になることがある様子だった。

「どうかしたの?」

「うん。手紙には、誰か同性の付き添いを一人用意するように、って書かれてるんだけど。……ジェニファの知り合いで、誰かお願いできそうな人いないかと思って」

「私の知り合い?」

「そう。王宮だから、貴族の誰かに来てもらった方がいいと思うの。でも今の私に貴族にお願いできる伝手なんてなくて。……例えば、ジェニファのお母様とか、親戚の誰か女性の方とか」

「それって、いつまでに返事をすればいいの?」

「試験は来週らしいから、週明けに教えてもらえれば」

「わかった」

 ジェニファは胸を張って言った。

「家に帰って相談してみる。ただ、母様は忙しくて家にいないことが多いの。だから、もしかしたら母様に相談することも難しいかもしれないけど、少なくとも兄様には相談できるから、安心して」

「ありがとう……!」

 マリちゃんは心底安堵した様子だった。

 まあねえ、今までお世話になっていた伯父夫婦と縁を切るみたいにして出てきてすぐにこれだもの、不安になって当然だわ。

 一方で、安心してていいのだろうか、と私は内心では思っていた。ジェニファの母親に相談できれば最強だろうけど、そうじゃなかった場合の相談相手がヨハンというのがちょっと……。ヨハンのことはよく知らないけど、一風変わった人物を紹介してくるんじゃないかっていう気がする。

 その週も私は碌に魔素術を使わなかった。魔素術の練習を完全に禁じられているだけではないが、普段の生活でもほいほい術を使うなとクラリィ婆ちゃんに言われていたからだ。

「どうしても魔素術を使わないといけない場面で、使うのも大した術じゃなくて、神使様が使っても大丈夫と言うのなら仕方がないがね」 

 そんなのは、授業で魔素術を使うときくらいだった。大した術じゃなかったしホリィとシュルの承諾があったので、そのときは術を使った。遺跡であんなことがあった後、初めて本格的に術を使ったので、術をきちんと制御できるか不安だったが、そこは問題なかった。

 週末に帰ったときにそのことをクラリィ婆ちゃんに報告したが、婆ちゃんはさして感銘を受けたようには見受けられなかった。

 そして日曜日の夕方、私は寮に戻るとすぐに食堂に行った。マリちゃんの王宮行きの付き添いについて、ジェニファが家族に相談した結果をきくために、そこで落ち合うことにしていたのだ。

 私が食堂に行ったとき、既にマリちゃんとジェニファは来ていた。ジェニファは明らかに浮かない表情をしていて、マリちゃんも不安そうにしていた。

 私が来たのを見て、二人とも明らかに安堵した表情になっていたが、それでもジェニファの憂いは残っているように見受けられた。

 私は二人に言った。

「じゃあ、食べようか」

 二人は頷く。

 食事が載ったトレイを受け取り、私たちは他の人から一番話を聞かれにくい壁際の席に着いた。

 食事が始まってしばらく、誰も喋らなかった。いつもマリちゃんかジェニファが話を振ってくるのにと思いながら、私も何も言わずに食べ続けていた。

 食事の途中、マリちゃんがしきりにジェニファに視線を送っているのに気づいた。ジェニファがそれに気づいているのかはわからなかったが、あまりにそういうことが続くので、皆がデザートに移ろうという頃に、私から二人に言った。

「それで、何か話があるの?」

 二人とも、食事の手を止めた。ジェニファがためらう様子を見せ、そしてマリちゃんが言った。

「あのね、私の試験の件で、付き添いの人が誰か必要だって話があったでしょ。それで、ジェニファの知り合いで誰かいないかお願いしてたんだけど」

「覚えてるよ、勿論。ジェニファのお母さんに相談してみようって話だったよね?」

 私はジェニファを見た。ジェニファはため息をつきながら、

「母様とは話ができなかったの。仕事で出かけていて。それで、兄様に相談したんだけど、そしたらシホちゃんについていってもらえばいいって」

「はああああ?」

 私は思わず大きな声を上げてしまった。


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