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62 シホが眠っている間にあったこと(ホリィ視点)

 私はシホが眠りに落ちるのを見届けると、部屋を出た。

 部屋の外、扉の傍にはタロスが立っていた。

「立ち聞き?いい趣味ね」

 私が声を掛けると、タロスは目だけ動かして私をじろりと見てきた。

「立ち聞きも何も、魔法で音が漏れないようにしてたじゃないか」

「そりゃ、あの子が泣き言を言うんじゃないかと思ったから。そんなの、人に聞かれたくはないでしょ」

 実際は、全然別な話になったわけだけど。

「それで、修復作業はどうなったの?」

「終わった。今はラウトゥーゾの一族が来て、話し合いしてる」

「話し合い?」

「今回の件で、ヨハンの次期当主としての適性に疑いがあると。そのことについて話すんだそうな」

 と、家の外で轟音がした。ジェニファが怒鳴る声も聞こえてくる。

「何?」

「言ったろ、今、親戚連中と話し合いをしてるって」

「だって外から聞こえたよ?」

「全員が入る部屋がないし、ここは遺跡の中だし、天気も悪くないから、外で話すことにしたんだよ」

「でも、シホとかマリちゃんとか、外部の人間だっているのに」

「シホは寝てる。マリも部屋にいて、そちらには音が漏れないようフロリゼルが結界を張ってる」

「フロリゼルたちだって外部の人間でしょ」

「連中はそもそも侯爵家と伯爵家だからな、子爵家の連中がどう揉めていても気にしないし、子爵家の方からすると、話をきかないでくれ、とも言えないだろ」

「貴族のそういうところってなんだかなあって思うわ……」

 私の言葉に、タロスは驚いたような表情で私を見た。

「何?」

「いや、シホが言いそうなことを言うんだな、と思って」

「あら、そう?」

 そういうこともあるかもしれない。同じ世界出身、しかも住んでいた国柄的にも、お互い、貴族がどうこうという経験はなかったから。まあ、シホの方はかなり長い間続く国王みたいのが国の象徴として存在した国の出身なので、王への敬意の払い方とかは身についている感じだけど。

 ジェニファの怒鳴り声は続いていた。怒鳴りながら魔法を使っている感じだ。きっと何か嫌なことを言われて、それに反論しているのだろう。反論しながら魔法を使っている、と。

 私たちは窓からそっと外を覗いた。ヨハンとジェニファが、三十人近い男性と僅かの女性と対峙していた。ジェニファはとある初老の男性を罵っていた。エロジジイ気持ち悪い、お前の嫁になんか絶対にならない、孫までいるのにこれまで一緒に暮らしてきた妻を捨てるとかありえない、恥を知れ、等々。言いながら、魔法で雷をあちこちに落としている。

「何、あれ」

「多分、ジェニファに婿をとらせて跡を継がせたい、そしてその婿にはあそこにいる爺さん自身がなる、とか言ったんじゃないか」

「えー、どう見ても年寄りじゃないの。嫁はとうの昔にいるでしょうに」

「当主になれるんだったら今までの嫁は捨てるんだろ。若い嫁がついてくることだし、計算としてはかなりいい」

「あんた、そんなこと言ってて平気なわけ?あの子、あんたにあんなになついてるのに」

「別に。俺はなりゆきでこの家にいるだけの人間だし、この家のことについてどうこう言える立場じゃない」

 そういう意味じゃないんだけどなあ、と私は思ったが、言わなかった。タロスだってそういう意味じゃないとわかっているだろう。それでもそう言わないといけない事情が、この男にはある。

「ところであれ、大丈夫なの?雷が間違って人に当たったりしたら煉獄が動くんじゃ?」

「あの神使がいるから大丈夫とかないのか」

 タロスはヨハンの肩に乗っている木彫りの鳥の人形を顎で示した。今回、シホがこの遺跡の結界を壊し掛け、その手当のために神々が使わした神使だ。本来なら一貴族の練習場の結界が壊れようとも神々が気にすることはないのだが、今回は壊れ方が通常ではなかった。ここの結界だけではなく、この世界そのものにまでダメージを与えてしまっていた。なので、世界を修復することも含めてあの神使、シュルが使わされたのだった。

「あれは空間の修復のために来ただけよ。アンリウォルズの練習場に来てた監視者みたいな権能は持ってないわ」

「そっか……。見た目は似てると思ったのに」

「あんた、あのときの監視者の姿、見れたの?かなり上空にいたのに」

「神祇庁の水鏡に干渉して見た」

 他人の魔法に干渉するなんて、思っていた以上に器用だ。しかもこの男は魔素術まで使える。

「何であんたみたいな人間が今まで宴に出なかったのかしらね。あんた自身が選ばれなくても、従者として参加するとか」

 従者、というのは、宴の出席者につくサポーターのような役目の者だ。いつも宴では連れて行くことは可能となっている。尤も、参加者同士の魔法対決が宴の演目となる場合は、できることはほぼない。せいぜい、対決が終わったときに、出席者の怪我の手当をする、といったことくらいか。それについても宴から退席してしまえば王宮が用意した専門のスタッフがやってくれるのだが。

「さあな。今までの宴のときには俺は平原に降りてきていなかったし。……そういえば、シホは従者をどうするつもりなんだ?」

「どうかしらねえ。あの子、従者を連れて行くとか、頭にないかもね」

「じゃあ、俺が手を挙げたら連れて行ってくれるのかな」

 そう言って横から話に入ってきたのは、廊下を歩いてやってきたレイ・テウル・ファラーグだった。

「あら、あんた、フロリゼルと一緒にいるんじゃなかったの?」

「暇でちょっと散歩しようかなって」

「そう」

「それで、アリス・ゼンの従者の話ですけど」

 魔法で盗み聞きでもしていたのか。耳がいいのね、と少し嫌みっぽく言ってみたが、ファラーグは意に介さず、

「ちょっと根回しっていうか、耳に入れておきたいことがあって。アリス・ゼンの従者だけど、リーヌ・フォロがついていく気でいますよ」

「ああ、なるほどね。何となくそんな気がしてたわ」

「うん。俺に、口添えしてほしいって頼んできました。しっかりしてますね、あの子」

「知ってるわよ、そんなこと。で、根回しってのはそのこと?」

「いや、そうじゃなくて、俺の本丸はフロリゼルのことで。あいつ、従者になってくれってしつこく頼んでくる相手がいて、相手の家格のせいで断るのに苦労してるんです。あいつ自身はアリス・ゼンの従者になりたいと思っていて」

「え、何で?」

 私は驚いてファラーグに訊ねた。彼は肩をすくめて見せた。

「まあ、あいつも思うところがあるんですよ」

「従者の件でシホに口添えはできないわよ?」

「わかってますよ。ただ、従者の件であいつが困ってるのを見たら助けてやってほしいっていうか。神使様が直接というわけにはいかなくても、アリス・ゼンに伝えてもらたら。相手の地位が地位だから、あいつを助けるのは難しいかもしれないけど」

「誰なの、フロリゼルをそんな風に困らせてる相手って」

「レイドール公爵令嬢です」

 宴の出席者の中でも一番地位が高い生徒だ。タロスが小さくため息をつく。

「誰も口を出せないだろう」

「わかってる。ただ、フロリゼルは不意討ちに弱いだけだから、体勢を立て直すための隙を作ってやれば、自分で断れる。そうできるように協力してほしい」

「そこまでわかってるんなら、自分で何とかさせたらどうだ」

「あいつも努力してるんだよ。俺がいなくても大丈夫にならないと、って。でもまだ完全に大丈夫とは言い切れないらしくて」

「フロリゼルを従者にというのは、レイドール公爵家の意向なのか?」

「さあ。多分違うと思うけど、公爵は娘に甘いってきいてるし」

「自分の娘に生きて帰ってきてほしければ、きちんと考えるだろう」

「そうだといいとは思うよ。でも、従者ってそんなに役割を負わないだろう。今までの例を見ても、そんなにきちんと考えられて選ばれてるとは思えないんだ。だから、公爵は娘のわがままを認めるかもしれない」

「そんなだと、生きて帰ってこれないかもしれないな」

「まさか」

 ファラーグはおどけて言った。タロスはそれ以上は何も言った。私も黙っていた。

 本当にタロスの言う通りなのだけど、と思いながら。


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