57 麗しのユゲリア
ガリエス家は千本杖誕生よりも前から侯爵だった。千本杖誕生前は文武に優れた人材を輩出していたが、魔法を使えるようになると、魔法の腕を上げることに邁進した。
その成果は現れ、当時八家あった侯爵家の中でも一目置かれるようになり、王家から王女や王子を引き受け、王族の血が色濃く入るようになった。血の近さだけでいえば、今でも、三家ある公爵家に次ぐほどと言っていい。
ただ、優秀な人材を輩出する一方で、変わり者も生み出していた。
「俺たちの高祖父の弟が、優秀だが変わったところのある者でな。話では子どもの頃に魔法を極め、退屈を感じたとかで今度は人形師になりたい、と当時の人形師組合の長に弟子入りした」
「貴族が人形師に弟子入り?そんな無茶な」
人形師は魔素術を極めないといけない職業だ。貴族がそれになろうだなんて。
「お前さんの言いたいことはわかるよ。普通に考えたらありえない。が、その人はやってのけた。魔素術をゼロから始めてそれを極め、人形師として上師と言われるところまでになった」
天才、というやつか。
「その頃、俺たちの高祖父は家庭を築いていて、子宝にも恵まれていた。美しい子どもたちで、特に女の子は歩き始めた頃には既に、成長すれば絶世の美女になるだろう、将来の王妃にとまで言われていてな。叔父にあたるその人も至極かわいがっていたんだが、不幸なことに、四歳になる手前で病を得て亡くなってしまった。その子どもの名をユゲリアといった」
可愛がっていた姪を亡くしたその天才は、姪そっくりの人形を作り始めた。何体も何体も。それらは本当に死んだ子ども生き写しで、どれも寸分違わぬ出来だったという。
天才はそのうちの一体をユゲリアの両親に渡した。
「やがてその人は行方をくらました。彼が手元に置いていた人形も一緒に消えていた。高祖父母はその人が家に残した人形に死んだ子どもと同じ名をつけ、大事に扱った。高祖父母の子である俺たちの曾祖父もその子である祖父も同じく丁寧に保管し、六年前までそれは我が家にあった。……お前も覚えているよな」
隊長に訊ねられて、先輩は頷いた。
「屋敷の一番奥の、父しか入ることを許されない部屋にあった。……一度だけ、父と一緒にその部屋に入ったことがあって、そのときにあの人形を見たんだけど……」
先輩の声がか細くなっていく。その顔色がみるみるうちに青くなるのに、ジェニファが思わずといった風に声を掛けた。
「先輩、話すのが辛いのなら無理されなくていいですよ」
「いや……話さないと。君もだけど、宴に出るのだから、アリス・ゼンは多分、あれとまた対峙する可能性がある。あれがどんなものなのか、直接伝えておきたいんだ」
「あれ、って、ユゲリアのことですか?まさか、ユゲリアに変なものが入って、そのせいで先輩のお兄さんはおかしくなった、とか?」
私は先輩が言おうとしていることを予想しながら言った。死んだ子どもに生き写しの人形。作った人間は死んだ子に並々ならぬ執着を持ち、その人形を譲り受けた者たちも人形に丁寧に接した。
人形によくないものが宿るなんて、前世でも今世でもきく話だ。
「おかしくなったのは俺たちの父親だ」
先輩は泣きそうな顔をしていた。
「一度だけあの人形がいる部屋に入ったとき、父は俺に、この子はお前たちの妹なんだから可愛がるんだぞ、と言った。おかしなことを言う、と俺は思ったけど、父は真剣な様子だったから、わかった、と答えた。でも、後から考えるとそれが良くなかった。その日から父はあの奥の部屋に長くいるようになり、城へ出仕もしなくなった」
先輩たちの父親、先代のガリエス侯爵は宮廷の魔法師だったらしい。
「父は、出仕しない代わりに、様々なものを買い求めるようになった。それは最初、どれも小さな女の子のためのものだった。服とかおもちゃとか本とか……でもそのうちにひどく高価な魔法のための道具とか薬なんかを買い集めるようになった。家計に響く、と下の兄は父に強く言ったけど、ユゲリアに必要なものだから、と父は言い張って」
「上の弟は父がおかしくなってきているのに気付いたらしい。そして父を説得しようとしたが、父は聞く耳をもたなかった、と。後で上の弟が残した日記を読んで知ったよ」
「隊長はそのとき近くにいなかった?」
「ああ。言ったろう、俺は若い頃放浪してたって。その頃、ちょうど放浪中だったんだよ。母は九年前に死んでしまっていたし、妹のリーシアはちょうど宮中に王妃の侍女として上がっていたし」
リーシアという人については初耳だった。それってつまりガリエス先輩のお姉さんということか。王妃の侍女をしていたということは、かなり優秀だったに違いない。
「下の兄は人形にそんなに入れ込むなんて、と父を責めたけど、父は俺があの人形のことを妹だと認めたんだ、と聞き入れなかったらしい。俺があの人形を家族として認めているのに、何で下の兄は認めないんだと責めたと。下の兄は父の説得を続けていたけど、父は頑なだった。……父がそうなったのには理由があった。あの人形は喋ったんだ。最初は父の前だけでだったけど、そのうちに下の兄の前でも喋ったと」
その日記にそう書いてあったという。
隊長が先輩の言葉を継いで言う。
「本当のきょうだいのように会話を交わしながら、上の弟は人形の正体を見極めようとしたらしい。魔かもしれない、とは思ったが、魔が一侯爵家の物置にある人形に乗り移って何ができるとも思い、どこにも報告しないことにしたらしい。そのうちに、父が大きなことをしでかした」
珍しく宮中に出仕したと思ったら、城にある大事な機構に破壊行為を働こうとして、宮中警備に捕まったという。
「大事な機構?」
「この遺跡にある仕掛と同じ、ラウトゥーゾのレオナルドが作ったものだ。神々の宴の出席者であるお前さんもそのうち見ることになるだろうが。まあそれはともかくとして、俺たちの父親はそういう大罪を犯し牢に繋がれた。リーシアは王妃の侍女から退かざるを得ず、家に戻ったが、そのときには家の経済状況は火の車だった」
父親の散財が原因だったという。
「ユゲリアに貢いでいた分だけでも結構な額だったが、それ以外にも使途不明の金がどこかに消えていた。リーシアは家の経済を立て直すために親戚に支援を求めて連日でかけていたが、その間に上の弟はユゲリアにそそのかされて当代一の人形師を殺しに行った。そうすれば大金が手に入り、父は牢から解放されると誰かに言われたらしい。弟が日記に書き残していた」
「それがクラリィ婆ちゃんだったってこと?でも、言っちゃ悪いけど、あの人……上の弟さん、馬鹿なんじゃないの?人形師を殺したら大金が入るとか、大罪を犯した人が釈放されるとか、そんなわけないじゃない」
「普通に考えればそうなんだけどな。第一、父はその頃には牢から出ていたし」
「出ていた?」
「ああ。どうやったかはわからないが、抜け出していた」
その後、父親がどうなったかについては隊長は言わなかった。死んだ、ときいているけど、実際は違うのか?
「父や上の弟の行状については、辺境で風来坊をやっていた俺のところにまで知らせが届いた。慌てて帰ったが、そのときにはもう父も上の弟も今話したようなことになっていて、もう家にはいなかった。その当時の家の中のことは上の弟が残した日記でわかったが、それを書いた頃の上の弟の精神状態は普通じゃなかったんだろう。日記に書かれている内容も少しずつ変になってきていた。とにかくユゲリアが常につきまとっているような状況だったらしい。それを考えると、あいつは結構正気を保っていた方だと思うんだが」
「ガリエス先輩はそのことは知っていたんですか?」
先輩は首を横に振った。
「知らない。その頃には俺は母方の叔母の家に預けられていたから。父の様子が変だからと、下の兄が話をつけてくれていたんだ」
そして先輩の下の兄はクラリィ婆ちゃんを襲い、クラリィ婆ちゃんとマリちゃんを守ろうとした私に魔法で怪我を負わせ、神の煉獄に捕らわれた。
「その後、人形はどうなったんです?」
「わからない。俺も家に戻ってから家中を探したが、どこにも見あたらなかった」
隊長が言った。
「その後、俺がこの辺境の守備隊の隊長に着くことを条件に、うちは侯爵家から伯爵家に降爵された。俺はずっとこの任に着いてからほぼこの土地にいるが、あの人形のことは探していた。叔母の家に養女に行き、うちとは無関係の状態になってまた王宮に出始めたリーシアも伝手を頼って探していた。俺たちは心配していたんだ。あの人形、ユゲリアがどこかで何かしでかしているのではないかと。そうであれば、俺たちはそれを止めなければならない」
「そんなこと考えなくていいですよ、隊長さん。先輩もそんな顔しないで」
辛そうな表情をしている隊長と先輩に私は言った。
「だってあいつは魔が憑いているんでしょ。だったら、そんな因縁関係なく、この世界で生きる全ての人間の敵なんですから。みんなでぶっ潰せばいいんです」
「そうだ、隊長。フロリゼルも、そんなに背負いこまなくていい。王宮も勿論あれと対峙する。君たち一家は既に代償は支払っている。家は降格され、領地もほとんどを取り上げられ、隊長はこの大変な土地で大変な任に着き、ご令嬢は子爵家に出て、王宮勤めは続けているが王妃付きからは外された。そして、君たちのきょうだいは神の煉獄にいる」
「でも、俺は。俺だって責任があったのに、何もできなくて、それなのに何事もなかったように暮らしていて。学院にも行かせてもらって」
「フロリゼル、君は当時まだ子どもだった。何かできたとは思えない。それに、家が降格されたとき、領地以外の財産も随分手放して、王都には小さな屋敷すらない。その結果、君は前よりも格段に貧しい暮らしをすることになった。それを何事もなかったように暮らしている、とは言わないんじゃないか」
ヨハンの言葉に、先輩は黙った。その頭を隊長が軽く叩く。
「ほら、気にするな。お前は学院でよく研鑽を積んで、宮廷魔法師になるんだ。家のために何かしたいということであれば、それで挽回すればいい」
それをきいて、私は複雑だった。そういう考え方は好きじゃなかった。先輩は先輩の人生を生きればいいのに、枷をはめるようなことをして、と思ったのだ。だが、ヨハンもジェニファも微笑ましげに兄弟の様子を見ていた。タロちゃんは無表情で何を思っているのかはわからなかったけど、少なくとも黙っていようと考えているようだったので、私も黙っていることにした。
ヨハンはそんな雰囲気を終わらせるように言った。
「ガリエス家には申し訳ないが、あの人形のことは王宮に報告させてもらう。今後、神祇庁から調査官が来るかもしれないが、そのときは対応してくれ」
ガリエス兄弟は頷いた。
それを見ながら、私はまた思った。
神祇庁って、一体何する部署なのよ?




