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56 遺跡で再集合するまで

 鶴の一声というのは、名ありの魔素術の一つで、最大の攻撃力を誇るものだ。六つある術のうち一番難しい、とも言われている。

 それがどんなものかというと、魔素を衝撃派に変換して撃つ、というもので、相手が物質だろうが魔力だろうがぶち抜いていく。

 ただ、ぶつかった相手が魔素だと、単純にぶち抜く、ということにはならない。こちらの威力が格段に上だとぶつかった相手を吹き飛ばすということになるだろうが、そうではない場合、ぶつかった相手を巻き込みながら猛烈なスピードで飛んでいく、ということになる。モモノはまさしくそれをそのままやったということで、鶴の一声の使い方としてはメジャーだ。

 問題は、私は鶴の一声を使うことを両親にもクラリィ婆ちゃんにも禁止されているということだった。小さい頃には普通に使っていて、何だったら亀の甲羅よりも使い倒していたというのに、高原を出た後では禁止令が出てしまった。

 理由を訊いても、私の術は威力が凄いから矢鱈な場では使ってはならない、としか言わない。何もない場所ならいいのか、と訊いても、駄目だ、としか言わない。なので、高原を出てから私は鶴の一声を一度も撃っていない。まあ、それが必要な場面なんていうのもなかったけど。

 とはいえ、神々の宴への出席者に選ばれた今だと、そんなことも言ってはいられないのでは、という気が私はしていた。より強力な武器を身に着けなければ、生き残れないのでは、と。

 私がそんなことを考えているうちにマリちゃんが庭園から戻ってきた。涙の跡はまだ目尻や頬に残っていた。が、マリちゃんは微笑んでいた。

「大丈夫?」

 ジェニファが心配そうに訊くのに対し、マリちゃんはにっこりと笑って言った。

「大丈夫、ありがとう。さあ、遺跡に戻りましょう」

 マリちゃんの言葉に、私は内心安堵していた。両親に会いたい、と言い出したらどうしよう、と思っていたのだ。あんなことがあった後で会ったら、継母だけでなく実の父親も耳を疑うようなことを言いかねない。これ以上、マリちゃんに傷ついてほしくはなかった。

 モモノに先導されて、ジェニファやマリちゃん、ガリエス先輩と領主館に戻ると、ジェニファが女主人としてお茶会を開いた。父親は王都でパン屋をやっているし、ジェニファ自身も自分の家のことを「なんちゃって貴族」と言っていたが、この領主館だって立派なものだし、使用人もきちんとした感じの人が何人もいる。お茶会に使われている食器だってきちんとしたものだし、これのどこが「なんちゃって貴族」なんだろう。

 私がそう言うと、ジェニファは笑った。

「そう言ってもらうと嬉しいけど、でも、きちんとした貴族の家ってこんなものじゃないんでしょ」

 訊いた相手はガリエス先輩だった。先輩は困った様子で、

「うちは、伯爵家といっても不祥事があって降爵された家なので、きちんとした貴族の家とは言えないと思う。降格されたときに、いろいろと手放したし」

「あ、すみません」

「いや、いい。ただ、そうだな、レイの家はきちんとした貴族の家と言えるんじゃないかな」

 レイ、というのがは誰だろうと私が考えているのが表情に出ていたらしく、隣の席から、ファラーグ先輩のことだよ、とマリちゃんが囁いてくれた。いや本当にありがたい。当のファラーグ先輩は、隊長の手伝いでまだマリちゃんの実家から出られていなくてこの場にはいないのだけど。

 二時間ほどした頃、ベイルがやってきた。

「ガリエス隊長はじきに戻ってこられます。ファラーグ侯爵令息もご一緒です」

「兄様から連絡は?」

「王宮に着いてすぐの時点で一度ありましたが、それ以後はまだ。ただ、そのときの連絡では、夕方までには遺跡に戻るように、とのことでした。若様ご自身もその頃には戻られると」

 話をききながら、マリちゃんが不安そうな表情をしていた。ここに至るまでに、王子に関する顛末や、マリちゃんが侍女として王宮に入る話は破談になりそうだ、と私は説明していたが、それでも安心はできなかったらしい。

 それに気付いたジェニファが言う。

「大丈夫、兄様に任せておけば丸く収まるから。そんなに心配しなくていいよ」

 マリちゃんは小さく頷いたが、それでもまだ不安そうな様子は隠せていなかった。

 結局隊長は昼過ぎに領主館に来た。ファラーグ先輩も一緒に皆で遅い昼食をとり、それから遺跡に戻る。予定より時間がかかったのはやっぱり問答無用で押し入ったからだろうかと思ったが、そうではなかったらしい。ファラーグ先輩の話では、時間がかかったのは、マリちゃんの両親への隊長の説教が長くなったことと、マリちゃんの家で何があったか、詰め所と町の長老の家に寄って話を撒いてきたからなんだそうな。まあ、貴族対平民なので、マリちゃんの両親が抗議してきても無駄ではあるんだけど。

 ヨハンが戻ったのは、彼が予告していたのより少し遅い時間だった。ヨハンはマリちゃんに、王宮へ上がる話については多分駄目になると思うが、それを確実にするために一度王宮へ行ってもらうことになる、と言った。マリちゃんは少し青ざめた顔をしていたが、それでも安堵した様子で、わかりました、と答えた。

 その後は皆で夕食を食べ、夕食後はそれぞれの部屋に引きこもった。それから少し時間が経った頃、ホリィが私を呼びに部屋にやってきた。

「ヨハンが、書斎に来てくれって。……マリちゃんの家に出た人形の話をしたいんですって」

 そういう話が来ないかなと待っていた私は、すぐに書斎に行った。書斎には、ヨハン、ジェニファ、タロちゃん、ガリエス兄弟が既にいた。

 私とホリィが部屋に入り、扉を閉めるのを確認すると、ヨハンは喋りだした。

「こんな時間にすまない。まずは、王子の件だ。王家の管理官に王子を引き渡し、マリちゃんのことについて話した。本人にも言ったが、恐らくマリちゃんが侍女として王子のもとにあがる件はなくなると思う。ただ、王子は黙っていないだろうから、管理官が王子に反論を許さないほどの証拠を得るために、彼女には一度王宮に行ってもらう必要がある」

「マリちゃんに何か問題があるっていうんですか」

「問題というか……、彼女の治癒術が凄まじすぎるという話だよ」

 私は呆気にとられた。

「それの何が問題なんですか」

「まあ、そうそうある話ではないんだが。大怪我をしたときに魔素術で治癒をされると、治癒をされた者はその後魔法を使うのに支障が出ることがあって。王子の身にそういうことが起きては困るんだ」

「初耳です」

「滅多にないことだからね。治癒術の使い手がそれこそ死人を生き返らせるほどの力がないとそういうことは起こらないんだ。ただ、彼女の治癒術の力の程をきくと、その心配はあると思う」

 それをきいて私は複雑だった。折角マリちゃんは治癒術をがんばっていたのに。

「治癒術で大怪我を治されて魔素術を使えなくなるなんてことはきいたことがないですけど」

「魔素術師はそうでも、魔法使いは違うんだよ。……それで、本題はそちらではないんだが。ガリエス隊長、今日、フォロ商会に現れた人形のことについて、知っていることを教えてもらえないか。確かあれを、ユゲリア、と呼んでいたな」

 隊長はため息をついた。ガリエス先輩は俯いていた。

 隊長はゆっくりと口を開いた。

「勿論、お話ししますよ。神祇庁はご存じなことの筈ですけど」

「やっぱりそういうことか。まさかとは思ったが」

 二人の会話に私は不安になってきた。

「あの、私がきいていいやつなんですか?」

 ここで退室するよう言ってくれないかなあと半ば期待して訊いたのだが、隊長は言った。

「ああ。あんたはあの場にいたしな。何より、あの人形は六年前、俺の上の弟があんたを殺しかけたことにも関係しているから」

 予想外の話に、私は少し目を見開いた。

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