55 思いがけない里帰り
隊長と先輩は人形を追って空に舞い上がった。
「追うな!」
とヨハンが言い、二人はすぐに戻ってきた。ヨハンはてきぱきと指示を出す。
「私はすぐに王子を連れて王宮に行く。荷物は後で送るように従者に言っておいてくれ」
「私はどうしたらいいの?」
ジェニファが訊く。
「お前はいったん遺跡に戻ってくれ。私も今日のうちには戻るから。隊長、妹たちを頼めるか」
「それはいいんですがね、この様子だと残務が出てきて俺も動けなくなるかもしれない」
「この家の者の処置かい?」
「そうです。王子を王宮に戻すのを最優先で踏み込みましたけどね、でも苦情は出るでしょうから」
「大丈夫だ、神祇庁の方で対応する。あれの発生を防ぐため、という大義名分があるんだから、あらゆることが黙殺される」
「そりゃ、中央の立場からするとそうなんだろうけど、地元民を相手にする身からすると、そんな簡単じゃないんですよ」
「それじゃあ、マリちゃんを本人の意思に反して王子に差しだそうとしてたって言えばいいんじゃないの?」
私は横から言った。
「成人直前の子どもの意思を確認しないというのは問題視されるでしょ」
「まあ、次男の長女はこの町では同情を集めてるから、それで皆納得するかもしれんが」
「同情?」
「そうだ。実の母親が死んだ後にやってきた後妻に家を追い出されたうえ、実の母親の生家まで後妻の指示で取り壊されたかわいそうな子だってな」
「それって……この町ではみんなが知っていることなの?」
「ああ。この目の前の庭がある場所、あそこは元はあの子の実の母親の実家があったんだよ。当主夫妻が亡くなった後、屋敷はそこの一人娘の忘れ形見であるあの子に引き継がれたんだが、まだ子どもだからとフォロ商会の次男が管理をすることになって、それを後妻が取り壊せと言って壊させたということだ」
話をききながら、私の中に怒りがわき上がってきた。あの継母、本当に碌なことをしていない。
「じゃあとりあえず、地元の長老連中にはそんな風に話をして押さえますか。この家の連中とも話をします。商会の次男だけなら話は通じそうだから、そちらに話しますよ」
頭を掻きながら隊長がヨハンに言う。
ガリエス先輩が言った。
「俺が、皆を遺跡まで送ります。そして、兄上かラウトゥーゾ先輩が戻られるまで、遺跡に詰めています」
「ありがとう。ただ、隊長が戻るまでと言わず、この連休中はずっと遺跡にいたらいいんじゃないかな。君の友だちの方はどうなるかわからないけど」
ヨハンが言う。ガリエス先輩は眉間に皺を寄せた。
「もしかして、レイだけじゃなくて俺もまずいですか」
「君はどうせ、友だちに頼まれて巻き込まれたんだろう。まあ、ファラーグ君に同情の余地がないわけではない。王子の頼みを侯爵家の次男では断れなかったろうから。ただ、今回結果としてはこんなことになったから、厳重注意は来るんじゃないかな」
そう言ってから、ヨハンは糸で椅子にぐるぐる巻きにされた王子に向き直った。
「それでは、これから王宮に移動します」
「断る。さっきのモノは逃げたのだろう。であれば、私がここにいても問題はない筈だ。当初の予定を果たしてから帰る」
「王子、あなたに選択肢はないんですよ。あれは確かに今は退いていますが、いつ戻ってくるかわからない」
「じゃあ、大人しく戻るから、この糸を外せ!」
「お断りします。どのみち、王宮に戻ったら糸を外しますよ。椅子をこの宿に戻さないといけないのでね」
ヨハンはにっこりと王子に笑いかけた。
ヨハンの指示に従い、私たちは部屋の入り口付近に寄っていった。ヨハンは椅子ごと王子を壁に空いた穴の傍まで移動させると、そこから移転陣を使って消えていった。
ヨハンと王子がいなくなるのを見届けると、ジェニファが明るく言った。
「じゃあ、私たちも遺跡に戻ろうか。マリちゃんも迎えに行かないと」
私たちは部屋を出た。そこでは、ベイルとディエールが、王子の持ち物と覚しきものをトランクに詰めているところだった。トランクは幾つもあり、それに詰めないとならないと思われる服がその傍に山と積まれていて、一体作業はいつ終わるのだろう、という感じだった。
「あれ、マリちゃんは?」
「四階に上がる、と乳母の方と弟妹の方々と一緒に部屋を出ていきましたよ」
ベイルが答える。
「あー、追いかけていっていいのかな。もう遺跡に戻ろうっていう話になっているんだけど」
「よろしいのではないでしょうか。何でしたら、私がご一緒します」
私とジェニファとベイルの三人で四階にマリちゃんを迎えに行くことにした。絨毯が敷かれた階段を上がると、綺麗な塗りの扉があった。その手前に、お仕着せを着たメイドがいた。
「ここから先はこの家の当主一家のお住まいです。ラウトゥーゾ子爵令嬢、アリス・ゼン嬢、お二人はマリお嬢様から通していいと仰せつかっています」
私とジェニファは扉を開けて中に入った。
四階は三階と負けず劣らずの豪華な内装だった。三階が赤い絨毯が敷かれているのに対し、四階は青い絨毯が敷かれていた。
とある部屋の扉が開いていて、その中から賑やかな声が聞こえた。
「姉様、これ、僕が書いた詩です」
「これ、わたしが描いた絵よ!」
「僕、今これを読んでるんだよ」
部屋は居間のようだった。子どもたちは椅子に座ったマリちゃんに纏わりつくように次々と話しかけていた。少し離れてハナが見守っている。
「あ、シホちゃん、ジェニファさん」
私たちが部屋の入り口に立って見ているのに気がついたマリちゃんが立ち上がった。
「もういいの?」
「うん、大丈夫。私たちも帰らないといけないんだけど。行ける?」
私が言うと、マリちゃんは頷く。
「ええ、大丈夫」
途端に、子どもたちから抗議の声が上がった。
「何で、もっといたらいいのに。家に泊まったらいいんだよ、姉様」
「そうよ、わたし、もっとねえさまとお話ししたい」
「母様と父様もきっとゆっくりしていきなさいって言うよ。僕、母様たちを探してくる!」
走って部屋を出ようとする下の弟の前に私は立ちふさがった。
「いいんだよ、ちゃんと話はしてあるから」
というか、今、両親と接触させるわけにはいかんからなー。きっと二人は下の庭園で魔素の糸にぐるぐる巻きにされたままだろう。
子どもたちはハナやその後でやってきたメイドたちに宥められて、マリちゃんが行ってしまうことを不承不承ではあるが受け入れた様子だった。
私たちが四階を出ていこうとしたとき、ハナはマリちゃんに、
「こちらのことは安心してください。またお手紙をお待ちしていますね」
と言っていた。マリちゃんは丁寧に頭を下げ、お願いします、と返す。
ベイルの先導で階段をおりながら、マリちゃんは話した。
「あの人は、生みの母の祖母のいとこで、元々家庭教師をしてきた人なの。私の生みの母も小さい頃にお世話になったし、その他にも預かったおうちの子どもをたくさん優秀な人間に育てあげてきたの。それを見込んで継母が弟妹のことをお願いしたの。私も、おじいちゃまたちのところに移ってから十歳になるくらいまではお世話になってたわ。その頃に、弟の方に来てほしいって父様からおじいちゃまたちを通じて依頼があって。おじいちゃまは反対してたけど、うちを継ぐのは弟で、そちらに優秀な家庭教師をつけるべきだ、って父様が言ったの」
「それ、マリちゃんのお父さんの意見なの?何となく、後妻さんの意見のような感じがする」
ジェニファが言った。驚いたような表情でマリちゃんはジェニファを見た。
「何でそんなこと思ったの?」
「んー、マリちゃんのお父さんって、区長さんでしょ。正月とかに領地に戻ってきたときに区長さん夫妻に会ったことがあるけど、区長さんは子どもに分け隔てなく接するような人って感じがしたんだよね」
マリちゃんは微笑んだ。
「ありがとう。父のこと、そう言ってもらえて嬉しい。……そうね、私もそう思いたいのだけど」
三階でタロちゃんとガリエス先輩と合流した。隊長は既に降りていったとのことだったので、そのまま一階の玄関ホールに降りていくと、領主館のメイドであるモモノがいた。ベイルが声を掛ける。
「おや、ちょうどいいところに来ましたね」
「転移陣の発動を確認しましたので、お手伝いが必要かと思いまして」
「正解ですよ、お嬢様方を連れて館に戻っておいていただけますか」
「わかりました。それでは」
「ちょっと待ってください。遺跡に戻る前に見たいところがあるんです」
マリちゃんが言った。モモノが軽くお辞儀をしながら言う。
「それでは、領主館に戻る道すがらご案内いたします」
「いえ、私が見たいのはこの家の庭なんです。……この廊下の向こうにあると思うんですが」
マリちゃんが指さす。確かにその方向で間違いはない。が、そこには今、マリちゃんの両親やら使用人やらが魔素の糸でぐるぐる巻きにされて転がっている筈だ。
ベイルが穏やかに言った。
「承知いたしました。ただ、庭は今少し散らかっておりまして。片づけて参りますので、少しお待ちいただいてよろしいですか。モモノ、手伝ってください。お嬢様方はモモノが戻るまでお待ちください」
ベイルとモモノは足早に庭園の方へと歩み去る。
ジェニファが気遣わしげにマリちゃんに訊ねた。
「ここのお庭、お気に入りなの?」
「……ここのお庭、私の死んだ母様が生まれ育った屋敷の跡地なの。ハナの……さっきの家庭教師の話では、前の屋敷にあった庭園の東屋はそのまま残されてるっていうことだったから、それを見たくて」
「亡くなったお母様との思い出があるのね」
「そう。……そこに行ったのは母様が生きていた頃だったけど、その東屋のことは覚えてるのよ」
話しながら、マリちゃんは泣いていた。
やがてモモノが戻ってきた。マリちゃんは一人で庭園への廊下を歩いていった。
私はこっそりモモノに訊いた。
「庭はどうやって片づけたの?いろいろと動かしたり隠したりしないといけない人たちがいたと思うんだけど」
「三階の部屋に上げました。壁にちょうどいい大穴が空いていたので、そこから中に運び込みました」
「ちなみに、名ありの魔素術を使ったの?」
「はい。睡蓮の葉を使いました」
睡蓮の葉というのは、魔素を睡蓮の葉に似た広くて薄い形状に成形したもので、ゆっくり空中を移動したり、それで何かものをくるんだりするために使う。筍の階とは違って速くは動けないけど、大人数で移動することができる。
「それ、ベイルさんが使ったの?それともモモノさんが?」
「ベイルさんです。私ではあれを安定して発生させるのに精進が足りません」
とはいえ、モモノ自身の気配からは、なかなかの使い手であることが察せられる。
そう言えば、と思い出して私は訊ねた。
「さっき、領主館から筍の階の先っぽを飛ばしてきたわよね。あれ、モモノさんがやったんだってベイルさんは言ってたけど、一人でやったの?」
もしそうだったらやり方を教えてもらおうと思ったのだけど、
「いいえ、違います。同僚に手伝ってもらいました」
二人がかりでなら、私にもやり方は想像できる。でも、念のためモモノのやり方をきいてみた。
モモノの答えは、私が想像した通りだった。
「同僚に特大の筍の階を伸ばしてもらい、その先端を私の鶴の一声で飛ばしました」
やっぱりそうかー。でも、それだと私は再現できそうにないなあ。
既にお知らせしているところではありますが、次回作の投稿スケジュール調整のため、今週からずっと土日祝日も一日一話投稿とします。
その分、最後まで安定して更新していきます。




