54 人形の名前
「ああ、嫌だわ。こざかしくも結界なんか張って」
入ってきた影が小さな女の子の声で喋った。
それは、三歳くらいの女の子だった。否、等身大の女の子の人形だった。
人形は波打つ銀色の髪と青い瞳をしていた。その色合いはそのままガリエス先輩と同じだった。それだけでなく、顔の造作も何となくガリエス先輩に似ていた。
人形は青い瞳をきろりと動かして、タロちゃんを睨んでいた。
「嫌だわ、本当に。古い世界からの持ち越し品なんて、さっさと退場してしまえばいいのに」
タロちゃんは無言のまま、魔力で突風を起こし、それを人形にぶつけた。人形はいったんは窓の外に出たが、風が止むとすぐに舞い戻ってくる。
「まあいいわ。ここで生意気な王の一族を一挙に葬らせてもらうから。……今なら、小癪な装置の邪魔もないからね」
人形が闇を放った。ヨハンもジェニファもタロちゃんもガリエス先輩も、魔力で障壁を作り、闇を防いだ。が、椅子にくくりつけられたままの王子は何もしないでいた。
私は王子の前に立つと、羽衣を操って光を放ち、人形からの闇を防いだ。
人形は舌打ちをした。
「何、貴女。そんなもの使って。……ああ、なるほど。魔法を使えないのね。それでそんなものを使っているの。目障りな」
闇を、こちらだけに向けて放ってくる。私は羽衣を持ったまま、右手を天に向けて上げ、
「天球!」
と宣言した。途端に、半球状の光の障壁が私と王子の周りを覆う。
光の障壁が囲う広さを徐々に広げていくと、闇は私たちの周りから退いていった。
「生意気な!」
人形は闇をいったん己の体の中に取り込むと、今度は棘の形にして、私たちにそれを突き刺そうとした。それは光の障壁に阻まれて逸れたが、次には龍の形をとって私たちに襲いかかり、光の障壁ごとその口にくわえようとした。
王子が私の背後で悲鳴を上げたが、私は構わず障壁を変わらず張り続けることに集中した。その間も闇は様々な形をとっていた。龍だったり、巨人だったり、巨大な熊とか狼とか、いろいろなモノに。それらは私たちを攻撃してきたが、天球に阻まれて、全て霧散した。
とはいえ、障壁は透明なので、向こうが噛みついたり殴りかかったりする様は全てこちらから見えた。そんなものは虚仮威しとわかっていたので、私は反応を返さないでいた。
人形は影を操り続けていたが、それ以上のものはこなかった。攻撃が効果を上げないことに、人形は苛ついたような声音で言う。
「ああ、嫌だわ、こんな日の高い時間じゃなければ、もっといろいろできるのに」
その呟きに、私は眉根を寄せた。そして、ホリィに確認する。
「あのさ、ホリィ。こいつってもしかして、昨日の夜に遺跡に出たのと同類?」
「そうよ。もしかして、わかってなかったの?わかってて羽衣を出せって言ったのかと思ってた」
「いや、何となく羽衣が必要かなと思って言っただけなんだけど。そっか。でも、何でここに来たんだろ?まだ昼前なのに?」
魔は日中に出てきても大した脅威にはならない、と高原では教わっていた。日中で高原以外の場所だと更にその力は恐るるに足らず、とも。そして魔自身もそのことはわかっているので、基本的に夜にしか活動しない、と聞いていたのだが。
今、目の前にいるこいつは、魔なのに空を飛んで来たし、闇から染み出てくるようなあの移動をしない。それは、昼間だからなのか。
「この面子が集まっているのを感じ取って、千載一遇と思ったんでしょ」
ホリィが言うのに、私は納得した。まあ、王の一族を殺したい、みたいなことを言ってたし。
人形は、私に向けて闇を放つのをやめると、今度はジェニファに狙いを変えた。ジェニファは自分で障壁を張っていたが、その手前にヨハンが立ちふさがった。より強力な障壁を張り、人形が放つ闇を阻む。
人形がより濃い闇を放つ。その喉元に、タロちゃんが、手に持っていた短刀で人形に切りつけた。タロちゃんはいつの間にか人形の間近なところまで近寄っていた。人形はそれをよけようとしてバランスを崩しそうになったところをその体勢のまま後方に飛ぶと、建物の外まで出た。
「何よ、あいつらの手駒の分際で、何で私に逆らうのよ……!!」
小さな子が駄々をこねるように、人形は空中で地団駄を踏んだ。
と、そのとき部屋の扉が開いた。
「おい、大丈夫か!」
剣を抜いたままで入ってきたのはガリエス隊長だった。私たちが皆障壁を張っているのを見ると、驚いた表情をしていた。が、その表情は、建物の壁にあいた大きな穴の外に浮かんでいる人形を見て更に大きく変わった。
「ユゲリア?」
人形を見つめたまま、呆然とした様子で隊長は呟いた。その呟きをきいて、ガリエス先輩の表情も変わる。
「まさか……あれが?」
人形は高らかに笑った。
「あら、さっきから見たような顔があると思ったら、あの間抜けの係累というわけね。いいわよ、間抜けに踊ったお前たちの身内に免じて、お前たちは見逃してあげる」
隊長はもう呆然とはしていなかった。怒りをみなぎらせて人形を睨みつけると、持っていた剣に光を纏わせ、それを人形に向けて投げつけた。魔法の補助もあり、それは人形にまっすぐ向かった。が、人形は高みに舞い上がってそれを避ける。
私は壁にあいた穴の縁まで行くと、光を纏わせた羽衣を人形に向かって振るった。
人形は更に高みに飛び上がった。
「今日のところは見逃してあげる。また次の機会に、ね」
人形は高笑いをし、そのうちに点のようになると、空に消えていった。




