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53 マリちゃんの弟妹

 四階はこの家の主人一家が住んでいるフロアだ。なので、マリちゃんの父親が言っていた、客に見られるのはまずい、というのには該当しないだろうけど、それでも良いことではないだろう。

 私は子どもたちの食いつくような視線を無視して三階に降下しようとした。

 が、窓がものすごい勢いで開くと、子どもたちのうちの最年長と思われる男の子が話しかけてきた。

「ねえ、お姉さん!お姉さんも王都の高等学院の人なの?」

 何でそんなことをきいてくるのか、と疑問に思った私が何も答えないでいると、男の子は続けて言った。

「その服、高等学院の制服なんでしょ。昨日から三階に泊まってるお兄さんも同じ上着を着てた」

 ああ、ディエールのことか。確かに、高等学院の制服は、上着は男女共通のデザインになっている。

 年長の男の子の傍から少し年下の男の子が顔をのぞかせた。」

「あのね、僕らのお姉様も王都の高等学院に行ってるの。お姉さん、お姉様を知らない?マリ・リーヌ・フォロっていうんだ」

 おお、この子たちはマリちゃんの異母弟なのか。ということは、マリちゃんを王族に売ろうとしたあの継母の実子ということになる。

 この子たち自身は素直ないい子そうに見えるんだけど、母親があれだしなあ、と思い、どう回答しようかと考えていると、年下の男の子のその下から更に小さな女の子が顔をのぞかせた。年齢は四歳くらいか。

「わたし、姉様に会ったことないの。でも、姉様はお手紙をくれるんだよ。姉様は、私には絵を描いて送ってくれるの」

 おや、意外な。マリちゃんと異母弟妹の交流なんて、あの継母が断固として阻止しそうなものだが。

 と、三階のバルコニーから、ベイルが声を掛けてきた。

「アリス・ゼン嬢、申し訳ありませんが、こちらに来ていただけますかな。荷物を纏めるのに手が足りなくて」

 私が返事をしようとする前に、マリちゃんの異母弟が歓声を上げた。

「アリス・ゼン、って、お姉ちゃん、シホ・アリス・ゼンさん?」

「そうだけど」

「じゃあ、お姉様の親友だ!魔素術の達人だって、お姉様が手紙に書いてた」

 マリちゃんの異母弟妹は、三人揃って目を輝かせて私を見ていた。こういう反応は悪い気はしないが、私は行かなければならない。

「あのさ、私、ちょっと用事があって行かないといけないんだ。ごめんね?」

「えー、でも、三階って偉い人が泊まるところだから、入っちゃいけないんだよ?」

「今はいいんだよ。その偉い人の用事で入るんだから」

 私は筍の階を縮ませ始めた。子どもたちのうち、一番年長の子が慌てた様子で言った。

「待って、ちょっと待ってよ!マリ姉様、今、こっちに戻ってきてるの?執事がお父様に話してるのきいたんだけど」

「あー、まあ、ラウトゥーゾの遺跡には来てるよ」

「うちに来てくれないの?お母様が、このお休みが終わったらお姉様は二度とこの家に来ることはできなくなるって」

 子どもの言葉だけど、きいていてムカついてきた。あの女め。

「そんなことないよ。マリちゃんは、いつでも好きなときに好きなところに行けるんだから」

「じゃあ、どうしてお姉様は僕らに会いに来てくれないの?それってやっぱり僕のせい?」

 そう言ったのは、年下の方の男の子だ。つまり、この子がマリちゃんの継母が言っていた、マリちゃんが殺しかけた子、ということなんだろう。

「違うよー、マリちゃんはいろいろ忙しいの。勉強とか魔素術の訓練とか。だからまあ、いい子にしてたらそのうち会えるわよ」

 少なくとも、王都の会長夫婦を訪ねていけば、チャンスはあるだろう。この子たちだって会長夫婦の孫なんだし、この子たちの方から二人を訪ねていくことはあるはずだ。

 私は魔素の柱を縮めると、三階のベランダに飛び移った。部屋ではベイルがディエールを指揮してかなりの数の衣服をトランクに詰めているところだった。

「ああ、アリス・ゼン嬢。ちょうど良いところに。王子の拘束と、部屋の警戒をお願いできませんかな。私はこの従者を指導しないといけないので」

「指導?」

 私はディエールを見た。ディエールは顔色が悪かった。心なしか縮こまっているように見える。

「左様。従者としていろいろとなっておりませんので。とりあえずは、荷づくりの仕方を」

「なるほど、わかりました。で、王子はどちらです?」

「隣の部屋に、若様と一緒にいます」

 身振りで示された部屋の扉を開けると、相変わらず魔素の糸でぐるぐる巻きにされた王子を、ヨハンが魔法で部屋の天井に張り付けているところだった。

 ヨハンは視線だけ私の方に向けて言った。

「ああ、来たんだ。どうも魔素の糸の強さが保たれているかよくわからなくてね、困っていたんだ」

「大丈夫ですよ。これ以上はないってくらい糸は強く保たれています」

「それなら良かった。とりあえず、扉を閉めてもらえるかな」

 言われずともそのつもりだったが、

「完全に閉めてもいいんですか?」

「そうだね。今から、ちょっと他にきかれてはまずい話をするから」

「えー、それって私がきいてもいい話?」

「大丈夫だ。昨日の夜、遺跡に現れたモノの話だから」

「あー、そういうこと。でも、何でわざわざあれの話をこの人にするんです?」

「王族の義務として、知っておいてもらう必要があるのでね」

 私はヨハンに言われたとおりに扉を閉めた。ヨハンは天井近くに浮かせていた王子を椅子に座らせる体勢にすると、椅子に王子の体を固定するよう私に言った。私は、ベイルが作った蚕の繭の上から更に魔素で糸をかけた。

 宙に浮かせられていたときよりも王子の表情は良くなったが、それでもやはり不満は顔に出ていた。

「おい、この糸をほどけ」

「それは王宮に戻るまでそのままにさせてもらいますよ」

「トイレに行きたい」

「我慢してください」

 王子は私の方を見た。

「おい、お前」

「お断りします。それと、漏らすなら、いっそのことそのままでやった方がいいと思いますよ。その糸は完全に防水なので、家具を汚すことはありません。まあ、服は汚れちゃいますけど」

 王子は渋面を作っていた。ヨハンが言う。

「本当にトイレに行きたいのだったら、さっさと話をきいて、王宮に戻ればいいんです」

「じゃあ、さっさと話とやらをしろ。それで私は帰る」

「待ってよ、マリちゃんの件も忘れないで!完全白紙で!」

 私が話に割って入ると、王子はそっぽを向いた。

「それとこれとは話が別だ。親相手の交渉は続けさせてもらう」

「卑怯者!マリちゃんが未成年だからってつけ込んで!」

「知らん。そもそも、親は賛成をしているんだ。それなのに文句を言われる意味がわからん」

 王子が澄まして言うので、私は腹が立った。さっきの庭園でのあの継母の話を聞いていなかったわけではないだろうに、何でそんなことが言えるんだ。

 ヨハンが穏やかに言った。

「シホ、気持ちはわかるが、そう心配はしなくてもいいと思うよ。王族は従者の定員に厳しいし、従者の資質にも厳格な審査がある。恐らく、君の友だちは王宮に認められないだろう」

 私は顔をしかめた。それってどういう意味?マリちゃんに何か疵があるとでも?

 王子はヨハンの発言をきいて少し考える素振りを見せたが、すぐにヨハンへ言った。

「まあ、侍女の件については、王宮管理官に訊けばいいことだ。神祇庁が口を出すことでがない。それで何だ。人払いしてまでも伝えたいこととは」

「昨日の夜、遺跡に魔のモノが現れた」

「は?」

 王子は唖然としている様子だった。

「何でそんなものが」

「ラウトゥーゾの遺跡はもともと不安定な場所だ。国境も近い。何が起きてもおかしくない。なので、こちらとしては、王宮に早急に帰っていただきたい」

 ヨハンの言葉に、王子は小さく笑った。

「帰っていただきたい、じゃなくて強制送還だろう。わかったよ。でも、侍女の件は諦めないからな」

「ご自由に。でも、先ほど申し上げた通り、恐らく認められないと思いますよ」

 丁寧な口調でヨハンは言った。

 そのとき、部屋の扉がいきなり開いた。

「あー、やっぱりここだ!」

 入ってきたのは、さっき四階の窓から見かけたマリちゃんの弟妹たちだった。弟妹たちの後ろには一人の女性がついてきていた。白髪混じりだけれど妙に若々しいその女性は、私に軽く会釈をしてきた。

 マリちゃんの下の弟が女性に言う。

「ハナ、この人が、マリ姉様の親友のシホ・アリス・ゼンさんだよ。魔素術が凄いんだって、手紙に書いてあったの、読んでくれたでしょう」

 それをきいて、私は納得した。ハナ、という名は聞き覚えがあった。マリちゃんの世話係だった人だ。本当は親戚筋の人なのだけど、子がないまま夫を亡くし、出戻って商会の仕事をしているうちに、なりゆきでマリちゃんの世話係兼教育係になったとか。そうか、この人にマリちゃんは手紙を出し、そしてそれをこの人が弟妹たちに読んできかせていたのか。

「初めまして、マリさんのお手紙でいろいろとご活躍はきいています。このたびは神々の宴の参加者にも選出されたそうで」

「そうか、お前がか!」

 王子がいきなり話に入ってきた。

「お前が、平民のくせに神々の宴の参加者に選ばれた娘か!」

「それが何か?」

 私は王子を睨めつけた。王子は縮こまる。

「あ、いや。その」

 そのとき、扉の外が騒がしくなった。何人かがこの部屋めがけて歩いてくる足音がする。

「シホちゃん!」

 声とともに部屋に飛び込んできたのは、マリちゃんだった。その後にジェニファとガリエス先輩がついてきている。

「何でここに来たんだ?」

 ヨハンが驚いた表情で三人を見た。そして、その後にタロちゃんが入ってくるのを見ると、もう驚きすぎて何も言えない様子だった。

 タロちゃんは仏頂面だった。

「そこの娘が、自分の進退についての話なら自分がけりをつけに行かないといけない、と激しく主張してな。で、お前の妹が、それなら自分が同行する、と言い出し、隊長の弟に転移術で町まで送ってくれと頼みだして」

「俺は断ったんですけど、そうしたら自分で転移術を使ってモノルムまで行くと言い出して」

 ガリエス先輩は歯切れが悪かった。タロちゃんは先輩の言葉を引き継いで、

「ジェニファに転移術なんぞ使わせたら、どこに飛ぶやらわからないからな。だから、こいつはモノルムに送っていくことを不承不承承知し、俺の方は一人で遺跡に残っていても仕方がないから、護衛のためについてきた、というわけだ。……そんな顔をするな。お前の言いたいこともわかるが、別行動をとっている間に何か起きたのではたまらんからな」

「それはそうだが」

 そのとき、私は手のひらに圧を感じた。何かよくないものが近づいてきている、と感じた。

 私はハナさんとマリちゃんに言った。

「ハナさん、マリちゃん、そこの子たち三人を連れてこの部屋から出ていって、すぐ!」

「え、マリ姉様?」

 マリちゃんの弟妹はマリちゃんを輝くような笑顔で見上げた。マリちゃんは私を強ばった表情で見ていたが、すぐに弟妹に笑顔で、

「ダン、ジーン、イルナ、ただいま。ちょっとこの部屋を出てお話ししましょうか。ハナも、久しぶり」

 と話しかけながら、五人で部屋を出て行った。

 五人が出て行くのを見届けてから、私は言った。

「ホリィ、羽衣!」

 ホリィは私のキュロットのポケットから飛び出すと、すぐに羽衣を吐き出した。

「あんた、勘がいいわね。来るわよ!」

 ホリィが言い、私が羽衣を掴むのとほぼ同時に、部屋の窓がその周りの壁ごと吹っ飛んだ。

 そこから小さな影が部屋にゆっくり入ってくる。

「ああ、嫌だわ。こざかしくも結界なんか張って」

 入ってきた影が喋った。


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