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52 貴族と平民

 学院では、身分は関係なく全ての生徒は平等、教師だって平民の生徒を軽んじてはいけない、となっている。完全にそれが守られているわけではないが、それでも貴族出身の学生や教師に平民出身の学生や教師が話しかけることはできているので、学院のその基本方針はかなり大きく作用しているといえる。

 が、学院の外、普通の生活では、貴族と平民はとにかく交わらない。貴族は貴族の生活をし、平民は平民の日常を生きる。とはいえ、貴族は領地を治めるために平民から税金をとるし、法律も決めるし、生活を保つために平民を使用人として雇う。……或いは、取るに足らないものとして使い潰す。

 そんな中、両者間で一番トラブルが起きるのが、平民女性が貴族の家に雇われたときだ。その女性が若くて美しければ特に。

 この世界では貴族の男性が平民の女性を囲うことについて特にリスクがない。貴族と平民の間に子どもが生まれることがほぼない、という事実があるからだ。

 つまり、お家騒動になりそうな婚外子ができるかもという可能性をほぼ心配することなく貴族男性は平民の女性を妾として持てるのだ。

 なので、貴族男性が平民の女性を妾にしているのはそんなに珍しいことではなかった。私が知っている限りでも、貴族の家に奉公に出たらそのままその家の妾になっていた、という平民の女性が何人もいたし。

 まあ、本人が納得づくならいいよ。でも、普通に子どもを産みたいと思っていたら、女性の方は嫌でしょうがないだろう。しかも、嫌だと思っても、相手が貴族だと逃げられないし。

 私はディエールに言った。

「あんた、自分の同級生がご主人様の妾にさせられたら、とか思わなかったの」

「殿下に見初められるなんて、光栄なことだろう」

 私は思いきり顔をしかめた。

 と、声がきこえた。

「見損なうな。下賤の女などに食指は動かん」

 当の王子だった。魔素でできた糸にぐるぐる巻きにされ、その状態でヨハンに魔法でつるし上げられながらも口は動いている。

 私は王子を見上げながら訊いた。

「じゃあ、何でマリちゃんを召し上げようなんて考えたんですか。治癒術がうまいくらいで、本人を無視して親に直談判なんて強硬手段、とかないでしょ」

「お前はその娘の治癒術の価値をわかっていないんだ。その娘くらいの腕前があれば、死人を蘇らせることもできるだろう。であれば、王位継承者である私にふさわしい」

「じゃあ、そうやって普通に本人に言いなさいよ。何こそこそ動いてるのよ」

 そう言いながら、私は、先ほど自分が亀の甲羅をブルドーザーのように押し進めて廊下から庭に押し出して気絶させ、魔素の糸でぐるぐる巻きにした男たちの一人が、魔素の糸の拘束を解いて動こうとしているのに気がついた。まあ、魔素術師が相手だったら、そういうことは考えられることではある。向こうも魔素を操る力を持っているのだから。ただ、魔素を操るのには、大抵、手のひらとか足の先とか、そういう特定の部位を使って操るので、それ以外の箇所にひっついた魔素を溶かすとか操ろうというのは、練達の度合いが低く、かなり効率が悪いのだ。

 が、今動き出そうとしている男は確実にそれをやろうとしている。王子への質問を中断してそちらに当たろうかと思ったとき、ベイルが素早く動いてその男の首筋に手刀を落とした。男は気絶した。

「今のが、シグマ・バンビスだ」

 私の傍らに来ていたファラーグ先輩が言った。

「ああ、王子の護衛で腕が立つとか言ってた人?」

「そうだよ。魔素術の達人で、王宮に仕える魔素術師の中でも有数の腕前、とか言われている人なんだけど、シホちゃんのやり口にかかると何もかも形無しっていうか、格好がつかなくなるんだなあ」

 先輩は盛大にため息をついていたが、そんなことは知らん。こちらの力押しに単純にやられたのが間抜けなだけだ。

 ヨハンは王子に言った。

「このことは、神祇庁から王宮管理司に伝えさせてもらう。王族が従者の数の管理に厳格なのは誰もが異論のないところなのに、それを越えて動こうというのは、恐らく国王陛下も看過されないだろう」

 それからヨハンは私に、ディエールの拘束を解くように言った。

「王子の荷物を纏めさせる必要がある。洗濯に出している着替えもすべて回収しないと」

「あー、なるほど。それはディエールの役目だわ」

 私は納得してディエールの拘束を解いた。ディエールは王子が拘束されたままなのを戸惑った表情で見ていたが、ヨハンが、

「私たちはこのまま王子が泊まっているゲストルームに空から入る。もし君に私たちについてくる手段があれば外から入ればいいが、そうでなければ急いで中から三階まで上がれ。シホ、ベイル、二人はついてきてくれ。隊長とファラーグ侯爵令息はここで区長夫妻と手下を見張っていてくれ」

 その頃には、隊長と先輩は縄で問題の連中全員を縛り上げていた。

「了解しました。ここで待機しています」

「何かあったら、魔法で何かサインを送ってくれ。私たちかもしくは領主館にいる使用人のどちらかが対処する」

「あの、領主代行」

 マリちゃんの父親が弱々しい声で話しかけてきた。

「外から三階に入る、と言われましたが、できれば中から上がっていただけませんでしょうか。一階と二階にもお客様はおられますので、そういった方々に見られますと」

「また伏兵でも置かれていたらと思うと、中を通る気にはならないね。それじゃ、行こうか」

 ヨハンは王子を杖の先につり下げた状態で杖に跨がると、空に飛び上がった。ベイルが主君の後から少し遅れる程度の速さで筍の階を伸ばし、三階のベランダまで過不足なく到達すると、難なくベランダに降り立っていた。

 その巧さを見て、私は少しばかり緊張した。あんな達人の後に、あまり得意ではない術を使わないといけないなんて。

 でもまあ、行くしかない。せめてノーコンにならないようにしないと。クラリィ婆ちゃんは、焦らなければ私はきちんと筍の階を扱える、と言っていたのだからと思いながら、落ち着いて魔素を錬る。

 とはいえ、これまで、筍の階をゆっくり出すなんていう場面はほとんど経験したことがなかった。なので、ゆっくり、を心がけてもベイルのようにはいかず、あっという間に三階を過ぎて、気がついたときには四階に到達していた。

 まあ、筍の階を調節して三階の高さまで短くすればいいか、と思ったとき、四階の窓の向こうに、子どもが三人、窓ガラスに張り付くようにしてこちらを見ているのに気がついた。


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