50 これが麗しの王子様
「こちらは神祇庁だ。王子の身柄を渡してもらう」
ヨハンが叫ぶと、四阿周辺にいた人間たちは固まったまま動けなくなった。それをいいことに、私たちは四阿に駆けていく。
一番先に四阿に着いたのは、ベイルだった。私たちが四阿に向かって走り出したときにはほぼたどり着いていた。しかもベイルは走りながら、フォロ商会の護衛たちに蚕の繭の糸を繰り出して彼らの体に巻き付け、その体の自由を奪っていた。いちいち抜け目がなく、学ばないとなあ、と私は内心舌を巻きながら彼の動き方を見ていた。
「ラウトゥーゾ査察官、そのまま動かないでいてくださいよ。俺たちにはその御方の対処は難しいんで」
隊長が言いながら、彼自身は四阿に座り込んでいた立派な服装の男女に近づいていった。そして、腰のベルトに下げていた細い紐を外しながら、男性の方に話しかける。
「区長、抵抗しないでくれ。こちらは腕利きの魔素術師を連れてきている。少人数でもそちらを圧倒することは簡単にできるんだ。それよりも、大人しく従った方がそちらの利益になると思うが」
男性は肩を落とし、はい、と答えた。それを見て、私は思い出した。
この人、マリちゃんの父親だ。会長さんの家で会ったことがある。
その傍にいた女性が金切り声を上げる。
「何なんです、いきなり乱暴な!いかに領主代行とはいえ、許されるとでも?何でしたら訴え出ますよ!」
それに対しては、隊長が重々しく言った。
「そうしたければそうすればいい。だが、神祇庁が王族の身柄の確保に乗り出してきているというのは貴女には想像できないほど重い話なんだ。王宮は今回の当方の対応を妥当と思うだろう」
それをきいて、私は傍に寄ってきていたファラーグ先輩に小声で訊ねた。
「神祇庁って、神々に関することを所管する役所でしょう。それが何で王族を確保できるんですか」
「さあ。まあ、いろいろあるんだろ」
そんないい加減な、と思ったが、視界の端に倒れている男を見てそれどころではなくなった。
そいつは学院の制服を着ていた。四阿の屋根が吹き飛んだときに衝撃で地面に叩きつけられて気を失っているらしい。ぴくりとも動かない。
カート・ディエール。学院の同級生で、マリちゃんのことを王子に告げ口した張本人。こいつがいなかったら、マリちゃんがこんなとでもない目に遭うことはなかったんだ。
私はディエールの体を念入りに蚕の繭の糸で巻いた。というか、頭以外は蚕の繭に包まれたようにした。
魔素でできた糸にぐるぐる巻きにされて違和感を感じたのか、ディエールは目を覚ました。
「おはよう、ディエール。こんなところで会うなんて奇遇ね」
私が声を掛けると、ディエールの顔から血が引き、真っ白になっていた。
「あの、その、えっと、どうしてここに」
「そりゃ、マリちゃんの身売りを阻止しに来たに決まってるじゃないの。本人の意思に反した契約は本来できないの、学院でも授業で教わったでしょ。それを何やってんのよ。それとも、マリちゃんがまだ未成年だから何をやってもいいとか思っているんじゃないでしょうね?」
「同意は得られている、ときいている」
「そんなわけないでしょ。王子に召し上げられる話、マリちゃんはさっき初めてきいたんだから。マリちゃん、顔色真っ青になってたよ。自分が知らないところでそんな話が進んでて、しかも親が承諾してるってきいて」
「そんなわけはない!マリは承知しているときいた!」
マリちゃんの父親が、隊長に縄を打たれながらも叫んでいた。
私はマリちゃんの父親に目を向けた。
「それ、誰からきいた話です?」
「いや、その、妻から。お義姉さんがマリに話してくれて、それでマリも承知したと」
私は、マリちゃんの父親の隣にうずくまっていた女を見た。女は地面を見つめたまま動かない。
「そこの女が何を言ったか知りませんけど。マリちゃんは同意なんてしてませんよ。第一、そんな大事な話、人任せじゃなくて自分で本人に訊きに来なさいよ。父親でしょ?」
「しかし、妻が」
「知りません。貴方、本当にあの会長さんの息子なの?間抜けすぎるでしょ、継子を嫌ってる後妻と自分の夫の勢力を保ちたいだけの兄嫁の話を鵜呑みにするなんて」
私が吐き捨てるように言うと、マリちゃんの父親は激高した。
「なんだその口のききかたは!失礼だろう」
「敬意を払う必要がない相手に丁寧に話しても仕方ないでしょ。とにかく、この件についてマリちゃんは同意してないから。それと、このことは会長さんご夫妻にも伝えるんで」
私が言うと、マリちゃんの父親は顔色を変えた。そして、その傍でうずくまっていた女が顔を上げると、猛然と私に向かってきた。
「小娘風情が、何の権利があってそんなことを!部外者は黙っていなさい、何も知らないくせに!」
私は女の足下に筍の階のごく小さいのを生やし、女をこけさせた。そしてすぐさまその体に蚕の繭の糸を巻き付ける。女は地面に倒れたままで、顔だけこちらに向けながら言った。
「お前は愚かだ。あの娘が私の子どもに何をしたのか、何も知らないから。もし真実を知ったら私を責めることはできないわ」
「えー、マリちゃんが何したって言うんです?と言うか、マリちゃんは九歳の頃にはもうこの家を出て会長ご夫妻のところに預けられてたでしょう。そんな子どもに何ができたって言うんです」
「そうね、あの子は子どもだった。でも、そんな歳でも、あの子は私の子どもを殺しかけたのよ!」




