45 マリちゃんに関するとんでもない事態
マリちゃんの質問に、ヨハンが目でファラーグ先輩を促した。先輩は、俺が説明するのか、と渋っていたが、ヨハンに、
「隊長の弟君はよく把握していない様子だからね。きちんと説明できるのは君だけということになるだろう」
と言われ、仕方がなさそうにマリちゃんに言った。
「えっと、君、治癒の技が凄いんだろう。そのことを知った偉い人が、君を側においておきたいと思って」
「何でその人がマリちゃんのことを知ってるんですか」
固まったままのマリちゃんの代わりに私は訊ねた。
「彼女、宴の参加者の最終選考のときに、アンリウォルズ公子にやられたクラスメートを治癒したろう。その中にその方の従者候補がいてね。それで、彼女の治癒の技が凄いって伝わったんだよ」
「それって誰ですか」
「え?ああ、カート・ディエールっていう」
確かにクラスメートだった。中途半端にしかできないくせに自身はデキる男だと思っている小物だ。
「それで、マリちゃんを買おうとしている偉い人って誰なんですか。それと、何でそのことを先輩が知っていて、マリちゃんが知らないんですか」
「俺が知っているのは、その偉い人から直接きかされたからだよ。本人が知らないのは、親が知らせてないからだろう」
「マリちゃんのご両親は知っているんですか」
「すぐにでも召し上げたいというその方の希望を受け入れたそうだよ」
「すぐにでも、って、マリちゃんは学院があるのに」
「知らないよ。俺はそうきいているだけ。でも、間違いないと思うよ」
私はマリちゃんを見た。マリちゃんは顔が真っ青になっていた。涙がその目に溢れているのを見て、私はマリちゃんを抱きしめた。
「大丈夫だよ、マリちゃん。何かの間違いだよ。マリちゃんのご両親がそんな」
「でも、先輩は私の両親が承知してるってきいているんですよね」
「まあね」
ファラーグ先輩はそれしか言わなかった。代わりにガリエス先輩が言った。
「俺たちは、その方が新しく迎える平民の侍女に会いたいということだったので、その子の親のところにその方を昨日送って、それからこちらに来たんだ」
「じゃあ、その貴族は今、うちの両親のところにいるんですか」
マリちゃんが声を振り絞るようにして訊く。ガリエス先輩が頷いた。
「ああ。モノルムのフォロ商会にね。連休だから実家に帰っているはずだと君たちのクラスメートが言ったらしくて。その方はもっと前に君に会いたがっていたんだが、学校があって君は家に戻ってこないから無理だ、家に戻ってきたときに引き合わせるからとご両親は話していたらしい」
「で、機会が巡ってきたと思ったその方は、俺たちに、君の家まで転移陣で送ってくれって言い出したんだよ。個人的な用だから大事にはできないし、君の家があるモノルムはガリエス伯爵が詰めているラウドゥーゾの遺跡の近くでフロリゼルが行ったことあるだろうから、ってね。つまりあてにされていたのはフロリゼルなわけだけど」
そう言ってファラーグ先輩は肩を竦めてみせた。
転移陣には固定式と即時式があり、固定式は予め定められた二カ所間を繋ぐように魔法が固定されたもので、即時式はその都度魔法使いが陣を魔力で展開するものだ。王都からこの遺跡に来るときに使ったのは固定式だが、どちらの方式でも術者が一度行ったことのある場所でないと行くことができない。
マリちゃんを召し上げるとか言っている貴族は、即時式の転移陣をガリエス先輩に使わせてマリちゃんの実家がある都市まで来たらしい。
それが昨日のことだと、ファラーグ先輩は言った。
その話を引き継いで、ヨハンが言う。
「先ほど、二人を連れて隊長がこちらに来てね。隊長の話では、もともとこの二人はこちらに来る予定ではあったが、こんな時間帯に急に来るし、特にファラーグ侯爵令息の方は服装がきちんとしているし、これは何かあるなと思って話をきくと、昨日貴人を一人、モノルムに送ってきていて、そのときの服装のまま来たのだと。だが、誰を送ってきたのかはなかなか言わない。それで、昨日の夜の騒動を話してきかせたところ、ようやく話してくれてね」
「昨日の騒動って、あれが出たことのことですか?」
私は訊いた。シホちゃんは仔細を訊きたそうにしていたが、私は目配せをしてそれを止めた。
ヨハンは私たちのやりとりを黙ってみていたが、一つ頷いて、
「そうだよ。ここだけの話にしてほしいんだが、あれは一定の条件が揃ったときに現れやすいことがわかっていてね。で、隊長は、この二人が運んできた人物がそれに関係しているのではないかと当たりをつけて訊いたんだ。そうしたら大当たりだったというわけだ」
「誰なんですか、それ」
私の問いにヨハンは少し言いづらそうにしていたが、その様子を見て私はすぐに思い当たって言った。
「王族ですね」
ヨハンは驚いたような表情をした。




