44 それはそれとして、旧友に魔法を習う
朝食は三人分増やして用意したが、隊長や先輩たちは朝食の時間には現れなかった。
それでもヨハンは、朝食の準備ができるなり、
「じゃあ食べようか」
と宣言した。
「待たなくてもいいんですか」
と私が訊いても、いいんじゃないか、との返事で、仮にも子爵令息が伯爵家の当主を待たなくてもいいのかな、と思いながらも私はヨハンの指示に従った。ジェニファ、タロちゃん、マリちゃんも同様に席に着く。
タロちゃんは無表情でよくわからなかったが、マリちゃんとジェニファは隊長さんのこともファラーグ先輩たちのことも知らず、食事を始めながら、待つって何のこと?とそれぞれ訊いてきた。
私は食事をしながら、簡単に、ファラーグ先輩たちがさっき突如この遺跡に来たこと、ガリエス隊長と少し話をしてからこのコテージに来ることになっていることを説明した。
するとマリちゃんは手に持っていたカトラリーを置いて言った。
「それって……伯爵家のご当主を待たないで食事を始めちゃったってこと?」
「気にしなくていいよ」
上座からヨハンがマリちゃんに声を掛けた。
「隊長は確かに伯爵位を持っているが、この場所では守備隊の隊長でしかない。いざというときは領主の指示に従うことになっている。つまり、領主の息子である僕の方が立場は上だ」
「でも」
マリちゃんはなおも不安そうだ。まあねえ、ヨハンの言うような理屈があるとしても、ヨハンは領主の息子でしかないんだし。守備隊の隊長の立場よりもそちらが上かなんて、ヨハンほど自信たっぷりには、普通だったらなれないだろう。
と、ジェニファがテーブルの向こうからにっこりとマリちゃんにほほえみかけた。
「大丈夫だよ、隊長さん優しいから。逆に、待ってたら何で待ってたんだって言われるよ」
マリちゃんはまだ迷っている様子を見せたが、マリちゃん以外の誰も食事の手を止める様子がなかったので、渋々といった感じではあるが、食事を再開した。
食事を終えると、私は昨日の夜の約束通り、タロちゃんから魔素術と魔法について説明を受けることにした。コテージの端にある比較的大きな部屋に通される。マリちゃんとジェニファも同席だ。
ここだと玄関から遠くて、先輩たちが来たかどうかわからないなあ、と心の中で思ってから、それが狙いかと気がついた。先輩たちのことでこちらを煩わせたくないのだろう、たぶん。というか、もしかしたらこちらがいらぬ嘴を突っ込んでくるかもしれないと警戒しているのかもしれない。
いやいや、そんなことしませんよ、少なくとも私は。ファラーグ先輩の服装からして貴族絡みの話なのは間違いなさそうだし、そんなのに近づくわけないじゃん?マリちゃんだってそういうのはわきまえてるし、ジェニファはヨハンの言いつけなら絶対きくでしょ。
ということで、先輩たちのことは忘れて、タロちゃんに魔素術師が魔法を使うときのコツについて訊ねることにした。
「そういうわけで、魔法の使い方を教えてほしいんだけど」
席に着くなり、私はタロちゃんに質問をぶつけた。タロちゃんは困ったような様子を見せた。
私は首を傾げながら訊ねた。
「そんなに説明が難しいことなの?そっちは簡単に魔素術と魔法を切り替えて使ってるけど」
「いや、お前、昨日の夜に魔法を使えてたから、それはもう解決したものかと思ってた」
「してないわよ!じゃあ、私が何の話をすると思ってたの?」
「何で俺がヨハンたちと一緒にいるのか、とか、何で俺がここにいるのか、とか」
「ジェニファのお父さんの顔を見たら、ヨハンとあんたがどうして一緒にいるのかなんて疑問にも思わないわよ。それに、あんたが一緒に来てることなんて、昨日、馬車に乗るときからそうかなって思ってたし。白づくめの格好で御者台に乗っていたでしょ」
「わかってたのか」
「まあ、あのときはあんただとはっきりとはわかってなかったけど。でも、あんな風に絶妙に魔素の気配を消すなんて、そこらの人間にはできないから、疑ってはいたんだよね」
タロちゃんはため息をついた。
「相変わらずだな」
「それはどうも。それで、魔素術と魔法の使い分けって、実際のところどうやってるわけ?同級生に両方使えるのがいるけど、訊いてもよくわからないのよね」
これまで、クロウにも訊いてはいるのだ。だが、彼は、できるからできる、としか言いようがないと言っていた。
そのことを伝えると、タロちゃんは小さくため息をついた。
「そりゃそうとしか言いようがないだろうな」
「もしかして、タロちゃんもそうなの?」
「まあな。ただ、お前は神具を使って魔力を出すことには成功したんだ。あとはそれを操るようになるだけだ」
「それって、魔力を出せるかどうかが肝だってこと?」
「そうだ」
私は腕を組み、唸りながら考えた。隊長もタロちゃんも、私が昨夜魔法を使えていたと言うが、当の私自身は全く自覚がないのだ。宝物庫から移動していたときには、間違いなく魔素術を使っていた。あとは、魔を圧するために羽衣から光を出したときだけど、あれは隊長たちが出していた光を見よう見まねでやってみただけで、特にいつもと変わった感じはしなかったし。
「あの」
と、控えめにマリちゃんが手を挙げた。
「シホちゃんは神具を使ったら魔力を出せるようになったっていうなら、今ここでやってみたらどうでしょう。それで、本当に魔法が使えているかどうか、使えていたら、今使えているって教えてもらったら」
「そうね。シホちゃんが本当に魔法を使えるようになっているのか、私も見てみたいし」
マリちゃんの隣でジェニファも頷く。まあねえ、今までさんざんできないできないと私が言いまくっていたから、俄には信じられないのも無理はない。というか、私自身が信じていない。
タロちゃんもマリちゃんの提案に反対はしなかった。早速やってみようということになったが、ホリィがその場にいなかった。いくら呼んでも出てこない。
「ホリィさん、いつもシホちゃんの側にいる訳ではないんだ?」
マリちゃんが首を傾げながら言う。
「まあ、いつもいろんなところを飛び回ってるみたいで。でもおかしいなあ、この部屋に来る直前まではいたんだけど」
私はいつもホリィが潜んでいる私のスカートのポケットをのぞき込んで見た。はしたないよ、とマリちゃんがたしなめる。
と、
「シホー、マリー、ちょっとー!」
と言いながら、ホリィが部屋に出現した。
「二人とも、ちょっと書斎まで来てよ。あ、他の二人はこの部屋から出ないでね」
「何よ、どうしたの」
「いいから、シホとマリは来て」
私たちはホリィについていった。
書斎には、ヨハンと隊長と、先輩たちがいた。先輩たちは少し疲れた様子を見せていて椅子に座っていた。
「連れてきたわよー」
ホリィがにぎやかに先触れをしながら部屋に入っていく。私たちが部屋に入ると、ファラーグ先輩は驚いた表情をして私たちを見ていた。というより、マリちゃんを凝視していた。
「なんでここにいるんだ?」
ファラーグ先輩の反応に、マリちゃんも私もどう反応したらいいのかわからなかった。ガリエス先輩は戸惑った様子でファラーグ先輩を見ている。
一方で、ヨハンが呟くのがきこえた。
「まさか、大当たりとはな」
何が?と私はヨハンを見たが、ヨハンはそれ以上は言わない。
礼儀をわきまえているマリちゃんは侯爵家令息である先輩に問いただすことはしなかったが、私はいつものように思ったことをすぐに口にした。
「マリちゃんがここにいたら何かいけないんですか」
ファラーグ先輩は顔に無理矢理張り付けたような笑みを浮かべた。
「いや、その。ちょっと予想外だったから」
「もしかして、君はフォロ商会の関係者なのか」
ガリウス先輩がマリちゃんに訊いてきた。初めて思い至った、という感じだ。まあ、フォロっていう姓はそんなに珍しくないからねえ。
マリちゃんは礼儀正しく答えた。
「はい、申し遅れましたが、私は前フォロ商会の会長の孫にあたります」
ガリエス先輩の眉間に深い皺が刻まれ、非難するような目でファラーグ先輩を見た。ファラーグ先輩は弁解するように、
「いや、だってさ、頼まれたら断れないことはお前もわかるだろう。それにお前だって、たまたま知ってる子がその対象だってわかったからそんな顔してるけど、それが知らない子だったら、特に気にしなかっただろう」
「それは」
ガリエス先輩が口ごもる。
隊長が大きくため息をついた。
「ファラーグ侯爵令息、あんた、知っている子なのに平気で斡旋しようとしてたのか」
「いや、それは」
「俺は、貴族のそういう振る舞いは反吐が出るほど嫌いだ。本人が納得しているのなら外野がどうこういうもんじゃないのかもしれないが、今回はそういうことではなさそうだしな。えっと、フォロ商会の会長の孫って言ってたな、あんた」
「あ、はい」
「あんた、自分が貴族に召し上げられそうになっているの、知ってるか」
その瞬間、その場に沈黙が生じた。私は、隊長が何を言っているのか理解できなかった。マリちゃんも同様だったらしい。目を大きく見開いて固まっていた。
マリちゃんが固まったまま動かないのを見ながら、私はすぐに、一喝するように言った。
「何言ってるの、隊長さん!召し上げるって、何!まさか身売りとかそういうこと?でもマリちゃんはフォロ商会の会長の孫娘だよ。そんなこと」
書き物机の前に座っていたヨハンが、ため息混じりに言う。
「隊長、直截的すぎるよ。せめてもう少し表現をぼかすとか」
「そんなことして何か変わるんですか。一番事態を把握していないといけない本人が取り残されたままになるだけでしょう」
そのとき、マリちゃんが声を振り絞るように言った。
「……あの、申し訳ありませんが、詳しく説明していただけませんでしょうか」
もっともな申し出だった。




