42 ガリエス伯爵との会話
朝、沈黙の中で目が覚めた。
朝日が窓から差し込んでいるが、鳥の鳴き声とかそういうのがない。
私はベッドから起き上がり、着替えると、部屋を出た。そこで耳を澄ましたが、誰も起きて動いている気配はなかった。
私はそのままコテージを出た。そして、記憶を辿り、昨日の夜、魔との戦いがあった場所に向かう。
そこには先客がいた。ガリエス隊長だった。
昨日、魔が出現していた場所は特に痕跡はなかったが、そこを隊長はじっと見つめていた。
と、隊長が私に気づいて声を掛けてきた。
「おう」
「おはようございます」
「おはよう。あれから眠れたか?」
「はい、ぐっすり。えっと……そちらはあれから?」
「特に変わりなしだ。あんたのおかげであれを被害なしに退けることができた。ありがとう」
私は面食らっていた。相手は貴族家の当主な筈なのだが、何だ、このフランクさは?なんか平民っぽい。
私の反応に、向こうは頭をかいていた。
「あー、俺は伯爵家の当主だけどな。どっちかというと、これが俺の素なんだよ。若い頃に放浪の旅をしててな。いろんなところに首を突っ込んでるうちにこういうのが楽だってわかって、それ以降はこんな風になった。ああ、そうだ。言わないといけないことがあったんだ」
隊長は私に真正面に向き直ると、深々と頭を下げた。
「六年前、弟が君や君の周りの人たちにとんでもないことをしたこと、申し訳なく思っている」
「あ、いや……。隊長さんに謝られても。ていうか、隊長さんの弟さんがあのときあんなことをしたのは、隊長さんのお父さんが変な行動をしはじめて、それを何とかするために誰かにそそのかされたからじゃないかってききました。それって隊長さんのせいじゃないでしょ」
隊長は少し驚いた様子をしていた。私は怪訝に思いながら相手を見返す。
「何ですか?」
「いや……、何でうちの内情を知っているのかと思って」
平民が貴族の事情知っているのが不思議なんだろう。
「まあ、噂っていうのはどこかから流れてくるもんですよ」
それ以上は言えなかった。人形師の情報網のおかげだが、それが貴族に知られたら人形師全体が不敬を問われそうな気がしたからだ。
「それより、昨日は何が起きたんですか。いや、何であんなものがあそこにいたのかって」
私は、昨日魔がいた場所を指さした。隊長は白髪頭をかきながら、
「まあ、この辺は国境に近いからな。いろいろ不安定で、ああいうのはよそよりも起こる可能性は高いんだよ。特にこの遺跡はな」
「もしかして、ここって危険な場所なんですか?」
ジェニファに無邪気に誘われて来たのだが。
「危険とまでは言わないが、まあ用心が必要な場所ではあるな。ただ、高原出身者からしたら大したことではないかもしれんが」
「伯爵なのにそんな大変なところを守らされるなんてこともあるんですね」
不思議に思って私は思ったことを口にした。マリちゃんがここにいたら怒られるだろうなと思いながら。
隊長は苦笑する。
「ここの守護隊の隊長職は、王都や主要都市の騎士団長と同等の格があるとされていてな、伯爵職以上の者しか着けないことになっているんだ。うちが子爵以下に下げられなかったのも、俺をこの職に着けようっていう魂胆からだよ」
私が訊いてもいないことを言ってから、隊長は私をちらりと見た。
「弟があんなことを起こしたのに、何で侯爵から伯爵に落とされただけで済んだんだろうか、って思われてるんじゃないかと思ってな」
「ああ……まあ、確かにちょっとは思いましたけど」
魔法を使って人を殺そうとするというのは禁忌とされているのに、しかも三人の人間が殺されようとしてたってのに、たった一段階しか家格を落とされなかったのか、と。
「まあ、そういう訳だ。伯爵家といってもその中では一番格下で、男爵家でもやりたがらないような仕事をさせられてる。上の弟がやったことを水に流せとは言えないが、少しは溜飲を下げて、下の弟と喋ってやってくれないか」
「先輩と、ですか?別に喋るのを避けてるとかはないですけど」
「そうなのか?なかなか会話がないと気にしている様子だったが。何でも、同じ魔法部の同級生……ファラーグ伯爵家の次男とは喋るが、自分には話しかけてこない、上の弟のせいなんだろうか、と言っていたが」
「ああ……ファラーグ先輩は、こっちが話したくなくても勝手に話しかけてくるんですよ。それで相手をしているだけです。ガリエス先輩は……何て言うか、こちらから話しかけにくいっていうか。話しかけると他の女子の嫉妬っていうかですね」
何しろ、あの美形だからなー。あの先輩が誰かに話しかけただけで、ものすごい反応をする貴族女子がいるんですよ。とある公爵令嬢とか。
「というか、先輩、そういうことをお兄さんに言ったりするんですね。魔素術科の後輩のこととか気にしてないと思っていました」
「あいつはあれで繊細なんだ。やらかしっぱなしの兄たちのせいでいろいろ言われてきていて不憫な奴でもある。ああいうことがなけりゃ、あのツラだし魔法の才能だって天才と言っていいほどだし、何の屈折もなかった筈なんだが」
確かに、かの公爵令息とはタイプが違うが、魔法の腕前は段違いだというのは、その魔法の使いっぷりを見ていてわかる。
とはいえ。
「魔法の才能が物凄いんだろうなっていうのは、魔素術師の私にもわかるんですけど、才能が凄い分、人に教えるのに向いてない気がするんですよね」
ガリエス先輩にも、魔法をどうしたら使えるようになるか訊ねてみたのだ。だが、要領を得なかった。感覚的な説明ばかりで、何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。というか、寧ろ先輩の話をきいて、更に五里霧中になってしまった感じがする。
隊長は私の説明に首を傾げた。
「しかし、そうは言うが、お前さん、魔法を使えてたじゃないか。魔力の出力の様子がフロリゼルに似ていたから、弟に話をきいたからかと納得していたんだが」
はあ?何ですと?




