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34 遺跡へ出発

 私は最近、魔法のことについてはジェニファにきくようにしていた。魔法部に入ってはどうか、とあの胡散臭そうなファラーグ先輩に誘われ続けているが、それはお断りしている。

 招待状は、ジェニファの家が管理している遺跡へのお誘いだった。そこには彼女の血縁の者しか入れない練習場があるらしい。

「お兄ちゃんも休みで一緒に行けるし、魔法のこと、いろいろきけると思うよ」

 と招待状には書かれていたが、私にとってはそんなのはどうでもいい。

 ラウトゥーゾ遺跡!

 そこは、かつての王宮の跡で、千本杖が生まれた当時の王宮がそのまま遺跡として残っている。内部は荒れているらしいけど外から見た限りでは以前の威容を保っているときく。どんな感じなのかなあ、と以前から興味を持っていたのだが、今世には写真はない。魔法で似たものを作れはするらしいけれどかなり貴重なものなので、遺跡の姿を確かめるにはそれを描かれた絵で見るか、実際に現地に行くしかない。

 絵だって高価なものなのでそうそう見る機会はないし、ラウトゥーゾは辺境でなかなか行く機会はないと思っていたところに、今回のお誘いである。

 楽しみに思って当然ではないか!!!

 連休は土曜日から翌週の日曜日までの九日間もあった。世界の始まりに思いを馳せ、感謝し、祝うための祝日だ。

 伝わるところによると、この世界がある場所は最初、無であったという。そこにあるとき帽子が置かれた。それからしばらく何も起きなかったが、不意に風が吹いた。そうしてどこからか声が響くと、帽子の下の空間に目が現れた。目は開いたが、辺りは相変わらず無だった。見ているだけでは何にもならない目の主が思うと笏が現れ、それが振るわれると辺りに星が散った。

 星は何もなかった空間に張り付くと、光を放った。星々の光の中で大地が出来、その上に生命が生じ、そこから時間をかけて今の世界になった。

 これが私が子どもの頃にきいたこの世界の天地創造の話。一週間の名は、これにちなんで、冠の日、風の日、声の日、目の日、笏の日、星の日、生命の日となっている。

 本来なら一日目は帽子の日と呼ばれるべきで、高原ではそう言っていったのだが、高原の外では「冠の日」と言われていた。高原以外の地域では、世界に最初に置かれたのは王冠だったということになっている。高原を出て驚いたことのうちの一つだ。

 さて、私は笏の日、前世で言うところの金曜日の夕方に寮から家に戻り、翌日の早朝、待ち合わせの場所であるジェニファの家に向かった。ジェニファに言われて、学院の制服を着ている。制服だと、いろいろと通りがよいということだった。まあ、そういうこともあるかもしれない。

 ジェニファの家に近づくと、おいしそうなパンのにおいが漂ってきた。さすがパン屋。

 そう思いながら私が鼻をひくつかせていたところ、ジェニファの家の前に、マリちゃんがいるのが見えた。私と同様に制服を着て、大きな荷物を肩から提げている。

「……え、どうしたの?」

 私はマリちゃんに駆け寄った。マリちゃんはにっこり笑う。

「私もラウトゥーゾの遺跡に行くわ」

「え」

「馬車もうちが出すって言ったんだけど、それはラウトゥーゾさんに断られて。お家の馬車で行かないと通れない場所があるからって。それはそうよね、代々守られてきた場所だもの、警備が厳重なのは当然だわ」

「えっと……。マリちゃん、遺跡に興味あったんだ」

「うん。死んだ母様が好きだったっておばあちゃまにきいていて。前から行ってみたいと思っていたけど、実際にはなかなか行けないから、ラウトゥーゾさんにお願いしてみたら一緒に来ていいって言ってもらえたの。……できれば近くのモノルムに行けたらと思うけど、それはちょっと難しいわよね……」

 マリちゃんの生母はマリちゃんが赤ちゃんの頃に亡くなっている。父親はその後再婚し、養母や異母弟妹とともにモノルムで暮らしている。

 確かに家族に会いに行けたらいいけど、モノルムに行くのはちょっと難しそうではある。モノルムは最寄りではあるけど、ただ単に一番近い町だというだけで、距離は結構ある。魔素術で高速移動すれば一時間くらいで行き来できるかな?でも、マリちゃんにはそんな術の使い方はできないし。

 そこへ、パン屋の中からジェニファが出てきた。

「おはよう。もうちょっとしたら領地からの馬車が来るから、お店の中で待っていて?」

 開店前のパン屋にお邪魔するのは気が引けたが、大きな荷物を持ったまま店の前に立ちっぱなしなのもどうかと思い、マリちゃんと二人で店の中に入った。

 ジェニファは、荷物をとってくる、と言って店の奥に引っ込んだ。入れ替わるように、マリちゃんの父親が、焼きたてのパンが載ったトレイを持って出て来た。

「おお、おはよう。連休中、うちの子たちをよろしく頼むよ」

 よろしく頼むも何も、こちらが世話になるのだが、と私が思っている傍で、マリちゃんが頭を下げた。

「とんでもございません。こちらがお世話になるのです、何とぞよろしくお願いします」

 荷物を抱えたままでのお辞儀でも、優雅に見えるのはすごいなと私は思った。私もマリちゃんに倣って頭を下げる。すると、あちらも会釈を返してきた。

 そんなタイミングで、馬車が店の前に止まる音がした。

「ごめん、お待たせー。行こうか」

 店の奥から荷物を持ったジェニファが出て来た。その後ろから、ヨハンが出てくる。こちらは少しの荷物を持っていた。

 私は初対面ではないので少し挨拶をするくらいで済ませたが、マリちゃんは念入りに自己紹介と、今日の遺跡行きに同行させてもらうことのお礼を伝えていた。

 ヨハンは微笑みながら、そんなに気を使わなくていいよ、と言ったが、よくよく考えるとこの人は神祇庁に所属しているというし、親のこととか諸々を考え合わせると、マリちゃんくらいに丁寧に接しておいて良いのかもしれない。

 とはいえ、今更丁寧にするのも変だしなあ。

 心の中で自分を納得させながら、私は他の三人に先んじて店の外に出た。茶色の馬車がそこに停まっていた。学院では、子女を送迎するためにやってくる貴族の馬車を数多く見るが、それらと比べて質素な方だった。

 御者台には、大きなつばのついた白い帽子と白いマント、白い仮面を身につけた御者が一人と、黒づくめの服を着た、こちらはいかにも護衛といった風情の男が一人座っていた。

 馬車の後部についている腰掛けにも、黒づくめの護衛が二人座っている。

 馬車自体は質素でも、警備は結構しっかりしているんだな、と思いながら、ラウトゥーゾ家の使用人たちを見ていると、ヨハンが後ろから声を掛けてきた。

「王都を出たらすぐに転移陣で領地まで飛ぶから。領地まで行けば、護衛が一個小隊ほどつく。あと、現地では常に警備隊が遺跡周辺を警邏しているから、安心していいよ」

 どうやら、私が、警備の少なさを気にしていると思ったらしい。いや、そんなこと全然ないんですけど。寧ろ、平民の身からすると仰々しく思えるんですけど、と私は内心で呟いていたが、マリちゃんが心底安堵したように、

「そうなんですね、安心しました」

 と言うのをきいて、ああそうか、平民でもマリちゃんくらいのお嬢様からすると、この護衛の数では少ないんだ、と気がついた。マリちゃんが普段寝起きしているのは父方の伯父夫妻の家で、そこは学院から二区画しか離れていないのだが、それでも毎朝毎夕馬車で行き来している。そしてその馬車には御者以外にも護衛が二人同乗し、馬に乗った護衛が少なくとも二人は伴走していた。都の中を二区画移動するだけでそれなのだから、これから辺境に行こうという馬車がこの護衛の数では、マリちゃんからすると警備が手薄に思われて仕方がないのは当然のことだろう。

 馬車には、ジェニファとその兄の兄妹に、私とマリちゃんの四人が乗った。私とマリちゃんが隣り合わせに座り、私の向かいにヨハンが、マリちゃんの向かいにジェニファが座る形になる。

 馬車に乗る前に、マリちゃんは何かを気にしている様子があった。私にはそれが何かわからなかったのだが、ジェニファは正確に察したらしかった。

「付き添い婦は我が家にはいないのよ。うちは、名ばかり貴族だから」

「あ……、ごめんなさい、つい」

 マリちゃんがジェニファに謝る。

 貴族の未婚の女性が外出するときには、学院関係の外出を除いてそういうお目付役の女性が同行するのだとは、話にはきいたことがある。

 実は、マリちゃんにもそういう人がいるらしい。会長夫妻のところで暮らしていたときにはそんなことはなかったが、マリちゃんが伯父の家に移ってから、伯母が体裁を気にしてそういう人をつけることにしたのだとか。

 学院には貴族でもそういう人を伴ってくることは許されていないので、マリちゃんが付き添い役の人を学院に連れてくることはない。だから、私はその人に会ったことはないのだが、マリちゃんの話では、体裁を気にする伯母さんの意向を限りなくくみ取るように動くような人らしい。

 そこで私は不思議に思ってマリちゃんに訊いた。

「マリちゃん、今日は付き添いの人は?」

 私が訊くと、マリちゃんは首を横に振った。 

「おばさまたちは、私がおじいちゃまの家に泊まりに行く、としか知らないから平気。おじいちゃまの家に戻るときにはそういう人はついてこないの」

 ジェニファが首を傾げる。

「なんかすごいね、平民なのに徹底してる」

「すごくないです。伯母は貴族の家に勤めていたことがあって、それでそういうことにこだわりがあるんです」

 私たちが席に座り、ヨハンが合図を送ると、馬車が走り出した。

 人通りのない早朝の道を、馬車は何にも遮られることなく走っていった。王都の外へ出るときいていたのに、私が知っている道とは違っていた。

 それに気がついてヨハンが言う。

「貴族専用の門を使うんだ。門のすぐ外に転移陣専用の場所があってね」

 私はマリちゃんを見た。マリちゃんは小さい声で、

「そういうものがあるって、話にきいたことはあるよ」

 と言った。もしかして王都の住人には常識なんだろうか。そういうのに興味ないからなあ、私。

 貴族専用の門というのは、私の家からそう遠くはない場所にあった。そこに近づくに連れて、そこここに伏せられている警備の数が増えているのが、その魔素の気配でわかった。以前から、この近辺を通りかかったときもものものしい警備の様子を感じ取り、なんか物騒だなあ、と思っていたのだけれど、どうしてそうなっているのかがこれでわかった。

 貴族用の門を抜けると、そこには整えられた庭園があった。庭園は花壇で区切られており、その区切られた各スペースで転移陣を使うようになっているらしかった。

 らしかった、というのは、時間が早いせいか他の馬車がいなかったので、そのようにしか言えなかったからだ。私たちの馬車はそれらのスペースの一つに入っていき、やがて水色の光が辺りを包んだ。

 光が消えると、私たちはそれまでいた整った庭園とは全く違った様子の、荒涼とした平野にいた。

 そして、私たちの馬車の前には、私たちを待ちかまえていたかのように、陣形を組んだ騎馬隊がいた。騎手は皆揃いの制服を着ていた。

 先頭の騎馬が前に進んできた。馬車の傍まで来ると、騎手は馬車の窓ごしに声をかけてきた。ヨハンが窓を開ける。

「ようこそ、ラウトゥーゾ平野へ。無事にお着きで、安心しました」

「宮廷魔法使いたちの腕前のおかげでね。隊長は?」

「遺跡でお待ちです」

「わかった。それじゃ、遺跡まで案内を頼む。初めて来た子たちがいるから、正面から入る経路で」

「承知しました」

 隊列は訓練されたものとわかる動きで綺麗に分かれ、配置についた。それから馬車は騎馬に守られながら進み始めた。

 辺りは木の一本も生えておらず、何なら草すら所々にしか生えていなかった。乾いた土地なのが見てわかる。私たち以外に人間は見あたらなかった。大きな動物もいなかった。

 しばらく走った後、馬車の速度がゆっくりになった。やがて止まる。

「ほら、あれが遺跡だよ」

 ヨハンが窓越しに遠くを指さした。そこは小高い場所で、彼の示す先に、巨大な建物が見えた。私は息を呑んだ。

 とにかく高くて大きな石造りの建物が、日の光を浴びて白く光っていた。窓の一つもなく、石がただただ積まれて作られているだけの建物だが、その端正さ、大きさには他にはない迫力がある。その昔、ここが王城だったというのも納得だった。

「すごいでしょ」

 ジェニファが誇らしそうに言う。私は何度も小刻みに震えるように頷いた。

「うん、なんかすっごく感動した。話ではきいてたけど、やっぱり実物見るのが一番だね。ね、マリちゃん?」

 無言で遺跡を見つめていたマリちゃんは、言葉もないままにこちらも何度も頷いていた。いつも失礼にならないように気をつけるマリちゃんにしては大様な反応だった。マリちゃんも感じ入ったらしい。

 馬車はゆっくりと進み始めた。遺跡の近くにまで寄っていくと、また揃いの制服を着た一団が待っていた。今度は騎馬が少ない。そのかわりに、歩きの騎士たちはそれぞれが立派な杖を持っていた。

 馬に乗って、一人の男が前に進んできた。白髪なので結構な年齢なのかな、と思っていたが、近づいて見てみるとまだ若かった。二十代後半くらいか。

 ヨハンが馬車の窓を開け、男に挨拶した。

「やあ、隊長。お勤めご苦労。世話になるよ」

「ご冗談を。我々が遺跡の中に入らないとならないような事態にはならないように祈りますよ」

「だといいと思うけどね」

 隊長は顔をしかめたが、何も言わなかった。

 隊長の顔を見て、誰かに似ているな、と私は思った。隊長の顔は、整っているけど、なんか人間くさく少し崩れた感じだった。その整った感じが、最近会った誰かに似ている気がするのだが。

 隊長が離れていくと、馬車はすぐに走り出した。騎馬の人たちだけがそれについてくる。

 やがて馬車は遺跡の巨大な入り口に入っていった。私はその間ずっと、胸躍らせながら遺跡を見つめていた。


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