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32 大人たちは情報を共有する(父視点)

 シホの父の視点です。

 生命の日の夕方、シホが学院に戻った後、クラリィがやってきた。

 きくと、先ほど、クラリィの家に、魔法で作られた鳥が手紙を伴ってやってきたということだった。

 手紙の主はヨハン・テウル・ラウドゥーゾ。八年前、私たち一家が高原から出てくるときに馬車に乗せてくれた夫婦の息子だった。そして、クラリィの話では、シホが学院で友人になった女生徒の兄だという。

 手紙には、今夜、クラリィを訪ねてきたい、とあった。そしてその場に私たち夫婦も同席してほしい、と。

 私と妻は早めの夕食をすませると、手紙に記された時間の前にクラリィの家に行き、客人を待った。

 私たち三人が揃ったとき、突然ろうそくの炎が揺れ、神使様が現れた。シホには内緒でだが、その前日に私たち夫婦はクラリィに神使様を紹介されていたので、普通に挨拶をすることができた。

 それにしてもなぜここに神使様が、と疑問に思っていると、神使様が言った。

「私がヨハンに頼んだのよ。クラリィたちを交えてちょっと話したいことがあるんだけど同席してほしいって」

 ちょうどそのとき、玄関のドアがノックされた。クラリィが開けにいく。

 二人の青年が入ってきた。最初に入ってきたのは暗い金髪の青年だった。続いて入ってきた背が高い黒髪の青年に、私は驚いた。

 八年前、高原から出てきた旅に同道していた青年だった。タロという名前だったと記憶している。その後、一度程会う機会はあったが、そこから六年が経っている。その頃はまだ少年という感じだったが、今は立派な青年に成長している。

 金髪の青年がほほえみながら私たちに挨拶をした。

「こんばんは。そちらがアリス・ゼンご夫妻ですか」

 私たちは頷いた。青年は笑みを深くして言った。

「初めまして。私がヨハン・テウル・ラウトゥーゾです。ご夫妻については、両親からいろいろ話をきいております。八年前は両親が大変お世話になりました」

「いや、その。私たちというよりは娘が」

「そうですね、そのこともよくきいています。昨日、シホさんには店で会いました。父がとても感じ入っていました。あのときの子がよく育ってくれたと。しかも、学院で妹と仲良くしてくれているようで。妹がよく嬉しそうに話しています。ありがとうございます」

 それからヨハンは後ろに控えていたタロを見て言った。

「ほら、タロス。お前も挨拶。今回は、護衛だから挨拶しなくていいってわけじゃないだろう。お前だって八年前にお世話になってるんだから」

 タロは、少しだけ頭を下げた。

「お久しぶりです。ご無沙汰しています」

「うん、久しぶりだ。元気だったかね」

「はい」

 タロはそれ以上何も言わなかった。まあ、彼はそんなもんだろう。妻もほほえみながら頷いているだけで、タロに声を掛けたりはしなかった。妻も彼の性格がわかっているからだろう。

 神使様が言った。

「じゃあ、本題に入るわね。私があなたたちに集まってもらったのは、シホのことについて話したかったからよ。私、シホから六年前のことを訊いたの。ガリエス侯爵家の次男がクラリィを襲ったときの話ね。で、シホの記憶、変えられてるんじゃないかって思ったの」

「どうしてそんなことを?」

「おかしいからよ。シホの話だと、あの子はガリエス侯爵家の次男の魔法に巻き込まれて怪我をしたんでしょ。それなのに神々の煉獄が作動したのだと言ってたわ。煉獄の看守の手が相手の魔法使いを捕まえるのを見たって。そんなことはあり得ないのよ」

「それで記憶が変えられている、と?」

「そうよ。あの子がそんなおおごとについて勘違いすることはないと思ったからね。それで、どうなの?神祇庁がやったの?違うの?」

「それで僕らを呼んだんですか」

「まあね。そんなのやれるのは魔法でしょ。で、最高の魔法使いが集まるのは、宮廷魔術師団でも魔法院でもない、神祇庁だわ」

「お褒めに与り光栄です」

 ヨハンは恭しく頭を下げた。神使様は溜め息をついた。

「そういうのはいいのよ。で、どうなの」

「僕らはそんなことしてませんよ。というか、できません。人の記憶を変えるなんてこと、人間の魔法ではできません。それこそ神の御業です」

「……そう」

「ご納得いただけましたか」

「いいえ、わかったことがあるってこと。クラリィ」

 神使様はクラリィに向き直った。

「あんた、シホの記憶のこと、知ってたわね。もしかして、父親の方も?」

「何でそんなこと言うんだい?」

「シホの記憶が変わってるなんて大事を言われても、驚いた様子がなかったからよ」

「ああ、なるほどねえ」

 クラリィは私たちを目だけ動かして見た。私と妻は頷いてみせた。

 それを見て、神使様は溜め息をついた。

「つまり、母親も知ってたってわけだね」

「そりゃそうだよ。記憶が変えられた現場に、ターンはいたしね」

 クラリィが言うのに、私も頷いた。

「娘の大事について、私が知っていて妻に教えないということはないので」

「それもそうか。で、話してもらえる?誰が、何でそんなことをしたのか」

「いいよ。でも、シホには言わないでおくれよ」

「わかってるって。で?」

「あの子の記憶をいじったのは、神の煉獄の管理者だ」

「はああああああ?」

 神使様は大声で叫んでいた。

「何それ、あり得ない。いや、あり得るのか?自分のミスを隠すためにとか?でも何で私に情報が来てないのよ!」

「ミス、とは?」

「煉獄を作動させちゃいけないのに作動させちゃったから」

「ああ、それは違うね。あのとき、神の煉獄はそもそも作動していないんだよ」

「でも、シホは煉獄が作動するのを見たって」

「違うよ。魔が出てきて、煉獄のまがいものを作動させたのさ。それで件の魔法使いはそれに囚われた。シホはそれを見たのさ」

「魔ですって?……あんたたち、そのこと知ってた?」

 神使様はヨハンを見て訊ねた。ヨハンは頷いた。

「勿論です。そして、シホさんの記憶が変えられていることも知っています。あれは、私たちの管轄なので。神々の煉獄の管理者が関わったのは、タロスが呼んだからです」

 タロが頷いた。

「俺もその近くまで来ていて、煉獄が発動した時と同じような空の色を見たので、管理者に連絡を取ったんです。何が起きたのか確認しようと思って。でも、煉獄は動いていないと言われて、来てもらったんです」

「それで記憶を消すことにした、と。でも待って、煉獄によく似た現象を見ただけなら、記憶をいじる必要ないじゃない」

「それだけなら良かったんですが、余計なモノまで見ている可能性があったので、念のために」

「余計なもの?」

「魔です」

 その一言で察したらしい。神使様は私を見た。

「……あんたがシホの記憶を変えられるのを止めなかったのも、魔が関わっていたから?」

「魔については、私たち高原の民はよく知っていますので」

「そういえばそうだったわね……。でも、記憶を変えるなんて、やりすぎとは思わなかったの?」

「思いません。あの子に魔についての記憶がある限り、あれはそれを足がかりにあの子に近付ける可能性が残ります。それは避けなければならない。あれは危険です。近寄らせないのが一番です」

「なるほどねえ……。じゃあ、マリの記憶もいじられてるの?」

「いや、あの子の記憶はそのままだよ」

 クラリィが言う。神使様は訝しそうに訊ねた。

「何でよ?あの子に魔についての記憶が残ってたら、あの子にも魔が寄ってくるかもしれないでしょうに」

「あの子は魔について何も知らないのさ。あの魔法使いに襲われたとき、ずっと私に守られて何も見ていないしね」

「あー、そう言えばそんなことマリも言ってたわね」

「それに、神々から助言もあったのさ。あの子の記憶をいじったら、あの子の能力を弱めてしまうってね」

「能力?」

「あの子は強力な癒しの力を持っている。桁違いの力だ。六年前のあのとき、シホの怪我を治してくれたのはマリなんだ。あの子があの場にいなかったら、シホは死んでいたかもしれん」

「ああ、シホが言ってたわ、マリは治癒がうまいって。そのことがあって言ってたのね?」

「それは関係ないだろうな。シホはマリが自分の命を救ったとまでは知らない。応急処置はしたがそこまでで、最終的には母親が治したと思っている」

「何で?隠すことないじゃない?」

「マリちゃんの力は強すぎるんです」

 妻が言った。

「会長ご夫妻からはきいていましたが……。マリちゃんの力は強すぎます。知っている者は少ない方がいい、それほどの力です。マリちゃんにはそのことは説明して、納得してもらっています」

「それ以来、妻はマリちゃんに治癒術を教えているんです」

 私が申し添えた。神使様は少し考えている様子だったが、

「わかったわ。じゃあ、マリは、六年前のことについて、肝心なことについては何も知らないってことでいいのね?」

「ああ。あの子が知っているのは、魔法使いが私たちを攻撃してきて、シホはそれを助けようとして怪我をしたってことだけだ」

「わかったわ。私もそういうつもりでシホに接する」

「ありがとうございます」

 私と妻は神使様に礼を言った。

「いいのよー、私も宴に向けてシホにいろいろ頑張ってもらわないといけないし。あ、そうだ。あんたたち夫婦に言っておくけど。これからシホに魔法を覚えてもらうつもりだから」

「魔法……ですか」

 私は妻と顔を見合わせる。

「あの子には千本杖の血は一滴たりとも入っていませんが」

「高原の民はそういうのがはっきりとわかるから厄介よねー。そうじゃない地域だったら、もしかしたら、とかまだ勘違いできる可能性あるけど」

「私は高原出身ではありませんけど、でも多分、貴族とは関係ない血筋だと思います。貴族と平民の間に子どもができることは本当に稀ですから」

 妻が言う。

「わかってるけどさー。そういう勘違いっぽいのが魔法をイメージするときにうまく作用したりするのよ」

「神使様も、彼女に魔法を使わせようとお考えなんですね」

 ヨハンが訊ねた。

「あら、それって人間の中にも同じことを考えている奴がいるってこと?」

「先日、事告げ様からのお告げがありまして」

「ああ、別にあんたたちが自分で考えたわけじゃないのか。まあ、普通に考えれば、生粋の魔素術師に魔法を使わせようなんて考えないものねえ」

「こちらとしては、彼女が魔法を学べるように、周りに働きかけさせているのですが」

「魔法部の子たちがあの子にちょっかいかけてきたのはあんたの差し金だったのね」

「うまくいっていないようですが」

「それはいいわよ。シホもなかなか頑なだけど、魔法部の子たちには諦めないで勧誘を続けてほしいわ。何とかそっちにシホの考えが向くように、こっちも頑張り続けていくから」

「承知しました」

 ヨハンは深々と頭を下げた。私と妻は黙って見ているしかなかった。

 神使様が去り、ヨハンとタロも去り、私たちは家に帰った。帰宅するなり妻は私に言った。

「あなた、何か言いたそうね」

「いや、別に……」

 私は言葉を濁したが、妻にはお見通しだったらしい。

「あなたはあなたでいろいろ思うところがあるんでしょうけど、私からすればマリちゃんはいい子ですからね。シホの命の恩人で、親友で。ほかに何かある?」

 私は何も言わなかった。あの子は確かにシホの命の恩人だ。でも、あのときそのせいでシホは死にかけた。そのことが心に引っかかっているのは、おかしなことではないのではないか?

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