29 不出来な鱗
セイナの不満は、宴の参加者を決めるために行われたアンンリウォルズ先輩の試験が、不意討ちだったので実力をきちんと計れるものではなかった、というものだった。そして、私が合格したのはたまたまだと。
マリちゃんはセイナがそう言っていると耳にして、一人で隣のクラスに行き、セイナに喰ってかかったのだった。
その場にいた生徒たちの話だと、ものすごい言葉の応酬だったらしい。罵詈雑言ではなかったが、上品な言葉で互いを中傷しあうのをきいた男子生徒たちは、普段大人しい二人の中身を知り、慄いたということだった。
二人がそんな風にやりあっていたとき、私は職員室に呼び出されていたので、そういうことがあたったのだと知ったときには、事が終わっていた。聞いた話では、私たちのクラスから何故かクロウが呼び出され、二人の仲裁に当たり、クロウに宥められたからといってマリちゃんが鎮まることはなかったが、セイナは途端に大人しくなったという。クロウのリーダーシップはものすごい効果を発揮したのだなと私は思ったのだが。
セイナはクウェーナの治療を受け続けて大人しくしていたが、私がいるのに気がつくと、睨んできた。
私はため息をついた。
「何でそんなに睨まれるのか、全然心当たりがないんだけど」
「マツサカリュウ。あんたになついてるって」
「そう。それで?」
「それでって……!あんた、いろいろ恨まれるようなことしてるって自覚ないの?宴の出席者に選ばれて、魔法科の天才に褒められて、マツカサリュウまで懐いて……!」
「なんか、言いがかりにしか聞こえないんだけど」
それに、恨まれる、ではなく、妬まれる、の間違いではないか。
「無駄口を叩くのはやめんか」
組合長が割って入る。
「詳しいことを話せ。何が起きた。何でお前がここにいる」
組合長に厳しい口調で訊かれてセイナは口ごもる。メイナが膝立ちで娘の側に寄って来た。
「この子を責めないでください。この子は人形師になりたくて」
「それは知っている。だが、だからといって、ここの作業場を借りるような仕事に立ち会わせていいかどうかは別だ」
「でも私、本当に修行して!」
「この子、頑張ったんです。それで、夫も仕事場に連れていってやろうと言ってくれて」
「そうか。それで、何が起きた。ダントスは何をどうしくじった」
「違うんです。父さんじゃないんです」
「それではケイルか?」
組合長が訊くのに、それにかぶせるようにメイナが娘に言う。
「そうなのね、ケイルのせいなのね?」
セイナは俯いた。それを見て、私は察した。ケイルというのが誰か知らないが、やらかしたのはその人じゃない。多分、セイナ自身だ。
「ラヴィに何をしたの」
私は単刀直入に訊いた。セイナは顔を上げ、また私を睨んできた。
「何もしてないわよ。私が作った鱗をマツサカリュウの体に差し込んだだけよ。そしたら暴れだして」
私は、セイナが言うことの意味がわからなかった。が、ホリィが大きくため息を吐きながら言った。
「あー、そのせいだわ。不出来な部品をあの子に使おうとしたんでしょ。それで暴れ出したのよ」
私の傍でふよふよと浮かびながら喋るラヴィを見て、セイナの表情が強ばった。
「何、そいつ……」
「セイナ、神使様よ」
メイナが慌ててセイナの頭を下げさせる。
「いいわよー、そんなに気を使わなくても。ていうか、私、普段から姿を消して学院の中を飛び回ってるし。あんたがシホの悪口を言ってるのも直接きいたし」
セイナは一瞬唇を噛んでいたが、すぐに、
「あの、あなたが神使様ということなら、神具を持っているんですよね。神具を私に貸してもらえませんか」
「はああ?」
ホリィの声が裏返る。私はあっけにとられた。組合長をはじめとする人形師たちも同様だった。ただ、メイナは違った。
「そうよ、そうだわ。良い考えよ。神使様、どうかこの子に神具を貸していただけませんでしょうか。神具の助けがあれば、この子だって立派にお役に立てます」
「無理よー。あれを使うのには資格がいるの。その子にはそれがないわ」
「資格って何ですか。魔素術の腕前ですか。私だって」
「魔素術の成績は四位よねえ。知ってる。で、シホは一位ね」
セイナは唇を噛み、ホリィを睨んでから私を睨んだ。私はため息をついた。何でホリィがそういうこと言うかなあ。相手を煽るんなら自分で煽るってば。
私としては羽衣を使うための資格が何なのか気になったが、そのことについて話すべきタイミングではないだろうと思った。
クウィィイ……!!
甲高い声が遠くからきこえた。ラヴィの声だとわかった。
ホリィが唸りながら言った。
「マズいわねえ。この苦しみよう、尋常じゃないわよ。もしかしたらあの子のせいでこの空間が壊れちゃうかも」
「壊れる?」
私が訊き返すのと同時に、またラヴィの声が聞こえた。さっきよりも甲高い。苦しそうな感じがひしひしと伝わってきて、私は思わず声が聞こえてくる方、稲妻が光っている方へ駆けだした。魔素術を使って、地面の上を滑らかに移動する。
私は全速力で移動していたのだが、同じスピードで私を追ってくる気配を感じて振り向くと、ホリィに続いて、クラリィ婆ちゃん、組合長、グリエル老人、メリエラ、カペラス、クウェーラがついてきていた。子供の頃、高原の大人たちでも私についてこられる人はそうはいなかったのに、ここにいる大人たちはみんな余裕そうだった。まあ、クラリィ婆ちゃんがかなりの高速で移動できることは、前から知っていたけど。
「そろそろよ!」
ホリィが叫ぶ。
ラヴィがそこにいた。白く光る巨大な網の中に閉じこめられていた。蚕の繭という魔素術だというのは、見てわかった。相手を捕らえるためのもので、本来は蚕の白い繭のような俵型になり、中に入っているモノは外から見えなくなるのだけど、ラヴィが抵抗するので術が完成する手前のところで止まっているらしい。
術者は、ラヴィの手前にいる二人の男性のうち、年長の方だというのもわかった。
白い網はラヴィの体に食い込んでいた。ラヴィの体が傷んでいるのがわかる。ラヴィは体を何度もよじり、声を上げ、体から雷を発していた。
私は、ラヴィや男性たちから少し距離を置いた場所で止まった。組合長たちも似たような位置で止まる。
「何、これ。ラヴィの体、前より悪くなってるじゃない」
私が思わず呟くと、ホリィも同意した。
「そうねえ。尻尾は少し戻ってるみたいだけど、それよりも今まで無事だった部分の損傷がひどくなってる」
「蚕の繭のせい?」
「間違いないわね」
私たちが話している間に、組合長が術者に大声で話しかけていた。
「ダントス、これはどういうことだ」
「組合長、話しかけないでくれ。今、難儀しているところだ」
「見たらわかる。どうしたらマツサカリュウがこんな風に暴れるんだ」
「すまん。不出来な鱗を差してしまって」
「部品の出来を見極め損なったのか?基本的なことだろう」
組合長が呆れたように言うのを、クラリィ婆ちゃんが止める。
「原因の追及は今はいい。それよりもマツサカリュウをどう助けるかを考えないと。ダントス、不出来な鱗は何枚差した」
「三枚だ」
ダントスの答えにグリエル老人が嘆息する。
「たった三枚でこうなるほど未熟なものを使うだなんて、嘆かわしい。それで、その三枚はどこに差した」
「尻尾の方だ」
尻尾と言うが、ラヴィの体は短くなったまま、尻尾なんてものは影も形もない。
が、それで人形師たちには通じたらしい。互いに目配せをした後、
「ダントス、蚕の繭を解け。問題の鱗を抜く」
組合長が言った。ダントスは唸った。
「鱗を除いても暴れ続けるかもしれない」
「かもしれん。が、問題をそのままにしておいても仕方があるまい。この状態を続ければ、マツサカリュウは苦しみ続けるだろう」
「だが、鱗を抜くにしてもマツサカリュウの動きを止めないといけない」
「蜂の群舞をぶつけてみたら?マツサカリュウは抵抗して攻撃するだろうから、それで足止めになるのではないかしら」
クウェーラが提案する。
「後は、天球か。それでマツサカリュウの行動範囲を狭めれば」
カペラスの発言に、ダントスともう一人を除いた人形師たちの視線が私に集まる。
「え、私に天球を使えってこと?」
「良い考えかもしれないわねえ」
ホリィが言う。
「あの子を含む空間に天球を設置できたら、あの子は天球の外には出られなくなるし。あの子も知らない人形師に閉じこめられるよりは、あんたにやってもらった方が安心できるだろうし」
私に視線を向けていた皆が頷く。
クラリィ婆ちゃんが言った。
「お前が天球を使うときには、私はお前の傍にいよう。お前を守る者も必要だろう」
誰も反対する者はいなかった。話の成り行きをききながら、私は一応言うだけ言うことにした。
「天球を使えって言われても、失敗するかもしれないよ。成功したのはこの前の一回だけだし」
「もしお前が失敗したら、私が天球を使うさ。お前はマツサカリュウを宥めるのに力を貸してくれ」
クラリィ婆ちゃんにそう言われると、それ以上反対することはできなかった。
私はラヴィの下に歩いていった。人形師たちもラヴィに近付いていく。
私はラヴィを見上げた。ラヴィがこちらに顔を向けた。クルル……と小さく声を上げた。
私はホリィを見た。
「ホリィ、羽衣を」
「了解!」
ホリィはぱくっと口を開けた。そこから薄桃色の羽衣の端がふわりと出てきたので、それを掴み、引き出す。
私は羽衣を身に纏うと、少し息を吸い、右手を上に突きだして言った。
「天球!」
ラヴィを囲むように半球の魔素の障壁を展開する。同時に、ダントスがラヴィにかけていた蚕の繭を解いた。ラヴィは鳴き声を上げると、私たちに向かってものすごい勢いで飛んできた。
このままだと私はラヴィにはねとばされそうだった。どうやって自分の身を守るか。亀の甲羅を使えば、自分の身は守れる。が、天球と同時に使うことはできない。
どうしたものかとものすごい勢いで考え続けていると、私の傍にいたクラリィ婆ちゃんが私も含めた空間に亀の甲羅を張った。
亀の甲羅がラヴィの突進を阻む。ラヴィは甲羅に一度跳ね返され、また突進してきた。そして、短くなったままの体で亀の甲羅に巻き付くと、締め上げてくる。
ものすごい力がかかっているのは肌で感じられたが、婆ちゃんが張った亀の甲羅は小揺るぎもしなかった。亀の甲羅は前面と背面で構成され、腕の悪い魔素術使いだと背面が弱かったりするものだが、流石、婆ちゃんは安定していた。私は天球の維持に意識を集中した。
天球の維持は、思ったよりも簡単にできた。それは良かったのだけど、ラヴィは亀の甲羅に巻き付いたままだし、ここからどうすればいいのだろうかと私は疑問に思い始めていた。
と、魔素の直線的な動きを感じて、私はそちらに目をやった。
ラヴィの動きを封じるように魔素でできた細い柱が何本も地面から突きあがっていた。
これは一体何だと思って目を凝らす。こういう柱に見覚えはある。私自身も同じものを作ることはできる。が、こういう使い方をするものではないはずだ。
「筍の階だね」
婆ちゃんが言う。私が思った通りの答えだったが、筍の階は、元来、何もない場所で高い場所に行くために、足場として魔素を柱のような形状で物質化するものだ。
術者の術が解ければまた元の魔素に戻り、空気に霧散していくが、そうでない限りは魔素は柱の形をとり存在し続ける。
「何も足場として使う必要はないってことだ」
婆ちゃんが、私の疑問を見透かしたように言う。
つまり、通常は足場として使うために発生させる魔素の柱を、ラヴィの動きを封じるための串のように発生させたということだ。ラヴィの拘束のためにこういう風に柱を築き上げるなんて、柱の強度も形状も発生させる場所も、きちんと制御できていないといけない。
「誰の術?ものすごく腕がいいんだね」
「そりゃ、上師だからね。これくらいはできるよ」
婆ちゃんが言う。私は内心舌を巻いた。あまり使わない術だからということもあるけど、私は筍の階はあまり得意ではない。他の術とは違って、生やしたいところに生やしたい高さで百発百中というところまで行っていない。
「お前だって、落ち着いてやれば、筍の階を過たず設置することはできるさ。早撃ちしようとするのがよくない癖だ」
「そりゃそうなんだけどさ。生きるか死ぬかっていうときには、速さがものを言うでしょ」
「まあねえ」
そのとき、私たちの耳に、メリエラの声が届いた。
「シホさん、天球を解いてくれていいわよ。マツカサリュウの固定は終わったから」
私はラヴィを見た。相変わらずラヴィは婆ちゃんが設置した亀の甲羅にギチギチに巻き付いたままなのだが。
婆ちゃんが頷いて見せたので、私は天球を解いた。ラヴィが頭を上げ、亀の甲羅を締め上げるのが少し緩んだように感じた。
と、次の瞬間、ラヴィが高く鳴いた。稲光が天空を幾筋も走り、幾つかはラヴィ自身に落ちた。婆ちゃんの亀の甲羅に守られている私たちは無事だったが。
「クウェーラ?」
「大丈夫だ、問題ない」
ダントスの声がする。何かと見れば、クウェーラが倒れていた。衣が焦げている。何が問題ないんだろうと見ていると、クウェーラは立ち上がろうとしていた。
「凄い、あれ喰らって大丈夫なんて」
「まあ、上師だしね」
「どうやったんだろう」
「瞬間的に魔素を使って、雷を弾いたんだよ」
「もしかして、筍の階使ってるのって、クウェーラさん?」
「そうだ。で、残りの者で問題の鱗を取り除くんだろう」
見ているうちに、組合長とメリエラとグリエル老人が魔素でできた白く光る糸を手から出した。普通なら蚕の繭に使うものだ。そして、その手をラヴィの体に向けて振る。
白い糸は、ラヴィの体の三カ所にとりついた。三人は糸を引っ張った。
最初に、組合長が腕を振り下ろした。すると、糸とその先にくっついていたモノがラヴィの体から離れた。
それは、鱗だった。
ああなるほどなあ、と私は感じ入った。糸は、蚕の繭を糸の状態で出したもので、それに鳥もちのような性質を持たせ、問題の鱗にひっつけて引き抜いたのだ。
他の二人も、少し遅れてではあるが、鱗を引き抜いていた。
ラヴィはその度に小さく声を上げていたが、やがて大人しくなった。
クェーラが筍の階を解いた。ラヴィは亀の甲羅から離れ、ゆっくりとゆったりと宙に浮かんだ。
私と婆ちゃんはゆっくりと後退した。ラヴィから十分に距離を取れたと思ったところで、婆ちゃんが亀の甲羅を解いた。
ラヴィは、宙に浮かんだまま、私たちを見下ろしていた。私の目には、疲れているように見えた。
ホリィが言った。
「あーあ、直してもらうつもりだったのに、逆にぼろぼろになっちゃったじゃない。どうすんのよ」
確かに、ラヴィの体には小さな傷がいろいろついていた。
「これ、直るの?」
「鱗を作り替えて挿し直せばな。ただ、マツサカリュウが我らに修復を任せてくれるか」
婆ちゃんが言う。その目の前で、ダントスともう一人の男の人がラヴィに近寄ろうとしていたが、ラヴィはそれをよけて、私の後ろに隠れるように飛んできた。大きな体が私たちの後ろに隠れきるはずはないのに、なるべく縮こまってダントスたちから見えないようにしているのがわかる。
私はラヴィの嘴を撫でた。ラヴィはクルル……と声を上げながら、額を私の頭にこすりつけてくる。
それを見ていたホリィが言った。
「あのさ、クラリィ、あんたとシホでこの子を直してあげられない?」
本日もう一話投稿します。




