28 魔素術第四位
「様子を見に行ってきます」
メイナが慌てた様子で部屋を出ていった。メイナが出て行った直後にもまた轟音がする。
私はお茶を飲む気分になれなかった。さっきの人が言っていたのがラヴィのことだったら?でも、事告げ様と一緒に消えたラヴィがどうしてこんなところにいるのか?
私はホリィに話しかけた。
「さっきのマツカサリュウって」
「あなたが知ってるのと同じ子のことよ。というか、マツカサリュウって、あの子しかいないから」
「どういうこと」
「あの子は人形師たちが作った体に魂が入ったモノなの」
「え、そうなの?でも、学院の先生とか、そんなこと言ってなかったけど」
「魔法使いは貴族だからねえ」
クラリィ婆ちゃんが言う。
「自分たちだけが接触できる特別な存在の招待が人形師の手によるものなんて言いたくないのさ」
私は戸惑った。
「えっと……、貴族って、みんながみんなそういうものではないと思うんだけど。中にはいい子もいるし」
「学院ではそうなんでしょうね。でも、学院を卒業した後にもそういう振る舞いをとれるかは別の話よ」
クウェーラが言った。私は納得はできなかったが、黙った。
そのとき、また大きな音が響いた。ホリィが言った。
「この間、神の煉獄の囚人と戦ったときに、あの子の体、ちょっとなくなっちゃったでしょ。あの子はカミサマたちに願って、力ある人形師に自分の体の補修をしてもらうことにしたのよ。あの子、別れ際に言ってたでしょ」
「いや、言われても私、ラヴィの言葉わからないし」
「羽衣の力を解放すればわかるようになるわよ」
私は少し顔をしかめた。羽衣の力を解放したらどうなるか。その説明は、ホリィと出会った日から毎日聞かされていた。いろいろなことができる、魔法も使うことができる、と。
でもそれをすると、私が私でなくなりそうな気がした。別に、羽衣の力を解放しても魔素術が使えなくなるわけではないのだけれど。でも、私の中の何かが根本的に変わる気がしていたのだ。
「まあとにかく、神々を通じて人形師たちに依頼が来たんでしょうね。でも、何でこんな騒がしいことになってるんだか」
「ラヴィ、大丈夫なのかな」
「大丈夫なわけないでしょ。結界の外にまでこんな影響を及ぼすなんて」
「結界?」
「ここの作業場には結界が張られている」
クラリィ婆ちゃんが言った。
「人形作りってのはいろいろと危険なことがあってね。わざわざここを借りないとならないような仕事であれば、そういうこともある」
「危険って……」
「話したろう。神域に納めるような人形を作るときには、よからぬモノが寄ってくることがあると。それを防ぐために天球という技があると。そういうことさ」
「よからぬものが寄ってきた結果、今みたいな音が起きてるってこと?」
「そうとも限らんが」
グリエル老人が言う。
「人形のパーツを整えるのに魔素術を使うことがあるが、使っている術と材料との相性が良くなくて反発した結果いろいろな事象が起こることがある」
「大きな音が起きたり、光が発生したり、衝撃波が発生して建物が壊れたり、とか」
クウェーナが補足する。
カペラスが立ち上がった。
「とりあえず、様子を見に行くか。メイナが行ったからといって事態をおさめられるとも思えんし」
言ってから、私とホリィを見る。
「一緒にどうかな。神使様も」
「行きます。あの子がしっぽを失ったのは私のせいだし」
私はすぐさま言った。行って何ができるかはわからないけど。
結局、その部屋にいた人形師全員で行くことになった。
部屋を出て、何度も廊下を曲がり、階段を上がったり降りたりする。迷子になりそう、と私が呟くと、そのように作ってあるのさ、とクラリィ婆ちゃんが言った。
「それって、敵の侵入を防ぐためとか?」
「良くないものを迷わせるためだよ」
「良くないもの……?敵とどう違うの?」
「お前さんの言う敵というのは、体を持つモノどもだろう」
「あー、婆ちゃんが言う良くないものっていうのは、そうとは限らないってことか」
「そういうことだ。人形師はいろんなものに用心しなきゃいけないんだ」
「でも、婆ちゃんのところの作業場はそんなに用心してる感じはないけど」
「あそこもいろいろと仕掛けがあるんだよ。神使様は御存知だろう」
「そうねえ。あんな普通の家によくもあれだけの守りを施してるなあって
思うわ」
「そうなんだ」
「今度、どんな仕掛けがあるか教えてあげるわ」
言いながら歩くうちに、轟音の元に近付いていた。その頃には、音はもっと大きくなり、回数も増えていた。かすかに何かが焦げる臭いまでしてくる。そこまで来て、これはまずいかもしれんな、と婆ちゃんが呟くのがきこえた。
ひときわ大きい音がして、廊下の向こうから爆風が吹いてきた。婆ちゃんを含めた人形師が走り出す。私もついて走った。
廊下を曲がった先に、奇妙な光景が広がっていた。そこは建物の中の筈なのだが、天井から床まで丸い穴が空き、その先には草原が広がっているのだった。
そして、草原の中に二人の女性が倒れていた。私たちに近い方に倒れていたのはメイナ・ニコナだった。組合長とメリエラがメイナに駆け寄る。
グリエル老人とクウェーラがもう一人の傍に行く。
「ダントスとケイルがおらんな」
辺りを見渡していたカペラスが言う。
「マツサカリュウに対応しとるんかな」
婆ちゃんが言う。
「ラヴィがここにいるの?見えないけど」
「奥の方にいるんじゃないかね。ほら」
草原のかなたの空で、雷が光っていた。
ホリィが唸るように言う。
「あの子がいじめられてるんじゃないでしょうね」
「いじめということはなかろうが。何が起きているのかわからないから断言はできないが」
「説明してもらおうか」
メイナがメリエラに助け起こされるのを見て、クラリィ婆ちゃんが言う。メイナは頭を振りながら、
「それが……。私が来たときにはもうこんなことになっていて。娘を助けようとしたら、雷に打たれてしまって」
「娘?」
クウェーラたちが駆け寄ったもう一人の女性を見る。そちらもクウェーラに魔素術で治療を受けて、起きあがったところだった。首から肩にかけて火傷を負っている。その顔は無事だった。
私は相手の顔を見て、首を傾げた。なんだか見覚えがある。
「あれって、学院生?」
「あら嫌だ、同級生の顔くらい覚えておきなさいよ」
ホリィが呆れたように言った。
「あー、やっぱそういうこと?同じクラスじゃないよね?」
「隣のクラスで魔素術四位の子よ」
私は顔をしかめる。魔素術四位。確か、名前はセイナ・ニコナ。顔はあまり覚えていないけど、名前はよく覚えている。
何でかと言うと、セイナは私が宴の参加者に選ばれたことについて、私がいないところで文句を言いまくっており、そのことでマリちゃんがセイナに面と向かって反論し、揉めたのだとホリィから聞いたことがあるからだ。
そして、セイナはメイナ・ニコナとダントス・ニコナの娘らしい。




