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28 人形師組合

 私たちは、建物の中に入っていった。建物の天井は高く、上から光が差し込んで来ていた。外からは見えなかったが、上の方に明かり取りの窓があったのだろう。

 建物は最初床も壁も天井も石造りで何もない空間が続いていた。時々人が奥から歩いてきてすれ違うことがあった。年齢は大抵が中年以上という感じだった。男性も女性もいた。

 彼らはクラリィ婆ちゃんに会釈をしながら、私に視線をやってきた。まあそうだろうな、と思いながら私は軽く会釈を返した。クラリィ婆ちゃんが一緒にいるから何も言われないが、いなかったらどうだったか。まあ、ここに入ることすらできなかったろうけど。

 そのうちに天井が低くなり、同時に床も壁も天井も木になっていた。

 廊下には部屋の入り口とおぼしき引き戸が幾つかあったが、婆ちゃんは

そのどれも無視して奥に進み続けた。

 廊下を何回か曲がり、婆ちゃんは黒塗りの扉の前でようやく止まった。婆ちゃんはゆっくりと扉を開けた。

 扉の向こうは、石の壁に囲まれた部屋があった。部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルには、数名の男女が席に着いていた。

 彼らは、私たちが部屋に入ると、いっせいに立ち上がり、私たちに向かって頭を下げた。

 私はあっけにとられているしかできなかったが、婆ちゃんが言った。

「頭を上げな。この子が驚くだろう」

 一番上手の席の体格がいい男性だけが頭を上げた。クラリィ婆ちゃんより少し年下というくらいの年齢だ。

「しかし、神使さまをお迎えするのに礼を尽くさないのは」

「そんなの気にしなくていいのよー!」

 明るい声とともに、私の服のポケットからホリィが飛び出した。

「私としては礼儀を尽くされて嫌な気持ちはしないけど、この子からするとただびっくりするだけよ。とりあえず、全員頭を上げなさいよー。それで、まずは自己紹介してね」

 ホリィがテーブルの上を飛び回りながら言う。それを受けて、全員が頭を上げた。

 最初に頭を上げた男性が喋り始める。

「儂はグビテス・タルリムと言う。人形師組合の長をやっている。ここにいるのは、人形師組合の幹部だ。お嬢さんをここまで連れてきたクラリィ殿の後任だ」

「余計なことを言うんじゃないよ」

 クラリィ婆ちゃんがぴしゃりと言う。私は目を丸くして婆ちゃんを見た。神域に人形を納められる腕のある人形師ということは知っていたが、組織の中でそんな位置にいたとは知らなかった。

「今日は、折角の休みなのに、足を運んでもらって申し訳なかった。魔素術使いが宴に参加するなんてのは滅多にないことで、それで是非会いたいと思ってな」

「そうよ、しかも天球を成功させるなんて。凄いわ」

 そう言ったのは、組合長と同じくらいの年配の女性だった。骨ばったクラリィ婆ちゃんとは違い、ふっくらしている。彼女はメリエラ・クルスと名乗った。

 何で天球を成功させたのを知っているのか、と私は不思議に思った。それを見て、痩せぎすの初老の男性が口を開いた。

「先日のアンリウォルズ公子との模擬戦は、私たちも見ていた。水鏡の魔法で見せてもらったんだ」

「宴に関わることだから、神域に関わる組織は皆見ていたんだよ」

 中肉中背の中年の男性が言う。痩せぎすの初老の男性はグリエル・ドゥアハ、中年の男性はカペラス・アバグと名乗った。

 あとは、中年の女性が二人だった。一人は、きれいな輝きを持つ茶金の髪をした華やかな雰囲気の女性だった。一分の隙もない化粧をしていた。女性は、メイナ・ニコナと名乗った。

 もう一人は銀縁の眼鏡をかけた細面の女性だった。

「クウェーラ・ツルノ・ゴート。家はあなたと同じ高原氏族出身よ」

「あ、どうも」

 私は少しだけ頭を下げた。

「さて、一人足りないようだけど。あんたが代理出席かい?」

 クラリィ婆ちゃんがメイナ・ニコナに言うと、向こうは申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「すみません、夫はちょっと作業に入っていて」

「他の者だって仕事はあるのに」

「まあまあ。あいつは今少し重い仕事を引き受けていてな。そちらにかかりきりなんだ。この建物の中にいるのはいるんだが」

「それが理由になるかい。折角この子を連れてきたというのに」

「すまん、まああいつのことは忘れてくれ。あいつがいたとしても、どうせまともな会話にはならん」

 組合長の言いように、私はぎょっとした。その人がどんな人か知らないけど、その奥さんがここにいるのにそんなこと言ってもいいのか。しかし、この場にいる人形師は誰も組合長を咎めない。メイナ・ニコナも何も言わない。

「とりあえず、皆、席に着こうか。お茶でも飲もう」

 席に座ってから、私は今更かなと思いつつも名乗った。向こうはきっと知っているだろうが、礼儀として。

 それきり沈黙がその場に降りた。私は困惑していた。

 向こうは、宴の参加者に会いたかった。それで会ったんだから、それで終わりなんじゃないの?折角なんだからお茶でも飲みましょうか、というのは流れとしてはわかる。でも、話題もないのに一緒にお茶しても楽しくも何ともないじゃないの?

 まあ、クラリィ婆ちゃんの知り合いだから、とりあえずは我慢するか、と思い直す。三十分くらい我慢すればいいよね?

 お茶を飲むのは予定されていたことだったのか、お茶もお茶うけもすぐに運ばれてきた。お茶うけは香ばしそうな煎餅だった。

 お茶が運ばれた後も沈黙が続くかなと思ったが、案外そうでもなかった。女性陣がおしゃべりを始めた。

 煎餅はどの店のものかとか、他におすすめのお茶うけは、といった話だった。話の様子では、メリエラがとにかく詳しかった。食にこだわっている感じだ。意外にクラリィ婆ちゃんも詳しかった。普段、うちに来たときには、両親が出すものに一切文句を言わずに食べているので、こだわりがないのかと思っていたのだが。

 メリエラが私に訊ねる。

「あなたは何か好物はないの?お勧めのお菓子とか」

「いや、別に」

「この子は舌は肥えてるが、こだわりまではないよ。この子の両親はこの子に気を遣っていろいろ取りそろえているけどねえ」

 クラリィ婆ちゃんの言葉に私は驚いた。

「え、うちの親ってそうなの?」

「お前は本当に無頓着だねえ。お前の両親はいろいろこだわって用意しているのに」

「いや、あんまり舌が肥えてるとか自覚ないんだけど」

「何言ってるんだい。ちょっとでも味の落ちるものが出たら、あからさまに顔に出しているじゃないか。あの二人はそれを気にしているんだよ」

 意識してなかった。親に申し訳ないと思った。

「ご両親に大事にされているのねえ」

 メリエラが微笑みながら言う。私は黙って少し会釈した。

「高等学院に行くのに、ご両親には反対されなかった?」

 クウェーラが訊ねてくる。質問の理由はわかる。高等学院に行くのは当然という貴族ならともかく、平民にとって高等学院への進学はかなり特別なことだ。中等学校を出れば、平民が就くような職であれば大抵のものに就ける。というか、中等学校だって全員行くものではない。そんな中、働ける年代の子どもを費用をかけてわざわざ学校に行かせるのは、酔狂だと思われることが多い。

 が、うちの親は。

「賛成してくれました。友だちが行くから私も行きたいと言ったら」

「理解がある親御さんで良かったわね。高原出身だと理解のない人が多いから」

「将来はどう考えているんだ。高等学院を出たら、国にでも仕えるのか」

 グリエル老人が険しい顔をして訊いてきた。

「えっと、まだ決めてなくて。魔素術を極めたいと思っているんですが」

「そんな考えのないことで高等学院に進んだのか」

 呆れたようにグリエル老人がため息を盛大に吐く。

「君のような考えなしが入学したせいで、誰か一人が行けなくなったのだろう。そもそも友だちが行くからというだけで認める親も親だ。親子揃って考えなしとは」

 クウェーラが何か言おうとしたが、何を考えたのか、口を噤んだ。メリエラもメイナ・ニコナも何も言わない。二人とも少しばかり眉を顰めているが、それだけだ。口元にはほほえみが浮かんでいる。残り二人の男性たちの方がまだましだった。組合長は目を瞑り、カペラスは顔をしかめて、まずそうに茶をすすっている。

 私は隣に座るクラリィ婆ちゃんを見た。クラリィ婆ちゃんは一瞬だけ私に目をやった。それだけだったが、わかった。

 私は遠慮せずに何を言ってもいいのだと。

「考えなしかもしれないし、私が合格したせいで他の誰かが入学できなかったかもしれませんけど、そんなの知ったこっちゃないです。ただ単にその子の実力不足なだけなんだから。考えなしの私に負けるような成績だってことを恥じればいいんです」

 この老人の孫だかその他の親戚だか知人だかが今年の入試で落ちているのかもしれない。けど、だから何。実力不足ってだけでしょ。

「なんかやめたらー、こんな不毛な会話ー」

 私の顔の傍でふわふわ浮きながら聞いていたホリィが呆れたように言った。

「宴の参加者に会いたいからって呼び出して、それでそんな言いがかりつけるなんて、何がしたいのって感じ。不毛よ、不毛ー」

 組合長がすぐさま頭を下げた。

「申し訳ない、気分を害するようなことを言ったのであれば、謝る」

「あれで気分を害さない方がどうかと思うけど。シホ、どう思う?」

「うーん、そうだねえ。いい気分はしなかったけど、怒ってもないよ。馬鹿はほざいてろってだけのことでしょ。寧ろ、ホリィに申し訳ないって感じ。代わりに喧嘩買わせるような真似させちゃってさ」

「いいわよー、そんなの。第一、私が口を出す前にあんたもう喧嘩買ってたじゃないの」

「いや、買ったつもりはないんだけど。事実を述べただけで」

 少し嫌みを言っただけのつもりだった。が、グリエル老人は怒りはしなかった。眉間に刻んだ深い皺を指で揉みながら言う。

「どういう教育をしとるんだ、クラリィ殿。この子は口を慎むということを知らんのか」

「口を慎むべきときには慎むさ。そういう判断はできる子だ。第一、お前さんのは言いがかりでしかないじゃないか。まあ、そんなのにいちいちへこたれてたんじゃ、これからのことを考えたときにやっていけないだろうが」

「これからってどういうこと?何かあるの?」

「あるともさ。平民なのに宴に参加するってことで、きっといろいろなところから横やりが入ってくるよ。口さがないことを言われることだってたくさんあるだろう」

「貴族連中とか?まあ、今でももう学院でひそひそ言われているけど」

「大丈夫なの?」

 メリエラが訊く。

「大丈夫です。友だちが助けてくれてるし。それにホリィも」

 私の傍で浮いていたホリィがうんうんと頷く。

 同席していた皆がぎょっとしたような表情をした。

「神使様が……?」

「あ、ホリィが他の子たちに何かしてるってわけじゃないですよ。ただ誰がどんな悪口言っていたか教えてくれるだけです」

「こっそり学院の中を飛び回るのは結構おもしろいわよー。いろんな話がきけるし」

「それで言われている悪口をわざわざ教えているんですか」

 組合長があきれたように言った。

「そうよー。誰が敵かわかってた方がいいでしょ」

「相手の害意がわかっていたら辛いというのはないのか?」

 グリエルが眉間に皺を寄せて言う。

「ないですね。さっきから言ってますけど、負け犬に何を言われてもどうということはないですよ。今までの選抜試験で実力を示せなかった方が悪いんだから」

「でも、アンリウォルズの公子と戦ったときに使った天球は、神具の助けがあったからこそできたものでしょう。それなのに、他の子は力不足だと言うのは傲慢じゃないかしら」

 メイナ・ニコナが言う。その目は据わっていた。私は怯んだ様子は見せないように心がけながら反論した。

「そうは言いますけど、もともと魔素術の成績は一位ですし。選抜試験でアンリウォルズ先輩の最初の攻撃をしのげたのは、私と私の友だちしかいなかったんですよ」

 そしてマリちゃんは、私の後ろにいたから助かった。つまり、あのときジェラルドの攻撃を防いだのは実質的には私だけということになる。私たちより前に先輩の試験を受けた魔法科の連中は全滅だったし、別に間違ったことを言っているわけではない。

「メイナ・ニコナ。君は、どの立場で物を言っているか、理解しているのか」

 カペラスが言った。メイナの目から一瞬で険が消え、元の穏やかな表情に戻った。うわー、怖いわー。この人、この変わり身の早さが怖いわー。

「本来ならお前の夫がその席に座っているべきところ、重要な仕事が入っていると言うので代理の出席を認めている。お前は本来資格がない者であることをわきまえよ。それとも、わざわざ招いた客人に対してそのような言いがかりをつけることがお前の夫の意向だと言うつもりか」

「いえ、夫は決してそんなことは」

「カペラス、そんなのメイナが勝手に振る舞っているのに決まってるだろう。ダントスなら素直にこの子の腕前を認めるさ」

 クラリィ婆ちゃんの言葉に、確かにとクウェーラが小さく笑う。

「達人は達人を知るというものね。この私にもわかるくらいだから、彼にもこの子の魔素の制御の巧みさはわかるでしょう」

「え、わかるんですか」

 私は思わず訊き返した。クウェーラが不思議そうに私を見る。

「あなたにもわかるでしょう?」

「いや、わかりますけど。でも、王都に出てからそういう話を誰もしないから、王都の人はそういうの気にしないっていのかなって」

 魔素術を使っているところを見ていなくても、その人がどれくらい魔素術を使えそうか、見当はつけられる。というか、つけられるようになれ、と私は小さい頃から言われてきた。故郷を出てからそういうことが話題になることはなかったので、あれは高原にいた者だけに求められるものなのかな、と思っていたのだが。

 私の説明をきいて、クウェーラは可笑しそうに笑った。

「王都では確かにそういうことは求められないわね。まあ、求められる魔素術の練度が違うから」

「とはいえ、王都でも、わかる者はわかる。神域に人形を納めるほどの人形師であれば、その程度のことは身に着けておかねば話にならん」

 グリエル老人が言う。

「先ほどは失礼なことを言って悪かったが、君の実力を疑っているわけではないのは理解してくれ。これだけの練度があれば、魔法使いたちの中に混じって宴に出ても、無事に帰ってこられるだろう。私は安心した」

 同感だ、とカペラスも言う。

「さすが高原出身というところか。あれだけできれば、さぞや学院では退屈しているだろうな」

「いや、退屈する暇は今のところないんですけど」

「確かに退屈どころじゃないわよねー」

 ホリィがふわふわと空中を漂いながら言う。

「ところでさ、さっきからなんかいい匂いしてるんだけど。他にも何か食べるものがあるの?」

 メリエラが立ち上がった。

「ええ、神使様。別のものをご用意しています」

 メリエラはさっきお茶等を運んできたワゴン下の段から、紙包みを取り出した。そして、ワゴンから新しい皿を取りだし、袋の中からカップケーキを出したとき、ドンっと腹に響くような音がきこえた。すぐ近くに雷が落ちたような感じだった。部屋にいた皆が動きを止める。

 クラリィ婆ちゃんが組合長を見る。

「今のは作業場の方かね。ダントスかい」

「ああ、いや、他の者も作業場を……。いや、今日作業場を使っているのはダントスだけか」

 また轟音が響く。

「ダントスはどんな仕事を受けてるんだい。組合の仕事場をわざわざ借りるなんて」

 婆ちゃんの言葉に私が小首を傾げていると、クウェーラが説明してくれた。

「人形師は大抵自分の作業場を構えているものよ。ダントスだってそう。組合の仕事場を借りるのは、特別な作品を作るときくらいね」

「特別な作品」

「例えば神域におさめようという人形とか」

「じゃあ、今やっているのはそれなんですか」

「違うでしょう。神域におさめる人形は、人形師が己の栄誉のために自発的に作るのが普通でね。依頼されてどうこうというわけではないのよ」

 また音が響いた。さっきよりも大きくなっているような気がした。しかも、立て続けに音がする。

 部屋の扉が慌ただしくノックされた。入ってきたのは若い男だった。

「すみません、作業場が。マツカサリュウが!」

 私は思わず固まった。マツカサリュウって……まさかラヴィ?

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