25 六年前にあったこと
ガリエス先輩の言葉に、ファラーグ先輩が喰ってかかる。
「何でだよ?だってお前あんなに」
「兄のことを知りたい気持ちはある。でも、そのために被害を受けた相手に迷惑をかけるわけにはいかない」
ファラーグ先輩はまだ何か言いたそうだった。が、レイドール公爵令嬢が言うのが先だった。
「そうですわね、それでは解散といたしませんこと?司書の先生がさっきからこちらを見ていますわ」
公爵令嬢が目線で示した先には、確かに司書が立っていて、こちらを見ていた。
解散するのはお前らだけでいいだろ、と私は心の中で思ったが、マリちゃんが目で示してきたので、こちらも撤収することにした。
本を棚に戻すために、マリちゃんと二人で集めてきていた本を抱えていこうとすると、ファラーグ先輩が、
「あ、魔法の勉強したいんなら、この本はおすすめだよ。借りたら?」
と、私が抱えていた本の中から一冊抜き取り、机の上に置いた。余計な世話を、と私は思ったが、マリちゃんが素早く、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。仕方がない、あの一冊は借りることにするか。
集めていた本を戻し、ファラーグ先輩が言っていた一冊だけ借りて、私とマリちゃんは図書室を出た。ファラーグ先輩たち貴族連中は図書室に残っていた。公爵令嬢は知らないが、他の三人は部活中だから、きっとまだ資料集めを続けるのだろう。
マリちゃんは私の方をちらちら様子を窺っていたが、何も言わなかった。マリちゃんを学校の玄関まで送って、私は寮に戻った。
部屋に戻ると、私の服のポケットからホリィが出てきた。いつものようにいきなり喋り出すかと思ったが、少し部屋の中を飛び回った後で、少し気後れした様子で話しかけてきた。
「あのさ、あんた、事告げ様と会った時に戦ってた魔法使いのこと、知ってたの?」
「一度、殺されかかった相手だよ」
私はあのときのことを思い出して震えた。
ラヴィが溜め息混じりに言った。
「あんたでも怖いもんってあるのねえ」
「何それ」
「だって、いつも強気だったからさ。で、そのとき実際に狙われたのは誰だったの。マリちゃんが傍にいたって言ってたけど」
「狙われたのは、マリちゃんかクラリィ婆ちゃんだよ」
「ああ……、マリとクラリィが一緒にいて、そこを狙われたのか。それで、あんたは助けようとした?変な状況ねえ。……ま、いいか。あんたが話したくないんだったら、クラリィにききに行くわ」
「ちょっと待ってよ。何で」
「だって、あの囚人がまた出てくる可能性だってあるし。そいつのことがあんたの心の傷になってるっていうし。こっちも、あんたのことを知っておく必要があるんだから」
「待って……。わかった、話すから」
故郷にいた頃もそうだったが、王都に出てきてからも、私は父が仕事で森に行くのによくついていっていた。
そして、あの事件のときには、たまたまクラリィ婆ちゃんとマリちゃんも一緒にきていた。
そこを、あの男に襲われたのだ。
あの男がどんな風に現れたのかは、私は知らない。そのとき、私は父と一緒に森の中で仕事をしていたからだ。クラリィ婆ちゃんとマリちゃんは森の浅い場所で花を摘んでいた。
そのとき、マリちゃんは始めて森に来たのだったが、森の深いところには入らないようにと父が言った。
父の言い分はもっともだと私は思った。マリちゃんはその当時、亀の甲羅を展開することはできても、その術は安定していなかった。
マリちゃんを一人で置いておくことはできず、クラリィ婆ちゃんがついている、と申し出た。婆ちゃんが作る人形に使うための木を伐るために来ていたのだから、本当なら婆ちゃんが森に入るべきだったのだろうが、そうなると私がマリちゃんの傍にい残ることになる。婆ちゃんは、子ども二人で置いておくわけにはいかないと思ったのだろう。
そして私は父と森に入った。
父親と私は一本一本木を見て回った。婆ちゃんは、今回伐る木は特別な人形用だ、と言っていた。どんなのが特別な人形のために相応しい木なのか、全く見当がつかなかった当時の私に、父は、高原の奥、お化け百合が咲いている辺りの木に似ている気配のものを探すように言った。
それをきくと同時に、私は鼻のてっぺんに皺を寄せて見せた。
「そんなの、こんなところにあるわけないじゃん」
「それを探すのが俺たちの仕事だ。大丈夫、全くないわけじゃない。あるところにはあるんだ」
今日見つけられなければまた別の日、別な場所に探しに行くだけだ、と父は言った。私はそれは嫌だった。今日せっかく来たのだから、成果を上げたかった。
とりあえず、私と父は二手に分かれて探し始めた。探し始めてしばらくして、私は、父が言う通り、全く見込みがないわけではない、と感じ始めていた。独特な気配を持つ木がぽつぽつと生えている。
ただ、お化け百合がある森の木までのものはなかった。
父はかなり遠くを移動している気配があった。私ももっと遠くまで足をのばそうかな、と思ったとき、森の浅い場所から轟音が聞こえた。
雷かな、と私は思った。が、空は晴れていた。木のてっぺんにあがりその方を見ると、木々が広範囲に倒れて土煙が上がっているのが見えた。そして、その土煙の中から、クラリィ婆ちゃんが魔素術を使う気配をかすかに感じた。婆ちゃんがわざと気配を発しているのだとすぐに察して、私はそちらへ向かって移動を始めた。
樹冠の上を移動していくと、土埃が上がっている辺りの上空に、黒い影がぽつんと浮かんでいるのが見えた。近付いていくと、それは人間だとわかった。魔法使いだった。
何でこんなところに、と私は思った。
魔法使いは貴族だ。それが何でこんな都から離れた場所にいるのか。
そして、何をしているのか。
その魔法使いは、魔法を使って風を巻き起こして、森を荒らしていた。木々がなぎ倒され、岩が空に飛び上がり、そして森の中に落ちていく。
それは、全て婆ちゃんの気配がある地点の近くに落ちていた。私は移動速度を速めた。婆ちゃんはもちろん亀の甲羅を使える。亀の甲羅を使っていれば、岩や木に押しつぶされることはない。が、それだったら平気というわけではない。
亀の甲羅では、熱の出入りは止められない。なので、例えば、亀の甲羅を張って極寒の冬の森で泊まることはできない。雪は防げても、寒さは防げないから。
つまり、辺りに火を放たれたら、ダメージを受ける。魔法使いが人間に対して魔法を使うことは出来ないが、間接的に仕掛けることはできるのだ。
婆ちゃんは勿論天球を使うことができるけど、そのときの私は天球の存在を知らず、慌てていた。
私が見ている前で、魔法使いは炎を宙に出現させていた。私は反射的に蜂の群舞を魔法使いに向けて放っていた。
距離があったので、間に合わないかと思ったが、術は魔法使いが炎を放つ瞬間に相手の腕に当たり、放たれた炎は軌道が変わって遠い場所に落ちた。
魔法使いはこちらを見た。まだ十代半ばの若い男だった。銀色の髪に灰色がかった青い瞳をした、人形めいた顔立ちをしている。
男はいらだっているように見えた。私は男に向かって更に接近し、これくらいの間合いなら声が届くかな、というくらい距離をとった場所に筍の階を使い、相手と目線が合う高さの足場を作った。そのてっぺんに立ち、男に向かって話しかける。
「ねえ、あんた何してるの。下に人がいるんだけど」
向こうは無言で目を細めながら睨んできたので、私は睨み返した。しばらく睨みあっていたが、向こうはすぐと目をそらし、下方に目線を向けた。そして、また炎を発生させた。私が術を発動させるより前に、婆ちゃんの気配がある辺りへ向けてそれを放つ。
私は魔素を操り、水を手元に作った。こういうのは魔法でやるのは一瞬だけど、魔素を使ってやると時間がかかる。
それでも、何とか作った水を術でくるんで炎へ向けて放った。炎は小さくなったが、消えはしなかった。
向こうが私を見た。でも、それだけだった。やっぱり、魔法で直接攻撃はしてこないらしい。
また魔法で炎を作られないようにするためにはどうしたらいいか。
とにかく蜂の群舞を立て続けにぶつけてみることにした。そうすれば、少なくとも婆ちゃんに構っていられないだろう。
私はそれを続けた。私の術は、相手が魔法で張った障壁のせいで防がれた。それは予想通りで、私の目的はとにかく向こうの気を逸らすこと。
でも、これを続けたからといって、婆ちゃんを助けられるわけではない。父が来てくれれば。私か魔法使いの相手をし、父が婆ちゃんを助けることができる。
と、父が遠くからこちらに向かって来る気配を感じた。想像以上の速さだった。
この様子なら、じきに父は到着するだろう。
私は安堵しながらも、それまでの時間を稼がなければ、と気合いを入れた。
その瞬間、魔法使いが風を起こした。魔法使いを中心としたものすごい大嵐だった。その風にあおられて、私は筍の階の上から落ちた。私は慌てて魔素を操り、蚕の繭に使うのと同じ糸を手から出し、木の枝に絡めた。木にぶらさがり、大きく揺れながらもひとまず地面に激突せずにすむことに安堵していたが、炎が上空から降ってきて近くの木に落ちたのに慌てた。
木は燃えなかったが、木に当たらなかった炎が地面に落ち、そこにあった落ち葉に燃え移った。
気がつけば、そこかしこで煙が上がっていた。
このままでは、山火事になってしまう。そうなったら、木に埋もれている婆ちゃんは、焼け死んでしまう。
どんなに魔素術に長けていても、その結末からは逃れられない。そうさせないようにするために、これ以上火を落とさせないように、私は木の枝をつたって樹冠の上に立った。
そこは、魔法使いの足下近くだった。死角になっていたのか、向こうはすぐには私に気がつかなかった。
私は蜂の群舞を使おうとしたが、それで本当に相手に炎を落とすのをやめさせられるか考えた。
私は筍の階をまた伸ばし、なるべく魔法使いの近くまで寄った。魔法使いが私の存在に気付くのとほぼ同時に、相手に向かって蚕の繭を作りだし、その中に封じ込めた。
やった!と思った次の瞬間、蚕の繭は爆風とともに一瞬にして燃え尽くされた。そして私はまた飛ばされた。私はまた蚕の繭の糸を作り出したが、その端を木にとりつけることができなかった。
落下する中で、私は何の術を使えばいいか頭をフル回転させて考えた。今だったら、水蓮の葉という術を使って、空中に足場を作っただろう。一度作ると自由に動かすことができないし、風に煽られたら動いてしまう術なのだが、空中や水の上に居場所を作るときに使うのには最適だ。
ただ、そのときの私には水蓮の術は思いつかなかった。私が思いついたのは、一番なじみのある術、亀の甲羅だった。これも高い場所から落下するときに、ダメージを減らすのに効果のある術だった。
ただし、そのためには、亀の甲羅の中に、外からの衝撃を和らげるよう魔素を満たしておく必要があった。
それは、亀の甲羅が使えるようになった子どもが次に習う技術だった。なので、十分に私にとって馴染みのあるものだったのだが、そのときの私はその魔素を十分に出すことができていなかった。
私は、亀の甲羅に包まれたまま地面に落ちた。そのときに、自分のミスを悟った。かなりの衝撃が体に来た。
そして私は、あの男が、突如宙から現れた大きな手に包まれるのを見ながら、意識を失った。




