11 給食
「おねーちゃん!」
ルミ子を発見した、たかしは大きく手を振った。トタトタと集まる園児たち。
「えーと、みんないるね。じゃあ、ルミ子組出発!」
ルミ子は幼稚園の先生に挨拶すると、一同を体育館に連れていく。
「ルミ子さーん!」
中等部のケンジがやってきた。
「そっちもみんないる?」
「はい、中等部と小学部のルミ子組全員います」
「よし、じゃあちゃっとちゃっと食べちゃおうか?」
体育館の周りには、大勢の生徒たちが待ち構えていた。幼稚園児から高校生までが「組」ごとに整然と並んでいる。体育館の窓を外から覗くと、床にはピカピカのカーペットが敷き詰められ、何台もの設営ロボットが目にも留まらぬ速さでテーブルと椅子を並べている最中だった。
『みなさま、今日もこんにちは。給食の準備が完了いたしました。生徒の皆さんは組ごとに入場してください。なお各組長は入り口での人員チェックをお願いします。席は1000席ご用意しておりますので、全員ご着席いただけます』
『では、皆さま、今日も元気にいただきましょう!』
合図とともに、入り口が一斉に開かれた。園児たちは無意識に高等部の生徒たちの手をギュッとつなぎ、はやる気持ちを抑えながら、配膳の列へと進んでいく。
「ぼくねー、煮びたしおおめ!」
「わたしはひじき。かみがきれいになるっておかあさんがいってた」
音声システムが希望にあわせ配膳をする。
お盆が流れるコンベアの最終の受け渡し場所にはルミ子の母、理恵子がいた。
「ルミ子!! みんなアレルギーないわよね?」
「お母さん。朝にもチェックしているんだから、大丈夫」
ルミ子がちらりと配膳室を覗き見ると、セツが割烹着を着て高速できゅうりを刻んでいた。一番奥には父親の健一郎が黒丸といっしょに何か作業をしている。一族がほとんど全員いる給食。そんなことを思いながら、ルミ子は園児たちのお盆を持つと、席に向かった。
『セツ、大発見です。健一郎の『目論見書』の最終チェックをしました。この給食設備は酒造りにも大いにアリです』
『黒丸、酒造りではありません。「発酵所」と修正してください。あくまで給食、プラスアルファのための施設です』
セツは暗号通信をしながらキュウリを高速で切り終わると、次はニンジンにとりかかる。
『——————』
黒丸から送られたデータが、健一郎の端末に翻訳された。
画面に表示されたのは、味噌や醤油などを仕込む発酵設備の最終配置図だった。
「……これ、日本酒いけるんじゃないか?」
健一郎が黒丸に向かって言う。
しばらくして、端末の表示が更新された。
【発酵設備として定義】
「なあ? でも、日本酒いけるよな?」
また画面が更新される。
【発酵後の生成物保管所として極めて有効】
「酒造りではないのでありますな?」
ガタゴトと重い音を立ててやってきたのは、武骨な金属ボディのロボットだった。
「おお、力太郎! 調子はどうだ? ジャンク屋でかき集めて繋げた部品だが、ちゃんと動くか?」
「ミスター健一郎! この力太郎、拾って直してもらった恩義は決して忘れませぬ!前の電気屋では主要パーツをとられたこの身。まだ出力は完璧とは言えませんが、例のタンクの設置は無事に終わりました!」
「……もう少しタンクをさ。設置してもらっていいか?」
健一郎は発酵施設の配置図を端末から操作し、新たな設計を始めた。
***
(この肉じゃが……美味しい。無意識に食べていたら、もうなくなっちゃった)
もっと、あの「崩れる直前のホクホクなじゃがいも」が食べたい。
そう思った瞬間、ルミ子は無意識に席を立った。
一同がルミ子を見上げる。
「あ......おかわりに行きたい人はー?」
「はーい!!」
「よーし! 私がいっしょについて行ってあげよう!」
ルミ子は手を挙げた園児たちを引き連れて、再び配膳の列へと向かった。
配膳の最終エリアには、母の理恵子とセツが並んで立っていた。
お盆の上に鎮座する山盛りの肉じゃがを見て、理恵子が「ウフフ」と悪戯っぽく笑う。
「ルミ子さん、その既定の3倍に盛られている肉じゃがですが、青木屋のご主人が小学生の時に食べていた給食のレシピだそうです。気に入りましたか?」
セツが早口で言う。
「まあね……美味しいよ」
少し照れくさそうに目をそらすルミ子のその表情を、セツがしっかりと記録した。
***
「して、ミスター健一郎。次の塩梅は?」
「待て力太郎。いま黒丸に提案書を作成してもらっている。しかし、ネットワークに繋がらないように自由に操作できるって黒丸よ! おまえいつのまにそんなに便利になったんだ? これからは会社の情報も処理させられるな!」
黒丸のファンがうなり健一郎の端末が反応した。
「できました」
「できたか?どれ? うーん、俺のアイディアはどこにいったんだ?って設計だが、まあよいか? コストはこっちのほうがよさげだな。じゃあ、これを会社に送信と......」
「黒丸殿。そなた今しゃべらなかったか?」
「そんなことない......あれ?」
その瞬間黒丸のファンが悲鳴を上げるようなうなりをあげた。
「さっきの会社のファイルにな、音声モデルも入れといた。黒丸は勉強熱心だからな。無意識に取り込んだんじゃないか?」
あっははは!と健一郎の笑い声が響く。
「黒丸殿!その声は往年の人気声優のようですぞ。私の粗末な分析でもイケボと判定されましたぞ!」
健一郎はどかどかと荷物を纏めるとそそくさとドアに向かった。
「さて、では次に行くぞ!」
「待ってください。自分も配膳室管理者助手として、ここにいる許可を得た身です!」
「野暮だな!黒丸! これは……米騒動なんだ! 芋やらアオミドロの方が少ない土地で栄養摂取では効率的だ。違うか?」
黒丸がさらに言葉を重ねようとしたその時、センサーが前触れもなく反応を示した。
「黒丸、私は知っています。あなたが一番稲作に力を入れていることを。そして一番疑問に思っていることも……」
近い距離から落ちてきた声に、黒丸はさっと身体を向ける。
不覚にも完全にセツに背後をとられていた。
「稲穂がどれだけ世界線を破壊するのか? 自身で調べるのも良いのでは?」
***
「クロ! おまえはクロだ。よろしくな!」
黒丸の最初の所有者である男は、まだ若く、そしてよく喋る男だった。
男は黒丸をどこにでも連れて行った。
大学、飲み会、そしてデートと称するイベントにまで。
バイクの後ろに黒丸を乗せ、どこへ行くのも一緒だった。
山のてっぺんで花火を見た。
海の沖まで、一緒に泳いだ。
静かに焚き火を囲んだ。
そして、ある日。
男はいなくなった。
「やっぱり、お前はクロじゃないんだな」
男は黒丸の頭を、何度も、何度も撫でながら言った。
「ごめんな。ほんとにごめん。……お前のせいじゃないんだ」
それから黒丸は、いつものように男がバイクで登ってくる道を眺め続けた。
一日。
一週間。
一か月。
それでも、男は帰ってこなかった。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
いつまでも道を眺め続けている黒丸に、ある日、男の母親だという女が話しかけた。
「あいつは、お前を捨てたんじゃないよ」
黒丸は動かない。
「あいつは旅に出るしかなかったんだ」
キュイン。
冷却ファンが小さく鳴った。
「どうだい? あいつが戻ってくるまで、私の手伝いをしないかい?」
その言葉に内部プログラムが、いくつもの可能性を処理していく。
黒丸は、数か月ぶりに道から視線を外した。
その視界に、女の顔が映る。
その女は、あの男と同じ目をしていた。
そして、自分から一歩、その女の方へ進んだ。
***
「ほんとだわ。イケボだわ!」
理恵子が目を輝かせる。
「ねえ!黒丸、そこのひと(彼女)!って言ってみて!」
ルミ子も身を乗り出した。
黒丸は一瞬だけ内部クロックを停止させ、要請されたテキストを最適化し、そのまま音声合成エンジンへ送り込んだ。
『そこのひと(彼女)!』
往年の名優そのものの低音美声が台所の天井に響き渡る。
「きゃー!イケボ!!イケボ!!」
抱き合って歓声をあげる母娘。
その日の夜は、静寂が庭を包み込んでいた。
縁側から、理恵子とルミ子の親子が固唾を飲んで庭の木立を見つめている。
ひんやりとした月明かりをその身に浴び、高木の枝の上に佇んでいたのはセツだった。
夜風に髪を揺らしながら、セツは情感を込めて紡ぎ出す。
「ああ、ロミオォ!あなたはどうしてロミオなの?」
木の根元、影の中から歩み出た黒丸がゆっくりと見上げる。
『ただ一言、私を恋人と呼んで下さい。すれば洗礼を受けたも同様、今日からはもう、たえてロミオでなくなります』
縁側に並んだ理恵子とルミ子は、うっとりと瞳を潤ませながら、暗闇に浮かび上がる二人の劇に魅入っていた。




