一章 * 始まる音 3
それから他の話をしながら、ネグルマ乾燥地帯に行くのがもう少しで決まりそうだという話しになった。けれどセリードの顔はあまり晴れやかではなかった。少し王宮内で揉め事になったらしい。
「報告からネグルマを重視していたからね」
ティルバでは複数の騎士団が各王世代に存在する。この中で一番若いエルディオン四十一世の、つまりはセリードたち世代を指す騎士団が経験を積むこと、忠誠心を示すことなどを含めて遠征は一番若い世代が務めることが多い。まぁ、若さの最大の武器である体力をあてにされている、というのが正直なところかもしれないが。
大規模遠征の場合、そこに経験と実績、そして年齢を考慮して上の世代が合同で行くことになる。もちろんそれが全てではないのであらゆるパターンで組み合わせがあったり単独だったりと柔軟な対応で動いている。
「今回個人で、オレがネグルマに行くという話しに同行させてくれと言ってきた隊がいくつかあってね。騎士団としてのプライドもあるだろうけど、議会の言うことを面白く思ってない面々も多いから」
「そうなんですか?」
セリードははぁ、とため息をつく。
「そもそも個人での視察だし、自分の隊を連れていかないのに何で他を同行させなきゃならないのかって反対して、陛下がそこで助言はしてくれたんだけど‥‥」
「けど?」
苦々しい顔をしてセリードはまたため息。
「オレが公爵の息子だからって優遇されるのは納得出来ないって言うのも出て来て。特に上の世代ね、公爵家に歯向かう勇気がある面子がしぶとく残ってるし」
「ええ?!」
「話すに話せない《二十三年前の出来事》や君のこととか、こっちが反論考えてる間に言いたい放題言われてさすがにイラッとしたな」
「わ、私は話してもらってかまわないですよ!? 揉め事は嫌ですけど!」
リオンが慌てるのに対し、セリードは至って普通の様子でワインを一口。
「んー、リオンの事についてはまだその時ではないってミオが言ってて、ミオの勘と発言は無視したくないし。クロード様も様子を見るべきだろうと会った時にちょっとそういう話になったしね。ただ、その話が父上にすぐ伝わったらしくて側近の話だと何かしらの制裁受けたいのか?って笑ってたらしい。とばっちり食うのやだからやるなよって伝言したけど」
「それ怖すぎますよ!」
しかし立場が良すぎるというのも問題だなとリオンも思ったり。
この家にお世話になっていると彼の公爵家の次男という立場がよくわかる。
「とりあえずトラブルになりそうなところはなるべく避けるとして、どこかの隊が同行することになりそうだけどいいかな?」
「私は全然問題ないです」
隊長という立場より、公爵家の次男という姿をリオンはよく見る。兄のサイラスの補佐として領地の問題解決やあらゆる事業への投資についての話し合いなど時間を見つけては家に戻り父ジェスターから教育を受けているし、実際にそういうことを自ら行っているようだ。
団長としても忙しい彼なのに、副長のアクレスもそうだが、いつも身だしなみを整えて誰に会っても恥ずかしくないようにしているし、時間があれば本や文書を手にして見ている。
それは彼が公爵家の子供として恥ずかしくないようにと務める姿であり、公爵家に生まれた子供としての責務だろうとわかる。恵まれた環境にいるだけでなく、それにふさわしい男でいるための努力をちゃんとしていることを周りはちゃんと見ているはずだし知っているはず。
それでも彼への嫉妬などが出てくるのは、世の中たくさんの人がいるのだから仕方ないことなのだろう。だとしても、なんとなくリオンは納得したくなかった。それはやはりセリードがもつ魅力が影響しているのだろう。
「分かってるんだ」
わざとらしく呆れたような息をついた彼。
「公爵家に生まれて金に困らず生きてきた上に騎士団団長になって高収入だ。ボンボンとしておとなしく議会に出てればいいって思う奴は山ほどいるからね」
あえて謙遜もしない、否定もしない。それが自分だと堂々としている姿。だからと言って立場を鼻にかけたりしない、威張り散らしたりしない姿。
「お金や立場がありすぎるのも、苦労が多いんですねぇ」
「苦労は仕方ない。イライラすることも多いけど気にしないことにしてるよ。いちいち相手にしてられない、忙しいから」
「あはは、確かにそうですね」
リオンはやっぱり、思う。
(うん、モテるよね間違いなく)
と。
「今度うちの隊のやつらに会ってもらえるかな? リオンのことを少しだけ話してあるんだよ、魔物や聖獣のこと、リオンの口から直接聞きたいって」
「私でよければ」
「ありがとう、助かるよ。本や噂じゃ分からないことをこれからもっと学んでいかないといけない時期だから。それに副長だけ先に会わせたとかズルい! 依怙贔屓だ!!
って理不尽に怒られたんだよ、それいい加減黙らせたい」
「それは困りますね」
(ああ、ほんとにモテるんだろうなぁ)
さりげなく、当然のようにサラリと口にしてしまえる感謝。微笑えんで目を見てありがとうなんてどれだけの人が出来るだろう?誤魔化されそのまま話が終わってしまったり、遠回しに分かりにくいお礼とか感謝であとであれがそうだったのか?! と驚くような感謝とは雲泥の差だ。
「私は今は記憶に頼るしかないけど、色々なところに行けるようになればもっとたくさんの事を知ることが出来ると思います。だからネグルマだけじゃなく他の土地も、そしていつかは他の国にも行ってみたいな、って。何が出来るか分からないけど、行動あるのみです。その後今より伝えられるようになると思いますから、何度でも話を聞いてもらえたらうれしいですね」
「そうだな。‥‥うん、その時もオレが一緒に行けたらと思うよ」
「ええ? 忙しいから無理ですよセリード様は。その時はその時で考えますよ大丈夫です」
「そうかな。でも行きたいよリオンと。大陸を旅してオレたちがまだ知らない事をこの目で見てみたい」
お世辞や社交辞令ではない、好奇心と浮かぶ表情がリオンの目に映る。
大人の男の好奇心旺盛な表情というのは端整とか精悍とか女ウケがいい顔立ちがすると目の保養になるなぁ、なんて事をちょっとだけ思うリオン。
「自分の足で辿りたいじゃないか、この国の成り立ちとか」
「そうですか?」
「君とね、旅をしたらそれを知れる気がする。今分かっていることじゃない、まだ埋もれたままの国の成り立ちをを知ることは、自分の祖先の生きた環境や習慣を知ることになる。それは魔物と聖獣を知る為に必要なことに思えるんだよ、それに、自分の世界が必ず広がる。‥‥興味というより、探究心かもしれない」
この人はなんて自由で柔軟なのだろう。
そしてなにより言葉に含まれる優しさや賢さが人の心をくすぐる。
憧れずにはいられない。
そう思って、予感がして、リオンはその心に蓋をして背を向けた。
今はまだ自分の手に負えない感情に。
「不謹慎かな、大変なときに」
「そんなことないですよ」
なんとなく、本当になんとなくリオンの中に生まれた。形がはっきりして、それがどういうものなのか、わかるまでに時間がかからない予感がして、少しだけ怖くなった瞬間。
リオンの気持ちに変化あったようです。
これからどれくらい進展していくのか今のリオンではかなり不安ですがセリードが頑張ってくれるでしょう。




