17
運命の決勝戦、当日。
煌はプロゲーマーであり父親でもある勝から貰った帽子をかぶると、ホテルの自室を出て会場へと向かう。
スタッフのチェックを受け控室へと入るとそこには同帽子をかぶったシルフィの姿があった。
「早いんだな」
まだ試合開始まで時間に余裕があるのに先に来ていたことに煌はそう言った。
「うん。部屋の中にいても落ち着かなくて。……それにしても煌も帽子かぶってきたんだ」
「ああ、俺がプロゲーマーに憧れたのは父さんの影響だから。その時の想いを忘れないためにも、気合を入れるためにもな。シルフィだってそうなんだろ?」
煌は、シルフィがかぶっている帽子がニンフの物だと気付いていた。
「そうだよ。師匠の夢も背負って私はここにいるからね。煌が相手でも負けられないんだ」
「それは俺もだ。誰が相手だろうと全力で勝って、プロになる」
「お互いに負けられないね」
「だな」
互いに覚悟を確かめ、手を抜く気はないと宣言する。
――ところ変わって、客席側。
ニンフは席に座らずにとある人物を探していた。
「あ、やっぱり」
「ん? おお。ニンフか。久しぶりだな」
ニンフの目の前にいたのは勝だった。
勝は家族には内緒で、この大会に来ていた。
「お久しぶりですね、レイさん」
二人は挨拶をすると試合が行われるステージの方を見つめた。
「それで、なんかようか? ただ挨拶しに来たってわけじゃないんだろ」
「煌くんにガーデンが訓練したみたいだけど、それってレイさんの差し金ですよね」
「ああ。予選を抜けた状態のあいつのままだと勝ち抜けないと思ってな」
「なんで自分で相手してあげなかったんです?」
自分の予想が合っていたことを確認したニンフは続けて、疑問を話す。
「俺が直接つけるのはちょっとな。……色々とあるんだ」
何か話せない理由があるようで訳を話すのを勝は渋る。
「そうですか……。そういえば今日の煌くんの試合相手ボクの弟子なんですよ?」
「そうらしいな。煌から聞いた」
「つまるところ今日の決勝戦はレイさんの弟子とボクの弟子の試合ってことなんです」
「別に俺は師匠のつもりはないが。まあ色々と教えたって意味では弟子って言っても差し支えないな」
「勝たせてもらいますよ」
そう言ってニンフは挑発的な笑顔を勝に向ける。
「俺の息子をなめるなよ?」
勝もまた大人げなくその挑発に乗って自信満々の笑みを浮かべ答える。
「あははは。レイさん結構親ばかなんですね」
「むっ……そうかもしれん」
ニンフにそう言われ、否定しようと過去のことを振り返ると、案外間違いではないと思い当たり肯定した。
――そんなやり取りがおこなわれてるとは控室にいる本人たちはつゆ知らず、決勝開始の時間が近づいてくる。
先ほどまではちらほらとしかいなかった観客席も満席となり、今までの試合ではいなかった立ち見をする人まで現れていた。この決勝戦がそれほどまでに注目を浴びているという証拠だ。
煌とシルフィはそんな様子を控室から少し扉を開けて眺めていた。
「多いな」
「それだけ注目されてるってことだね」
ここまで勝ち上がってきた二人はもはやこれだけで緊張することはないがそれでも、人の多さに唖然とする。
「ついにここまで来たんだな」
そしてその注目度合から煌は、改めて決勝まで来たんだと実感する。
「そういえば、煌との真剣勝負はこれが初めてだね」
「……そういえばそうだな」
互いに練習目的に模擬戦をしたことは数多くあれど、本気の真剣勝負をしたことは今までしたことがなかった。
「煌との初めてだね……ドキドキしちゃう」
「なんか別の意味にとれるような言い方すんな」
「?」
シルフィは不思議そうにするが、煌はその意味を教えるつもりはなかった。
そんな普段と変わらないやり取りをしていると、実況者と解説者がステージに現れ今日初めて観戦しにきた客のために、ルールや選手の紹介をし始める。
「こうして改めて自分のこと言われてるの聞くと、照れるな」
「そうだね」
観客を盛り上げるために、少し話を盛り二人の選手を凄いプレイヤーだと喧伝する実況者に煌たちは、こそばゆい気持ちになる。
そして説明を終えた実況者が、二人の名前を呼ぶ。
「とうとう来たか」
煌はそれまでの雰囲気と一転し、真面目な顔つきになる。
「煌」
そして名前を呼ぶシルフィ。
それに答えてステージへと繋がる扉を眺めていた目を横に並ぶシルフィへと移す。すると右手を握ってグーにして伸ばしてくるのが見えた。その意味が分からない煌でもなく同じように手を握るとその手を、シルフィの右手に軽くぶつけた。
「師匠との試合もこうやったけど、やっぱりいいね、これ」
「ああ、気合が入る」
それだけを言い合うと二人は帽子を不覚かぶりなおすと一緒に、扉を開けステージに向かって飛び出した。
観客たちはその二人の姿を見るや歓声を上げる。二人一緒の帽子をかぶっていることを不思議に思う観客も中にはいたが、プロゲーマーが帽子をかぶって試合をするのは珍しいことではないため大半の人々は疑問に思うことはなかった。
そして二人はステージの途中まで一緒に歩いていくと、それぞれのブースへと分かれていった。
決勝戦は試合をスムーズに行うため、パソコンのセッティングはすでに終えていて、席に座って二人が準備を終わった所で、実況者がカウントダウンをし始め数え終えた瞬間に、煌・シルフィ・ニンフ・奈緒・勝の様々な思いが交差した決勝戦が始まる。
ライトとシルフィ。二人のアバターが現れたのは青々とした木々の広がる森林ステージだった。ライトの装備は普段と変わらないスカーとM45といつもより軽装にした服装だ。威力の高い狙撃銃を相手に、防弾チョッキを着ていても意味がないと外してきていたのだ。そうすることで、少しだが移動速度が上がるり回避できる可能性が増える。
一方の、シルフィはもはや定着したショートヘアーと前日に変更を加えたティンバーウルフ、といざというときのためにホルスターから抜いてすぐに撃てるようにレーザーサイトを付けたPx4。そしてこちらは、普段と同じ服装だった。
シルフィがティンバーウルフに加えた改良点は連射速度を上げるために回転式のボルトアクションから、ただボルトを後ろに引いて前に戻すだけのストレートプルと呼ばれる方式にしたことと、取り回し性を上げるためにバイポッドを外した点だ。ストレートプル方式にするとボルトの動作が簡単になるためにシルフィの得意とする連射がしやすくなるが、その反面耐久度が下がるデメリットもあった。
そんな改造をしているとは知らないライトは試合が始まると、シルフィの裏を取るように全力で走り出す。正面からのロングレンジでの戦いは圧倒的に不利になるため、模擬戦の時に感じたシルフィの癖を頼りに予想を立てて、接近戦に持ち込むつもりだ。
不意の狙撃をされた時のことを考え直線的な動きを避け、そこかしこに生えている木々の間をジグザグに移動する。索敵能力の高い狙撃銃を持ったシルフィとの試合のために、先手を取られることはほぼ間違いないと踏んでいた。そしてそんな予想は外れなかった。
ライトが走り始めて数分としないうちにその姿をとらえたシルフィは、見失わないように気を付けながらすぐ近くの見晴らしのいい場所に移動し、左足の膝を立てて座るとその膝の上に左腕を乗せ、肘の辺りに右手で持ったティンバーウルフをさらに乗せて左手で右手首の辺りを掴む。こうすることで、バイポッドを使わなくても安定した狙撃を可能とするのだ。
そして静かに狙いをつけ、タイミングを計り――発砲。
ストレートプル方式に変えたことを悟られないためにここでは連射しない。切り札として使うのであれば、それが確実に勝利につながると確信したときだ。
ライトに向かって、338ラプアマグナムと呼ばれる狙撃用の弾丸が飛翔していく。だが、木を避けながら進んでいたためタイミングがずれ、ライトの目の前を弾丸がソニックブームを起こしながら勢いよく通過していった。
ライトは銃声とマズルフラッシュからシルフィの現在位置を割り出し、そこに向けて単発で撃ち返す。
ティンバーウルフの銃声と変わるようにして起こるスカーの銃声。
狙撃を外したことを確認した後すぐにティンバーウルフを背負って移動を開始していたシルフィには、当たることがなくお互いに体力を減らすことなく最初の遭遇戦は終わった。だがここでシルフィを逃してはさらなる狙撃の機会を与えるだけだ。そう考えたライトは走ってその場を離れるシルフィの後を追う。
シルフィも足音でライトがついてきている事が分かっており、時折振り返ってはPx4でけん制射撃をするためライトは思ったように距離を詰められずにいた。いくら威力の低い拳銃による銃撃とは言え何が勝敗を分けるかわからないため慎重にならざる負えない。
「くっ」
そんな状態に悪態をつく。撃ち返そうにもライトが銃を構えた瞬間に逃げられてしまうため、満足に撃ち返すこともできない。
何とか状況を打破しようとするライトは、数度目のシルフィによる銃撃で木の後ろに身を隠すと、グレネードを手に持ち、ピンを抜くとシルフィに向けて投げつけた。それを見たシルフィはすぐさま銃撃をやめ、避けるために移動を開始する。そのすぐあと、グレネードが爆ぜ、土を巻き上げる。
それを確認するとその土煙に隠れて走り出す。数度の銃声が起こり、土煙の中から銃弾が飛んでくるがライトの居場所を予想して撃っているにすぎないため、当たることはなくライトは土煙を抜ける。すると先ほどよりも近く、拳銃の射程距離ほどの場所にPx4の弾倉を変えているシルフィの姿を発見する。
チャンスと見たライトはすぐさまスカーを構え、体勢を整えると即座に発砲した。
狙い通りに飛ぶ初弾はシルフィの体力を削るが続く二発目以降は、反動で銃口がぶれたこととシルフィがリロードしながらも回避行動をとったことによって当たることはなかった。
ライトの銃撃をかわし切ったシルフィは再びけん制射撃をしながら逃げていく。ライトはその銃撃を木に影に隠れて避けると、再び追いかけようとして足を一歩前へ出すが、二歩目がでることはなかった。
フラッシュグレネードなどのグレネード類を持っていないはずがないのに一向に使う素振りを見せず、また、ライトと距離が離れると逃げ切る気がないかのように足を止めけん制射撃をする。そんなシルフィの誘うような逃げ方に違和感を感じたのだ。
逃げるシルフィは後ろを振り向いて、ライトが後ろからついてきていないことを確認すると自身の策がばれたことに気付く。
実はシルフィが逃げる道の上には、クレイモアが仕掛けられていたのだ。ライトがそのまま追い続けていればそのクレイモアが作動し、体力を奪うはずだった。
ライトの位置を見失ったシルフィは、見通しが良くいざという時に身を隠せる狙撃に適した障害物のある場所を探すためにPx4を手に持ったまま、位置を特定されないように足音を消して移動する。三回戦で見せたライトの驚異的な読み。あれを行うためには余程の集中力と体力が必要だとシルフィは感じていた。そのため優勝すれば、次はあまり間をおかずにプロゲーマーとの試合があるこの決勝戦では、むやみやたらに使ってこないだろうと考えていた。
そして移動すること十数秒。シルフィは絶好の狙撃場所を見つけると、細心の注意を払いながらその場所に向かった。
襲撃されることなく無事にその場所にたどり着くと、すぐそばに生えている大木の大きな根に銃を預けるようにしてティンバーウルフを置き、自身は伏せて依託射撃の体勢に移ると、スコープを覗くことなく周囲を見渡してライトの位置を探る。
それからこの場を支配する緊張感により、どれだけの時間が過ぎたかはあやふやだ。
だがある時、パソコンのモニターを注意深く見ていたシルフィの背筋に悪寒が走った。
咄嗟に伏せていたアバターのシルフィを立ち上がらせると、ティンバーウルフを持ちその場を全力で離れた。
すると間一髪、スカーの遠慮ないフルオートでの銃声が聞こえ先ほどまでシルフィがいた地点に、着弾する音が聞こえてきた。第六感ともいえるものがシルフィに危機を告げるために悪寒という形で現れたのだ。
銃声が聞こえた方向へとピンを抜いたフラッシュグレネードを投げつけ、それに背を向けるようにシルフィはその場から離れる。
フラッシュグレネードが爆ぜたときの独特の音と閃光が起こるのを感じながら、草陰に逃げ込みあたりの様子を探ると先ほどシルフィがいた位置にライトの姿が見えた。
どうやらフラッシュグレネードの効果が十分に発揮し、ライトはシルフィの位置を見失ったようだ。だが、ここからティンバーウルフを構えて撃とうとすると、そのわずかな動きで居場所がばれスカーによる銃弾の雨を浴びせられる可能性が高い。そのため、シルフィはライトに居場所を気付かれないように身を潜め続ける。
そのかいあってか、ライトは索敵のためにその場を離れていく。その様子を見届けたシルフィはホッと一息つくと、その場に立ち上がりティンバーウルフを構え立射の体勢に入る。去って行くライトの後ろから狙撃するつもりだった。立射は反動を逃しにくく銃口のブレが激しいため、長距離の狙撃には向かないが近距離で狙いをつける分には問題なく、草木が多いこの場所では立射以外では射線が通らないためこの撃ち方をシルフィは選んだのだ。
シルフィに狙われてるとはつゆ知らず、前方を注意してあるくライト。
先ほどの完全に不意を突いたと自身でも確信していた銃撃を、避けられたことに驚かされたライトだったが、凹むどころか反対にやる気に満ち溢れていた。こうしたすぐに勝敗の付かなく、気を抜いた瞬間に負けてしまうような拮抗した試合がライトは好きだった。
そして数歩、歩いたところでライトは考えた。フラッシュグレネードの音で足音がかき消された可能性はあるが、それにしても全くといっていいほど足音が聞こえず動く影も見当たらない。そして、微かにだが感じるチリッとした肌を焼くような視線。最初は多くの観客が興奮して観戦しているためかとも思ったがどうやらそうでないらしいと思い至る。
そう思った瞬間にライトはためらうことなく、全神経をゲーム画面が映るモニターへと向けた。
すると、本来は聞こえないはずの木々が風に揺られさざめく音や、小鳥のさえずる音が聞こえてくる。ゲームで設定されていないはずの音が聞こえるのは、それだけライトの意識がのめり込み、まるで自身がその場にいるように感じているためだ。
そしてその中に一つだけある、自然には存在しない感触を感じ取る。――そう、シルフィの存在だ。
その違和感を察知した瞬間にライトは横っ飛びする。すると、ティンバーウルフの銃声と共に弾丸が先ほどまでいた地点を通過していった。ヒヤッとするライトだったが、第二射が飛んでくる前に撃ち返そうとすぐさま普段通りの集中力に戻し、スカーを構えようとして二発目の銃声を聞いた。この連射速度がストレートプル方式に変えた成果だ。
弾速が速く、威力の高い338ラプアマグナムがライトの胸の辺りに吸い込まれるように飛んでいく。
そしてライトには幸運が、シルフィには不幸が訪れる。
狙いもよく、当たればライトの体力をすべて奪い去っていたであろう弾丸は狙いを付けようと構えていたスカーのレシーバー当たりに着弾しスカーを粉々に砕いた。
体力を無くすことがなく、負けになることはなかったライトだったが主な攻撃手段たるメイン武器を失ってしまった。予備のスカーは持っているが試合中に出すことはできないため、ホルスターからM45を抜き出し右手に持つ。
射程が短いために撃ち返すことはできず、ライトはその場から走って離れていく。スカーを失ったことで移動速度が上昇しており狙いをつけにくく、シルフィは立射ということもあって三度目の狙撃は諦める。
ライトは九死に一生を得たが、主な攻撃手段を失ってしまったためどうしようかと考えながらシルフィから離れていく。リロードをしているためか、シルフィが追ってくる気配はない。そこで、ライトは大木のそばに隠れるようにしゃがむと、この圧倒的不利な状態でどう戦うか思考を巡らせる。
残された攻撃方法はM45かグレネードしかなく、至近距離でグレネードを爆発させるのは難易度が高い。そしてM45は拳有効射程が短い以上、シルフィに肉薄して至近距離から銃弾を撃ち込むしかない。どちらにしても万全の状態のシルフィを相手にするには心もとない装備だ。だがそれ以外にとれる選択肢がない以上それを有効活用していく以外に勝ち筋はない。
そう決断したライトは隠れ潜むことをやめた。
シルフィに近づかなければ話にならない以上、不意打ちで勝つことはまず不可能だ。そして遠距離で撃ち合いになって主導権を取られることになれば、ライトの負けは必至だ。
そのため、スカーを失ってさらに上がった移動速度を生かすためにも走り回って翻弄し、生まれた隙をつくことにしたのだ。もちろん、ストレートプル方式になり連射速度の上がったティンバーウルフにそんなことをすれば、撃ち抜かれてしまう可能性も上がる。だが、それしか勝つ方法はないとライトは確信していた。
ここで足を止めていてもしょうがないと先ほどまでシルフィがいた地点へと走り出す。まずはシルフィを見つけなければ話にならないのだ。
――シルフィは弾倉を変え増えた弾数分重量が重くなったティンバーウルフを抱え、周囲に障害物のない場所を探していた。
メイン武器であるスカーが無くなった以上、シルフィを倒すために起こせる行動は限られており拳銃、もしくはグレネードを使うにしても近づかなければならないと予見していた。そのため周囲に身を隠す物がない場所に位置取りするつもりだ。
程なくして中心に大木が生えておりその周囲には背の低い草が生えているだけというシルフィの狙い通りの場所を見つけた。どこからライトが仕掛けてきてもすぐに対応できるように腹ばいになることはせず、しゃがんだ状態でティンバーウルフを構える。
足音を隠そうとしないライトの居場所はすぐに判明した。シルフィが構えている目の前を走ってこちら側に向かってきているのが分かったのだ。
ライトのアバターが見えないまでも、足音を頼りに狙いをつけ撃とうかとも考えたが外す確率の方が多く弾数の少ない狙撃銃の貴重な一発を無駄にはできないと姿が見えるまで撃たないことにした。木々の隙間から飛び出るライトを確認し、トリガーを引こうとしたその――瞬間。シルフィの目の前に閃光が走る。
ライトは自分が狙撃手だったらこの状況でどこに位置取りするか予想し、そこにシルフィがいると仮定して飛び出る前にフラッシュグレネードを先に投げていたのだ。その光をまともに見てしまったシルフィは、感で撃っても突撃銃や短機関銃ほど連射できない狙撃銃では意味がないと判断しスモークグレネードを見えないながらも数メートル離れた正面に投げ、ライトから姿を隠そうとする。スモークグレネードから煙が吐き出され、シルフィの姿をライトから隠し始めるがそんなことは関係ないと、ライトは煙の中に突っ込んでいく。
煙を飛び出たライトが見たのはフラッシュグレネードの閃光から目が戻り始め、ティンバーウルフを構えなおすシルフィだった。それを見た瞬間にグレネードを取り出し、シルフィめがけて投げつける。グレネードを爆発を避けるために体勢を崩させようという魂胆だ。
しかし、ぼやける視界の中飛んでくるグレネードを見たシルフィが選択したのは避けることではなく、グレネードを射撃で吹き飛ばすことだった。
ピンを抜いてすぐ投げたグレネードのため、すぐ爆発することはなくグレネードを射抜くよりも、ライトを直接狙い体力を削り取る方が確実なのだが直前に見てしまっていた閃光により、シルフィは正常な判断力を奪われ、そのことに気付けなかった。
まともに見えない目だが、スコープをしっかりと覗いて発砲。
並大抵のプレイヤーなら外している射撃だが、シルフィはいとも簡単にグレネードを弾き飛ばした。そしてボルトを高速でコッキングし目と鼻の先に近づいてきていたライトに狙いを定め、すぐさま発砲。
ライトはティンバーウルフのスコープが自分に向いたと確認した瞬間スライディングをしていた。そのため放たれた銃弾はライトの頭上を空しくこえていった。
地面を滑りながらシルフィに近づくライトはM45を数発発砲。全弾命中させるが、急所である頭に当たらなかったこともあり全体力の四割を減らしただけだった。スライディングの勢いがなくなる前に立ち上がると、すぐさま体を反転し地面を蹴って再びシルフィに近づく。
だが、シルフィもそれを黙って許す訳がなくティンバーウルフをコッキングし、再度狙いをつける。
それを見たライトが横に動いてかわそうとする。だが、今回シルフィはライトが回避行動をとるだろうと予想しすぐには発砲せず、横にずれたライトを確認すると狙いを調整し、逃げたライトに向かって発砲。
ライトはこれを予想することが出来なく、避けることが出来なかった。ライトのアバターを容赦なく弾丸が穿っていく。
――だが、被弾した場所は胴体ではなく、左腕だった。胴体にくらべ腕は着弾しても与えられるダメージは少ない。そのためライトの体力は残り二割まで減らされたが全損するほどではなかった。いつもより移動速度が上がっていたライトの動きをシルフィは読み間違えたのだ。
コッキングして次弾を装填するよりもPx4でとどめを刺した方が早いと判断し。ニンフはホルスターから引き抜くが、先に構え終わっていたライトのM45が火を噴く方が早かった。M45から放たれた弾丸が体力を残り二割まで減らすと、シルフィも構え終えたPx4の狙いもそこそこにトリガーを幾度となく引きしぼる。
僅か数秒だが、異なる銃声が響き合う――――やがてアバターの倒れる音が一つ。
立ち残っていたアバターは男の姿だった。拳銃の性能の差が出たのだ。一発の威力が高く弾数の少ないM45。それに対し威力は少ないが弾数の多いPx4。残り僅かな体力を削るのにはM45のほうが向いていた。ただそれだけのことだった。
会場に設置された巨大なモニターに、ライトが勝ったと大きく表示され観客たちの大歓声が響き渡った。だが勝利者本人である煌の態度は冷静だった。イヤーマフを外し、イヤホンをテーブルの上に置くとシルフィがいる方へと視線を向ける。
するとシルフィもイヤホンを外して煌の方を見ていたようで、二人の視線が合った。するとシルフィはにこっと笑みを浮かべ立ち上がる。悲しみにくれているかと予想していた煌は肩透かしをくらいながら、シルフィにならって立ち上がると防音ブースをでてステージの真ん中へと向かった。
「おめでとう」
互いに中心にたどり着くとそうシルフィが一言言うと、握手をしようと手を伸ばし、煌もそれに応えてシルフィの手を握る。
――そして気付いた。煌の手を握る笑顔のシルフィの手が震えていることに。思ったより試合に負けたことに衝撃を受けていないなと思っていた煌だったが、その考えは思い違いも甚だしかった。必至に表に出さないようにシルフィが我慢しているだっけだったのだ。
思わず声をかけようとする煌だったが、シルフィが我慢していることの意味をくみ取り、「ありがとう」とだけ言い返すことにした。
そして二人は手を離すと、そのまま控室へと並んで戻っていった。次なるプロゲーマーとの試合に向けて十分の休憩があるのだ。
控室の扉を開け中に入り、観客たちからの視線が届かない場所までくると、シルフィは何も言わずにその場を飛び出していってしまう。思わず追いかけようと片足を出した煌にある女性が声をかけた。――ニンフだ。
「煌くん」
「なんですか」
煌の動きを制すように声をかけたニンフに少し苛立ちを感じながらも答え足を止めた。
「追ってどうする気?」
「どうするって……」
質問の意図が分からず煌は困惑してしまう。
「今勝ったのは煌くんでしょ。そんな当の本人が向かっても追い打ちにしかならないと思うけど」
「でも、俺のせいでシルフィは辛い思いをしてるんですよ!」
どこまでも冷静に言葉を紡ぐニンフに思わず声を荒げてしまう煌。
「それはおかしいんじゃないかな。今シルフィが辛いのはあくまでもシルフィ自身のせいだよ。シルフィが勝てなかったのが悪いんだから」
「……そうかもしれないですけど……」
「そんなに煌くんは負けたのが自分のせいだってことにしたいの? それは酷すぎるんじゃないかな。傲慢すぎるんじゃないかな。だってそうだよね? それって、あの子の努力を馬鹿にしているってことなんだよ。分かるよね、言葉の意味」
本気の煌を相手に本気を出したシルフィが負けた。だからシルフィは悔しい。決して『煌に勝てなかったから』ではない。自分の『努力が、想いが、届かなかった』から悔しいのだ。悲しいのだ。
そんな気持ちを、煌のせいで片付けてしまうのは間違いだ。
「それじゃあ、俺はどうすれば……」
「連れて行ってあげて」
悩み、ニンフに問いかける煌。
「連れていく?」
「そう。シルフィの思いも一緒に、次のプロゲーマー戦に連れていくの。それで勝つの。シルフィの想いは確かに、自分が受け取ったと教えてあげるためにね」
「…………」
煌は静かにニンフの言葉の意味を心に刻む。
「分りました。……それとすみません。生意気なこと言ってましたよね、俺」
「いいよ。……そもそもボクだって、この前そうやって煌くんに怒られたんだから。これでお相子ってことで」
「すみません」
煌は再度謝る。
「煌くんは次の試合に向けて待機していてよ。シルフのところにはボクが行くから」
「頼みます」
「任せといて。ボクはあの子の師匠で……なにより親友なんだから!」
そう言い切るとニンフはシルフィが駆けていった方向に走りだした。
取り残された煌は、シルフィのことが気になりながらもいよいよとなった最終試合へ思いを巡らす。
大会参加の運営からのメールが着て、実際に予選が始まった日が近くも遠くも感じていた。予選で出会った強敵のトレイン。初戦であたったフレーム。シルフィとニンフの師弟対決や、圧倒的強さを誇ったソニック。そして先ほどのライバルと言ってもいいシルフィとの対決。予選ではチーターにあたったこともあったことも今ではただの思いでだ。
プロゲーマーになるという願いを新たに確かめ、水分補給などを済ませた煌は再び控室へと戻る。
相手になるプロゲーマーは試合が始まる直前まで誰にも知らされず、第一回戦が始まった時には多くの選手がいたこの場にいるのはもはや煌だけとなっていた。それを寂しく思いながら残り時間を過ごす。ここまで来たら前に進むだけだ。




