15
――――そんなやり取りから数時間後。
一度間が開いたことによって散っていた観客たちが第三回戦第二試合の開始時間に近づいてきたことにより戻ってくる。
待機室では張り詰めた雰囲気をまとうシルフィとは正反対に、対戦相手である若い男のプレイヤーは落ち着き払っていた。
ステージ上では観客を盛り上げるために実況者が煽っていた。観客席から上がる歓声はシルフィたちにも聞こえるほどで、盛り上がりは最高潮へと至っている。
そしていよいよ試合開始時間に到達する。それを知らせるようにステージ上に設置されている色とりどりの照明が慌ただしく周囲を照らし、それに気づいた観客の歓声は一時の沈黙が訪れた。
それを好機と見た実況者は、プレイヤーの名前を呼ぶ。まず呼ばれたのはシルフィではなく対戦相手である男の方だった。ソニックと呼ばれた彼はひょうひょうとした態度で歩いていく。そして次に名前を呼ばれたシルフィも後を追うようにステージへ向かう。
二人が姿を現すと観客たちも盛り上がり、中には立ちあがっている人もいるほどだった。拍手喝采で迎え入れられたことにシルフィは嬉しく思うが、手を振り返すほどの余裕はなくそのまま足を止めずに、防音ブースに向かった。ブースの中に入ったシルフィはソニックを見やる。すると彼が淡々とした様子でパソコンのセッティングをしている場面が目に入った。
そして周囲に目線を向けると、決勝戦に上がる選手を決める最後の試合ということで、実況者や解説者なども含めたその場にいる人が注目していることがブースの中にいても関係なしに伝わってくる。ここまで来ると、応援による熱気は緊張するよりも心が滾らされる効果の方が強く、シルフィは熱くなりすぎて冷静さを失わないように自身に言い聞かせる。
そしてそんな対照的な二人の試合が今始まる――。
試合が始まると同時に、場内を映していたモニターが試合の映像へと切り替わった。
そこには民家や、家具屋などといった店が立ち並ぶ街が見えた。市街地ステージだ。
そのことを確認したシルフィはPx4を構えると見晴らしのいいデパートに走って向かう。相手が強者なのはすでに分かり切っていることだ。五分の条件で戦って勝てる保証がない以上、有利なポジションを取ろうと言う考えだった。
ティンバーウルフでなく小さなPx4を持って走る俊敏で軽快な動きは、名前の元にもなった風の精に恥じない姿だ。見ている観客たちもその様子に見惚れるていた。
ステージのほぼ中央に建てられた大きななデパートにシルフィは到達すると、南側にある出入り口から中に入り狙撃地点を確保する前に出入り口に細工を施す。クレイモアと呼ばれる地雷の設置だ。三か所ある出入り口すべてに敵プレイヤーが襲撃してくるかもしれないと注意しながらも、無事にクレイモアをすべてに仕掛けた。このデパートは出入り口が三か所あり、地下一階、地上に六階の階層を有している。
そんなデパートの最上階へと向かうためシルフィは稼働しているエスカレーターを駆けるように進んでいく。相手が今どこにいるかは全くの検討がついていないが、出入り口にクレイモアが仕掛けられている以上、音を立てないで中に入ってくることはできない。そしてシルフィによる狙撃を警戒していれば商店街を無警戒に進むとこともできないため、家具屋や本屋など他の店を障害物として利用したりするために足は遅くなると予想する。
そんな敵プレイヤーの行動に読みを入れているといつの間にか最上階である六階に到達する。最上階であることを有効活用するためか、ガラス張りで周囲が見渡せるようになっていて、複数のレストランや喫茶店が並んでいる。
そんな中、机や椅子の間を縫うように進み、ガラスの近くに到達する。そしてティンバーウルフを構えると傍にあった机の上にバイポッドを展開して上に乗せた。
まずはスコープを覗かずに肉眼で外の様子を探る。今にも動きそうな車や、電車などが見えるが遊園地ステージとは違いこのステージにある物が動き出すことはなく、プレイヤーが運転すると言ったこともできない。そのため、動く影というのはプレイヤー以外にあり得なく、肉眼でもある程度の索敵は可能だ。
ソニックはすぐさま見つけることができた。だがそれも、ソニックのいる場所を考えれば当然のことだった。
どこにでもいるような民兵スタイルのアバターである彼は大きな道路のど真ん中を歩いていたのだ。その様子はどこにシルフィがいるかわからずに、とりあえず中心へと歩いているようだ。
それを見つけた瞬間シルフィは自分のことを馬鹿にされていると感じた。
なぜなら、遮蔽物といえば路上駐車された車が数台あるだけで道路上には何も身を隠すものがなく、近くにある車に身を隠すまでにシルフィは二回狙撃することができるほどの余裕があった。狙撃地点がばれていなく、いつ撃たれるかタイミングも分からない。一撃当たれば体力を消し飛ばすことができる狙撃銃を使うシルフィを相手にそんな行動をするのは、挑発や煽り以外ではありえない。
思わずカッとなり勢いのまま発砲しそうになりかけるが、すんでのところで思いとどまる。そして一度深呼吸を入れ、頭を冷やす。
そして、落ち着きを取り戻したところでスコープを覗き、狙いをしっかりつける。風向きや弾道を考慮し、リードを取る。そして、ここぞというタイミングでトリガーを引く。
銃口から吐き出された銃弾は仮想の風と重力の影響を受けながらソニックの元へと空気を切り開きながら飛翔していった。シルフィの狙いとは少しばかりずれた弾道だったが、ソニックのアバターから外れるほどずれているわけではなく無事に敵プレイヤーに当たるはずだった。はずだったのだ。
銃弾はソニックのアバターに引き寄せられるように飛んでいき、着弾する寸前。ソニックがわずかばかり横に動いた。
たったそれだけのことだったが、ティンバーウルフから放たれた銃弾は、アバターではなくアスファルトに着弾する。
その目を見張る出来事にシルフィは呆気にとられるが、長年の経験か、ニンフによる教えのたまものか。ボルトを引きつつ気を取り戻すと即座に狙いをつけて再度発砲。
だが、同じようにして少し動くだけでソニックは狙撃をかわす。避けることが出来ないはずの遠距離狙撃を二度、連続で避けて見せたのだ。
狙撃を受けてなお何事もなかったように堂々と道路を進行するアバターに、シルフィはある種の恐怖を覚えてしまう。そして、再度ここから狙撃しても同じ結果しか得られないだろうと判断し、バイポッドをたたむと背中に背負い、ホルスターからPx4を取り出して移動を開始する。先ほど駆けあがってきたエスカレーターの反対側にある下に向かうエスカレーターを勢いよく下りていく。
そして一階へたどり着くと南側の出入り口から外へと飛び出た。クレイモアは仕掛けた本人には反応しないため、気にする必要はない。そして今度はソニックの裏をかくように、先ほどソニックが歩いていた道の一つとなりの道を見つからないように気を使いながら走って進む。今度は、ソニックの後ろから先ほどよりも射距離を短くして狙撃をしようという魂胆だ。
観客からはどう見えているのだろう。敵と正面から勝負せずに逃げ出して背後から襲う臆病なプレイヤーと思われているのだろうか。そういった考えが頭の中に浮かぶが、すぐに気持ちを切り替え試合に集中しなおす。煌や奈緒、何よりも師匠の目の前でみっともない負け方だけはできないと。
数十秒間と走り続け、立体駐車場にたどり着いたシルフィは中に入っていき、狙撃に適した場所を探し出す。
そして見つけた場所にバイポッドを展開させたティンバーウルフを置くと、自身も伏せる。目の前に伸びる道路を肉眼で見つめると、ソニックが先ほどと変わらない足取りでデパートに向かっているのが見えた。どうやらまだデパートの中にシルフィが潜んでいると思っているらい。
その姿を確認したシルフィはバットと呼ばれるストックの底を肩にあて頬をストックに頬付けする。そしてスコープを覗いて狙いをつける。
先ほどの狙撃に失敗した時のことが脳裏に浮かぶが、それを狙撃に成功した瞬間をイメージして上から塗りつぶす。そして心を落ち着け、ここぞと感じた瞬間に発砲する。
銃口から飛び出して、シルフィの狙い通りに飛んでいく弾丸――。
だが、ソニックはまたもや避けて見せる。後ろを振り返ることもないままに。だが、シルフィはすぐさま速射する。残っていた銃声を延長するように新たな銃声が繋がる。
この二発目は狙撃手としての意地が撃たせた銃弾で、シルフィは内心で破れかぶれな気持ちだった。だが、結果としてその狙撃は正解だった。先ほどまで避けられていた銃弾はソニックの持っていた突撃銃AK47のストックに当たり、木製のストックを完全に吹き飛ばす。
「!」
体に当たっていれば倒せたのにという気持ちもなくはなかったが、それよりも今までかわされていた攻撃が当たったことにシルフィは驚く。
そしてすぐさま頭を切り替え、なぜ当たったのかを考える――。呆けている暇はないのだ。そしてある一つの可能性に思い至った。音に反応しているのだろうと。
並外れた聴力と集中力その二つがソニックの強さだと。並外れた集中力は時として時間の流れをゆっくりなものへと変化させる。銃声を聞いた瞬間に集中力を高め、弾道を予想し、動いてかわしているのだと予想し、それを確実なものとするためにシルフィは来た道を戻ることにした。
だが今の狙撃がソニックのプライドを刺激したのか、今までのゆったりとした動きから素早い動きに切り替わった。道路のど真ん中にいたソニックは路上駐車している車に身を隠しながら進みだす。
それを確認したシルフィは愛銃を背中に背負うと、手にアルミ缶ぐらいの大きさの物体を持った。これフラッシュグレネードと呼ばれるもので爆発と同時に眩い閃光を辺りにまき散らすグレネードだ。
それの安全ピンを抜いてソニックのいる方向の少し上空へ向けて投げる。安全レバーが外れ、空中に弧を描いて飛んでいき落下が始まる寸前で、爆発し激しい光をはなつ。
シルフィはそれが分かっていたためにあらかじめ投げた方向に背を向けていたため、目が眩まずに済んだが、正面を向いて移動していたソニックには効果があったようで、身を隠すために記憶を頼りに近場の路上駐車の影に隠れた。そのためシルフィからは見えなくなる。それを確認したシルフィはPx4を構えると道を戻ってデパートにへと向かう。
だが、そんなシルフィの行く手を阻むかのように銃声とともに数発の銃弾が襲った。その予期せぬ銃撃に、シルフィの体力は容赦なく減らされ残りわずかとなる。
十数発放たれた銃弾の最初の数発しか当たらなかったと言うことはフラッシュグレネードの効果はしっかりあった事の証明だ。それでも、シルフィに攻撃を当てられたのは、目の見えない中わずかに聞こえた足音と長年の経験を頼りに居場所に検討を付けて発砲したからだった。
こういったことは少なからずあることで、シルフィも初体験という訳ではない。だが、この重大な場面でそれを成功させた相手の力量に舌を巻く。こういった技術は一朝一夕に身につくものではなく、長年の経験や練習がいるためだ。
そんな思いをしつつも、シルフィはPx4をけん制のために発砲しながらデパートに駆けていく。Px4から放たれた銃弾は未だに目が見えないソニックに当たるが、有効射程が短く威力の低い拳銃のため与えられたダメージは僅かなものだった。
そしてこれがソニックの受けた今大会での初ダメージだった。それに気づいた観客は手をたたいたり、口笛を吹いたりと歓声を上げるが、今のシルフィにそんなことを気にしている余裕はなくただ走り続ける。
リードを生かし、以降はソニックの攻撃を受けることなくデパートに入り込むことに成功する。先ほどとは違い少し進んだところで伏せると、バイポッドで地面に固定したティンバーウルフの残り一発となったマガジンを取り換え、銃口を今入ってきたばかりの出入り口に向けた。そして絶好のチャンスが来るその時を待つ。
そしてその機会はすぐさま訪れた。AKを両手で保持したソニックが走ってやってきたのだ。もはや最初のころに見せた余裕たっぷりな態度はどこにもない。シルフィが目視で確認したのとほぼ同時にソニックもシルフィに向かってAKを単発で何度も何度も撃つ。だがストックが壊されて安定のしないAKで移動しながらの銃撃のため、弾丸はソニックの狙った場所には飛んでいかない。
シルフィは弾丸が飛んでくる中、覚悟を決める。ここでしくじれば次のチャンスはもうない。
ティンバーウルフのスコープを覗いて、狙いを定める。一発でも偶然で当たればシルフィの負けは確定する。
そんな緊張感の中、トリガーを引くと狼は咆哮をあげ、銃弾を吐き出す。シルフィは弾のいく先を確認せずにすぐさまボルトを引いて次弾を装填する。
飛んでいく弾丸はソニックでなく出入り口のすぐそばに向かう。それが観客たちには、狙撃に失敗したように映っただろう。だが、それはシルフィの狙い通りだ。
銃弾が襲ったのは出入り口に仕掛けられたクレイモアだった。ティンバーウルフから放たれた銃弾はクレイモアに当たると大きな音を立てて爆発する。その音を聞きながらシルフィは本命の第二射を、ソニックに狙いをつけて放つ。爆発音が銃声をかき消す。空気を穿ちながら音速を超える速度で進んでいく弾丸はAKに当たって粉砕した。
ソニックは粉々になったAKが消滅するエフェクトをしり目に、ホルスターから拳銃を抜いた。その頃にはもうデパートの中に入っておりシルフィはすでに目と鼻の先だった。いくら攻撃力の低い拳銃とはいえシルフィの残り体力を削り取るには十分だった。そのため勝利を確信しながら拳銃を構えた。
――拳銃の照準越しに見えたシルフィは二回目のコッキングを終えていて、トリガーに指をかけているとこだった。そして、その瞬間二つの銃声が一つとなって響き渡った。
このゲームでは銃ごとに弾速が設定されている。そして遠距離狙撃をするための銃である狙撃銃が近距離用の拳銃に弾速が負けるわけがなかった。
つまるところ、間一髪のところでシルフィの勝ちが決定したのだ。
今まで苦戦しつつも勝利を拾ってきたシルフィ。ここまでの試合ですべて圧勝してきたソニック。そんな二人の試合だ。煌たちを除いた誰もがソニックの勝利を確信していた。だが幕が閉じてみれば結果は正反対。シルフィの勝ちだった。
そのことに多くの人が叫び、立ち上がってシルフィに向かってエールを送っていた。シルフィは少しの間嬉しさをかみしめるように防音ブースの中にいたが、外に出て観客からの声を聴いて思わず目元をうるうるとしながらも、見るものを幸せにする笑顔を浮かべ両手を振り返した。そして観客席を眺めていると煌とニンフの姿を見つけた。そこで煌が真剣な表情をしているのを見て、シルフィは思い出す。
この試合に勝ったと言うことは決勝で煌と優勝をかけて戦うことになるのだと。そして、その事実から目を背けるように視線を煌の隣に座っているニンフへと動かした。
激闘を制したシルフィの姿が見れてほっとしたのと同時に、とても嬉しかったのだろう。ニンフは距離の開いた場所にいるシルフィからでも分かるほどに喜んでいた。そんな姿を見たシルフィはニンフの元にかけていきたいところだったが、後でニンフに怒られると思いとどまり、素直に控室に入っていった。
そして目元を拭うと待機室から観客席へと一直線に向かう。数分とかからないうちにたどり着くとまだそこには煌とニンフの姿があった。
少しなんと声をかけようかと迷っていると、煌が先にシルフィの存在に気付いたようでシルフィに声をかける。
「お疲れ様」
だがそれは、シルフィに話させるきっかけを作ろうとしただけの言葉だったため、それだけを言い残して煌はその場を後にした。
気を使ってくれた煌に視線だけで礼を言うと、シルフィはニンフに涙声で声をかけた。
「勝ったよ、師匠」
「……うん。見てたよシルフ」
顔を上げたニンフは目を腫らしていた。
「あと一回勝てば優勝だよ……」
「次は煌くんとだね」
「うん」
「大丈夫なの?」
勝てる見込みはあるのかと。好きな人相手の夢を奪うことが出来るのかと。覚悟は決まったのかと。ニンフはシルフィに問う。
「大丈夫だよ」
勝てる自身はあると。恋と試合は関係ないと。覚悟は初戦の時からできていると。シルフィはニンフに答える。
「そう。それじゃあボクから言うことはないよ」
しっかりと言い切ったシルフィの目を見て嘘でないことを確認すると安心したように胸を撫でおろしながら答えた。
「それにしても今日の試合は集中しすぎたせいか、くたくただよー」
「……それじゃあ一つ提案あるんだけどいいかな」
「うん、いいけど」
「一緒に温泉入ろっ」
ニンフは語尾におんぷが付きそうな弾む声でそう言った。
「えっ!?」
「今日はずっと緊張して疲れたんでしょ。せっかくホテルに温泉があるんだから一緒に入って、疲れを癒してもらおうと思って」
同性同士だから恥ずかしがることはないよと言うニンフと反対に同性でも恥ずかしいものは恥ずかしいとシルフィが言い返す。
「仲の良い友達同士なら普通だって」
「そう言われても今まであんまり学校通えなかったから友達ほとんどいないの知ってるでしょ……」
「うーん……そんなにボクと一緒じゃいや?」
あまり無理強いをしても仕方ないとニンフは諦めかけながらそう言う。
「うっ……。その言い方は卑怯だよ師匠。……しょうがないなぁ」
「やった」
ニンフは狙ったわけではなかったが、シルフィが同意したので結果としては怪我の功名だった。
「それじゃ、さっそく行こー」
ニンフはさっきまでと打って変わって楽し気な声でそう言った。
――――ホテルの温泉。
「ほらー、シルフ。早く」
着くや否や、勢いよく服を脱いで一人で先に温泉につかりに中に入っていったニンフの呼び声が、脱衣所にいるシルフィに話しかけた。入りに来たタイミングが良かったのか二人以外には誰もいなく、貸し切り状態となっている。
そんな中、シルフィは恥ずかしがってなかなか中に入ってこようとしないのだ。
「や、やっぱり恥ずかしいよ師匠」
「そんなことないって。早く早くー」
尚も拒むシルフィにニンフが声をかけ続けると、観念したのか脱衣場と浴場を隔てるドアを開くとシルフィはタオルで体を隠しながら中に入っていった。そんな、シルフィの姿を舐め回すようにニンフが見つめる。
「な、なに? 私どこか変?」
友達と初めて温泉に入るシルフィは、どこかおかしかったかとニンフに問う。
「ううん。そうじゃないんだ、シルフ。この前も言ったけど肌綺麗だしスタイルいいし、憧れちゃうなって。小柄なところも女の子っぽくて可愛いし」
「へっ!?」
突然のニンフの褒め言葉にシルフィは素っ頓狂な声を上げ、体をビクッと揺らす。こういったことは何度言われても慣れるものではないのだ。
「いつものポニーテールもいいけど、下ろしてる姿も似合ってるよ」
褒め殺しされ、さらに恥ずかしくなったシルフィは体を湯舟に隠そうとそそくさとお湯の中に、ちゃぽんっと音を立てて入った。
「師匠! もう私のこと言うの禁止!」
白くきめ細かくお湯に濡れ艶めかしいシルフィ肌が、赤くなっているのは熱によるものだけではないはずだ。
「わかったよ。もう言わない」
まだ褒め足りないと言わんばかりの表情だが、シルフィが嫌がる以上はやめようと思い直す。
「それに、師匠だって背が高くてモデルさんみたいでかっこよくて私好きだよ。私と違って物おじしない性格とかも尊敬するし」
シルフィはお返しと言わんばかりに普段から思っていることをそのままニンフに伝える。
「うっ……これは、結構こそばゆいというか恥ずかしいね……」
言い返されてニンフのその恥ずかしさを理解し、恥ずかしそうにする。
「だからこの話はもう、終わりね」
自分が言うのも、ニンフを褒め殺しにするのもどちらも恥ずかしいとシルフィは話題を変えることにした。
「そういえば私、師匠がこのゲームやり始めた理由とか知らない」
「簡単なことだよ。ある日偶然だったけど、このゲームの大会でプロゲーマー同士の試合が生放送で中継されてたのを見たんだけど、その時に魅せられたんだ。ボクもこんなことやりたい! って」
「そうだったんだ」
「うん。そのプロの人はまだ現役で、ボクがプロになった時にも戦ったけど手も足も出なかったよ。でも、とってもとっても楽しかったんだ。だから、もう一度プロで頑張ろうって思ってたんだけど……ね」
自分の実力不足でプロとして長い間活動できなかったと言外に語る。
「……ごめん」
そしてプロゲーマーになる道の一つを閉ざしてしまったとシルフィは謝る。
「気にしないでって言ったでしょ。ほかにもプロゲーマーになる方法はあるんだし。……それにね」
「うん?」
ニンフの言葉の続きが気になり先を促す。
「今はシルフィに夢見てるんだ」
「え? どういうこと」
本人を目の前に口にするのに抵抗があったがそれでもしっかりとシルフィの目を見つめて話す。
「シルフィが決勝戦で勝って、そのあとのプロ相手にも勝って。それで、ボクを含めた多くの人にいろんな夢を見せてくれる。それがボクの今の夢なんだ」
「師匠……」
シルフィが嬉しそうに声を出すと、ニンフは照れてちゃぷちゃぷと水音を立てながら手を振る。
「アハハ……そんな気にしないで。プレッシャーかけるつもりはないから。でも、それがボクの今の夢だってことだけは覚えておいて欲しいな」
「分った……それじゃあ私も一つ、恥ずかしいけど決意というか決めたことを、師匠に教えてあげる」
「ん? なにかな」
「私ね……優勝したら、煌に勝ったら、告白する」
「!」
シルフィの言葉にニンフは息をのんだ。
「煌に勝って、胸を張って言うよ。好きですって」
「……そっか。うん、がんばって。そっちも応援してる」
「それで師匠。帽子持ってたよね」
「帽子? ああ。煌くんと同じやつ? 持ってるけど、それがどうしたの?」
「お守りに貸してほしいんだ。帽子かぶって決勝戦に挑もうと思って」
「うん、いいよ。貸してあげる」
「師匠も一緒に、優勝の檀上に連れて行ってあげるから」
「……シルフも言うようになったもんだ」
「任せて」
そう言うとシルフィは湯舟の中にあった自身の腕をそっとニンフに向け差し出す。ニンフは、それを見てニッコリとほほ笑むと、しっかりとその手を握るのであった。
――その頃の煌はというと、先ほどまでホテルの中をあてもなくぶらぶらと歩き回っていて、今現在はロビーに設置されているソファーに座ってぼんやりと周囲を眺めていた。ホテルの出入り口を行く人来る人、スーツ姿の人私服の人。様々な人が行き来している。
「あー! お兄ちゃんこんなところにいた」
そんな中周囲の目も気にせず、煌を大声で呼ぶ声がする。煌は背後から聞こえてきたその声に驚きながらも振り返った。そこにいたのは小柄な少女で大事そうに手紙を持っている。
「奈緒、他の人もいるんだからあんまり騒ぐなよ」
「お兄ちゃんが部屋にいないから、ずっと探し回ってたこっちの身にもなってよー」
「あー……。悪い、訪ねてくるなんて思ってなかったから」
ロビーに備え付けとして掛けてあった、大きなアナログ時計を見て時間を確認した煌が謝る。
「それで何の用だ?」
手紙を持っていることが気になり、問いかけた。
「あ、そうだった。お兄ちゃん。はい、これ」
そう言われて用事を思い出したのか、奈緒は持っていた封筒に入った手紙を手渡した。
「今読んでいいか?」
「あっ。え、えっと、部屋に戻って、一人になってから読んで!」
「あ、ああ」
手紙を開けようとしている煌に奈緒は慌てて止めに入ると、恥ずかしそうにそう言った。奈緒がこうして照れることは珍しく、煌はさらに疑問を深めるが素直に言うことを聞いて部屋に戻るまで我慢することにした。
「それにしてもなんでお兄ちゃんは、こんなとこにいるの?」
「部屋でじっとしてられなかった……落ち着けなくてさ」
「シルフお姉ちゃんのこと?」
「まあ……そうだな」
試合を観戦していた時には気にならなかったが、部屋に戻って一人になってみると、どこか気になってしまって落ち着けなかったのだ。
「お兄ちゃんにも、そんなとこあったんだね」
「お前は俺を何だと思ってたんだ……俺だって人並みには緊張だってするし、悩みだってあるっての」
「お兄ちゃん……私には何もしてあげられないけど。それでも応援してるからね!」
心配の種を取り除くことはできないけど、応援はしていると奈緒は真剣に煌に伝えた。
「ああ、ありがとな」
その真っ直ぐな気持ちを受け取った煌は、いつものように奈緒の頭をやさしく撫でる。奈緒も気持ちよさそうに目を細めそれを受け入れる。
「えへへ。それじゃ、あんまり帰りが遅いとお母さんが心配するから帰るね」
「あ、そうだ」
「なにー?」
奈緒が帰ろうとすると、煌が呼び止めた。
「明日は一応休憩日になってるけど俺はかまってやれないからな」
「えー!? ……なんてね。分かってるよ、お兄ちゃん。試合のために練習するんでしょ?」
「……なんだ、分かってたのか」
「うん。何年お兄ちゃんの妹やってると思ったの?」
「そうだな。明日はニンフにでも遊んでもらってくれ。話はしとくから」
「やったー。ニンフお姉ちゃん好きー」
シルフィに頼まない理由は言わずもがなだった。
「それだけだ。おやすみ、奈緒」
「うん。おやすみー。その手紙、ちゃんと読んでよ」
そう言うと奈緒は手を振って元気に駆けていった。
「心配かけてたみたいだな……。俺もそろそろ帰るか」
奈緒に元気を貰った煌は、部屋へと確かな足取りで帰っていった。
ドアを開け、部屋の中に入るとベッドに倒れこんだ。ぼふっと音を立ててベッドが凹む。
「手紙、読んでみるか」
ベッドに腰掛けると、煌は封筒を開け手紙を取り出し目を通す。
お兄ちゃんへ。
こうして改めて文字にするとなんだか照れちゃうね。でも直接話すのはもっと恥ずかしいから手紙にして伝えることにしたよ。
お兄ちゃんが最初大会にでるって言った時、本当は嬉しい気持ちもあったんだよ。今までずっとお兄ちゃんが、パソコンに向かって真剣な表情でゲームしてたの好きだったんだ。そんな表情がとってもかっこよく見えたから。
でもやっぱり、お兄ちゃんが遠くに行っちゃうって気持ちが大きくて、寂しくてあの時はあんなこと言っちゃったんだ。ごめんね。
お兄ちゃんがゲームばっかりやってて、構ってほしくて勉強ができないふりをしたこともあったんだけど、気付いてたかな。
間違ってたら聞き逃して欲しいんだけど、お兄ちゃんは表には出さないだけで、シルフお姉ちゃんと優勝を争うのに躊躇してるよね……合ってるかな?
お兄ちゃんもずっとプロを夢見て頑張ってきて、シルフィお姉ちゃんも夢のために頑張ってるから多分重ねちゃってるから。
でも私がシルフィお姉ちゃんだったら、手は抜かないでほしいと思うな。
だってそうでしょ? シルフお姉ちゃんもお兄ちゃんと同じで色々葛藤があるうえで気持ちを決めて決勝戦に挑むと思うんだ。それなのに、手を抜かれたりしたら、絶対に許してくれないよ。
だから、私はお兄ちゃんに本気で頑張って欲しいんだ。シルフお姉ちゃんに答えるためにも。私の大好きなお兄ちゃんを世界中の人に見てもらうためにも。
……正直なことを言うと、まだお兄ちゃんがプロになって遠くに行っちゃうかも、って考えると辛い。でも、真剣な表情のお兄ちゃんが好きだから。お兄ちゃんが夢を叶える姿を見たいから。私が好きなお兄ちゃんはいつも前を向いていたから。だから勝って!! プロになって! 夢を叶えて!
「あいつ……」
煌は素直な奈緒の気持ちを手紙を通して受け取り、絶対に負けられないと改めて覚悟を決める。
手紙を折り目に沿って再びたたみ封筒にしまうと机の上に置いた。
表に出さないようにしていた煌だったが、決勝の相手がシルフィと決まってもやもやとしていたのだが、その心配事が奈緒の手紙によって綺麗に晴れていくのを感じた。
もともとシルフィやニンフと試合になることを覚悟していたつもりだった煌だったが、ここにきてそう簡単に割り切れるものでないと、思い知らされたのだ。応援してくれる存在がどれだけ大きいかと再認識させられた。
もう何日もない決勝戦へと意気込みを確かに、体調を崩しては元も子もないとベッドの中に入った。




