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13

――四日目

 煌が朝シルフィたちと会ったときはいつも通りの様子で二人仲良く話していた。そのため煌もためらうことなく二人に話しかけられた。

 そして今はそれから時が過ぎ、第七試合目の途中だ。

 突撃銃とその三倍以上もの装弾数を持つ軽機関銃を持つプレイヤーとの激しい撃ち合いが行われていた。堂々と仁王立ちをして軽機関銃のけたたましい銃声を響かせ敵プレイヤーに向かって、壁に隠れて突撃銃を少しだけ出して被弾面積を小さくして撃ち返す。そんなやり取りを煌はシルフィ、ニンフと一緒に控室に設置されたモニターで眺めていた。

「あの軽機関銃を使ってる選手、ちゃんと利点を意識して使ってるな。あれじゃあ相手してる選手はやりにくい」

「そうだね。たとえ弾が当たらなくてもプレッシャーになるし、大会は中継もあるし観客もいるからね。防音ブースといえど雰囲気は伝わるからあんまり長引くと、不利だよ」

 あまりに消極的な行動ばっかりしていると、それがたとえ作戦だとしても観客側からすれば退屈な試合となってしまい、それが原因でブーイングされてしまうことがあるのだ。それはされている選手にとってとてもやりにくい状況となり、反対にされていない選手はのびのびとプレイできるということを意味している。

「でもそれも、大会経験があって初めて分かることだから。あの選手もしかするとこのまま押し込まれちゃうかも」

 どんなに普段と同じような状況に近づけようとしても、大会特有の出来事というのはどうしても起こってしまうのが常だ。そのため大会慣れしている選手とそうでない選手でプレイの実力とは関係ないところで差がついてしまう。

「あの選手ちゃんとわかってるみたいですよ」

 押されているプレイヤーがグレネードを構えて敵に向かって投げようとしているのを見た煌はニンフにそう言った。軽機関銃はその装弾数の多さから弾幕をはったりとパワープレイが得意だが短所もあり、武器が重く、それを扱うアバターの足が遅くなるのだ。それを狙ったグレネードによる攻撃だった。だが軽機関銃を持つプレイヤーの反応も早く、グレネードが飛んできたと判断するとすぐさま銃撃をやめ、爆風の届かない物陰に隠れようとする。それをチャンスとみた突撃銃を持つプレイヤーはすぐさま狙いを定め、トリガーを引く。グレネードによる攻撃を避けるために背を向けていた相手プレイヤーはその攻撃に反応することができずに次々と飛来する銃弾に被弾し、体力をすべて失ってしまった。そして試合終了の文字が躍り出て第七試合が終わったことを告げた。

「終わっちゃった……」

 その様子に今まで静かに黙って試合を見ていたシルフィが口にした。それを隣で見ていたニンフは少し貯めらうが何かを決心するとシルフィの名を呼んだ。

「なに、師匠?」

 舞台上では実況者と解説者が第一回戦の最後を飾る次の試合について話していた。控室にも届くその声によると、どうやらニンフが元プロゲーマーでシルフィはその弟子である知っていて、次の試合は師弟対決だと観客に向けて言い、会場を盛り上げているようだった。

 そんな声を聞きながら、ニンフは手でシルフィにもっと近寄るように伝える。

 シルフィは疑問に思いながらもニンフのもとに歩いていく。

「ししょ……わっ、ぷっ!? し、師匠!?」

 そしてそんなシルフィがすぐそばまで来るとニンフは他にも選手がいる中、突然シルフィを抱きしめた。当然その突然の出来事に周りの選手は驚いていた。

「え? え? 師匠、どうしたの」

 突然のことに目を白黒とさせる。だがニンフは抱きしめたままシルフィの耳元で話し出した。

「シルフィ、この試合お互いに楽しもうよ。前にも言ったけどどっちが勝っても恨みっこなしで。……どっちが勝っても気まずくなっちゃうだろうけど、ボクはシルフィのことが大好きだから。何があっても離れたくないんだ」

 その真剣な声色でシルフィも察したのか少し考えると抱きしめ返しながら答えた。

「離れたくないのは私も一緒だよ師匠。私も真剣で師匠と戦うよ。でも、私が勝っても文句言わないでよね」

 そう返すシルフィの表情は朗らかで、ニンフも安心したようだった。そしてシルフィから離れると、握りしめたこぶしを差し出すと、意図を理解したシルフィも手をグーにしてニンフの手に軽くぶつけた。

 そしてタイミングよく実況者がシルフィとニンフの名を呼んだ。それに合わせて二人は、煌に視線を向けると「「行ってくる」」と告げ、仲良さそうに待機所から飛び出していった。

 防音ブースへと入ると二人はそれぞれマウスとキーボードのセッティングをする。少ししてほぼ同時に準備が終わると試合スタートへのカウントダウンを実況者が始める。

 煌はその間に観客席へ移動して、試合の全容を見守ることにした。やがてカウントダウンが零になると試合前の両選手を映していた中央のモニターもゲーム画面へと切り替わる。

 映し出されたステージは、夜空に輝く満月に照らされた廃コンビナートだ。コンビナートとは効率化の向上のため複数の工場がまとめられて建てられている地帯のことでステンレス製のパイプや足場、貯蔵タンク、フェンスなどでとても入り組んでいる。だが同時に高低差もあり、狙撃対決の場としては、適している場所だ。本来なら夜間は作業用にライトアップされその姿が美しく照らされているのだが、既に稼働していないコンビナートという設定のため光源は満月の月光のみで薄暗い。だが、全く見えないという訳ではなく暗視スコープと呼ばれる夜間用のスコープもあるため、支障はなかった。

 モニターの中ではさらにゲーム内でのカウントダウンがおこなわれており、シルフィとニンフはリラックスした様子で静かにモニターへと意識を集中させていた。

 そして零になった瞬間にシルフィはすぐ近くにあった貯蔵タンクに上るためにかけられた梯子に手をかける。辺りを気にしながらそのまま登り切ると、ティンバーウルフにこの日のためだけにつけたバイポッドを展開し、伏せてニンフの索敵にうつる。シルフィはニンフも同じように見通しの良い場所から索敵しているところだと予想して、高い場所に設置された足場などの中でさらに、近くに遮蔽物があったり退路があったりと狙撃に適した場所を中心に探していく。

 このステージ上にはプレイヤーしかいないため動くものがあればプレイヤー、もしくはプレイヤーが投げたグレネードなどだ。そのため動くものを目印に周囲を見渡していると突風が吹くと、ほぼ同時。突如としてつんざくような銃声が響き、風切り音が聞こえた後にシルフィのすぐ近くに着弾する音が聞こえた。

 シルフィはその聞きなれた音にとっさにビクッと体を震わせていたがその目は銃を撃ったときに発生するマズルフラッシュと呼ばれる閃光を映していた。夜間のため、一瞬といえどよく目立つのだ。突如吹いた風の影響で銃弾がそれた幸運を噛みしめながら、シルフィはマズルフラッシュを確認した場所にティンバーウルフを向ける。シルフィやニンフの使う狙撃銃はボルトアクションと呼ばれる機構で一発撃った後にボルトを引くという動作が必ず必要なため、どんなに手慣れていても連続して撃つことは不可能なため、この瞬間に反撃がくることはない。

 そしてスコープ越しにその場から離れるために動きだしていた人影らしきものを発見すると、狙いを定め、息を止めると右手の人差し指に神経を集中させてトリガーを引いた。独特の銃声を発しながら放たれる銃弾はシルフィの狙った場所に飛んでいくが、すでに一足遅く既に人影はなくなっていた。

 ティンバーウルフに次弾を装填するためにボルトを引きながら体を起こし、梯子へと移動する。狙撃位置がばれた状態で狙撃対決をするのは不利になるため狙撃位置を変えるのだ。

 地面に降りたシルフィは狙撃以外では全長が長く取り回しの悪い狙撃銃を背負うと、太ももに着けていたホルスターからハンドガンのPx4を抜いて両手で持つと移動を開始する。目指す場所は先ほどニンフが狙撃位置に選んでいた場所だ。その場所に近づくにつれ、ニンフが待ち構えているかもしれないと注意しながら慎重にながらも、狙撃される可能性を踏まえあまり足を遅めることはしなかった。ゆっくりと移動すると狙撃手にとっては恰好の的になってしまうのだ。

 襲撃されることもなく目的の場所にたどり着くが既にニンフの姿はなく、そこには空になった薬莢が落ちているだけだった。

 この場に至る道はシルフィが通った道以外には、グレーチングと呼ばれる工場などで見かける鉄格子状の道が一つあるだけで、この場所にくるまでに人影を見かけなかったということは、ニンフはグレーチングの道を行ったということだ。

 シルフィはその道を眺める。

 グレーチングには遮蔽物がなく一本道なため、その先にニンフが待ち構えていればシルフィは圧倒的に不利な場所に身を晒すことになる。

 シルフィは考えた結、果スモークグレネードを使うことにした。先ほどのように、ニンフの狙撃が外れることを祈って行動するのは愚策だ。そのため煙で自身の姿を隠そうという作戦だ。

 シルフィは勢いをつけてスモークグレネードを投げる。放物線を描くように飛んでいき、グレーチングの上にカランッと音を立てて乗ると煙が辺り一面に広がる。煙が十分に広がったのを確認したシルフィは素早く走り出した。甲高い金属音を出しながら。

 すると、突如轟音が鳴り響く。煙で姿が見えない状態なのだが足音を頼りに狙いを付けてニンフが撃ったのだ。ミニヘカートから放たれた銃弾が煙をかき消しながら進み、シルフィの腕をかすめるようにして抜けていった。姿の見えない煙越しの狙撃にしてはかなり狙いが精密で、それがニンフの腕の良さを物語っている。

 改めて見せつけられたニンフの実力にシルフィは舌を巻くが、それで足を止めるわけにもいかない。むしろ速度を速めニンフの第二射がおこなわれる前に煙から抜け出ると、グレーチングを抜け少し開けた場所にでる。そして自身の半分ほどの大きさの遮蔽物を見つけるとそこに飛び込んで伏せる。それとほぼ同時に銃声が聞こえ、パイプの隙間を縫うように銃弾が飛来し地面を穿つ。

 もしシルフィが飛び込まずに走っていたら、その身をミニヘカートの銃弾が貫通し体力を零にしていただろう。狙撃銃は敵に当てることが難しい反面、ほとんどの銃が一撃でプレイヤーをほふるだけの威力を持っていた。そして一発撃ったということは二発目がすぐに飛んでくるということはない。その隙をつくようにシルフィはしゃがみ体勢になると愛銃を遮蔽物の上に乗せ依託し、バイポッドを使わない射撃体勢を作る。そしてマズルフラッシュが見えた地点にスコープを覗いて狙いをつけると立ち上がり背を向けていたニンフを発見する。だがまだ身を隠すまでに間に合うと判断したシルフィはトリガーを引いた。

 だがこれは、狙いが少しずれたのか当たり判定に嫌われたのかパイプに当たってしまいニンフのもとに銃弾が届くことはなかった。

「ちっ」

 パイプに火花が散ったことと金属音がしたことで、シルフィは狙撃を外したことに気付き思わず舌打ちをしてしまう。狙撃を外してしまったことを悔やみながらもボルトを引いて次弾を装填しニンフを追いかけようとして遮蔽物に身を隠して思考を巡らせる。

 シルフィの頭にあったのはこのまま後を追っても堂々巡りになってしまうということだ。自分が不利な状況を何度も続ける意味などどこにもなく、どこかでこの状況を変えなければならない。

 そこで思いついたのはニンフの向かうであろう場所を予想して、そこを狙撃しやすい地点に向かうという作戦だ。ニンフと付き合いが長く癖を知っているシルフィならでは作戦だ。

 この先へ行くと貯蔵タンクへと続くグレーチングの道があり、その双方を狙撃できる蒸留塔と呼ばれる高い塔があった。シルフィはその場所にニンフが構えると予想し、そこを狙撃できる位置へと向かう。ニンフに気取られないように急いで。やっとの思いでたどり着いたシルフィは狙撃に適したポジションを探し出すと愛銃のバイポッドを展開し固定する。そしてニンフがいる場所に向けてスコープを覗く。するとニンフの姿がレンズに映りこんだ。

 ――ただしこちらを向いていたが。

 ニンフはシルフィがそのまま直進してきた場合と裏を取りに来た場合の二つに備えていたのだ。

 スコープ越しに目が合う。そしてほぼ同時、お互いにトリガーを引く。お互いの狙撃銃による銃声の二重奏がステージ中に響き渡る。

 放たれた銃弾は互いに触れそうなほど接近するがぶつかることはなく通り過ぎていく。反動を体に受けながらもシルフィはすぐさま体を起こして迫りくる銃弾を避けようとする。だが数秒とかからずに飛来する銃弾を完全に避けきることはできず、頭狙いだった銃弾がシルフィのポニーテールをまとめていたリボンに当たり髪の毛を散らす。それによってニンフのようなショートヘアになった。シルフィは危機一髪の場面に冷や汗をかきながらも遮蔽物に身を隠す。

 正面からの狙撃合戦にはニンフに勝てるビジョンが見えなく、裏を取ろうとしても元プロゲーマーのニンフには経験則でバレてしまう。つまり意表の突ける戦い方をしない限りは勝ちはないとシルフィは悟り、ある覚悟をする。

 覚悟を決めたシルフィは弾の少なくなったマガジンを変えると、ニンフが先ほどの地点にいないことを確認し、短くなった髪を揺らしながらシルフィはニンフが次の狙撃に選びそうな場所を予想走り出す。

 見通しの良いグレーチングに差し掛かりいつ狙撃されるかもしれないという恐怖が襲ってくるが勝利のためにも足を止めることはない。

 幸いにも狙撃音、着弾音も聞こえることはなく無事に渡りきり高台へと続く階段までやってくると、上を注意しながら登っていく。するとニンフらしき人影が階段を登り切った高台にいるのが隙間から見えた。だがここで撃ったとしてもその小さな隙間に阻まれてしまう可能性が高いため、ティンバーウルフを構えたまま足音を消して階段を上がっていく。

 そしてもう少しでニンフのいる場所にたどり着くというところで、指向性の地雷が設置されているのが見えて足を止める。これは銃撃を加えるかグレネードなどの爆発で壊せるのだが、どちらにしても音が出てしまう。消音機と呼ばれるものがあれば銃声を抑えることができるのだが、シルフィは所持していなかった。

 せっかくのチャンスなのだが、これ以上ニンフに近づくにはどうしても音を出すしかない。シルフィは無音でニンフのそばに行くのをあきらめPx4を取り出すと地雷に狙いを付けて発砲する。放たれた銃弾は地雷を壊し、消滅させた。急ぎながらも正確にPx4をホルスターにしまうとティンバーウルフに持ち換えニンフのもとへと走っていく。

 頂上にたどり着くとニンフがミニヘカートを構えているのが見え、ニンフもシルフィの姿を見つけ照準を微調整し、遠慮なくトリガーをいたく。

 観客席から見える大きなモニターには、しっかりと照準が合わせられた銃口から起こる、マズルフラッシュが映し出された。

 その完璧なタイミングと狙いに見ていた観客や実況者、解説者にはその銃声が試合の終わりを告げる音に聞こえていた。

 ――しかし、ミニヘカートを撃ったニンフ自身は、自分の負けが決まった音に聞こえていた。なぜなら撃った後もスコープ越しに見ていたシルフィの姿が消えていたからだ。

 シルフィはニンフが発砲するであろうタイミングを予想し、ニンフが照準を合わせた時にはすでに重心を下に落として、トリガーが引かれ銃声がしたコンマ何秒後にはスライディングしていたのだ。ミニヘカートから放たれた銃弾はシルフィの髪にかすりながらもダメージを負わすことはなく後ろへとそれていく。そしてスライディングしたままニンフに近づいたシルフィは一瞬だけスコープを覗き、狙いを合わせて発砲する。

 結果、ミニヘカートの銃声が残るステージ上に新たな、狼の遠吠えに似た銃声が上書きされた。そして放たれた銃弾はニンフの上半身に吸い込まれるように飛んでいき、鮮血をまき散らす。

 その様子を見ていた観客や実況者たちはその予想だにしていなかった展開に呆気に取られて歓声を上げることも忘れただただ呆然としてしまっていた。そのためかシルフィも実感がわかなくパソコンのモニターに浮かぶ勝利を示す文字を再度確認してしまう。

 その頃になって会場にいる観客も状況を飲み込んだのか会場中に歓声が響き渡る。それほどまでに最初から気の抜けない展開で最後の攻防は息もつかせぬやり取りだったということだ。

 周りからの称賛の声にシルフィもだんだんと現実感がわいてきてその時初めてモニターから顔を上げ反対側のブースにいるニンフに目線を向けた。

 すると顔を下に向け両手で目元を押さえている光景が目に入った。

 単純に悔しがっているのかと思ったシルフィだがそのままニンフを見ていたのだが、そこで伏せられた頭から光る物体が、ぽつぽつとこぼれているのが照明に照らされキラリと光って見えた瞬間、居ても立っても居られなくなったシルフィは自分のいるブースを飛び出てニンフの元へと走る。

 そして、シルフィはたどり着いたブースの中に勢いよく入る。するとその騒がしい音に気付いて、ニンフは後ろを向いた。そしてその顔は、涙に濡れていた。シルフィは初めて見るニンフの涙にいても立ってもいられなくなりそのままの勢いでニンフに飛びつく。

「……シルフ!?」

 ニンフはそんなシルフィに驚き、思わず声を上げた。

「師匠、ごめんなさい」

「なんでシルフが謝るのさ」

 多少涙声となったニンフが謝るシルフィに優しく声をかけた。

「だって私が勝っちゃったから師匠がプロになるチャンス奪っちゃった……」

「……シルフは優しいね。でも、負けたのは実力でシルフに劣ってたから、つまり僕のせいなんだ。だからシルフが謝る必要はないんだって」

「でも、師匠がプロに復帰するの夢だったの知ってるから」

「そんな気にすることなんてないよ。それにね、試合の最後でボクの狙撃をかわしたシルフを見た時思ったんだ。あの最初は右も左も分からなかったシルフがここまで成長したんだ、頑張ったんだねって。嬉しかったんだボクは」

「えっ?」

 褒められると思っていなかったシルフィは思わない言葉に驚く。

「だから良いんだ。見てきなよシルフィ。まだシルフィが見たことのない世界を。大丈夫、シルフィならいける」

 そう涙ながらに言いながら強く抱き返してきたニンフの体温を感じ、感極まったシルフィは思わず頬を目から流れた涙で濡らす。

「なに、泣いてんの。ほら、このままここにいてもみんなの迷惑だから戻るよ」

 そう言われ衆人環視の中にいることを思い出したシルフィは恥ずかしくなりなりニンフから離れ目元を拭うと、ニンフと手を繋ぎ仲良く一緒にブースを出て控室へと戻った。その後ろでは実況者と解説者が何かを言っていたが二人の耳には届いていなかった。

 二人に煌はどう声をかけようか悩んでいたが控室に入ってきた姿を見ると自然と話しかけていた。

「お疲れ様。良い試合でしたね」

「あはは、情けない姿を見せたね」

 ニンフは気恥ずかしさから笑いながら返す。

「情けなくなんてないですよ。それだけ本気だったってことで、恥じることなんて何一つない。かっこよかったですよ」

 煌の言葉は本心からで脚色したことは何一つとしてなかった。

「ありがと、煌くん」

 素直な言葉に触れ嬉しくなったニンフはそう答える。

「でもそんなに余裕ぶってていいのかな? 下手すると決勝はシルフィと戦うことになるよ」

「シルフィとは本気で戦いたいって前から思ってましたから」

 その言葉を聞いたニンフは泣き跡を残しながらニヤリと笑う。

「シルフィは強いよ?」

「わかってますよ。だからこそ戦いたいんです」

 自分のことを強いと認めてくれている煌の言葉にシルフィは「私も決勝は煌と戦いたい。勝つのは私だけど」と返し。

「二人とも頑張って、応援してるよ」

 ニンフも心からの応援を送る。

「さて……と、それじゃあそろそろここから出ようか。周りの目が気になるし」

 先ほどの舞台上のやり取りを、控室にあるモニターで見ていたほかの選手たちから送られてくる目線が気になったニンフは提案をする。

「……そうだね」

 シルフィも言われて改めて周囲の視線に気付き、恥ずかしくなり肯定する。煌は二人っきりにさせたほうがいいのかと少し悩むが、ニンフが「ほらっ、煌くんも」と誘いかけてきたので二人の後をついていくことにした。

 そして待機室をでた三人はそのまま会場の外にでると、この後どうしようかと話し合う。

 少しの間話し合いシルフィの提案で海へと向かうことになった。海へと通じる道を三人で話し合いながら歩いていく。

「それで海に行って何するの?」

「砂浜でお城作ろっ」

「また?」

 シルフィの言葉に会場入りした初日にも同じことをしたと煌は思い出す。

「あの時よりももっと大きくてしっかりしたやつ!」

 先ほどまでのしんみりとした雰囲気はどこかへ行ってしまったようで楽し気にシルフィは笑う。ニンフもそれにつられ、楽しそうにほほ笑んだ。

「しょうがないなシルフは。よし、煌くん! とことん遊ぼう」

 ニンフにもそう言われては断ることもできなく煌は二人と一緒に四苦八苦しながら初日に作った砂の城よりも立派なものを作り上げたのだった。ひとしきり三人で遊びふと顔を上げるとシルフィが満足げな顔をしているのが見えた。

「あー、遊んだ、遊んだっ。この後はどうしようか……少し早いけどご飯食べに行く?」

 夕食時に食べに行っても混むだろうという考えからの提案だった。

「試合に集中したからかボクはお腹減っちゃったし、賛成かな」

「俺はちょっと……」

 ニンフが賛成するなか、煌は申し訳なさそうに答えた。それを聞いたシルフィは「なんで?」と言いたそうに一瞬首をかしげるがすぐに、明日は第二回戦の第一試合、つまり煌の試合があるのだ。

「そっか。明日はもう煌の試合なんだっけ」

「ごめん」

「いいって煌くん。気にしないで」

 手を振って見送る二人に振り返すと、名残惜しくも煌はホテルへと足を向ける。

 蝉の鳴き声が響く道で蒸し暑さを感じ、うっすらと汗をかきながら一人歩いていく。道中では学校が終わったらしく帰宅途中の学生や仕事帰りのサラリーマンなどとすれ違う。ホテルの中にあるレストランで夕食を食べる気も起きなかったため、煌は途中でコンビニに立ち寄り部屋で食べるために弁当を見繕って買うと店を出て、残りわずかとなったホテルへの道を行く。

 暑さを感じながらホテルのロビーに入った煌を冷房が効いて冷やされた空気が包んだ。慣れた様子ホテル内を歩いていき、自室にたどり着くと電子ロックの鍵を開け、部屋の中に入ると弁当の入ったビニール袋を机の上に置くと、ベッドの上に座り込んだ。

「…………流石に奥の手を出さないと勝てないかもしれないな」

 次の対戦相手である選手の第一回戦での戦いを振り返っていた煌はぽつりとそう言った。煌にはガーデンとの特訓で体得したまだ誰にも見せていないある技があった。だがそれは、多大な集中力を要し精神的に疲れるので一日に何度も使うことができず必要最低限、要所要所でしか使えない。そういった弱点や対策を取られてしまう可能性もあるためなるべく決勝戦までは使いたくないと考えていたのだが、次の対戦相手、もしくはその次の対戦相手の実力次第で使わざる負えないと覚悟を決める。

「できることはしてきたはずだ。心配したところで実際にやったら楽勝だった……、なんて甘い考えは捨てて覚悟して臨むしかないか」

 そう結論をだした煌はコンビニで買ってきた弁当をテレビを見ながら食べようとテレビを映すと、そこでは煌たちが参加しているこの大会の特集らしきものが放送されていた。

「おっ、テレビの番組でも取り上げられてたのか。……今までの一回戦の試合をうまくまとめてるな」

 一回戦で行われた全試合の見どころだけを集めて編集したダイジェスト動画を流しているところだった。煌は自分自身の試合が流れているのを見てむずがゆくなりつつも見ていると先ほどのシルフィとニンフの試合が映し出された。とても見ごたえある試合だったからか、元プロゲーマーとその弟子という話題性が高い試合だったからか他の試合よりも長く映像が使われていた。

 そんなダイジェストを見ながら夕食をゆっくり食べているとホテルのドアがノックされる音が聞こえてきた。シルフィやニンフならスマートフォンに連絡してくるだろうし誰が訪ねてきたのかと不思議に思いながら、ドアを開ける。

「お兄ちゃん!」

 そう元気に言った人影は驚きで硬直している煌に向かって勢いよくダイブする。飛び込んできた人影を抱き止めるが踏ん張りきることができず尻もちをついてしまう。

「な、奈緒!?」

 その人影の正体は妹の奈緒だった。呼び方や声で予想はついていたと言えど、実際に目で見て確認した煌は驚きの声を上げた。

「わーい、お兄ちゃん久しぶりー」

 ドアを開けたまま部屋の出入り口付近で話し続けるのもはばかれるため、立ち上がると奈緒を部屋の中へと連れ込み話を再開する。

「久しぶりってまだ一週間も離れてないだろ……。というかお前なんでここにいるんだよ」

「お兄ちゃんが行っちゃったあと寂しくてモヤモヤしてたんだけど、お母さんがそれなら応援しに行こうって連れてきてくれたんだ」

 その言葉を聞いた煌は母親と奈緒のやり取りが手に取るように想像できた。母親の姿が見えないと言うことは恐らくホテルの自室にいるのだろう。

「来るなら来るで連絡してくれって。驚くだろうが」

「えへへー。それが目的で内緒にしてきたんだ」

「ったく……それでどこに泊まるんだよお前」

「ここ!」

「ここって、俺の部屋……なわけないか。同じこのホテルってことか?」

「うん」

 このホテルには大会に出場する選手全員が宿泊しているが、貸し切りという訳ではなく大会に関係のない一般客の人たちも泊まっている。

「はぁ……まあ来ちまったもんはしょうがないか。言っとくけど試合が多いから構ってられないぞ?」

「応援しに来たんだからそんな心配しないでも大丈夫だよー。お兄ちゃんの姿が見れただけで嬉しいんだから」

 そう言う奈緒に煌は思わず頬を緩めた。表面上はあまり嬉しくなさそうにふるまっていたが、地元から離れた土地でいくらシルフィやニンフがいると言え、まだ中学生の身である煌だ。寂しい気持ちがないわけではなかった。身近な家族が応援に来てくれたということがとても心強く、嬉しかった。

「そうか。なんかあったらすぐ俺のところに来いよ。できることはしてやるから」

 さっきはあまり構えないと言った煌だが、心配なことには変わりない。そんなこんなでお互いに離れていた時にあったことを話し合ってると再びドアがノックされる音がした。今までに一度として誰かが訪ねてくることがなく一日に二度誰かが訪ねてきたことに驚き思わず奈緒と顔を見合わせた。

「誰?」

 奈緒は煌に心当たりがあるかと尋ねるが、煌は分からないと静かに顔を横に振ると、ドアを開けに向かう。

 そしてすぐ前までたどり着くと少し身構えながらドアを開ける。

「や、煌くん。突然押しかけてごめんね」

 そこにいたのはニンフだった。

「どうしたんです、一人ですか?」

「うん、なんか部屋にいても全然落ち着かなくて……ちょっと、いいかな?」

 煌はその言葉を聞いて昼間の試合の結果を思い出す。

 本人は気にしていないと応援しているとシルフィに言っていたが、長い間思い描いていたであろう夢への道が完全に断たれたわけではないとはいえ、複数あるうちの目の前にあった一つの道が無くなったのだ。ショックを受けていないわけがなかったのだろう。本人にその自覚があるかはわからないが、当人であるシルフィの部屋に行くのははばかられたため、もう一人の知り合いである自分のとこに来たんだろうと煌は思った。

「お兄ちゃん、誰ー?」

 そして煌が答えを返す前に会話が聞こえたのか奈緒が二人の近くに歩いてきた。

「えっ!? ……煌くんもしかして」

 ニンフは煌一人しかいないと思っていた部屋の中から幼い女の子がとてとてと歩いてきたのに驚いているようだ。そして怪訝そうな表情をする。

「誤解ですよ……妹です、妹。確か前に言いましたよね」

 あらぬ誤解をされぬ前に煌は先回りをして説明をする。

「確かに聞いてたけど……こっちに来てるなんて言ってなかったよね」

「それは、俺も今さっき奈緒がこっちに来てるって知ったからですよ」

「ふーん、奈緒ちゃんっていうんだ。ま、煌くんが嘘ついてるとも思えないしね。とりあえず部屋の中に入れてよ」

 一応納得したらしいニンフは中に入れてと言い、断る理由がない煌は中に招き入れた。

 部屋の中に入るニンフと初対面の奈緒は様子をうかがうように煌の背中に隠れる。

「人見知りなのかな? 怖くないよー」

 ニンフは屈んで奈緒と視線を合わせて微笑みを浮かべて話しかける。少しの間煌の後ろから様子を眺めていた奈緒だったが、警戒を解いてニンフの目の前に出てくる。

「えーと、煌くんの妹の奈緒ちゃん? っていうのかな。ボクはニンフって言うんだ。よろしくね」

 癖なのか本名でなくゲーム内で使っている名前を名乗り握手をしようと手を差し出す。傍から見ていた煌はそう言えばシルフィやニンフの本名を知らないなと思いながらも、話の腰を折らないために話しかけることはしなかった。

「……よろしく」

 恐る恐るといった様子だが奈緒も挨拶をして手を伸ばし、ニンフと握手をする。

「うーん、可愛い。やっぱりいいなー、妹。煌くん、ちょうだい?」

「嫌ですよ」

 小さな手で握り返してきたのが気に入ったのか冗談めかしてそういうニンフに煌は奈緒の頭を撫でながら答えた。

「えーと、奈緒ちゃんは何歳なのかな」

「九歳」

「ということは……小学三年生だよね。ボクの大体半分くらいかー。可愛いなあ」

 高校二年生であるニンフは十七歳だ。九歳の奈緒と比べると約二倍の歳の差がある。

「頭撫でていい?」

 煌が奈緒の頭を撫でていたのを見て、自分でもやりたくなったらしいニンフはそう問いかける。奈緒は恥ずかしがりながらも、こくりと頷いて返した。

 その様子を見たニンフはさっそくといった様子で優しく頭を撫で始めた。そしてそれが気持ちいいらしく奈緒は嬉しそうに目を細める。

「よかったな、奈緒。可愛がってもらえて」

「気に入ってもらえたら嬉しいんだけど、どうかな」

 不安そうにニンフは尋ねる。

「うん! お姉ちゃんすきー」

 ご満悦の様子の奈緒はニンフに抱き着いた。

「おおう。元気だね、奈緒ちゃんは」

 ニンフはしっかりと受け止めると、さらに頭をよしよしと撫で始めた。

「すぐ仲良くなったな」

 煌はそんな二人を嬉しそうに眺める。一時はどうなるかと思ったがうまくまとまり胸を撫でおろした。

 小学校に通い始めた時もそうだったのだが、奈緒ははじめは警戒してあまり仲の良い友達ができないのだが、きっかけさえあればあっという間に仲良くなれるというタイプだった。

「ボクも妹欲しかったよ」

「そんなにいいもんでもないですよ。いろいろと煩いですし」

 煌はそう言うが、それが愛があるからゆえの言葉であることはニンフにも分かっていた。

 その後はニンフと奈緒が共通の話題である煌のことを本人の前で話したりとしてまったりと過ごす。

 そしてニンフは話したいことはすべて言い終えたのかそろそろ自分の部屋に戻ると切り出し、立ち上がった。

「気は晴れましたか?」

「もう大丈夫。明日からはまたいつものニンフに戻ってるから。心配しないで」

「そうですか」

 無理して言っている様子もないため、煌は引き留めようとは思わなかった。

「それじゃあ、奈緒ちゃん。ばいばい。明日は一緒にお兄ちゃんの応援しようね」

「うん」

 先ほどの会話の中で一緒に応援する約束を取り付けていた二人は仲良く指切りすると、満足したニンフは自分の泊まっている部屋へと軽快な足取りで戻っていった。

「それじゃあ、お兄ちゃん。私もお母さんが心配するから帰るね」

 奈緒も、煌やニンフと遊び疲れたのか、眠たそうにごしごしと目元をこすりながらそう言った。

「送ってくよ、心配だから」

「ありがとっ、お兄ちゃん」

 同じホテル内とはいえ眠そうにしている奈緒を一人で返すのは気が引けると思い、二人の母親が待つ部屋へと送り届けることにし、手を繋ぐと一緒にドアから足を踏み出すのだった。

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