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二日目。
この日は煌たち三人の中に試合を行う者はいないので、じっくりと腰を落ち着け観客席から大会の様子を眺めていた。
「上手いな今の選手」
今はちょうど第一回戦第三試合が終わったところだ。勝敗の原因は裏を取られ圧倒的に不利な状況に陥った選手だったが、すぐさま振り返ると狙いもそこそこに持っていた短機関銃の弾をばらまいて、自身の体力が削り取られる前に、間一髪のところで敵プレイヤーの体力を消し飛ばすことに成功し逆転勝利したのだ。相手選手は、有利な状況になったことで慢心したのか少し動きが緩慢となっていたその隙をつかれたのだ。
その負けてしまった選手は観客席からも見て分かるほど悔しがっていた。先ほどまで観戦している誰もが魅了される名試合をしていただけに残念な幕切れだった。
「勝利を確信して気が緩んだんだろうけど、自業自得だね。あれは」
ニンフはそんな選手を見て辛辣な言葉を口にする。
「師匠、言葉がきついよ」
「え? ああ、ごめんごめん。口にでちゃってた?」
「うん」
煌やシルフィにもともと聞かせる気はなく言うつもりもなかったのだが、気付いた時には声に出してしまっていた。
「まー、でも本当のことだから。勝ちが確定する前に気を抜いたら勝てるものも勝てなくなるから。今みたいにね。二人も気を付けなよ」
プロとして厳しい世界にいたこともあるニンフが言う言葉というだけあり、説得力がある言葉だった。三人で今の試合について振り返っていると次の選手が先ほどまで試合をやっていた二人と入れ替わるようにブースの中に入り、次の試合のためにキーボードやマウスのセッティングをし始めた。
そして行われた第四試合も大会で行われる試合としてふさわしい盛り上がりを見せた試合となった。
二日目の試合がすべて行われた後、煌たちは三人そろってホテルの中にあるレストランで少し早めの夕飯をとりそれぞれの部屋へと戻った。煌はそれから寝るまでの間、部屋にあるテレビを見て過ごしていると何気なくお菓子が食べたくなり、そういえば近くにコンビニがあったなとベッドの上に適当に放り投げていた財布を手に取ると部屋を後にする。
ホテルを出て記憶を頼りにコンビニへ向かっていると、夜道を歩くニンフらしき後ろ姿を発見する。煌はすぐ近くまで近づき、ニンフだと確信することができると話しかけた。
「ニンフ」
「……あれ、煌? こんな夜更けに中学生が一人で出歩いてちゃいけないんだー」
煌の言葉にニンフも気付き、冗談めかしてそう言った。
「それはこっちの台詞ですよ。こんな夜更けに女性が一人でいたら危ないですよ」
「あー、心配してくれるんだ、ありがと。煌くんは優しいね」
「珍しいですね、シルフィと一緒じゃないのは」
「そりゃあボクたちだって、いくら仲良くても四六時中にはいないよ」
そう言ったニンフの表情はどこか寂しいような辛そうな表情だった。だがそれも一瞬のことで、煌は問いかけるタイミングを失った。
「そういえば、ボクと煌くんで二人っきりなのは、これが初めてだね」
「そういえば……そうですね」
「もしかして煌くんはおねーさんと二人っきりだと、ドキドキしちゃう?」
そう言うニンフはわざとなのか意図したことではなかったのか今までになかった艶のある雰囲気を出して尋ねる。
それはただの冗談だと考えることもできただろう。ただ煌はニンフが夜一人で出歩いていたこと。すぐそばに近寄るまでニンフだと気付けないほどにまとう雰囲気が違ったこと。そして先ほどの表情など。煌が知るニンフとのいくつかの違いに、ある確信をもって問いかける。
「もしかしてシルフィと戦うことになったの、気にしてるんですか?」
その問いかけにニンフは驚いたようにハッとする。だが、答えを返す気がないのか黙って止めていた足を動かし始めた。
煌はついて行っていいものかと逡巡するが少し先に進んだところでニンフが静かにこちらを眺め右手を差し出したので、煌は少し走って傍まで近寄ると少しためらいながらも、その手を左手でつかんだ。そしてそのままニンフに連れていかれるかたちでたどり着いた場所は人目のない公園だった。ニンフが黙ったままベンチに腰掛けたため煌もその隣に腰を下ろす。そしてそのままの状態で数分間いると、やがてニンフは口を開いた。
「…………煌くん」
「はい」
「煌くんは、シルフィのこと好き?」
煌は一瞬そのニンフの質問の意図を読み取れずにいた。だが、いつもの愛称でなくシルフィと呼んだこと。その目つきが冗談を言っている訳でないと物語っていたために真剣に答えることにした。
「……わかりません。一緒にいると楽しいし、俺のことで自分のことのように喜んでくれるところを見てると俺も嬉しくなります。でもこれがどういう感情なのかはっきりとは分かりません」
「そっか……。恥ずかしいだろうに、ほんとのこと言ってくれてありがとうね」
「いえ」
「ボクはもう一度プロになりたい……プロになって昔は出場することさえ叶わなかった世界大会にでて優勝したい。……だからたとえ相手がシルフィでも負けられない。煌くんは、シルフがなんで大会にでたか知ってる?」
「知らないです」
一度として煌から聞いたことはなかったし、シルフィから話したこともなかった。
「プロになったらもっと強い人と戦えるから。なんだって」
「あいつらしいですね」
「うん……。でも、ボクはその夢を壊してしまう。シルフは確かに強い……強くなった。でもシルフも分かってるみたいだけどまだボクにはかなわない。だから、シルフが負けて悔しがってたら煌くんが慰めてあげて」
「……」
ニンフの言うことを静かに聞いていた煌は最後まで口を挟まずにずっと聞いていた。だが最後まで聞き終わったときには思わず手に力が入ってしまう。
「煌くん……?」
そんな煌を不思議に思ったニンフは声をかけた。
「ニンフ」
煌は怒ったような苛立ちを含んだような声色で名前を呼ぶ。ニンフはそのことに少し驚きながら「なに?」と返す。
「あいつは、シルフィは、いつもあなたを目標に頑張ってきたんです。それはニンフも近くで見てきたはずです。それなのに、戦う前から勝手にシルフィが負けるって決めつけないでください。見くびらないでくださいよ、自分の弟子を。……それに、あいつはあなたに負けたからと言って自分の夢をあきらめないと思います」
煌はそこで一呼吸間を空けると再度語りかける。
「ニンフと比べれば少ない時間かもしれないけど俺もあいつを近くで見てきました。なかなか上達しない狙撃の腕に悩み苦しんでいたときもありました。でも諦めることなく今まで頑張ってきたんです。それを、師匠だからって……師匠だからこそ、勝手に横から入ってきて否定するようなことは、言っちゃいけないと思うんです俺は」
煌はまるで自分のことのように、熱を込めてニンフに言い聞かせるように語る。そんな初めて見せる一面にニンフは驚きと一抹の嬉しさを感じながら煌の言っていることの意味に気付く。
「ごめん……その、決してシルフィを馬鹿にしてたとかじゃないんだ……。…………いや、もしかしたら心のどこかで、してたのかもしれない。ボクの方がプレイ時間長いし、期間は短かったけどプロゲーマーって肩書も持ってたし。でも、それは傲慢だったね。シルフィだって今まで頑張ってきたんだ。それをすぐ隣で確かに見ていたはずなのに、ボクは…………。昼間はほかの選手のこと偉そうに言ってたけどこれじゃボクも同じだね」
煌が言った言葉は思っていた以上に効果があったらしく、ニンフは必要以上に落ち込んでいってしまう。それを見た煌は慌ててフォローに回る。
「あのプレイヤーより自分の方が強いって思うのは対戦ゲームをしてれば誰でも思うことです、自身がなければ勝てる試合も勝てなくなったりしますし、決して悪いことじゃないはずなんです。ただ、さっきの言葉はシルフィの夢自体を否定していました。だからお節介かもしれなかったけど口を出したんです。人の夢を笑ったり馬鹿にしたり、周りの人が否定していいわけがないから」
「そうだね。ボクもプロゲーマーになると決めた時親とかに、あんたには無理だからやめなさいって言われて腹がたったのを忘れてたよ。ごめんね」
「俺に謝らなくてもいいですって。シルフィと戦うときに本当に、本当の意味で全力で戦ってあげてください。それが一番の謝罪になります」
「ふふっ……あ、ごめん。煌くんが中学生に見えないぐらいしっかりしてて、ついね」
ニンフの表情から自責の念が消えたことを確認した煌はつい偉そうに言ってしまったことに恥じ入った。
「すみません。いろいろと上から目線でものを言いました」
「ボクが悪かったのは本当のことなんだし、全然いいよ、皮肉っぽくなっちゃったね今のは。それにここで煌くんが謝っちゃったら、さっきの言葉が嘘になっちゃうよ」
「そうですね」
お互いに腹を割って話せたことに双方満足し朗らか笑う。
「シルフが煌くんのこと気に入ったわけが分かったよ。きみが同い年か年上だったらボクまで惚れてたと思うよ。あーあ、年下趣味じゃないのが良かったんだか悪かったんだか、よくわからなくなっちゃった。全くきみのせいだよ」
からかっている風でもないニンフからの言葉に煌は照れてしまい恥ずかしくなる。
「そういう年相応なところもちゃんとあることが、きみの魅力だよ煌くん……それじゃあ二人で帰ろうか」
そう言ってニンフが立とうとしたところで煌と手を繋いでいたことを思いだす。
「そういえば手繋いでたね……ホテルに帰るまで繋いだままでいい?」
「いいですよ。それにしてもなんで手なんて繋いできたんです?」
煌はニンフのすべすべとした手を握りながら、ふと疑問に思ったことを問いかけた。
「……さっきまではシルフと戦えばもう合わす顔がないなんて思って、それで寂しかったから……かな」
「それじゃあ今は、なんでです?」
「そんなの、好きな男の子の手を握りたいから。だよ」
「えッ!?」
「う、そ」
煌をからかえたことに満足したのかニンフは煌と手を繋いだまま楽しそうにホテルに帰っていった。




