ん〜、何やら揉め事かな
旅の初日は無理をせず、領都から一番近い巡礼宿に泊まることにした。修道院が空き部屋を巡礼の宿泊用に開放しているところだから、かなり安全性が高い。
子連れだからと、個室ではなく四人一緒に使える客室を借りられたよ。ありがたいね。
ローワン姉弟の警護はシアに任せて、おじさんはまず軽く馬の世話。それから客室に行って、事前に決めてあるリズムで扉を叩く。
内側からも『安全』の合図が返り、シアが扉を開けてくれた。お互い『異常なし』の意を込めて頷きあう。
「ケヴィン、ほら見て!」
ローワンと並んでベッドに座っているセドリックが、ぷらんとぶら下げて見せたのは祈り紐。
教会が巡礼者に配る麻紐で、旅の節目に祈りを込めて結び目を作るんだ。目的地に近づくにつれ増える結び目が、そのまま旅の記録になるって訳。
「へぇ、上手に結べましたね」
帽子を取って荷物の上に置きながら感心して見せる。セドリックは満足そうに笑い、結び紐を両手の中に握り込んで熱心に祈り始めた。
俺が部屋に入った時はすでに祈りの態勢だったローワンが握り合わせていた手をほどく。
「馬のお世話、お疲れ様でした」
「なに、いつものことですよ」
軽く頷きながら、シアの隣の椅子に座ると、目の前にぷらんと紐を下げられる。
「ほら、ケヴィン見て!」
セドリックの声真似をしながらシアが紐を揺らす。なんで結び目が花の形してんだ?
「……めちゃくちゃ凝ってるな」
すごい技術だけど、紐が何本あっても足りないんじゃ? ドヤ顔に思わず呆れた目を向けてしまう。
おじさんもお付き合いで紐を結んだ後、夕食のために四人揃って食堂へと向かった。
半屋外の回廊を通って食堂へ。外はもう真っ暗で、空の縁に少しだけ日の名残りが窺える。
修道院らしいだだっ広い空間には規則正しく長机が並び、もう何人もの修道士達が席に着いていた。
おじさん達の他にも巡礼者はいる。子連れのグループも二組。一組は子供というか幼児だな。近場なら家族ぐるみで巡礼したりするからね。
周りに会釈をしながら並びの席に座ったら、修道士が料理を運んでくれた。硬い黒パンに、野菜と豆のスープ。塩漬け肉とチーズがひと欠片ずつ。半分に切った小さなリンゴは自家栽培だろう。飲み物は水代わりの薄いエール。
思ったより充実したメニューで、腹ペコおじさんは嬉しい。
食前の祈りの後、一斉に食べ始める。沈黙の規則があるから、人は沢山いるけどめっちゃ静か。
壁際の小さな説教壇では修道士がひとり詩を朗読してて、みんな耳を傾けてる。天井が高くて石壁だから、声が響いて上から降ってくる。
お行儀良く食事をする姉弟の金髪が、燭台の灯りに照らされて淡く輝く。まるで天使が寄り添ってる宗教画みたいだね。眼福、眼福。
俺とシアは食べながらも、さりげなく辺りに目を配る。今のところローワン姉弟に意識を向けている者や、怪しい動きをしている者は見当たらない。
だからと言って、油断はできないけどね。
夕飯を終える頃には晩課の鐘が鳴って、修道士たちは夕べの祈りへと向かう。
ローワン姉弟とシアは、身体を拭くための水をもらいに、井戸に行った。おじさんは馬の世話をするために、携帯ランプを持って厩へ移動。
え? さっき世話したろうって?
あれは移動を終えた後の『お疲れ様』のケアで、汗を拭いたり水を飲ませたりするだけ。
今からやるのは飼い葉を足したり寝藁を整えたり、蹄と蹄鉄の間の小石を取ったりする『また明日もよろしく』の本気ケア。
おじさんの相棒マークは薄墨色でね、柱の釘に掛けたランプの薄灯りだと影の塊みたいに見えるんだ。
隣のラディにも声をかけながら仕切りに入って水や馬草を準備し、馴染みのない厩で神経質になってるのを丁寧なブラッシングで宥める。
壁に揺れる馬とおじさんの影が、御伽話に出てくる悪魔みたいでなんとも不気味だ。
本気ケアを終えて厩から出る。冷んやりした空気に軽く首を竦めながら歩き出すと、暗がりの向こうにぽつりと灯りが揺れ、話し声が近づいて来た。
「――が揉めてるらしいぜ」
「俺にも聞こえたよ、あのデカい声」
「門衛が上手く追い払ってくれるといいんだが……」
ん〜、何やら揉め事かな。門衛と言うからには門だろうと当たりをつけ、何気ない風を装ってそちらへ向かう。ちらほらすれ違う者達もみんな、一様に『招かれざる客』の噂をしていた。
騒ぎの気配が聞き取れるようになった辺りで手頃な物陰にはいり、携帯ランプの火を消す。
物陰伝いに接近すると、威圧的な響きだけが伝わっていた言葉が、聞き取れるようになった。
木製の分厚い門扉には小さな覗き窓がついてて、門衛は携帯ランプを片手にそこから外と会話してる。僅かに窺える気配からすると、複数人、恐らく馬を連れている。
「だから何度も言わせるな! 俺が中に入れないのはおかしいだろう!」
苛立ちを隠しもしない男のくぐもった声が、石塀に反射して無駄に響く。
「お話し合いは、代表の方一名様のみとさせて頂きます」
対応している門衛は冷静で事務的だ。いいねぇ、シゴデキって感じ。
「俺を誰だと思っている! アッシュフォード分家当主モーリス様の腹心だぞ!」
うわぁ、モーリスの追手だよ。しかも、すっごいあからさまに名乗ってくれてありがとう。
「さんざんアッシュフォード家の施しを受けておきながら、そんな態度で良いと思っているのか!」
「生憎、規則ですので」
そこから門衛が別の誰かとやり取りを始めたけど、そっちは聞き取れない。
影に紛れて様子を見ていると、門衛が門柱の掛け具にランプを掛け、覗き窓を閉めてから閂を外した。
一人分だけ開けた門扉の隙間から男が入ってくる。俺の位置からは逆光で顔は見えない。腰には剣。長身痩躯。濃い色の髪。かなり若いんじゃないかな?
門衛は他の全てを締め出すかのようにすぐさま門を閉め、しっかりと閂をかけた。
男は、自称モーリスの腹心と違って静かな声で礼を告げ、門衛に案内されて門衛室へと入って行った。
修道院の中に泊まったのは正解だったね。
そう言えば、ガレスが言ってたな。
ローワン姉弟がわざわざ巡礼者になるのは、教会法が守ってくれるからだって。巡礼者の行手を塞いだり、暴力を振るったりしたら即破門。
身分が高いほど社会的な意味で痛手も大きくなるから、分家も迂闊な強硬手段は取れないってことだ。
試しに門衛室の近くをゆっくり通り過ぎてみたけど、残念ながら中の声は聞こえない。あの男は人目がなくても静かに話すタイプみたい。
もう少し情報がほしいから、物置小屋の陰に隠れて男が出てくるのを待つとしますか。
日が暮れると途端に気温が下がるから、長引かないといいんだけど。
見上げれば青黒い雲が空を覆い、その裏側で鈍く月明かりが円を描いている。流れる雲の影を受け、闇に沈む風景が僅かに息づいていた。
おっと、灯りが近づいてきた。見回りの時間かな。物置小屋と塀の角にぴたりと身を寄せて息を潜める。灯りが遠去かるのを待って元の位置に戻った。
やれやれ、早く終わんないかな。




