正論だ。ぐうの音も出ない
寒い、暗い、酒が飲みたい。
気配を消して待ち続けていると、やっとのことで門衛室の扉が開いた。部屋の灯りが地面に流れ出る。
門衛と男が出て来た時、チラッと顔を確認できた。やっぱり若い。そして黒髪。
「お役に立てず申し訳ありません。しかし、規則ですので何卒ご理解を」
「分かっている。無理を言って済まなかった」
おお、イケボ。
イケボ君は門の近くにある喜捨箱に硬貨を入れて門を出た。
第一印象としては礼儀正しくわきまえがある。ただ命令に従うだけの私兵って感じじゃないな。物腰も貴族っぽいし……何者だろう?
考え込んでいると、不意に鐘楼の鐘が鳴り出して、危うく飛び上がるところだった。
もう修道士達が寝る前の祈りを捧げる時間だ。おじさんもベッドが恋しいけど、今見たものについてシアと相談だな。
その前に井戸に寄って身体を拭こう。シアに臭いなんて言われたら、おじさんの繊細なハートが傷ついちゃうからね。
あ、臭いといっても馬の匂いだよ。間違っても加齢臭じゃないからね? そこは誤解のないようにね?
私室の前に到着したら、ノックの合図で互いの無事を確かめる。
「おかえり、遅かったね」
扉を開けたシアが、何があったと目で問いかける。
姉弟は、小さなテーブルの上に広げた地図を見ていたらしい。二人揃って「おかえりなさい」と声をかけてくれる。
ザッと中の様子を確かめるけど、特に問題はないようだ。
「ラディが落ち着かなくてね、ちょっと様子を見てくれないか?」
「うん、分かった」
外に連れ出す口実に、シアは笑顔で頷いて上着を取り上げ、肩に羽織った。
「坊ちゃん達は俺らが戻って来るまで、ぜったい部屋から出ないで下さい。
小さい坊ちゃん。大きい坊ちゃんがうっかり外に迷い出ないように、見張ってて下さいね」
「うん、任せて!」
「……僕が見張られる方?」
くすくす笑いながら自分の胸を叩くセドリックに対して、ローワンは釈然としない顔。
俺達以外の誰が来ても扉は開けないように言い含め、人物確認をするための合言葉も、決めてから部屋を出た。施錠の音がするのを待って側を離れる。
部屋の外は通廊で中庭に面している。半屋外の通廊から一歩だけ庭に出て、客室の扉が見える位置で事の次第を説明した。
「領主の弟が当主の分家で黒髪といったら、養子のイライアスじゃないかな?」
この国で黒髪って珍しいんだよね。多分異国の血が混じってるんだろう。それにしても、よくそんな情報がサラッと出てくるな。シア、恐ろしい子!
俺達は小声で話を続ける。
「養子ってことは、後継ぎかな。評判は?」
「顔が良いからご婦人方には人気だよ。文学や芸術に造詣が深いとかなんとか」
「ぱっと見、剣もそれなりに使える感じだったんだよねぇ」
おじさんの見立てを伝えると、シアの眉根が寄った。追手の中に腕の立つのがいるってのは、良い報せとは言えないもんね。
相手がどう出るか分からないから、明日は少し無理してでも距離を稼ぐことで話がまとまる。
「となると、次は宿場町の巡礼宿になるんだよなぁ」
「だいぶ守りが薄くなるよね」
巡礼宿の主人や従業員が買収される話や、同室になった巡礼が犯罪者だった話なんてザラにある。
そういう事から守るためのおじさん達な訳で。
「教会に泊めてもらうってのは?」
「司祭の人柄次第かな?」
シアの提案に問いで返す。
「可もなく不可もなく。悪人じゃないけど、盾としては弱いってとこかな」
だから、どうしてサラッと情報持ってるかなぁ。助かるけど。
「それでも巡礼宿よりはマシかねぇ」
宿場町の手前でシアだけ先入りし、情報収集して最終決定する事で話はついた。
「それじゃあ、あの子たちが寝てしまう前に説明しないとだね」
踵を返すシアの腕を、反射的に掴んで止める。
「いや、わざわざ言う必要はないでしょ?」
「え、なんで?」
俺の言葉に、シアがきょとんと瞬いた。
「ただでさえ明日は強行軍なんだ。不安で眠れなくなったら可哀想じゃないの」
「あのさぁ」
シアが俺の手を払い、半眼になってじとりと睨む。
「大きい坊ちゃんをばかにしてんの? もう十六だよ?」
「そう、十六歳。立派な未成年だ」
「あたしが旅芸人の一座からトンズラしたのは十四の時だったけどね。
白馬に乗って助けに来てくれる王子サマなんかいなかったけど、自分の頭でヤバいと判断して、自分の足で逃げ出すことはできましたけど?」
気色ばむシアの語気に恐れをなしたのか、どこかで何かがちゃぷりと水に飛び込む音がした。カエルでもいたんだろうか。
ちょっと勢いに気圧されつつも、まあまあと軽く両手を上げていなす。
「うんうん、それは……分かってる。でもさ、ほら、小さい坊ちゃんもいるし、今夜だけでも安心して寝てほしいじゃないか。
それでなくても、大きい坊ちゃんは気負いすぎてる感があるし。
苦労してる子たちなんだから、大人として守ってやりたいのよ」
シアがぐいっと顔を近づけて、指先を俺の胸に突きつける。
「お貴族様に生まれて、御家騒動の火種を抱えてるんだよ? しかも、守ってくれる親はもういない。
それなら、あの子達が自分の頭で考えて、自分の足で歩けるようにしてやんなきゃでしょ?」
上目遣いの眼差しが強い気迫を放つ。目元の泣きぼくろが、際立って見える。
「あの子達は強くなんないと生きていけないんだよ。
弱いままだと悪い大人に食い物にされるだけ。昔のあたしと一緒!」
正論だ。ぐうの音も出ない。でも、それでも……
「今夜だけ、あの子達には伏せておいてくれないか。頼む。
どっちにしたって、今できる事はないしさ。俺たちも、あちらさんも」
そう、あっちが入ってこられないってことは、こっちも出られないってこと。
つまり敵さんの様子を探りに行けないの。修道院はそういうところが不便だね。
おじさんの頼みに、シアはふんと鼻を鳴らした。
「今夜だけだよ。朝になったらケヴィンが言わなくてもボクが言うからね。
どうせ向こうが追いついたらバレバレなんだよ、分かってる?」
少し頭が冷えたのか、自分が男装中だと思い出したらしい彼女が、声を作ってふんぞり返る。
「分かってる。今夜だけ、約束する」
俺が大きく頷くと、シアはわざとらしく大きな溜め息をついた。
ほんの一瞬、雲間から顔を出した月が、彼女の銅色の髪を照らしてまた隠れる。
「……ちょうど大きい坊ちゃんくらいの歳だもんね。ケヴィンの気持ちも分かるよ」
口調を和らげたシアの指摘に、どくりとひとつ鼓動が跳ねた。
「でも、過保護は相手をダメにするだけ。
ケヴィンは一生坊ちゃんたちにくっついて守ってやれる訳じゃないんだからね、分かってる?」
「分かってま ぐふっ!」
鼻がくっつきそうなほどシアが顔を近づけるもんだから、つい仰け反って後退ったら、腹に一発お見舞いされちゃったよ。
いや、いくらなんでも近すぎ。おじさん、困っちゃうでしょ。
今書き上がってるのがここまでです。
後は区切りの良いところまで書いて投稿、という形に切り替えます。
月二回くらいは更新できたら良いなと思っています。
気が向いたら、またお立ち寄り下さいませ。




