坊ちゃん達、ひとつ聞いてもいいですか
杖を突きつつ、てくてく、てくてく。
埃っぽいデコボコ道をひたすら歩く。
巡礼の旅ってのは、徒歩が基本。
聖地へ向かう過程そのものが、祈りであり、自らの心と向き合い浄化するための時間である……なぁんて、どっかの司祭が説教してたな。
まあ、おじさんは今回、仕事で巡礼やってる訳だけどね。
傭兵ってのは移動の多い仕事だから、おじさんやシアは延々と同じような風景が続く道行に慣れてる。
伯爵家のご令嬢ローワンもなかなかの健脚ぶりだから、亡き父君に剣だの馬だの仕込まれたという噂は真実なのだろう。
そのご令嬢は今、男装仲間シアの横に張り付いて『男になる方法』をあれこれと伝授してもらってるようだ。楽しそう。うん、良い笑顔だ。
最初の頃より歩き方も少し様になってきたから、飲み込みが早いんだね。
無惨なザンバラ髪は、シアがちょちょいと散髪して形を整えた。上手いもんだ。
で、おじさんが心配してたのはセドリック。
まだたった七歳。領主の息子は、剣も馬もそれほど好まないと風の噂。だから、途中で飽きるとか、すぐに体力切れで歩けなくなるとか、色々想定してたんだ。
でも意外なことに、よく歩いてくれて、助かってる。
おじさんはね、割と子供は好きな方。
いいよね、子供。
まだ色んなものを背負う前の、無邪気な笑顔を見てると、こう、自分も童心に返れる気がしてさ。
「ケヴィン、ねえ、ケヴィン」
でもさ、その一方で、無邪気さゆえの残酷さってのも、持ち合わせてんのが子供なのよねぇ。
「早く続きをお話しして」
「ああ、はいはい」
ガレスと別れる時にさ『逃し屋ケヴィンが、しかと引き受けましたんで』なぁんて見栄を切っちゃったでしょ?
自分の二つ名を自分で名乗るとかさ、めっちゃ恥ずかしい訳。
でも、ガレスがあんまり悲壮な顔してるからさぁ、つい魔が差しちゃったんだよねぇ。
そしたら、セドリックが目をキラッキラさせて『にがし屋って何? お店のお名前?』なんて聞いてくるから、二つ名の由来を説明する羽目になってんの。
まさか七歳児に羞恥プレイを仕掛けられるとは、おじさんもまだまだだねぇ。
「それでそれで、王女でんかは、無事にお船に乗れたの?」
「もちろん。立派な家来が大きな船で迎えに来てくれましたからね」
由来と言っても、そんなご大層な話じゃない。
まだ傭兵団に居た頃、ヤバい状況になって、生き残った連中を掻き集めて命からがら逃げ延びたってのが、何回かあってね。
そしたら、いつの間にか二つ名がついてて、わざわざおじさんを指名した依頼が舞い込むようになったってだけなのよ。
「ねえ、ケヴィン。もっとお話しして!」
「ああ、はいはい。じゃあ今度は、ここからずーっと北にある――」
おじさんが辱められる事でセドリックが笑顔で歩いてくれるなら、面白おかしく語りますよ。
「ねぇ、ケヴィン、もっとお話しして!」
あぁ、秋の空が綺麗だなぁ。
……曇ってるけど。
* ***** * ***** *
人家がまばらになって、周りが畑ばっかりになってきた頃、小川にかかる小さな橋に着いた。
風が冷たくて気持ちいい。ここらで昼飯にしようってことで、馬を止めて荷を下ろす。
おじさんはまず馬の世話。水を飲ませて、汗で湿った背中を布で軽く拭く。
シアは周囲の安全確認。ついでに馬が食べたら危ない草を見つけ次第、ザクザク刈り取ってる。
今のところ、追手の影はなし。
セドリックは少し疲れたみたい。ローワンの勧めで、靴を脱いで小川で足を冷やしてる。「わあ、冷た〜い!」なんてはしゃぐから、見てるこっちがほのぼのする。
ローワンはというと、摘んだ野の花を手に小さな祠へ向かっていった。慣れた仕草で跪いて、静かに祈りを捧げている。
つば広帽とマントにすっぽり包まれた後ろ姿が、なんだか小さく思える。
なんとなく気になって、馬の世話をしながら横目で眺める。やがて祈り終えたローワンが立ち上がり、こちらを振り向いた。
ほんの一瞬だけ、瞳が陰ってるように見えたのは光の加減かな。
帽子のつばを上げて浮かべた笑顔は本物だったからね。
「僕も手伝います」
「やあ、大きい坊ちゃん、助かります。じゃあマークの背中を拭いてやって下さい」
「はい」
ローワンに背中を拭いてもらうのが気持ち良いのか、マークは耳を半分寝かせて目を細めている。
おじさんはシアの相棒ラディの背中を拭き始める。この子は神経質でね、鳥の声やらにいちいち耳を動かすたびに声をかけて宥める。
「大きい坊ちゃん、さっき祠でお祈りしてたでしょ。信心深いんですね」
声をかけると、ローワンは少し不思議そうな顔をした。
「そうですか? わた……僕にとっては当たり前のことなんですけど。
我がアッシュフォードは巡礼路の守護家ですから、祠がきちんと手入れされているかの確認も兼ねていました」
なるほどね。聖職者でもないのに祈りが日常ってのは、おじさんにはよく分からない感覚だ。
でも、心配事を神様に預けるって考え方は嫌いじゃない。ローワンがちゃんと預けられたかどうかは、本人にしか分からないけど。
「坊ちゃんはしっかりしてらっしゃる。自分の御家を誇りに思ってるってお顔だ」
「……はい、そのように教育されましたから」
あらま、可愛いお顔がちょっぴり曇っちゃった。褒めたつもりだったんだけどな。失敗、失敗。
数年前まで父親の領地視察について行ってたってことは、後継者として教育されてたんだろう。息子みたいに剣も馬も仕込まれて、家の誇りを背負うように育てられたはずだ。
でもセドリックが生まれて、立場が変わった。周りの大人の中には、態度を変えた者もいたんじゃないかな?
たった九歳でガラッと環境が変わるなんて経験をすれば、腹の中に溜まってしまうものもあるだろうよ。
でも、それを可哀想と思うのは、ちょっと違うかもね。後継ぎから外れた事で学べること、得られたものも、きっとあるから。
馬に餌をやったら、人間も腹ごしらえ。
黒パンを割って、チーズを少しずつ削って、新鮮なカブを四つ切りにして配る。薄いエールをちびちび飲みながら、四人で簡単な昼食だ。
おじさんがナイフでカブをスライスしながら食べてたら、セドリックが興味を持った。
やり方を教えたらお気に召したらしく、一枚切るたびに「見て!」と嬉しそうに切れ端を掲げてから食べている。和むねぇ。
七歳にしては器用にナイフを使うから、誰かに習ったんだろう。
ふと気づくと、ローワンが食べる手を止めて、宙を見つめていた。ぼんやりと物思いに耽っているようだ。
「大きい坊ちゃん、パンが固すぎましたか?」
声をかけると、ローワンは首を横に振って微笑んだ。
「ライ麦の風味を楽しんでいただけです」
その笑顔が、ほんのちょーっとだけ硬い。
まあ、ある日突然、両親を亡くして、可愛がってる弟の周りで事故が多発。色々考えるべき事があり過ぎて、頭が休まらないんだろうね。
昼食を終えて、ちょいと食休み。
馬たちは草を食み、シアは散歩と称して周囲を軽く見回り。
ローワンは食事に使ったナイフの手入れの仕方をセドリックに教えている。
おじさんのナイフはもう手入れ済みだから、パンを包んでいた布を綺麗にして畳んだよ。
さて、そろそろ頃合いかな。
「坊ちゃん達、ひとつ聞いてもいいですか。モーリス様って、坊ちゃん達の目から見てどんな方ですかね?」
先に答えたのはローワン。ゆっくりとナイフを鞘に納めると、軽く目を伏せた。
「叔父は……信用ならない方です。母を見る目がなんだか……」
そこまで言ったところで、ローワンは口を噤んだ。一瞬セドリックを見たから、弟に聞かせたくない内容なんだろう。伏せた睫毛の陰で瞳が揺れている。
二人の様子を眺めていると、セドリックは一度開いた口を閉じて、呟くように答えた。
「ぼく……よく分からない」
うーん、二人してこの反応かぁ。なるほど?
ローワンもセドリックも、モーリスに対して思うところがあるみたいだねぇ。
吹き抜けた風に草木が騒めく。
亡くなった領主の弟が、事故に関わっているかはまだ分からない。でも、この姉弟の心に、なにやら陰を落としているのは間違いないようだ。




