『逃し屋』ケヴィンが、しかと引き受けましたんで
まだ1話しか投稿してないのにランキング入りしてて鼻血が出るかと思いました。
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腰まで届く長い三つ編みをバッサリと断ち切ったローワン。
衝撃のあまりガレスの声が裏返った。
「ロ、ローワン様!」
振り向いたローワンは、もう迷いの欠片もない顔をしていた。完全に目が座ってる。
その隣で、セドリックは涙をこらえきれず、今にも泣き出しそうに引き結んだ唇を震わせている。
対して、ローワンの声はどこまでも冷静だった。
「ケヴィン殿、中へ。ガレス、扉を閉めて下さい」
言われるまま室内に入ると、ガレスは呆然としたまま扉を閉めた。
「こりゃまた、思い切りましたねぇ」
思わず口から漏れた。
いや、これ、もしかして俺のせい?
さっき『髪伸ばす男はいない』なんて軽口を叩いたから? マジか。
ローワンは左手の中の三つ編みを見下ろし、ぎゅっと握りしめた。
開いた手から、切り落とされた髪がとさりと落ちる。
きれいに爪を整えた指先が、短くなった首筋にそっと触れた。
「軽い……」
聞こえるか聞こえないかの小さな呟き。
その声には、髪を捨てた分だけ別の重荷を背負う覚悟が滲んでいた。
ローワンは床に渦巻く三つ編みを顧みることなく、俺の前に来て床に膝をついた。
「ローワン様!?」
ガレスが止めようと片手を上げるが、ローワンは応えない。
深く頭を下げると、不揃いな切り口の髪が頬を覆った。
「ケヴィン殿。真実を隠したこと、幾重にもお詫び申し上げます。
大切な弟の護衛は、信頼できる方にしか頼めません」
「いや、あの」
「傭兵組合に『一番信頼できる方を』と依頼したところ、紹介されたのが『組合保証付傭兵』のあなたです」
「お嬢さ――」
「どうか、お願いします。リンデンフィールドまで私達を連れて行って下さい。お願いします!」
セドリックも泣きべそをかきながら姉の隣に並び、ちょこんと跪いた。
「ゲヴィンどろ、おれがいじばず、うぇ……ひっく」
呆然と立ち竦んでいたガレスが、はっと我に返る。
「ひ、引き受けて下さいます! ケヴィン殿は依頼を引き受けて下さいましたっ!」
ぱっと顔を輝かせた姉弟の横に、ガレスまでしゃがみ込んでしまった。なんですかね、この絵面。
「まことですか、ありがとうございます!」
「ええ、はい。まことですから、ちょっと落ち着きましょう、ね?」
「う、ひっく……でえざば、よがっだでず……」
姉弟はひしと抱き合った。
俺は苦い思いで床に落ちた三つ編みを拾い上げる。
蜂蜜色の綺麗な髪。
ローワンは貴族の女性としての自分を捨てた。そして、捨てさせたのは、多分、俺。
迂闊なことを口走った自分にも、この子にこんな覚悟を決めさせる敵さんにも腹が立つ。
人生なんて、どうせ大人になれば苦労すると相場が決まってんだ。子供の間くらい、何も考えず守られてたっていいだろうに。
俺はベルトに巻いてた革紐を一本外し、ほどけかけた三つ編みの切り口を丁寧に縛った。
このきれいな髪が、一本たりとも失われることのないように。
これはただの革紐で、巡礼のための祈り紐じゃないけど、神の加護を意味する特別な結び目を作った。
どうか、この子の覚悟が報われますように。
俺も精一杯守るから、神様、頼みましたよ。
ガラにもなく神様に語りかけながら髪束を懐に仕舞う。
それから姉弟に目をやると、まだ抱き合っていた。
「あ〜、盛り上がってるとこなんですが、相棒を紹介しますんで」
窓を開け、フクロウの鳴き真似を口笛で吹く。外からヨタカの鳴き声が返ってきた。
宿の周囲に不審者がいないか見張りを頼んでいた相棒だ。
「今呼びましたんで、すぐに来ると――ぅお!?」
外の気配を察して窓を大きく開け放つ。
暁の静けさに混じる微かな音。
壁の窪みや出っ張りに指をかけ、爪先をかけ、ぐいぐい登ってくるのが、目に見えるようだ。
ここって三階なんですがね?
でも、今回の相棒はそういう奴。
外壁を擦るような音が近づき、窓の外に黒い影がぬっと現れた。
そのまま当たり前のように窓から入り込む。
「お下がり下さい!」
ガレスが即座に姉弟の前に躍り出て剣を抜いた。
「ちょーっと待った。味方、味方です。ガレスさん、剣を納めて」
慌ててガレスの前に立つ俺。
その背後で窓を閉めて振り返ったのは、今回の相棒、シア。
銅色の髪、木陰色の目、左目の下の泣きぼくろ。小麦色の肌は流民の血を示す。
俺と同じくフリーの傭兵。
組合がわざわざ女性を相棒にした時点で察するべきだった。おじさんもまだまだだね。
「初めまして、シアです」
ガレスの剣など見えていないかのように、片手を振って笑顔で挨拶する。
「驚かせてすんませんね。腕は確かだし、人柄は俺が保証しますんで。
ったく、やんごとなき方々の依頼なんだから、ちゃんと扉から入ってきなさいよ」
「あは、壁登った方が早かったら、つい。
お嬢様、お坊ちゃま、びっくりさせてごめんなさい」
ローワンが愕然とした声を上げた。
「私はまだ女に見えるのですか!?」
シアはきょとんと瞬く。
ガレスが咳払いし、名乗りを上げた。アッシュフォード本家の私兵団長として、姉弟の身分も明かす。
ローワンはしょぼくれた様子で頭を下げた。
「シア殿、リンデンフィールドまで頼みます」
「シアどの、よろしくね」
「あらぁ、『殿』なんて照れちゃいますね。どうぞ呼び捨てにして下さい」
「あ、俺も呼び捨てで」
ローワンが「それなら私達も――」と言いかけたところで、ガレスが咳払い。
姉弟の呼び捨ては禁止らしい。
「それじゃあ、大きい坊ちゃん、小さい坊ちゃんと呼ばせてもらいましょうかね。
一応、微行ですからね、お名前は伏せる方向で」
ローワンは少し残念そうに頷いた。
シアは「着替えてきますね」と部屋を出ていった。
今回は俺とシアも巡礼として同行する契約だ。
子供の巡礼二人と傭兵二人より、子供と大人の巡礼四人組の方が目立たない。
追手が来た時に見つかりにくいように、ということだろう。
残り時間でガレスと打ち合わせを済ませ、馬の準備をするため厩舎へ向かった。
* ***** * ***** *
空が白み始めた頃、俺達は厩舎の前に集合した。
巡礼姿になったシアを見て、ローワンが目を丸くする。
「シアも男装するのですか?」
「はい、男三人に女一人だと目立ちますからね」
彼女は声まで変えている。
肩までの髪はカツラの下に隠して、その上にツバ広帽をかぶってる。カツラは自分の髪で自作したらしいよ。
ローワンがぎゅっと拳を握ってシアに迫る。
「シア、私を男にして下さい!」
言い方!
「あははは、いいですよぉ」
辺りを憚って小声で笑うシアは楽しそうだ。
ガレスが咳払いをひとつ。
「間もなく開門です。それがしは顔を隠しておりませんから、町門までは同行できません」
「ええ、分かってますよ。あ、そうだ」
相槌を打ちながらふと思い出し、懐に手を入れる。
「忘れるとこだった」
取り出した蜂蜜色のお下げをガレスに差し出した。彼は少し驚いたように目を見開いた。
「これでカツラを作ったら、大きい坊ちゃんの髪が伸びるまで偽装に使えますよ」
シアのやり方をちょいと拝借。
ガレスははっとして、受け取った三つ編みを押し頂き、大切そうに懐へ仕舞った。
「お気遣い痛みいる」
「カツラは作れる物なのですね。知りませんでした。ケヴィン、ありがとう」
「ありがとう」
感心したように姉弟が礼を言う。
俺はにっこり笑って頷き、居住まいを正してガレスと向き合った。
「坊ちゃんたちのことはお任せ下さい。『逃し屋』ケヴィンが、しかと引き受けましたんで」
「ケヴィン殿、シア殿、お二人を何卒、よろしくお願い申し上げます」
深々と頭を下げるガレスの顔には、同行できない無念さが、色濃く滲んでいた。
「ガレス、家を頼みます」
「行って参ります」
日の出間近な空に、夜明け星が輝いている。
曙の空に溶けゆくその星が、名残を惜しむようにローワンの瞳の中で煌めいた。
ローワンはその煌めきを移すように弟の手を握った。
セドリックは短くなった髪への罪悪感と、旅への期待を宿した眼差しで姉を見上げ、巡礼杖を握り直す。
男巡礼に扮したシアが愛馬ラディの手綱を握り、周囲を警戒する。
俺も愛馬マークの手綱を取り、薄墨色の耳に囁いた。
「頼むぞ相棒。しっかりあの子達を守ってやってくれ」
マークの耳が、片方だけこちらを向く。これは了承の合図。と、俺は信じてる。
「道中のご無事をお祈り申し上げます」
ガレスが右拳を左肩に当ててローワン姉弟に敬礼した。
馬の蹄が地を踏み、巡礼杖が歩みを支える。
暗がりに佇むガレスに見送られ、巡礼四人の旅が始まった。




