依頼人兄弟の『兄』の方が、どう見ても男装のご令嬢なんだが?
初めての方もそうでない方も、ようこそおいで下さいました。
こちらの作品は6話まで毎日1話ずつ投稿、そこから先は区切りの良いところまで書けたら投稿予定です。
お楽しみいただければ幸いです。
夜明け前。
いいよね、夜明け前って。
ここは鷹の止まり木亭っていう宿屋でね、三階の窓から町並みと暁の空が見えるんだよ。
町中がシーンと静まり返って、真っ暗な中にも夜明けの気配がほんの少しずつ忍び込んでくる。
おじさん好きだな、この空気。
「ケヴィン殿」
町中が眠っているようでいて、もう起きて働いてる人もいたりするんだよね。
パン屋とか、町の警邏兵とか、町の中じゃないけど、農場の人たちもね、もう働いてるらしいよ。
農場とまでいかなくても、おじさんも引退したら畑やりたいなぁって思ってる。
え、何から引退かって? 傭兵だよ、傭兵。おじさん、フリーランスで傭兵やってんの。
でも、もう三十八歳だからね、そろそろ地に足のついた生活したいかなって。
「ケヴィン殿っ」
しつこく名前を呼ばれて、俺は仕方なく現実逃避を中断した。
「あ〜、はいはい。ちょっと考え事してました、すんません」
窓の外から室内へと振り向く。そこには、こめかみに青筋立てたオッサンと、椅子に座っているお育ちの良さそうな兄弟二名。
上の坊ちゃんが十代半ば、下の坊ちゃんは、六、七歳ってとこかな。巡礼の旅に出るとかで、胸には真新しい木製の聖印を下げている。
そして、青筋立ててるオッサンは『さる高貴な御家』の私兵と名乗ったガレス。
今日は知り合いの宿屋の三階を貸し切りにしたらしいよ。すごいね、お金持ちだね。
「そろそろ打ち合わせに入りたいのですが、よろしいでしょうか?」
あー、だいぶイライラしてるのに、傭兵風情に敬語使ってくれるとか、ガレスは良い人そうだなぁ。
でもねぇ、
「ガレスさん。悪いけど、このお話はお受けできねぇです」
「なっ、何故ですかケヴィン殿!」
愕然として目を見開くガレス。
お貴族様兄弟もびっくりした顔してる。お揃いの蜂蜜色の髪に榛色の目。可愛いね。
俺は『兄弟』に向けてその場で片膝をつき頭を下げた。
「お初にお目にかかります。傭兵のケヴィンと申します。まことに恐縮ですが、お二人の護衛はお引き受け致しかねます。
セドリック・アッシュフォード卿。
アッシュフォード伯爵令嬢ローワン様」
『姉』はぎょっとした顔で椅子から立ち上がり、弟はどうしたら良いか分からないって顔で、『姉』と俺の間で視線をうろうろさせている。
姉、ローワンが強張った顔で初めて口を開いた。
「ケヴィン殿は私達をご存知なのですね」
「えー、そりゃあ、ご領主様のご令息、ご令嬢ですからね。
ご令嬢は六、七年くらい前まででしたか、お父君とご一緒に視察であっちこっち回ってたでしょ。
確か、今年で十六。再来年にはご成人でしたっけ?
いやぁ、ご立派にご成長なさって」
俺は愛想笑いを消して、再び姉弟に頭を下げる。
「遅ればせながら、ご両親のご逝去を悼み、謹んでお悔やみを申し上げます」
痛いような沈黙。
ローワンが微かに震える息を吐き出した。
「恐縮です。どうぞお立ち下さい」
俺はもう一度軽く頭を下げて立ち上がった。
眉間に皺を寄せたガレスが、咳払いで俺の注意を引く。
「ケヴィン殿、今さら引き受けられないなどと言われても困ります。それに、一度引き受けた依頼を断ったら、違約金が発生するのでは?」
俺は気の毒に思いながら頭を掻いた。
「あ〜、生憎ね、この場合は発生しねぇです。何でかっていうと、『依頼内容に相違あり』なんで。
俺が引き受けたのは『巡礼の旅をする、さる高貴な御家のご兄弟の護衛』。でも蓋を開けたら、なんとびっくりご令嬢」
ローワンが胸元でぎゅっと拳を握りしめた。
「ケヴィン殿、私は……男には見えませんか?」
「えっ、まぁ……はい。そんなに髪伸ばす男は滅多にいねぇですし」
もしかして本気の男装だった? いやほら、ねぇ? 歩き方とか立ち姿とか……どう見ても『良いとこのお嬢さんが男の服着てんな』としかならんですよ。
なんかヤバいな。ローワンがめっちゃ思い詰めた顔してんだけど。
今にも泣き出しそうに喉がひくついている。でも、涙はない。
強いね。よっぽど守りたい何かがあるんだろう。
俺は俯いちゃったローワンから目を逸らして話を続けた。
「ちょいと昔話になりますが、俺がまだ傭兵団にいた頃ね、領同士の水争いに駆り出されたことがあったんですよ。
あれは団長が替わったばかりの時期だったなぁ」
突然始まった昔話に黙って付き合ってくれるガレスと姉弟。みんな良い人過ぎない? それとも育ちの良さって奴かね?
「契約では十分な物資と馬の提供が約束されてた。でも、実際届いたのは、病気持ちの馬と穴空きテント。
前線で采配を振るうのは領主の弟なのに、派遣された領兵は素人の農民ばかり。
結論から言うと、戦争ついでに領主が弟を始末しようとしたらしくてねぇ。
ま、御家騒動なんて、別に珍しくもない話ですが……」
語りながら反応を窺っていると、なんとなくガレスの口許が引き攣った。
やっぱそうだよね。やんごとないお子様方が、夜明けと共に巡礼の旅に出るなんて、尋常じゃないでしょ。
ローワンは唐突な語りに戸惑い顔をしているだけだから、情報を伏せられているのかね?
「やぁ、あの時はほんっと、ヤバかったですね。
前線は崩壊。弟君を逃すのが精一杯で領兵隊は全滅。
戦争に負けたってんで、支払いはなし。
……傭兵仲間も、だいぶ逝きました」
ローワンがハッとしたように俺を見る。
おっと、いけない、いけない。最後の方、ちょっと声が低くなっちゃったね。ちっさい子がいるんだから、ちゃんと配慮しないと。
セドリックはきちんと姿勢を正して真剣に耳を傾けている。真面目。可愛いね。
一方、ガレスは俺が何を言いたいか察したようだ。
「情報を隠されたらねぇ、俺ら傭兵はまともに仕事ができねぇんですよ。
情報を隠す相手は信頼できないでしょ?
信頼できない相手に、わざわざ命を賭けるほど、俺は酔狂じゃないんでね」
『だから依頼は受けない』と締めようとしたところで、セドリックが席から立ち上がり、俺の前に立った。
「ケヴィンどの。うそをついてごめんなさい。ぼくたちは今、とてもこまっています。
お願いですから、ぼくたちを助けてください」
そう言って、深々と蜂蜜色の頭を下げた。
「セ、セドリック様、無闇に頭を下げてはなりません」
狼狽えて止め立てするガレス。頭を上げたセドリックが、真っ直ぐな目で彼を見上げる。
「でも、先にうそをついたのはぼくたちの方。悪いことをしたんだから、あやまらないのは間違っていると思うんだ」
まぁ、正論だね。ガレスは二の句が継げずに黙り込んじゃったよ。
でもねぇ、こんなちっさい子に頭下げられて、おじさん困っちゃうなぁ。
「坊ちゃんが謝るこたぁねぇですよ。これは大人の事情なんでね。
そもそも、なんでアッシュフォード家の私兵の皆さんで護衛しねぇんですかね?」
「そ、それは、御家の事情で……」
「あ〜、はい、御家の事情ですね。はいはい。了解です。無理に話さなくていいですよ〜」
聞いちゃったら巻き込まれ確定だからね。おじさん、聞きたくないな。とっとと退散しますか。
「じゃ、今回はご縁がなかったということで」
扉に向かおうとした俺の腕を、ガレスさんが掴む。痛い痛い。あと必死の形相が怖い。
「ケヴィン殿、ちょっとこちらへ。セドリック様、ローワン様、しばし掛けてお待ち下さい」
え〜、おじさん廊下に拉致られちゃったよ、やだなぁ、もう。
廊下のどん詰まりまで行くと、ガレスさんが顔を近づけて声を潜めた。近い、近い、近い。
「ケヴィン殿。これは、本家の恥になりますので……
どうか、どうかっ、ご内密に願います」
「そりゃ守秘義務は守りますけどね、相棒には説明しますよ」
「相棒?」
「俺ひとりでは、手が回り切らないところが必ず出ますからね。
今は宿の周りで怪しい動きがないか見張ってますんで、後で紹介します」
ガレスは躊躇うように目を伏せた。
「その方は、その、信頼できるのですかな?」
「俺は信じてるから今回組んだんですけどね。そちらで信頼できないなら、この話はなかっ――」
「し、信じます! ケヴィン殿が信頼なさるのなら、それがしも信頼します」
あら残念。どうしても逃してくれないらしい。
「本来、御家の内情を外に漏らすなど、あってはならない事なのですが……」
ガレスは苦悩の皺を眉間に刻んで、やっとのことで語り始めた。
「実は、セドリック様の周辺で、不審な事故が、偶然とは思えぬほど相次いでおります。ひとつ間違えれば命に関わるようなものばかりで……」
へぇ、連続事故、ですか。
始末しようとしたのか知らんけど、あんなちっさい子を?
……犯人には人の心がないんですかね?
胸糞悪い話だ。反吐が出る。
「…………それで、犯人に目星は?」
「つ、ついているような、ついていないような……」
この期に及んでまだ目を泳がせて言葉を濁すガレス。
もう、面倒くさい人だなぁ。
「この際、隠し事はなしで全部吐いてくださいませんかね?」
「ひ、引き受けて下さるので!?」
あ〜、オッサンに耳元で興奮した囁き声出さないでほしいな。
「引き受けます。引き受けますから、ちゃんと事情を話して下さいよ、大将」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
こんな話ホント聞きたくなかった。聞いちゃったから放っとけないでしょうが。
どんな事情があんのか知らんけど、女子供をどうこうしようってクズはね、おじさん我慢ならねぇんだわ。
自分の中に火がついちまったのが分かる。ガレスに嵌められた? 見た目によらず策士だね。
ガレスの話によると、アッシュフォード伯爵夫妻は馬車の事故で急逝。
その直後から嫡子のセドリックの周りで不審な事故が相次いだ。
マジで紙一重のところまでいったらしい。
で、これはヤバいってんでローワンと家令で相談して、本家の領主館からセドリックを避難させることに。
そのため巡礼者として領都を出るんだとか。
「で、私兵が護衛につかないのは?」
「家臣の中に、敵方の息がかかった者がいる可能性が高い。
恥ずかしながら私兵団の中にも……だからこそ、私兵を動かせません」
誰が敵側か分からない。万が一の敵襲もあり得る。だから仕方なく外注って訳。今敵方を洗い出し中なんだってさ。
「で、怪しいのは?」
ズバリ確信に迫ったら、ガレスは周囲を見回して一際声を潜めた。
「……お立場的に可能性が高いのが、急逝された我が君の弟君。分家当主のモーリス様です。
しかし、全く証拠がない状況では、名指しすることすら危険で……」
「証拠がないって――」
何かしら痕跡はあるでしょ、そう突っ込もうとした、その時――
「姉様っ!!」
甲高い叫びが、廊下の静けさを裂いた。
俺たちは反射的に目を見交わす。
ほぼ同時に駆け出しながら剣を抜く。
扉を乱暴に押し開けて目に飛び込んできたのは、静かに佇むローワンの後ろ姿。
右手には小ぶりのナイフ。
左手には、腰に届くほど長かった三つ編みの、根元から断ち切られた束。
蜂蜜色の髪が肩口で揺れ、不揃いな切り口が蝋燭の光に透けて煌めいた。
「ね…さま」
目に涙を浮かべたセドリックが、震える声で姉を呼んだ。
ゆっくりと振り返ったローワンの、榛色の瞳が強い光で俺の目を射抜く。
涙はない。怯えもない。
その代わり、炎のような覇気が細い全身に漲っていた。




