9:お客様
「他に報告は?」
「ありません。……無駄話を申してよいなら一つ」
「構わん。話せ」
「経理部が団員達のポーション費用をもう少し抑えられないかと苦言を申しておりました」
「は? そこを削れるわけねぇだろ。部隊の損耗率に直結する部分だぞ」
「どいつもこいつも備品を使わず個人であそこの、……星見台の錬金術師からポーションを買って立て替え申請するようで。経理部の者が嘆いておりました」
クルトの言葉にロアは舌打ちをした。どんな仕事をしていても、資金繰り問題はついて回る。
「今はどこのを使っているんだ?」
「あ、団長も備品のポーションを使ってないでしょう」
非難の意が籠った言葉にロアはしらっとした顔で答える。
「テメェの命がかかってるからな」
「まったく。今は……リュザナの商業ギルドからジーニシスのポーションを定期購入しています」
「ジーニシス?!なんであんな使えねぇポーションを未だに買ってんだよ」
「大量に仕入れられて、それなりに効果があるからです。苦情があるなら団長もさっさと言ってください。実働部隊の皆さんが勝手に自分でポーションを買っちゃうから、備品が使われていないことに気づけなかったんです。最近立て替え申請が増えたおかげでやっと発覚しました」
「あのポーションがカスなことぐらい一回使えばわかるだろ」
「そう言われましても」
クルトの困ったような抗議にふむ、とロアは自分の顎に手を当てた。彼の目の前にクルトが数枚のレポートを差し出す。受け取って確認すれば、現在のポーションの購入状況や備品の使用状況、立て替え申請の記録などが簡潔に記されている。定期購入や大量購入で大幅な割引が適用される仕組みのようだ。一般的なポーションの値段から見れば可もなく不可もなく。ロアは使えねぇ、とジーニシスのポーションをこき下ろしてはいるが、世間一般から見ればジーニシスのポーションは十分使える範疇にある。値段も割引によって安くなっているし、傭兵団の仕入れ先としてはそれなりに適切だったはずなのだが。
「星見台のポーションが異常なのです」
「かもな。……なんにせよ、そっちにはツテがある。ポーション関連の契約は俺に回せ。新契約に切り替える方向で調整。ただし、契約が成立するまでは商業ギルドとの旧契約はそのまま維持。アステ……星見台の錬金術師は気まぐれだ。契約で確実に仕入れが安定するまではポーションが売り切れでありませんじゃ話にならん。多少の経費は諦めろ」
「了解しました」
慇懃に返事をしたクルトは最後に一通の手紙を差し出しながら言った。
「最後に、王立錬金術院からシュタイン書記官がお見えになっていますが、いかがいたしましょう」
「……は?……先触れなんて聞いて……それか?」
怪訝な表情を浮かべたロアの視線はクルトが差し出した白い封筒に向く。真っ赤な封蝋には幾何学模様で描かれた賢者の石と、それをぐるりと囲む循環の蛇。錬金術院の紋章だ。
「先日の嵐で配達が遅れてしまったようで。今朝方届きました」
「シュタイン書記官には伝えたか?」
「はい。今は応接室でお待ちしていただいております。執務室へと場所を移しますか?」
クルトから差し出されたそれには案の定、今日の日付と訪問の旨が簡潔な言葉で記されている。
「いいや、俺がそっちに行く」
気持ちを切り替えるように、一つ息をはいたロアはコートラックに仕舞いっ放しだったダークカラーのジャケットを羽織り、シャツのボタンを留めなおした。タイはいるだろうか、と一瞬よぎった思考はめんどくせぇ、の一言で斬り捨てた。応接室も兼ねたこの部屋に呼びつけることもできなくはないが、少々相手の立場が複雑だ。出番の少ない革張りのソファや飴色のローテーブルを横目に袖のボタンも留めなおす。
「ご案内します」
「ああ」
応接室の場所なぞ知らぬわけもないが、慣例として先導するクルトの後について歩く。
板張りの床は靴音が良く響いた。すれ違う団員やメイドからの挨拶に視線を向けながら、顔は正面に固定する。団員の中で剣を持っているものは訓練か、仕事か。今から行くのか、帰ってきたのか。とりとめのない事を考えていればあっという間に応接室に着いた。
重厚な木戸だが、応接室の扉は叩くと軽快な音が鳴る。ロアの代わりにドアを押し開けたクルトが中で待つ人物へと声をかけた。
「シュタイン書記官。グリマルディ団長をお連れしました」
ヘルガ・シュタイン一等書記官。王立錬金術院で書記官を務める老女。引退しても差し支えない年齢だろうに、未だ第一線で仕事をしているという。ロアの入室に合わせて立ち上がった背筋はピンと伸びており、文官の制服を見事に着こなしていた。半月型の眼鏡の奥から覗くブルーグレーの目は真っすぐロアを見据えていて、その色に多少の苦手意識を感じる。
「お待たせしました、シュタイン書記官」
「どうぞお気になさらず。お忙しい中のご対応、感謝申し上げます」
応接室には大きな二人掛けのソファが一つ、間にローテーブルを挟み、一人掛けのソファが二つ配置してある。ロアは言葉と共に彼女に座るよう促した。そして彼はシュタインの前の席、一人掛けのソファへと腰を落ち着けた。カーテンが開け放たれた窓から差し込む昼の光は暖かく、張り詰めた部屋の雰囲気を和らげていた。
「ご壮健で何よりです。挨拶もそこそこで申し訳ありませんが……本日のご用件は?」
「ええ。構いません。アステル錬金術師の件でございます」
錬金術師、アステルの監視と調査。彼女を通して王立錬金術院から半年前に依頼され、いまなお継続している依頼。
王立錬金術院がロアたちに求めた情報は三つ。「錬金術師アステルが溜め込んで公開していない発明品の目録」「交友関係」、「生活状況」だ。
依頼が来たとき、傭兵団は繁忙期で人手が足りなかった。そのため団長であるロアもこの仕事に加わったことがそもそものアステルとの関係の始まりだった。
「……以前まとめた報告書に何か不備でも見つかりましたか」
「いいえ、非常に良くできた報告書でした」
当然だ。依頼を受けてから丸々3週間、ロアと部下達は交代をしつつアステルの事を四六時中監視し、隅々まで調べ上げて作成したのだから。
監視してすぐにわかったことは、アステルは基本的に引きこもっているため交友関係が少ない。というかほぼ無い。監視の三週間の間で、アステルが会話したのはロアと素材屋、二人だけだった。
生活状況や発明品の調査は直接赴かないことには分からない。手っ取り早く潜入が得意な部下を送ったのだが、服と全身の毛を――それこそケツ毛までつるんつるんにむしり取られて帰還した。部下は泣いていた。廊下をうろついていたスライムの群れに襲われたらしい。そんなスライム聞いたことない。報告書に添付するアステルの発明品リストに、謎の除毛スライムが追加された。
鍛え上げられた団員でこれだ。安全かつ徹底的な調査のため、アステルと「お友達」になる必要性は明白だった。アステルに疑われないために、プランを組んでより自然に「お友達」になるはずだったのだが、そうはいかなかった。兎に角あの錬金術師は部屋から出てこない。監視に気づかれたと焦ったが、素人相手にヘマをするようなことはなかったはずだ。監視は長期戦。ロアたちは交代で塔を監視していた。そして監視が始まって八日目。アステルがやっと塔から出てきたと思ったらそのままぶっ倒れたのだ。
監視対象に死なれてはかなわないと偶然を装って駆けよれば、シャツには最後の力を振り絞ったのか、めちゃくちゃな筆で書かれた「Feed ME」(私に餌をやってください)の文字と握りしめられた金貨が一枚。
ふざけているのかと思った。開いた口がふさがらなかったが、大きなチャンスであることには違いない。介抱という口実の下アステルの塔にもぐりこみ、信頼を得る。そうすればより詳細な調査が出来る。
そうしてアステルとロアの交流が始まった。塔からめったに出てこないので、厭世家か人嫌いのどちらかと思っていたが、単に研究好きなだけであったようだった。食事の差し入れのという口実で、定期的に塔を訪ねるロアにアステルは割と早いうちに心を開いていたと思う。
「我々としても、十分な働きが出来たと思っております」
「ええ。お聞きしたいのは報告書の事ではなく、アステル錬金術師の現在のご様子についてです」
「ああ、そちらのご用件でしたか」
シュタインにアステルの素行に関する報告書を提出した時、ロアは追加で依頼を受けたのだ。
『アステルを死なせない事」『アステルの発明品を報告すること』
この二つを片手間でいいからやってくれと頼みこまれてしまった。本来なら断るが、報酬額がいい。しかも、手間はそれほどかからない。資金繰りに喘ぐ傭兵団にとってはありがたい案件だ。なにせ兵站の心配も命の危険も基本的には無いのだから。そして、アステルの「お友達」となったロアが職務の合間を縫って監視なのだか生活保護なのだか分からない任務をずるずると続行する羽目となった。




