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8: グレイハウンド傭兵団

 西側はどちらかというと所得が少ないものたちが住んでいる区画で、治安は基本的によろしくない。慣れた様子で歩くロアを、路上に座り込んだ男たちがじっと眺め、すぐに目をそらす。薄暗い路地から手招きする夜鷹たちは、基本的にいつでも仕事をしていた。酒場や娼館と言った夜の店も立ち並ぶ区画で、昼間は静かなものだった。


 城門を抜けた先の開けた土地に、ロアが所属する傭兵団、グレイハウンドの拠点がある。此処の城門は殆ど団員しか使わない。わざわざ治安の悪い区画を通るもの好きは居ないからだ。西側に用があるものたちは大概南門から大周りをして西の街道へと向かう。

 そして、治安の悪い地区に世話になるような犯罪者は通りかかれば最後、拠点警備を担当している団員たちに片手間で捕縛されては騎士団の詰め所に放り込まれているせいだった。


 ちなみに反対側、つまり東側は職人街でも商業街でもなく、行政区画がある場所だ。都市運営の要となる戸籍の登録や変更をする公証人役場、信仰の中心である教会、王国騎士団の支部など街の心臓となる機関が集まる一角だが、ロアがそこを訪ねる機会はあまりない。


 自治が認められているリュザナには、いわゆる領主というものがいなかった。その歴史はリュザナがまだ、ただの農村であったころまで遡る。


 特別な出来事があったというわけではない。当時の領主が好き放題した結果、耐えきれなくなった領民たちによって一族郎党根絶やしにされたというありふれた話だ。その一件以降、この土地は代々市民たちの自治によって治められることとなった。それはミネルヴァ王国に組み込まれた今でも変わっていない。リュザナでは、その愚かな領主の話が今でも戒めとして子供たちの寝物語として語られていた。


 話をグレイハウンド傭兵団に戻そう。

グレイハウンド傭兵団はこの国でも最大規模の傭兵団で、おおよそ50人前後の傭兵たちが所属し、様々な依頼をこなしている。キャラバンの護衛、貴族の使い走り、盗賊団の掃討に、時には騎士団と協力して凶悪な魔物の盗伐を行うこともある。


 傭兵ギルドにも加盟しており、名の知れた傭兵が入団を志願すること珍しくはない。だが、それが受け入れられたことは過去一度もなく、噂には事欠かない傭兵団でもあった。


 拠点はその名が示すような武骨な石造りの建物で、中庭は広い訓練場になっている。宿舎や医務室も兼ね備えたそこに常駐している者は多く、未婚の者は大半が宿舎で生活をしていた。風に流れて団員たちの訓練の声がかすかに聞こえてくる。


「おはようございます!ロアルディウス団長!」

「ああ」


 入り口で敬礼する警備担当の団員に片手をあげて応じる。ぎい、と押し開けられた扉を気に留めず中に入れば、ロアの姿を見つけた者たちからの挨拶が四方八方から飛んでくる。


 

 団員たちに疲れている姿を見せるわけにもいかず、ロアは――グレイハウンド傭兵団の団長、ロアルディウスは深いため息を噛み殺した。

 それらに軽く反応を返しつつ、ロアは足早に彼の執務室、グレイハウンドの団長室へと足を向けた。最近、アステルのところに行く習慣が出来たせいで、仕事が少し滞っていた。


「おはようございます、団長」

「おはよう、クルト。今日の分は?」


 ロアの執務室――、グレイハウンドの団長室で待ち構えていたのは壮年の男だ。彼の名はクルト。ロアの秘書官を務めている。彼は傭兵ではなく、事務作業や関係各所との調整を担当する文官だ。傭兵の仕事は戦うだけではない。特にこれだけの人数を抱え、なおかつ維持をするとなると、日々の兵站管理、経理、他組織との折衝も業務として重要になってくる。団長ともなると、戦場に出るよりもこういった折衝や管理が中心となってくる。本当は戦場で剣を振り回している方が楽なのだが、そういうわけにもいかないのだ。


 慇懃に礼をし、ロアの外套を受け取ったクルトはそ

れを流れるような手つきでコート掛けへと片付けた。ロアの執務室は応接室も兼ね備えている。地面に敷かれた深い赤の絨毯が彼らの足音を吸い込み、部屋は常に静けさに満ちていた。朝のうちに傭兵団で雇っている清掃員が磨き上げた執務室にはチリ一つない。備え付けられた窓からは少し高くなった日が差し込んでいる。ロア、部屋の一番奥にある飴色に磨かれた重厚なデスクに腰をかけた。


「まず、依頼が六件入っています。三件は我々で調整を進めました。詳細をまとめましたのでご確認ください」

「ああ。残りは?」


 クルトから差し出された書類に目を通しながら、ロアは自分の判断すべき仕事について問いかける。基本的な依頼は担当の文官たちが機械的に処理し、団員たちに仕事を振り分けていく。だが、依頼人が高位貴族である場合や、大規模な時、そして戦争に関係する時はロアが仕事を受けるかどうかを決めていた。


「アハティラ商会は港から王都までの護衛、クリフトン伯爵は馬上槍試合の選手として人員を求めています。最後は……隣国のフェルサ王国からの依頼です」

「へぇ、珍しいな。また貴族か?」

「いえ、農民です。かの国との国境となっているハニンガム領からの依頼です。……内容はぼかしてありますが、目的はおそらく一揆での戦力としてかと。ハニンガム辺境伯は代替わりをしてから随分と華やかな様子なので」


 クルトの言葉にロアは肩をすくめる。どれだけの賢者が真面目に立てた功績や苦労も、後に続くのが愚者ならばそれは簡単に壊されてしまう。


「あの辺は去年不作だったからな。飢え死にするぐらいなら殺す方を選んだか」


 淡々と会話を交わしながらロアとクルトは歩みを止めない。いつもの事だ。団長室は建物も中でも奥まったところにあり、少々距離があるのだ。


「護衛は受ける方向で調整。人数も優先的に向かわせろ。伯爵は……道楽オヤジだが、あの辺鉱山資源がよく取れる。情報収集も兼ねて何人か派遣する。ついでに伯爵からも色々搾り取ってこい」

「了解しました。ハニンガムの方はいかがしますか」

「そうか。丁度いい。第五・第六小隊を派遣する。なるべく早くだ」

「承知しました。先方にもすぐさま伝令を出します」

「いや、依頼主には断りの手紙を出せ。理由は何でもいい。グレイハウンドはハニンガム辺境伯に付かせる」

「……と、いいますと」


 ロアの不可解な指示に、クルトは一拍おいて彼の真意を問うた。常に盤上の数手先を読み続けている彼の意図は、常人のクルトからすると不可解に見えることが多かった。


「農民には可哀そうだがな。辺境伯がボンクラなら、ミネルヴァ王国にとってはむしろ都合がいい。タレコミと鎮圧への助力で辺境伯の信頼を掴め。ついでに中に入り込めるなら上々だ」

「了解しました」


 一つの村を見捨てる指示が、薄暗い部屋の中で淡々と交わされる。ロアもクルトもそれに顔色を変えることは無い。


 グレイハウンドは傭兵団だ。より大きな金と、情報が集まるところに着く。


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