7:傭兵ギルド
グレイハウンド傭兵団は謎が多く噂も多い。入団方法が分からないのは試験が厳しすぎてみんな死ぬから、実は王国の影の騎士団だとか。その集団をまとめる団長の噂もこれまた多い。ドラゴンの血を引いている絶世の美男子、怪物のような老人、ボンキュッボンのナイスバディブロンド美女等々。あとは、団員は錬金術で作った人造人間、なんか怖い、すごいつよい、などなど。
荒唐無稽なものから適当な流言飛語、大小様々だが。しかし、任務の達成は高く依頼人の満足度も高い優良傭兵団でもあったし、仕事も頼みやすいのでギルド職員は面々はおおむね好意的だ。
とはいえ、だ。かの傭兵団にまつわる噂も謎も、目の前で世間話をせがむロアの姿とはどうにも結びつかず、フーゴは毎度不思議な気持ちを覚えるのであった。以前、世間話ついでにグレイハウンドの話をねだれば、何処にでもある傭兵団だ、とロアは肩をすくめていたが。
フーゴは羽ペンをインク壺に戻すと、退屈そうな顔で話し出した。今から話すような愁嘆場よりも、フーゴは先ほどの様な笑える話の方が好きなのだが。
「そうですね、ロアさんが好きそうなのだと……、最近子供を探しているって人が多いんですよ」
「人探し?」
「そうなんですよう、こんな顔の子供は見ていないか、とここ数週間で……何人か来ました。この辺の店や人に手当たり次第に聞いているようで」
フーゴが落ち込んだような口調で話す内容に、ロアは不愉快な表情を隠しもしない。
「探しているのは子供か?」
「ええ。聞きに来る人間はね、その……きっと親だったり友人だったりとバラバラなんですけど。探しているのはみんな子供なんですよ。なんかもう、かわいそうでかわいそうで」
「人攫いか。厄介だな」
「本当にひどい話で。子どもばかりを狙っているのか、大人を探しています―って人は、あんまりっていうか全然居なかったです。探してくれ、と泣きついてきた親もいましてねえ、僕本当に何とかしてあげたくて……。まあ十分な金を持っていないのでビアンカ先輩が追い返していましたけど」
「まぁ、そのビアンカとやらの対応が妥当だな」
傭兵家業も傭兵ギルドも慈善事業じゃない。金を出せばいい傭兵を雇えるし、金が無ければそれは叶わない。あの乱雑な掲示板にすら、金が無ければ仕事の依頼文は乗せられないのだ。
「騎士団は?こういう治安維持があいつらの……、いや、忘れてくれ。あのハゲが支部長だったのを思い出した」
ロアは忌々しい顔で舌打ちをする。
ミネルヴァ王国では貴族から平民まで、様々な階級出身の者たちで構成された騎士団が治安維持の要となっている。表向きには実力主義だが、それは現場単位の話だ。実際に指揮権や官職をもつことを望んだ瞬間、爵位と学歴が冷酷な壁となって出現する。
爵位の壁、唯一の抜け道は王立騎士学校を卒業することだが、入学のためには相応の高等教育が必要になる。つまり、建前は平民にも開かれた学校だが、入学以前の時点で高等教育が受けられるだけの環境が大前提となっている、というのが現状であった。
「それですよ!! 指揮権を持つものは基本的にお貴族様や、由緒正しい騎士家系の方々ですから。貧乏な平民を気にかけてくれる者なんてほんの一握りで、だあれも私達の力にはなってくれやしません」
「ハゲがこっちに赴任してきてからここ一年、碌なことが起りゃしねぇ。絶対仕事してねぇだろ」
「ハg………、へへ。ハルゲン支部長って良くない噂も沢山ありますしね。横領、賄賂、セクハラ、パワハラ、あとはほら、娼婦に機密を喋ったとか、なんとか。色々聞くんですけど、こう、決定打には欠けるんですよねぇ。あ、そういえばあの支部長さん、昔盗賊団に襲われて恐怖のあまり漏らしたという噂がありましてね」
「事実なら、文字通りクソの肥溜めだな、あのハゲ」
低い声で嘲笑を口に乗せたロアは口の片端をゆがませた。
「リュザナにきた経緯も一部では左遷だって言われていて。……でも、本当に左遷ならリュザナみたいな大きな都市の支部長になんてなれませんよねぇ」
ため息のように落とされるフーゴの言葉に、肩をすくめたロアは悪びれもせずハルゲンの事をハゲと呼び捨てた。何が彼の癪に障ったのか分からないが、相当にハルゲンが気に食わないらしい。
「そもそもそんだけの悪事が本当なら左遷の前にしょっぴかれて牢獄行だ。いくらハゲに爵位があってもそこは変わんねぇよ」
「ですよねぇ。だったら支部長にまで上り詰めるその優秀な手腕を発揮してほしいのですが」
「ハゲに髪が生えねぇ限り無理だな」
「あはは!それじゃあ一生無理ですね。異動まであと四年でしたっけ」
各都市に駐屯する騎士団の「役付き」は数年おきに移動する。かつては役付きの勤務地は出世以外で変わることは基本的になかった。だが15年ほど前にどこぞの宗教団体と駐屯騎士団の役付きが、賄賂で大規模な人身売買を隠ぺいしていたことが発覚したことで、制度の見直しがなされた。役付きはもれなく異動が義務付けられることになった。末端はもう少しスパンが長いものの、異動が同様に義務付けられている。
「気分の悪ィ話だよ、まったく。うまいこと引きずり降ろせたらいいんだが」
「ロアさんは騎士じゃないでしょう」
「そりゃあ、そうだな。残念だよ、全く」
はぁ、と重たく立ち込めた二人のため息が重なる。いつの間にかカウンターに背中を預けていたロアが続きを促すようにフーゴを見ていた。
「え、もうないですよ」
「頑張ってひねり出せ」
「ええーっ!! 不倫騒動と子どもの失踪って結構大きなネタなんですけど。これ以上は情報料取っていいっすか?」
「だったら裏取りまで依頼すんぜ。いくらだ?」
狼の様な獰猛な笑みを浮かべて財布を取り出したロアにフーゴは顔を顰めた。どうにも圧が強くて迫力のある笑みに圧されてフーゴは思考を巡らせる。
ロアはギルドに出入りする傭兵達の中でも最も傭兵らしく、そして傭兵らしくない男だとフーゴは常々思っていた。人の扱い方をよく知っている人間なのだ。何より動きに気品がある。このカウンター越しに何人もの人間を見てきたからだろうか。ロアの粗野に見える振る舞い、その奥には隠しきれない上品さのようなものがあった。
どこかの貴族、あるいは騎士系のお家の次男か三男、と言ったところだろうか。そういう立場の者は基本的に騎士団に入るもので、傭兵になるのは珍しい。ロア本人に聞いたことは無いのですべては推測だが。
「えー、裏取りとか嫌ですよ。テキトーなゴシップが好きなんです私は。……、で、他。他ねえ…」
「何でもいい。下らねえ話でもな」
目を閉じてフーゴが記憶を掘り返している様子を横目にロアは大きなあくびをした。
彼は朝一でアステルの様子を見てきたのでまだ少し眠り足りなかった。そうだ、と考え込んできたフーゴが顔を上げる。
「あ! 最近、猫がいないんです。マルゴーさんが言っていましたよ。ギルド周辺を縄張りにしていた猫たちもとんと姿を見せないので猫好き達が嘆いています」
「……は?」
「子どもの失踪と比べたら猫の失踪なんてたいしたものじゃないですけどね。ロアさんが言ったんでしょう、くだらないものでもいいって」
「まぁ、言いはしたが」
フーゴの言う通り、不倫騒動、子どもの失踪、のトリに出てくる話としては面白みがない。失踪事件として被っているのも、どうにもネタ切れ感は否めなかった。ロアの肩透かしを食らったような態度に、だからいったのに、という一言をつぶやいたフーゴは手元にあった依頼のリストに視線を落としながら言葉を続けた。
「もーー、それに、猫の大量失踪だって平和な時には大事件ですよ」
「そりゃ猫好きにとって、だろ。道端のクソも無くなるし、別にいいじゃねぇか」
「餌に毒を巻いて駆除した、とか。誰かが猫を集めて何かを企んでいる、とかどうですか?ほら事件の匂い」
先程とは打って変わって投げやりなフーゴの声を聞いているのかいないのか、勝手気ままな錬金術師に影響されたのか。ロアもまた投げやりな声で返事を返した。
「そりゃあ大事件だな。……猫ね。あいつらの何がいいんだろうな。全然懐いてくれねぇし」
「私は犬派なんですよねぇ。気まぐれに振り回されるのがいいんだ、って顔をバリバリされながらマルゴーさんが言ってましたよ」
「………………そうだな」
即座に同意の言葉を返せなかったロアは、フーゴの胡乱な視線を遮るように手をひらひら振って、もたれ掛かっていたカウンターから身を起こした。
「いい話が聞けたよ。今後ともウチをよろしく」
「はいはーい、また幾つか仕事が行くと思います」
「はは、ありがてぇ話だな」
ロアの言葉に笑ったフーゴは手元の書類にリストを落としながら何気ない様子で続けた。
「そういえばずっと気になっていたんですけど」
「あ?」
「グレイハウンドのロアルディウス団長ってどんな人なんですか?」
「どんな、ねぇ」
ロアは天井をぼんやりと眺めている。書類から顔を上げたフーゴはロアの顔をじっと、観察するように見つめた。
「色々な噂があるからずっと聞きたかったんですよね。副団長にお会いしたことはあるんですけど」
「そういわれてもな。面白みもねぇし、普通の男だよ」
「ええー、自分の上司にそれ言います?」
「いいだろ別に。名前も被ってるしあんま好きじゃねえんだよな」
「理由が雑すぎますよお。見た目とか、性格とか、仕事っぷりとか教えてくださいよー」
フーゴが好奇心に目を光らせるのを見て、ロアは嫌そうに顔を顰める。
「俺は上司ってだけで嫌いだぜ。そもそも俺だってそんな関わりねぇよ」
「私は上司、結構好きですけどねぇ」
「見解の相違ってやつだな」
ロアの淡々とした口調には、呆れが大いに混じっている。本当に彼は上司に関心がないような態度だ。もう少し話してくれたっていいのに、とぼやきながらフーゴは視線を書類に戻す。
フーゴの上司の上司の上司、つまりギルド長は契約だのなんだので一度例の団長と顔を合わせているらしいが。同じ組織に居るとはいえ、そんな上の立場の人物にフーゴが話す機会はそれほどない。つまり、情報の仕入れ先が限られてくるのだ。
件の団長は、ドラゴンの血を引くだとか、死神だとか、盗賊団を一人で壊滅させたただとか。強さと恐ろしさを誇張するような噂がとにかく多い。折に触れてグレイハウンドの内情や彼の上司たちの話を聞こうとせがむのだが、ロアから出てくるのは当たり障りのないつまらない話ばかりだ。傭兵団の話になるといつも軽やかに話題をそらされてしまう。今日も不発だった、と密かに肩を落としたフーゴは気を取り直すように言った。
「残念です。次は飲み物の一本ぐらい奢ってくださいよ。結構いろいろ話してあげてるでしょ」
「わーったよ、リンゴジュースでいいか?」
「大人のぶどうジュースでお願いします」
「勤務中だろ」
「勤務後に飲みますからね!!」
ひらひらと手を振ってこたえたロアは、今度こそフーゴに背を向けた。 噂好きで、喋り好きのゴシップ愛好家。隙あらばグレイハウンドの内情を探りに来るのはやや面倒だが、フーゴの話には時折大金星が隠れている。各地から集まり、再び各地へと散らばる傭兵達の相手をしている彼の下には、それだけたくさんの情報が集まるというわけだ。
来たときと同じように、ガロンと大きな音を立てる扉を押し開ける。薄暗い室内から一転して、雲一つない空は高く、日差しが目に刺さるようだった。目を細めたロアは傭兵ギルドを後にすると、街はずれ、西の城壁の方へと足を向けた。




