10:お客様の困りごと
「はい。あれから…、半年は経ちましたが、アステル錬金術師の普段のご様子はいかがでしょうか」
「普段、でございますか。時折様子を見に行ってはおりますが……、そうですね。変わりないかと」
「何でも構いません。食事や日々の他愛もない生活の話で良いのです。ご教授願えます」
真顔で何を言っているのだコイツは、とロアは思う。アステルの普段の姿だって?と引き攣る感情を穏やかな外向きの笑顔の下で閉じ込めた。風呂キャン、飯キャン、人生ログアウト寸前。そんな様子をどう語れというのか。
「なんでも、ですか」
奇妙な話だが、頼まれた以上ロアには是というしかない。何を試されているのかと疑心暗鬼になりながら慎重に言葉を紡ぐ。
「えー、……今日、丁度様子を伺ったのですが。野菜のスープとパンを食べておりました」
「他には」
「他⁈」
「例えば……その食事はアステル錬金術師が調理したものですか?それともグリマルディ団長がおつくりに?」
カリカリと手元のノートにロアの言葉をかきつけながら、シュタインが半月型の眼鏡の奥から鋭い視線を彼に向けてくる。
「私が作りました。……、作って出さねば食事をしない方ですので」
「存じ上げております。しかし、グリマルディ団長手ずからお作りになるとは」
「アステル錬金術師がメイドなりなんなりを雇ってくだされば、私も慣れぬことをしなくてよいのですが」
はぁ、と二人分のため息が応接室に零れ落ちる。やや草臥れた顔のシュタインと目が合って、何というか、不思議な親近感をこの老女に感じた。それは彼女も同様だったのだろう、先ほどの針のような視線がほんの少しだけ丸くなったような気がした。ペン先をメモにコツコツと当てながら、シュタインは呟くように話しだした。
「長く勤められるような胆力のある者が居ないのです」
「ああ。……そうでしょうね」
座右の銘が人命軽視の錬金術師の世話係なんて相当な大金を積まれたとしてもやりたくないだろう。自衛手段の乏しい一般人なら猶更だ。
「以前は王宮勤めの経験もある、ベテランのメイドがアステル錬金術師のお世話をしていたのですが。少し前に引退してしまわれました」
「いたのですか、そんな人」
「いたのです。そんな方が」
いたらしい。そのメイドは心臓に毛が生えているのか、生い先短い人生で人生設計を考えることを諦めたのか。どちらにせよ大したタマだ。引退したらしいが、生きているなら団付きのメイドにスカウトできないか……、とロアは現実逃避のように考える。
本部で色々と世話をしてもらうなら、何を見ても動じないような、腹の座った人間であるに越したことはない。そんなことをつらつらと思いながらロアの脳裏にふと、これまで聞くことが出来なかった疑問がふわりと浮かび上がってきた。
「そういえば……いくつかお聞きしてよろしいでしょうか。前々から気になっていたことがありまして」
「何なりと。答えられる範囲でしたらお答えしましょう」
シュタインが頷いた姿を確認して、ロアは何気ない口調で口を開いた。
「この仕事を何故我々にご依頼されたのかと」
腹の奥をのぞき込むように、ロアは静かにシュタインの目を見つめた。彼女の瞳は揺れず、動かず、凪の湖面のようにそこにある。ほんの一息ほどの呼吸の間であっただろうか。
「以前はアステル錬金術師の師である方が監督をなさっていたのですが。彼は半年前に星の庭へと旅立たれました。そのため、こちらに依頼した次第でございます」
「錬金術院から人を派遣することはしなかったのですか?」
「……無論、試みましたとも」
ふっと淀んだ彼女の目に、何が起きたかを大体察したロアは同情するように目を落とした。
「アステル錬金術師に師事したい者も、お力になりたいと望むものも多かったのですが。……皆数日も経たずに帰ってきました。塔で散々な目に遭った、アステル錬金術師の才能に心が折れた、部屋が汚すぎる、など。理由は様々でしたが」
「災難でしたね」
「皆様方の堅実な仕事ぶりはかねがねお聞きしております。アステル錬金術師の無茶も問題なく耐えられるだろうと。利権も絡む問題ですので、あえて騎士団ではなくこちらの傭兵団にご依頼する流れとなりました」
「……なるほど。錬金術院に招聘し、直接監視することはしないのですか?」
「出来ないので今の形に落ち着いております」
ぴしゃりと言い放ったシュタインの目に浮かぶ諦念の色にロアは閉口した。そりゃそうだ、聞くまでもなかった。が、質問はまだある。
「そも、なぜ監視など? すべての錬金術師に同様の対応をしているわけではないでしょう」
アステルがいかな天才とは言え、大して身分も立場もない錬金術師をコソコソと監視しているこの状況は相当に不自然だ。犯罪歴でもあるのかと思ったが、それならば牢にぶち込むだとか、堂々と監視の首輪をつけるだとかなんなりすればいい話だ。
「グリマルディ団長は、五年前の水の大革命を覚えていらっしゃいますか」
「無論、存じ上げております」
水の大革命。
シュタインから飛び出してきた言葉はこの国の人間ならだれでも知っている。この国どころか周辺諸国ですら知らぬものはいない、ある発明品がもたらした生活の革新。どこかの発明家だか錬金術師が作ったという浄水器、キラキラくんがそれまでの飲み水の常識をぶち壊したのだ。ふざけた名前だが、どんな汚泥も水分さえ含んでいれば清潔な水に変えるそれは、機能に反して実に安価な素材と簡素な造りで一世を風靡した。
別名を貧乏人の乾き知らず、と呼ばれるそれは国の頂点から底辺まで広く普及している。赤子や子供の死亡率は下がり、病気の発生も抑制し、国の発展に大きく貢献した発明品だ。
そこまで思って、ロアは一つの可能性に思い至る。そう、こんなふざけた名前と機能の物体を生み出せる人間をロアは一人、知っていた。
「……アステル錬金術師ですか?」
確信を込めて、そしてなんとも言えない気持ちも載せてロアはシュタインに問いかけると、彼女は重々しく頷いた。
「ええ。しかし、王宮の錬金術院に置いておくには……本人の気質が……、ご存じだとは思いますが。……しかし、例の浄水器のように社会変革レベルのものをしばしば生み出しますので、錬金術院、ひいては国としても動向を把握しておきたいという意向です」
実に納得のいく理由だ。だが、どうしてだろうか、はぐらかされたような違和感が付きまとう。
これはきっと理由の一つではあるが本質ではない。そんなに気になるなら本人の気質がどうであれ、錬金術院に放り込んで首輪をつけてしまえばいい。どれだけ頭が良かろうが本質的には非力な人間だ。だというのに自由に放逐し、本人に分からぬよう監視をつけるのは一錬金術師としては破格の待遇。
社会変革レベルの発明品を作った実績があるからと言って、それだけの特別待遇が許されている十分な理由になるだろうか。
アステルが今開発しているエリクサーの存在を知っているならば、また話は変わってくる。しかし、監視の依頼が来た時点ではエリクサー研究は大して進んでいなかった。四肢の復活だってつい最近やっとできるようになったばかりだ。
だが、とロアはシュタインの表情を盗み見る。スンと変わらぬ鉄面皮がこれ以上の情報を出してくれるとは思えない。内心で一つ息を吐く。シュタインと腹の探り合いをしてまで知りたいものでもない。
「承知しました」
「ご理解いただけて何よりです。それと、もう一つお聞きしたいのですが」
「はい」
「アステル錬金術師の発明品ですが、何か新しいものはありましたか?」
「いいえ、以前と変わりなく」
「そうですか。最近の研究内容についてはご存じですか?」
「ポーションの改良を目指しているようですが、うまくいっていないご様子です。いくつか試作品を見せていただきましたが、塔で販売しているものと大差ないようですね」
「承知しました。これからもよろしくお願い申し上げます、グリマルディ団長」
「お任せください」
涼やかに頭を下げるシュタインと、その後ろにいるであろう、誰かに踊らされているとしても。何か面倒ごとの片棒を担がされているのだとしても。ロアはため息をつきたくなるのをぐっとこらえ、余所行きの穏やかな笑みを浮かべたまま、そう言った。シュタインと彼女の秘書官を部下に送らせて、一人執務室に戻ったロアは静かに息を吐く。




