11:悪友
この部屋の主になってからはや数年は経つが、未だにどこか嗅ぎなれぬ匂いがしてよそよそしい。積みあがった書類の山に一瞬目をそらしたくなったが、あきらめて一番上の書類に手をかけた。上がってきた報告書の確認、訓練計画、人員計画に資金繰りの確認。
それぞれ内容を確認してサインをし、ものによってはリジェクトの判子を押し、羽ペンを走らせる。集中してしまえば早いものだ。無心で作業を続け、書類の山が丘程度になった時だろうか。
ゴンゴンゴン、と遠慮のないノックの音が執務室に響く。入れ、と許可を出す前にもう扉が開いていた。雑なノックといい、無断侵入と言い、ロアに対してそんな事をできるのは、この部隊においては一人だけだ。
「おはよう!! ロディ」
「……ドアは許可が出てから開けるもんだ、レオ」
「出ると分かっている許可を待つ必要がどこにある?」
「マナーを知らねぇのか」
「知った上で無視しているのさ」
悪びれもなく言い切った侵入者の名は、レオファルディス。ロアとは学生時代をふくめると、かれこれ十年近くの付き合いになる魔術師で、傭兵団では魔術師部隊の隊長の立場にある男だった。
金髪碧眼に文官が着るようなスーツを身にまとう姿は魔術師というよりも、おとぎ話の王子様のような印象を与える。だが、その中身は筋金入りの魔術オタクで戦闘フリークだ。どうしてレオといいアステルといい、俺の周りにはこんなやつばかりなのだろうとロアは自然と力がこもる眉間を軽くもんだ。
「んで?要件は」
「例のポーションの解析が終わった。私に何か言うことはないかな?」
「ドーモ。で、結果は」
レオは呆れたように肩をすくめると、ポケットから緑のポーションが半分ほど入った小瓶を三本ロアの目の前に置いた。小瓶にはそれぞれ濃い群青のインクでLot78、Lot94、Lot100、と書かれたラベルがつけられていた。
「早漏は嫌われるよ」
「うるせぇな、さっさと話せ。遅漏は嫌がられンぞ」
「情緒がないな、全く」
爪の先でロアの机を叩いたレオはずい、とロアに顔を近づけるとにんまりと笑った。
「報告の前に一つ聞きたい。このポーション。誰が作ったのかな?」
「言えねえからわざわざテメェに頼んだんだよ」
「だろうね、本当に詳細が知りたいなら王城の錬金術師連中に頼んだ方が確実だ。ほら、さっき来ていたシュタイン女史に渡せば一発じゃないかい?」
「うるせぇよ。何が言いたい」
人を食ったような物言いに、すでにイライラしていたロアは筆を止めるとインクが滴るペン先をレオに突きつけた。眼球すれすれまで近づくペン先に怯えるどころか、目の前の魔術師にとってはそよ風と変わらない。瞬きすらせず、涼風のように笑うレオはおどけたように両手を上げた。
「おお怖い」
そう言った彼は右手の指を弾き、軽快なフィンガースナップの音を団長室に響かせた。音に合わせて出現したのはそれぞれ色味の異なるブルーの液体が詰まった三本の小瓶。その瓶を見てロアは表情を変えなかったが、内心では頬をひきつらせていた。見覚えのある色、アステルが塔の一階で無人販売しているポーションと酷似しているそれ。
「これは星見台の錬金術師が売ってるポーションなんだけどね? お前もよく使うから知っていると思うけど」
ロアの想像通りの代物であった。
「……たまに使ってっからな」
「ああ、実に高性能かつ安価!ウチでも世話になっている団員は多いし、かくいう私もね。ところで。往々にして職人が作ったものというのは、何であってもその職人本人の傾向や手癖という物が出てくる。まして同じものであるなら猶更だ」
「………で?何が言いたい」
大方の核心を掴んでいるだろうに、じわじわネチネチと周りを切り崩していくこの態度。腹立たしいったらない。なんでこんなのと俺は何年も友人をやっているのかと、ペンを持つロアの指先に力がこもる。彼の苛立ちもなんのその、芝居がかった手つきでネイビーブルーのポーションをずい、と押し出したレオは意地の悪い顔で言った。
「往生際が悪いな。お前が解析を依頼してきたこのポーション、星見台の錬金術師が作ったものだろう。違うか?」
パキ、とロアの手の中のペンにひびが入る。レオを見上げた緑の瞳が剣呑な光を湛えて突き刺さる。
「だったらなんだ」
「こんな神腕ポーション職人が二人も三人もいたら怖いなぁ、って」
「……遺言はそれでいいな」
立ち上がったロアの手に剣は無く、本気の殺意は感じられない。しかしこのまま言葉遊びを続けたなら確実に骨の一本や二本は持っていかれそうな空気を纏っていた。
「でも事実だ。こんなの専門家じゃなくてもすぐわかる。お前が何をしたいのかは知らないが、情報を渡す相手は良く選んだ方がいい」
レオの言葉にチッと舌打ちをしたロアは諦めたように椅子に座りなおした。レオが右手の人差し指を上に持ち上げるように動かせば、と緑のポーションの栓がはずれ、中の液体が重力に逆らってゆっくりと浮かび上がる。くるりと回る指に合わせるように、ポーションは空中で渦を巻いて水球を作り上げた。
「選んだ上での判断だ。……で、何が分かった?さっさと言え。嫁に歯が折れた言いわけなんてしたかねぇだろ」
「ロディに殴られたと言って慰めてもらうさ。とはいえ、痛いのは嫌いだからね。何から知りたいんだい?」
レオの指に合わせてコポコポと移動するそれを眺めながらロアは答えた
「それの複製が可能かどうか」
「無理だ」
「……即答かよ。理由は?」
「技術的に無理、ほぼ不可能」
そもそもだ、と言いながらレオは左手の人差し指をすい、とスライドするように動かす。青いポーションもまた瓶から飛び出して、緑のポーションと絡みつくように蠢いた。
二色の液体は泡立ち、絡み合いながら渦を作り、レオの指先によってふたたび二手にくるりと分かたれる。
「ポーションについてどの程度知っている?」
「飲むか掛けるかすりゃあ傷が治る」
「OK、なんにも知らないと」
呆れた様子を隠しもしない彼は浮かべていた青いポーションを小瓶に戻すと、ピっとロアを指さした。
「前提として。ポーションはエネルギーの塊だ」
「ああ」
「普通なら怪我が治るのに何か月もかかるし、食事や睡眠で少しずつ体の補修をしていく。その段階をポーションは全てすっ飛ばして修復しているんだ。……つまり、数日、数ヶ月かけて作りだすエネルギーを一気に補給し、肉体を修復するという複雑な作業に使う、ということになる」
「ああ、……なんだっけ、錬金史で聞いたような気がするな」
やったとも、君は寝ていたけど、と軽く答えたレオは緑のポーションを指先で動かしながら言葉をつづけた。
「で、ロディが持って来たこれは四肢欠損、内臓壊死もなんとかできる。その辺の獣を何匹か捕まえて確かめたから信憑性は高いと思うね。感謝してくれたまえ」
肩をすくめてそう言い放った彼に、ロアは続きを促すように顎をしゃくった。
「そりゃどうも」
「で、まあ何がいいたいか、というとこれが特別にヤバいポーションってことだ。……どのくらいのエネルギーが詰まっていると思う?」
「……数年か数十年か、あるいはもっとってところか」
「正解。そんなエネルギーを持っている素材なんて早々無い。金に糸目をつけなければ作れないことは無いとは思うが」
不死鳥の涙とか、赤龍の心臓とかそのあたりじゃないか?とレオが指折り数えてあげていく素材はどれもこれも過去数百年の間で目撃例があるかないか、というような伝説の生き物ばかりだった。




