12:そして親友
「無理だろ、そんな素材」
「そう、けどこのポーションはそれを可能にした。希少素材を一つも使わずに」
「できんのかよ、そんなこと」
「理論上は。やっていることは至極単純だ。単体では効果が生まれにくいが、かけ合わせることで大きなエネルギーを生む素材同士を組み合わせる」
その言葉を聞いてロアの脳裏によぎったのは、お決まりのように繰り返されるアステルの爆死未遂事件。
「そのエネルギーってのは……」
「まともな出どころではないね。素材分析をして驚いたよ、かけ合わせるなと教科書に赤文字で記されている素材達がこれでもかと詰まっていた。……それをこの量までに凝縮し、効果を正しく閉じ込め安定した状態で保管する。まさに神業だ。山一つ分の雪崩を針の穴に通して小瓶に詰めるような所業だよ。複製なんてとてもとても」
製作者、もといアステルは爆発を起こす際にかしらの鍋をかき回しながら死にかけていた気がするが、その原因がようやくわかった。爆発は起こるべくして起きていた、という事だ。レオの指先で遊ばれていたポーションが中空で圧縮され緑の雫がボン!!と爆散するように広がる。
「で、どうするんだい?」
「ああ?」
「どう考えても訳ありじゃないか、こんなのさ」
「だろうな」
「一人より二人だ、ロディ。教えておくれよ、お前の悩みをさ」
チッとロアは苦々しい顔で舌打ちをした。レオの顔はいかにも心配しています、という顔だが唇の端が吊り上がりそうになるのをこらえるために、顔面に力が入っているのをロアはよく知っている。
「嘘つけ、好奇心だけで言ってんのは分かってんぞ」
「はは、好奇心オンリーでも私はきっと役に立つよ」
ロアは盛大にため息を吐いた。革張りの椅子の背もたれに全身を投げ出すようにして天を仰ぐ。察しがついているだろうに、わざわざポーションの量産理由を問い、その上目の前でニヤニヤと意地悪く笑うレオに向かってロアは犬でも追い払うかのようにシッシ、と手を払った。
「理由なんて、……便利だからで十分だろ。ポーション代金も馬鹿にならねぇし」
「アッハッハッ!! 嘘が下手!! だったらシュタイン女史に相談しなよ。私に見せずに」
正論過ぎて何も言えない。ぐぅ、と喉の奥で言葉が詰まり、ロアの片頬がひきつった。視線を机に落としたロアは眉間を軽くもみ込んで、観念したように話し始めた。
「……仮にだ、仮に」
「うんうん」
「錬金術院にこれを上げたとして。……そのポーションの製作者はどうなると思う?」
ふ、と真顔に戻ったレオの瞳が真意を探る様にロアを射貫く。居心地の悪さに、ロアは思わず目をそらした。
「……王宮付きの錬金術師として引き抜かれるのは間違いないね。待遇はいいんじゃないか?一生飼い殺しになると思うけど」
「それを良い待遇って言わねえよ」
「衣食住保障の研究費ガポガポだよ。錬金術師ならあこがれのシチュエーションじゃないか」
「知るかそんなもん。だいたいこんな生きてりゃ死体でもなんとかできます、みたいなポーションは人類には早すぎる。王宮に持ってかれて存在が明るみに出てみろ。出まわったら戦争の形が一変する」
先程まで複製できるか?なんて言ってきたとは思えない男のセリフにレオはくつくつと笑った。だが、ロアの言葉には一理ある。あのポーションの複製、そしてその先にある量産が完成すれば世界は一変する。例えば、それは疑似的な不死身の兵士、あるいは労働力の完成だ。為政者たちはこぞってそのポーションを……ひいてはその製作者を欲しがるだろう。
「フーン、随分その彼…?にご執心だね。そこまでするなんて」
「あいつのためじゃねぇ、俺は人間の欲を信じていないだけだ」
優れた為政者は、時に非情な判断も迫られる。外道の様な手段であっても、それが国益につながるのならば個人をいくらでもすり潰せてしまう。ミネルヴァ王国を統治するかの殿上人はその判断が出来てしまう「賢王」であると、ロアは認識していた。彼がアステルを使うと判断したその時には、あの才能は本人が擦り切れるまで酷使されることだろう。考えられる最悪の想定に目を昏くしたロアを横目に、レオは軽い調子で会話を続けた。
「そういう事にしとこうか」
「それ以外に理由なんてねぇよ」
「はいはい。とはいえ、現状お前にできる事なんて流通の監視ぐらいじゃないか」
「……そうだな」
量産は不可能、制作技術もアステルの腕があってこそ。レシピが盗まれたとて問題は起きない。作ろうとした奴が文字通り爆死するだけ。警戒すべき点はアステルが何にも考えずほいほい市場に出す可能性だが、現状本人にその気がないため可能性は低い。
「私の素人判断だけどね。専門家に見てもらったらまた変わるかもしれないよ。おすすめはしないが」
「国王陛下報告ルート一直線だわボケ」
「だろうねぇ。……というか、そうまでしてその誰かさんをかばう必要あるのかい?ほっといて流れに任せるのも手だと思うけど」
「……そうかもな」
ため息とともに吐き出されたロアの言葉は疲労感に満ち溢れていた。それに片眉を上げたレオは、ああ!と大げさに手を打った。
「最近見かけないと思ったら……。なるほどね、そっちに行っていたのか」
「言っとくがれっきとした仕事だ。定期的に様子見てくれって錬金術院からの正式な依頼」
「いいじゃないか。そういう相手がいると生活に張りが出る」
「良かねェ。あのバカの相手がどんだけ大変だと思って……!!」
「さあ、私の仕事ではないから何ともね。代わってあげようか?」
「結構だ!!」
ロアは勢い良く立ち上がる。バン、と机に叩きつけられた手の衝撃で書類の山が崩れ落ちた。やれやれと肩をすくめたレオの顔面に拳を叩き込みたくなる衝動を、握りこぶしを固めることで抑える。落ち着くためにフーーーーと吐いた息とは裏腹に、こめかみには青筋が立っていた。
「……さて、私は忙しいのでこの辺で。応援してるよ」
ロアの不穏な様子に気が付いたのか、彼は腹立たしいウインクを一つ残して軽やかに部屋を出て行ってしまった。扉を閉めながらレオファルディスはおかしさをこらえきれずに吹き出す。結局ロアは、星見台の錬金術師をかばう理由を最後まで話さなかった。あるいは本人も理解していないのかもしれない。次にあの男と飲むときはいい酒の肴になるだろう。軽やかな足取りでレオは己の職場へと足を向けた。執務室に取り残されたロアと言えば、怒りをぶつける相手に逃げられて呆然と立ち尽くしていた。並べてあったポーションもいつの間にか消えており、逃げ足の早さに腹立たしさを超え、感心すらしてしまう。どっと感じる疲労感に任せて椅子に座り込んだ時、もう一つ持っていた小瓶の存在を思い出した。
「……あ。……こいつの解析頼むの忘れてた」
今朝方アステルからもらい受けた万能薬の成りそこない、の副作用が強い方。解析に役立つかと持って来たが、彼にとっては今までに渡した分で十分であったようだ。緑に輝く液体が小瓶の中で波を作る。瓶を光に透かしながら、これの処遇をどうしようかと思案する。下手に落としてもまずいし、部屋に置いていくのもそれはそれで不安だ。
結局肌身離さず持ち歩くのが一番安全だろうと、それをハンカチでくるみ腰のポーチへと仕舞い込んだ。
「そういや副作用、聞いてなかったな……」
仕事はだいぶ処理したとはいえまだまだ残っている。分からないものは仕方ない、と彼は気持ちを切り替えてこの書類の山を切り崩そうとペンを持ちあげた。




