5:ポーションうるうるくん
塔の壁をなぞるように配置されたらせん階段をぐるぐると下りていく。青い光が揺らめくランタンが廊下を照らしていた。そのまま二階の物置スペースを抜け、一階フロアへと続く重い金属製の扉を押し開ける。
塔の一階は玄関兼応接室兼店になっている。来客用なのか、革やら布やらでつぎはぎだらけの長いソファが一対、向かい合うようにして部屋の中央に置いてある。壁際には本やらがらくたが無造作に置かれており、ロアが来るたびに減ったり増えたりしていた。
その中で最も目を引くのは玄関近くに置かれた大きな箱型の道具だ。その道具――アステル曰く「ポーションうるうるくん」。つまるところ、無人でもポーションの売買を可能にする装置だそうで。
売っているのはアステルが体の一部を吹っ飛ばすたびに使うような、万能薬の成りそこない達ではなく、正しく肉体を修復するという目的を持って製造されたポーションたちだ。
その売り上げで生活費や研究費を稼いでいる、と以前アステルが言っていた。ロアの本業も生傷が絶えない仕事だから、これにはよく世話になっている。だから、この無人販売装置を見る機会も多々あったのだが。
「……なーんか、へこんでねぇかこれ」
以前ポーションを買ったときにはなかったへこみや汚れがついている。調子を確かめるように軽く側面を叩けば、ガタン、と機体の一部が開いた。開いた窓の中にあったのは円筒形のノズルの様な物体だ。嫌な予感が背筋を駆け上るよりも早く、ノズルから液体がロアの顔面に向かって発射された。首を傾けて反射的にそれを躱したロアは、顔を顰めた。頬をかすめた液体は、触れずともわかる。熱湯だ。
「クッソ危ねぇな。下手すりゃ死人が出るぞ、これ……、ん?」
そうなれば不利になるのはアステルだ。流石にやりすぎだろうと、と避けた液体を確認すべく背後を振り返れば、そこにあったのは真っ青な水たまり。そう、アステルがこの無人販売機で売っているポーションと同じ色。
「へぇ、熱湯ポーションってわけか」
指先で触れたそれは未だ煮えたぎっており、痛みが走る。鼻先をかすめる匂いも普段から世話になっているそれと同じ。
「合理的で極悪なトラップだな」
熱湯をかければ人間は当然火傷する。だが、その熱湯が高い治癒能力をもつポーションだったなら?答えは簡単、火傷で皮膚がただれた傍から修復する。罠にかかった哀れな誰かさんは、地獄の痛みと治癒を同時に味わうことになる。怪我が残らないことが救いだが、加害の証拠を巧妙に隠滅する狡猾な罠ともいえた。
ポーションは金になる。大方泥棒対策にアステルが仕掛けたのだろう。だが、これほど軽い衝撃で作動するのは些か過剰だ。以前にはなかった機体のへこみや汚れを見るに、不届き者がいたとみて間違いない。そのせいで罠の機能が不良動作を起こしているのだろう。
ロアは機体を刺激しないように一歩離れたところからその全体を見回した。よくよく見れば先ほどロアが発見したものとは別のへこみがいくつもある。拳で殴りつけたような跡もいくつかあるが、他は痕跡から見るにこん棒の様なものでやったと見る。この有様なら何度かさっきの熱湯ポーションを食らっていてもおかしくはない。
「……根性というか……執念だな、ここまでくると」
だが、ロアが見た限りでは大きな破損はなく、泥棒がポーションを手に入れられたとは考えにくい。例えば、ロアのように反射神経に優れたものなら盥で熱湯を受け止める、という曲芸技もできたかもしれないが。
「それはねぇな」
床を慎重に観察してみれば、ところどころに零れたポーションの水玉が渇いて残っていた。アステルの使い魔達が定期的に掃除をしているはずだから、拭き残しだろう。乾ききっているという事は、不届き者がここにきていたのは少なくとも今日ではない。
物騒だとは思うが、罠を食らうような間抜けならここよりも上のフロアに入ることも出来ないはずだ。一階からアステルのプライベートなエリアにあたる二階以上に入るためには、少々特殊な鉄扉を開く必要がある。
加えて、例の根性があるのだか無いのだか分からない泥棒も、散々熱湯ポーションを食らった後でアステルの部屋へと踏み込む勇気があるとも思えない。ロアはそう結論づけると、改めてポーション販売機に向き直った。勿論、ポーションを買うために。
並んでいるポーションは上級、中級、下級と三つのランクがあり、上級は一瓶につき金貨2枚。それなりに値が張るが、四肢を失うような致命傷以外なら大概の傷はどうにかなるので重宝していた。中級は銀貨3枚。下級は銅貨5枚。それぞれ値段相応の効果が得られる。
ロアはいつも通り、上級ポーションを購入しようとしたのだが、普段と異なりコインの投入口がふさがっていた。
「殴られすぎて壊れたんじゃあねえだろうな」
罠を警戒しつつ、そっとコインの投入口に金貨を押し込んでみれば、「ウリキレ!!ウリキレ!!」とどこかアステルに似た声で販売機が喚きだした。
「売り切れ。……上級ポーションをトラップに使った……は、無ぇか」
先ほど襲い掛かってきた熱湯ポーションの色は鮮やかなスカイブルー。中級ポーションの色だ。上級ポーションは更に濃いネイビーだから色が違う。仮に売り物を罠に流用していたとしても、無くなるとすればそれは中級ポーションだ。
という事は、純粋に上級ポーションを品切れになるまで買い占めた奴がいるらしい。
「太っ腹なのか、それだけの必要性があったのか」
ここの売れ行き商品は基本的に中級ポーションだ。罠用も含めて他よりもたっぷりと用意されているのだろう。
次点が下級。上級も売れるには売れるがなにせ値が張る。金貨というのはそれなりの大金だ。在庫をどれほど用意していたのかは知らないが、今まで売り切れているのを見たことがなかった。だが、けが人が大量に出るような事件や災害の話はここのところ聞いていない。タイミングが悪く、上級ポーションを必要とする人間が沢山いた、と言えばそれまでだが。ベコベコに凹まされた販売機といい、初めての売り切れといい、どうにもキナ臭い臭いがするとロアの勘が告げていた。
とはいえこれ以上の手掛かりがない事も事実。上級ポーションを諦め、中級ポーションを二本購入したロアは塔を後にして、街へと足を向けた。




