4:錬金術師の目的
唇を尖らせて下からロアを責めるように見上げてくる視線に両手を上げて降参の意思を示しつつ、ロアは言葉を続けた。
「そもそも、これ以上の改良とか必要なのか? 今売っているやつでも十分だろ」
アステルは研究の傍ら、ポーションを販売している。効力は言うまでもない。ポーション市場に出回っているものの中では文句なしの最高級品だ。市場に出ているものだと、四肢欠損は流石に厳しいが、手足が残っていればポーションを使えば確実に繋がるし、大概の傷もその場で治る。
無論、似たような効果をもつポーションもあるにはあるが、完治までに時間がかかるものや、量を必要としているものも多く、アステル印のポーションと比較すると二歩も三歩も遅れている。
「僕はすごいポーションが作りたいんじゃなくて、エリクサーを作りたいんだよぅ」
「エリクサー……?」
「万能薬ともいうね。どんな病気も怪我も治せちゃうやつ」
アステルならできるのかもしれない、と思う。今のポーションですら治癒速度は異常の一言に尽きる。
「今のでも十分万能薬だろ」
「怪我しか治らないし、怪我だって手足が限度だもん。首と胴体がバラバラになってもなんとかできるのが理想」
「勘弁してくれ。そもそも無くなった手足が何とかなるのもおかしいんだが」
「病気はねぇ、難しいんだよ」
「聞けよ」
話を聞く気はないが、講義をしてくれる気分にはなったようだ。ダイニングの椅子を引き寄せて身を投げ出すようにドスンと座ったアステルはタクトのように人差し指をびゅんと振り回した。
「体の再生については理論がもう大方完成している。でも、病気は違う」
「どこが?」
大人しく生徒に徹することにしたロアは、学生時代にはついぞなれなかった優等生らしく教師の言葉の続きを待った。
「病気はね……、そもそもなんで病気になるのか分からないんだ」
「は?病気ってのは瘴気だの病人の体液だのが原因だろ」
この天才が知らぬわけでもあるまいに、とロアは怪訝な顔を浮かべた。病の原因は瘴気。学のない子供だって知っている常識だ。とはいえ、その常識が抜け落ちている可能性が捨てきれないこともアステルの恐ろしいところだが。
「うーーん。いやね、その瘴気の正体が分からないっていうか」
「瘴気は瘴気じゃねぇのか」
常識自体はあったらしい。 病の原因たる瘴気は病人から発生する。だからこそ病人と同じ部屋や空間に居ると瘴気を吸い込んで病気になる、そうロアは教えられてきた。だが、アステルにとっては何かが違うらしい。疑問たっぷりのロアに構わず、アステルは思考の世界へと入り込んでいく。
「いや、こうね。なぁんか違うんだよねぇ……」
違和感を言語化できないことが気持ち悪いのか、手をもぞもぞと動かしながらアステルは全身で頭をひねっている。
「瘴気の正体が分からないから対処できないのさ」
「出来ているだろ。風邪とかのちょっとした病気ならお前のポーションで治るじゃねぇか」
「それは体が元気になったからだよ。ポーションが瘴気を消したんじゃなくて、体の元ある機能が瘴気をなんとかしたの」
「それって違うのか」
「違う!! 根絶やし豆と釘の花ぐらい違う!!」
「アー、何言ってるのかまったくわからんが、違うのは分かった」
拳を握りしめて熱弁を振るう大先生にとっては大きな違いらしい。治るなら変わらないだろう、と思ったが、それを言えばさらにヒートアップするのを察してロアは口をつぐんだ。彼は沈黙を知っている大人だ。
「瘴気の正体もそうだし、病の種類も千差万別。単一の薬で対処が出来ないというのが現状だ」
「要するに今はポーションでの治療は無理なんだな」
「今は!! 無理なだけ!!」
「そうだな。お前ならそのうち出来ちまうのかもな」
拳を握りしめて熱弁するアステルの頬は風呂上りという事もあってか紅潮している。身を乗り出してさらに言葉を紡ごうとする肩をどうどう、と苦笑しながら押し返した。話が脱線したが、本題は万能薬の可能性云々ではない。アステルが溜め込んでいる、特に効果が高いこれらのポーションをこの塔の外に出す気があるかどうか、という事がロアは知りたかったのだ。
「なんにせよ、売る気がねぇならいい」
「まだ話は終わってないのだけど!!」
「一旦終わりだ。仕事の時間が近いんだよ」
「むー……」
講義を遮られたことが不満らしい。頬を膨らませて全身で不服です!!と訴えるアステルの顔は前々から思っていたがひどく幼い。有体に言えばガキっぽい。
身長も小さいし、年齢はどれだけ高く見積もっても高等学院の上級生あたりで関の山。だが、この小さな脳みそに詰まっている知識や知見は門外漢のロアでもわかる。大学や研究院の老教授たちにだって引けを取らないものだ。
「また今度聞いてやるから」
「結構だ。僕だって話したいわけじゃない」
「はいはい。ポーション貰ってくな」
「好きにしなよ」
ふい、とアステルは視線を逸らす。それを横目で確認したロアは改めて冷える戸棚に手をかける。ずらりと並ぶ大量の試作品。万能薬の成りそこない。彼は107、とラベルが書かれたポーションに手を伸ばし――手に取ったのは、その横、133と書かれた小瓶であった。それを腰のポーチへと無言で収める。ロアは戸棚から離れると、椅子に掛けてあった黒い外套を身に纏った。そして「仕事道具」である長剣を腰のベルトに差し込んだ。もう少し塔での家事を済ませたかったが、ロアの「本業」は別にある。
「俺は行く。ちゃんと飯食えよ、アステル」
「……んー」
気の抜けた生返事を返しながら、アステルはロアを一瞥もせずにラボへと続く扉の向こうに消えていった。もう頭の中は新しいアイデアや実験の改善案でいっぱいなのだろう。その背中を見送ったロアは軽く息を吐くと反対側――塔の階下へと続く扉へと足を向けた。




