3:お風呂
風呂、というよりも洗浄といった方がふさわしいだろう。作業を終えたロアはびしょ濡れのまま風呂場を出ていこうとするアステルの背中ににバスタオルを投げつけた。ぱさ、と頭に引っかかったタオルの上から、長い髪の毛を乱雑な手つきで拭いていく。
無駄に長い髪から水分を取ればこちらのものだ。
手の下からくぐもった文句やうめき声が聞こえるが、そんなの知ったことではない。
ロアにやられるのが嫌ならば自分でやればいいのだ、と苛立ちを反映した手つきが荒くなる。この腹立たしい生き物は放っておくと水滴を零しながら研究に戻ってしまう。そして濡れた床をふくのはロアだ。クソ、と内心毒づきながらも作業の手はよどみなく進む。タオルドライがあらかた終わった後は、ドライヤーの出番だ。
脱衣所に置かれているそれにロアが魔力を流すと、ぶおおおおおおん、と爆音とともに熱風が入り口から噴き出した。アステルの髪に当てれば、細い毛束が嵐の只中に放り込まれたように蠢く。風の直撃を食らってアステルは間抜けな声を漏らしていた。
「へぶっ」
「なあ、この改造ドライヤーいい加減に直せよ!!」
「なにかいったかい!! 聞こえないのだが!!」
「あー……もういい!!」
アステルが購入したこのドライヤー、初めは常識的な温風を吹き出す魔法道具だったのだが。少し見ないうちに魔改造されていた。仕組みが気になって分解したついでにやったらしい。以前のドライヤーの半分の時間で髪が乾く!!と偉そうに胸を張っていたが、嵐のような熱風に利便性を見出すのは難しい。
結局風当たりを弱めるために、動力として流す魔力を減らしたり、物理的に距離を作ったりと工夫が必要になった。面倒くさいので元に戻せと度々訴えるのだがアステルはそのまま使えばいいとの一点張りで聞く耳を持たない。ため息を爆音にかき消されながらも、手際よくアステルの頭に風を当てていく。暴れまわる髪から水分を飛ばし、なんとか手櫛で毛流れを整えたロアはふう、と息をついた。
「おら、終わりだ。さっさと服着てこい」
「…………」
前髪の隙間から覗くアステルの瞳はじっとりと半月になっていて、もの言いたげだ。タオルでの拭き方が不満だったのか、乾かし方が不満だったのか。どちらにせよロアは構わない。素知らぬ顔でその目を見つめ返せば、アステルは不貞腐れたようにそっぽを向いて脱衣所を出て言ってしまった。
やれやれと首を鳴らしながらアステルに続いて部屋を出る。この塔は各フロアの天井こそ高いものの、あくまで扉は一般的な大きさだ。ロアの身長だと出入りの度に身をかがめなくては頭を打ち付けてしまうのがこの塔の難点だった。
アステルはと言えば、部屋の隅に置かれた木製の籠からシャツを引っ張り出している。クローゼットなんて洒落たものはこの塔にない。少なくともロアが出入りしたことのある部屋には一つもなかった。
アステルが服をクローゼットではなく適当な籠に突っ込んで管理していると知ったときは、その手があったかという気持ちと、なんかもう人として終わりだなという気持ちが同時に沸き上がったものだ。
アステルがもたもたと鈍い手つきでシャツのボタンを留めている様子をぼんやり観察しながらロアは思う。ここ最近、あのシャツやら下着やらを毎度洗濯して籠に補充しているのが己の使い魔ではなく、ロアだという事にアステルが気づく日は来るのだろうか、と。
問いの答えはすぐに出た。そんな日は来ない。アステルに察しの良さを期待するのは出会ったその日に諦めていた。
ロアが使い魔の仕事であったはずの洗濯に手を出した理由はシンプルだ。洗濯方法があまりにも野蛮かつ大雑把なのだ。
手順一。沸き立った鍋に洗浄液と服を突っ込み、煮る。以上。
清潔にはなるが、加減を考えず長時間適当に服を煮ているので普通に繊維が傷む。加えて、以前作りかけのスープでその「洗濯」をやられたため、見ていられなくなった。もう自分でやった方が速い。あと、心労も減るだろうと手を出した。というか出してしまった。それ以来、洗濯がロアの仕事に追加された。
ロアは食器棚を空けた。戸棚のカップが来るたびに減っているような気がする。絶対どこかに溜めこんでいるに違いない。
並ぶカップの中から何とか欠けていないものを二つ取り出し、飲み水でいっぱいに満たした。浄水器を通した水ではなく、井戸から直接くみ上げたそれは未だひんやりとしていて旨い。乾いた喉に染み渡るそれに、ああ、喉が渇いていたのだと遅れて自覚する。
「アステル」
「ん」
服を着て戻ってきたアステルにもマグを手渡した。アステルもまた、喉が渇いていたのだろう、ごくごくと勢いよくカップを傾けて、量を見誤ったアステルの口の端から、だぱ、と水が垂れてシャツに盛大なシミを作る。
「あ、」
度々こんな風に水の量を見誤ってこぼしているので、本当にこの生き物は生きるのがヘタクソだな……とロアは毎回感心していた。
口をごしごしとぬぐうアステルからマグを受け取ると自分の分と一緒に洗ってしまう。
マグを食器棚に片付けたロアはアステルの方に振り返ると、親指で冷える戸棚――もとい「ひえひえくん」を指さして言った。
「アステル」
「なんだい」
「ポーション一本貰っていいか? 金は払うぜ」
「構わないよ。使用感を教えてくれるなら代金は不要だとも。前にあげたやつは使ったのかい?どんな感じだった?どこを失くしたんだい?」
紙とペンを呼び出したアステルが目を輝かせながら身を乗り出してくる。ロアの服をひん剥いて検証しかねない勢いだ。
「使ってねえ。使う前に消費期限が来たんだよ。ウチにはこの冷える戸棚ねえしな」
「なんだい。そうかい。……まあ別にいいよ。お金は」
むす、と表情を不機嫌なものに変えたアステルは空中でペンをぐるぐる回しながら唇を尖らせていた。
「毎回それだろ。採算はいいのか」
「…………君に世話になっていることぐらいわかるとも。君が勝手にやっていることだけどね」
「そうかよ。なら、ありがたく貰ってくぜ」
明後日の方向を見つめながら落とされたアステルの言葉に、ふ、と知らずロアは笑みを浮かべていた。戸棚を開けると、中にはずら、と並んだ大量のポーション。
「で、どれならいいんだ?」
「持っていくならロット100から120にしておきたまえ。僕で治験済みだ。121から138は効果が強い分副作用も強くて使いにくいよ。ああ、もちろん使ってくれても構わないけどね」
「わかった。……なあ、一つ聞いていいか?」
「副作用の事かい?121番から126番は鼻水が止まらなくなって――」
「違ェよ」
ペラペラと聞いてもいないことをしゃべりだした言葉を呆れ混じりに遮ったロアは扉を一度閉じるとアステルに向き直った。
「売らねぇのか? これ」
「売らない。生成が安定しない。ほんの少しの温度や材料の状態で効果が変わるんだ」
「しょっちゅう爆発しているもんな」
ぼそりと落とした呟きにアステルが彼を睨みつけるように目をすがめる。好きで爆発しているのかと思ったが、どうやら本人的には不本意だったようだ。
いいね、ブクマ、感想よろしくお願いいたします!!




