↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

2:錬金術師の食事

 黙々とキッチンの後始末を終え、食事の支度を終えたロアは、先ほど大急ぎで駆け上がった階段を今度はゆっくりと登る。研究室の扉は吹き飛んだままで、中の様子は簡単に見ることが出来る。


「おい、飯の時間だ」


 ロアは研究室の中にいるアステルに声をかけた。先ほどの爆発でめちゃくちゃになった室内を使い魔たちがせっせと整えている中、アステルは黙々と鍋をかき混ぜている。宙に浮かんだ三本の羽ペンがそれぞれノートに実験の経過をかきつけていた。返事は、ない。


「…………」


 集中するとすぐこれだ。この状態のアステルにはどんな音も届かない。書き物だけなら無理矢理担いでいくが、今は実験の真っ只中だ。強硬手段をとることは出来ない。命が惜しいからだ。と、いうのも以前にそれを実行したことがあった。結果は散々だった。コントロールを失った鍋が大爆発して、二人で仲良く死にかけた。四肢が吹き飛ぶ経験なんてそう何度もしたくはない。はあ、と本日何度目か分からぬため息をついたロアは実験室前の廊下にもたれかかって作業の終わりを待つことにした。

 

 ぐつぐつ、ぐるぐる、ごりごり、と規則正しい音が静かに流れていく。耳元を流れる落ちる髪から垣間見えるアステルの横顔はニマニマ歪み、好奇心に満ち溢れている。うるせえ顔だなあ、と彼は思った。そして、ポシュンと間の抜けた音と同時にアステルのかき混ぜていた鍋から細い金色の煙が立ち上る。


「ぃやったーーーー!!」


 子供のようにはしゃぐアステルは興奮しきった様子で鍋の中身をすくっては落とし、うっとりとした目でそれを眺めている。宙に浮いた羽ペンもそれに連動するように、さっきよりもずっと早いスピードでノートに文字を走らせていた。アステルの手が鍋から離れ、ペンへと向かったその時、ロアは預けていた背中を壁から起こし実験室の中へと踏み込んだ。


「アステル。飯の時間だ」

「う、わッ?」


 ロアはアステルを小麦袋のように肩に担ぎあげるとそのまま階下の居住スペースへと向かった。最初はこうやって担ぎ上げるたびにアステルはジタバタと暴れていたが、最近ようやく無駄だと理解したらしい。担ぎ上げると自ら脱力し、大人しく運ばれるようになった。


「今日は鹿肉と野菜のスープ、それと白パンだ」

「ロア、僕は全然空腹じゃないよ、それより今いいところなんだ」


 減らず口は変わらないが。


「そうか。毎回飯食い忘れてぶっ倒れる挙句客に介抱させてるバカはどいつだ」

「天才だから、僕の話じゃないもんね」

「てめえの事だよバカ」

「…………ふん!!」


 ボス、ボス、と背中に軽い衝撃が走る。小さな拳でロアの背中をポコスカ叩いているのだろう。足も藻掻くように暴れてロアの腹を蹴とばそうとするので、空いていた方の手で膝ごと押さえつけた。手の下で何とか足を動かそうともがいているが、万年実験室にこもりきりの貧弱な脚力などロアの敵ではない。


「そもそも食事って好きじゃないんだ、顎が疲れるから」

「食え。噛め。鍛えろ」

「やだ!!」


 子供のようにやだやだと喚くアステルをダイニングの椅子に座らせる。そして逃げ出そうとする肩を上から軽く押さえつけた。上から顔を覗き込めば、見事な膨れっ面のアステルは渋々とスプーンを手に取った。


「アステル、食え。食い終わるまで逃げられると思うなよ」


 机の上に二つ並んだスープは随分前に冷め切っていたがそれを気にする人間はいない。アステルがのろのろと食事をとり始めたのを見て、ロアもまた隣の椅子に座る。正面じゃないのはアステルの逃亡防止のためだった。


 簡素に済ませた食前の祈りの後、口に入れたトマトベースのスープの味は可もなく不可もなく、と言ったところだろうか。くたくたになるまで煮込んだ野菜と細切れにした鹿肉はどうにも食感が薄くてあまり食べた気はしない。柔らかな白パンも結局三口で食べきってしまった。


 早々に食事を終えたロアが隣を見れば、アステルのスープは半分も減っていない。スプーンでゆったりと具材をすくいながら、面倒くさそうな顔で咀嚼していたアステルと目が合う。


「ロア、もう終わっていい?顎疲れた……」

「食え」

「ローアー」

「ダメなもんはだめだ、食え」


 甘ったれた声に負けるわけにはいかない。人差し指でスープを指させばアステルは渋い顔で咀嚼を開始した。食事が嫌いという割にスプーンを動かす手つきや、パンをちぎる所作は洗練されていて美しい。どういう育て方をしたらこのわけの分からない天才が生まれるのか、ロアは不思議に思いながらアステルを眺めていた。結局、スープとパンを半分ほど食べたところでアステルはもう無理、と皿をロアの方へと押し出した。


「…………ま、こんだけ食えば上出来か。……そんでてめえは待て」


 ロアは右手でアステルの残り物を片付けながら左手で意気揚々と実験室へと戻ろうとしたアステルの首根っこを引っ掴む。


「グぇ!!……何するんだよお!」

「風呂。最後に入ったのは?」

「えっと……、前の…前に君が来たとき、かな?」

「5日前だな。実験は風呂の後にしろ。臭うぞ」

「ええー!!!5日前に入ったからいいじゃないか!!まだ大丈夫だって!」

「よくねえよ!! 毎日入れよバカ!!」


 食事を手早く片付けたロアは、ぎゃんぎゃんと喚くアステルの服をぽいぽいとひん剥き、居住スペースに設置してある風呂場へと放り込む。ロアはシャツとスラックスの裾をまくると、壁に取り付けられた大きな給湯器のレバーを引いた。ゴウン、と音を立てて水のくみ上げと加熱が始まる。アステルは観念したのか大人しく風呂場の椅子に膝を抱えて座っていた。


 そうこうしているうちにぬるま湯が完成した。それを桶に貯めてはアステルにじゃぶじゃぶとかけ、石鹸を長い髪にこすりつける。視線を正面に固定したロアは無心でその作業を行っていた。


「こんなことをしなくたって洗浄液でいいじゃないか」


 ロアから渡されたタオルでモタモタと体をこすっていたアステルが不満げな声を上げる。


「よかねえよ」

「なぜだい?何もかもつるっとまるっと落とせる完璧な洗浄液なのに。こんな手間をかけなくたってさあ」

「汚れを皮膚ごと溶かす洗浄液を完璧とは言わねえんだよ馬鹿」


 減らず口を黙らせるように、ロアは桶のぬるま湯をアステルの頭に勢いよくかける。何日も洗ってない髪は碌に泡すら立たなかった。もう一度石鹸をアステルの頭にこすりつけると、ようやく泡立ちの兆しが見えてきた。


「ポーションで修復するから溶けてもいいじゃないか」

「良くねえ!!」


 度し難いとでも言いたげにアステルはため息を吐く。それをしたいのはこっちだ!と叫びたい気持ちをぐっとこらえ、ロアはため息で返した。

 アステルに風呂の良さを教えるには、あと百年ほどかかりそうだと思った。

いいね、ブクマ、感想よろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。