21:お友達大作戦
塔でロアが寝泊まりを初めて一週間後。塔に来た訪問者は三人。誰もかれもが口をそろえてアステルに解毒剤を出せだの子供を返せだの言って突撃をしてきたのでそのたびにロアが対処していた。どうしても話が通じないものは簀巻きにしておかえりいただいた。騎士団にも錬金術院にも、アステルが被害者とは言え注目を集めるような真似はしたくない。
そんな慌ただしい日常が一息ついたころ。塔の居間には来客の姿があった。友達作戦決行中のリディアだ。
「あの……、部屋が」
きょろきょろと部屋を見回しているその姿に以前の様な強い緊張感は、無い、とは言えないが。少なくとも前回アステルを脅しに来たときの様な昏い目はしていなかった。
「ああ、掃除したんだよ。前とは違うだろ」
「……広い部屋、だったんですね」
「半分以上物置になってたからな。これで手足なくなる心配はねえ」
ロアが告げたように部屋からはアステルの発明品が撤去され、所謂ちゃんとした居間に変化していた。ロアはダイニングテーブルに座るリディアに茶をだすと、その正面に座る。
「で、あれからどうだ。自称錬金術院野郎とは会えたか?」
「あ、……、その……、なにもなくて」
「接触ナシ?」
「はい」
リディアの言葉にロアは眉を顰めると、自分で淹れた茶を一口啜った。思ったよりも熱かった。
「それじゃ、プランBだな。アステルとお前であの男を釣り上げる。呼び出しがかかればアステルをお前が連れていけ。その場で黒幕共々締め上げる。元々こっちが本命だったしな、……マ、ゆっくりしていけよ。お友達のフリはしといた方がいい。時間はあるんだろ?」
「はっ、はい!あの……その、刺繍をしていても、いいですか?……納品まであまり日がなくて」
「構わねぇよ。帰るときは呼べ、下まで送る」
「えっ、いえ」
「気にすんな。スライムで死にたかねぇだろ」
「……はい」
チクチクと長いリボンに刺繍を始めたリディアを横目に、ロアは立ち上がった。部屋を片付けたことで出てきた新しい仕事を片付けるために。具体的に言うと各地から発掘されたアステルの服やシーツ洗濯だった。あいつに頼んで洗濯用の道具を作ってもらうのも良いかもしれない、とロアは大きな桶に水を貯めながら考えていた。
それから頻繁にリディアは塔に尋ねて来る様になっていた。大概はロアが対応したり、一人で時間をつぶしたりしていたが、時折居間に降りてくるアステルと話すこともあった。そして毎回数時間ほど塔で適当に過ごして帰るという事を繰り返していたのだが。その日、アステルはリディアと共にリュザナに来ていた。
「久しぶりに街に来たかも」
「そうなんですか?」
「ウン。最近ロアがご飯作ってくれてたし」
「そうですか。………あ、ここが私の家です」
リディアの案内にぼんやりとついていったアステルの目線の先には小さな石造りの家。
この家で実験したらきっと直ぐに吹き飛ばしちゃうだろうな、とアステルが思ったときリディアがギョッとした表情で振り向いた。
「ふ、吹き飛ばさないで下さい」
「実験器具は持ってきてないから無理だよ。……無理ではないか」
どうやら口に出ていたらしい。不安げなリディアの後に続いて木製の扉をくぐる。薄暗い室内だ、とアステルが思ったその時、ワゥン!!という大きな犬の鳴き声が聞こえた。部屋の奥から中型の犬がリディアに甘えるように飛びついてくる。
「ただいま、ロペ!!」
べろべろとリディアの顔を嘗め回す犬に、うげ、と顔を顰めたアステルだったが、そのフワフワの毛並みには興味がわいた。手触りが気になってそーっと手を伸ばした時、犬を抱いたリディアがクルリと振り向いたので、アステルは反射的に手を引っ込めた。
「アステルさんも撫でますか?」
「えっ、うん」
アステルは床に下ろされた犬を撫でようとしゃがめば、人懐っこい性格だったのだろう、目を輝かせた犬にとびかかられて尻もちをついてしまった。
「うわっ うぺ、ぶ、ぅべ」
「あっ、こらロペ!!」
べろべろと顔を嘗め回されて目の前が見えなくなる。何とか手触りを確認しようと胴体に手を回せば犬の温かい体温が伝わってきた。そのぬくもりに、顔を嘗め回されていることも無視してぎゅう、と腕を回して抱きしめれば、犬は大人しくなった。
「あったかい……」
「すみません、アステルさん。大丈夫でしたか?」
「犬って……ふわふわなんだね」
犬を抱きしめたままアステルは動かない。
「犬、好きなんですか?」
「はじめて触った」
「そうなんですか」
そのうち動かないことにじれたロペが前足で床を引っ掻き始めたので、リディアはアステルの肩を軽く叩く。
「あの、そろそろ放してあげてもらっても……」
「……うん」
名残惜し気に両腕の力を抜いたアステルの顔はどこか不満気だ。拘束から解かれたロペは楽しそうに部屋を駆けまわっている。
「僕もほしいな、犬」
「ろ、ロペはだめですよ!!」
アステルの言葉に、リディアは咄嗟に叫んでしまった。何というか、アステルなら持っていきそうだと本能的に思ってしまったのだ。
「いらないよ。僕は犬の世話なんてしないからね」
「………そうですか」
そう思います。とは言えなかった。言葉を飲み込むという事を知っている点に置いて、リディアはアステルの何倍も大人だった。
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