17:作戦会議
食事が終わり、皿が片付けられたダイニングテーブルの上にはリュザナの地図。
作戦会議の時間だ。
「とりあえず、犯人は必ずとっちめるとして……気になるのは他の被害者の可能性だ。リディアの家に身代金の要求もねぇ、やったことはアステルへの殺人教唆。似たような被害者を他に作っている可能性もあるぞ」
「え、なんで」
「傭兵ギルドでな。ガキが立て続けに失踪してるって噂を聞いた。詳細までは聞いてねぇが、関係がある可能性もあるだろ。それに、本気でアステル始末してぇならリディア一人に賭けるわけェだろ」
もしも俺なら、殺したい奴がいる時は素人じゃなくてプロを選ぶがな。
という一言は黙っておくことにした。
相手が雇った、もとい利用したのはナイフの持ち方を知らない小娘だ。
碌な傭兵を雇う金が無いとみてもいいだろう。
あるいは雇ったところでロアの部下のように知らず知らずのうちにアステルの発明品に駆逐されてヤケになったか。
この塔は知識と実力が無ければ踏破できない。
何より塔の主であるアステルすら発明品に殺されかけているのだから。
「実験目的なら他にも子どもを攫った可能性は高いと思うよ。一人じゃ意味ないもの。比較対象が居なきゃね」
「……なあ、お前本当にやってないよな……?」
「やってないよ。アレって意外とめんどくさいし、その辺の素人捕まえてやろうとすると結構大変なんだから」
「………。」
ケロリと言い放ったアステルを見て、ロアは色々と言いたい気持ちを飲み込んだ。
リディアの方を視線だけで伺えば、彼女の目も猜疑の籠った色をしている。
こいつを本当に信用していいのか、と頭に不安がよぎるものの、ロアはアステルの生活を一番近くで見ているのだ。
流石に人を連れ込めば形跡位残るはず……、と思いたいが此奴ならば人ひとり造作もなく消し溶かす薬を片手間に精製していそうな気もする。
「………、おい、本当に、やってないんだよな?」
「うっるさいなあ……、やってないって言ってるでしょ。あのね、実験てのはある程度条件をそろえてその薬に効果があるかどうかを確かめるの。まず致死性の有無を試験紙で試して、マウスで試して、って工程があるの。マウスだって飼育状況とかを厳しく管理してるんだからね。人に使うのは自分で確かめたそのあと。自分で問題がなかったら汎用性があるかどうかを確かめるの。そもそもねぇ、人を使うなら使うでちゃんとした仕入れルートがあるんだよ。僕ほどの錬金術師になるとそういうのも使えちゃうの。わざわざ一般人から募集をかける意味がないんだから。っていうかそこまで僕を疑うなら好きに調べなよ!! もう僕は知らないもん二人でつるつるくんにつんつるてんにされちゃえばいいんだ!!」
「あーー、わかった、わかったって。悪かったよ。……ていうかまだあの追剥スライム生きてんのかよ!! 吐け、どこに隠してやがる」
「僕は寝る。君たちで勝手にしたまえ」
「まて、悪かったから寝る前にあの追剥スライムの居場所だけ教えろ。駆除するから」
「ロアに教える事なんてないもんね!!」
不貞腐れてソファに逃げたアステルの頬は不満げに膨らんでいる。
ロアの猜疑の目にへそを曲げたようだ。
だが、この一切焦りのない態度から見るに誘拐に一枚噛んでいる可能性は限りなく薄いだろう、と彼は静かに分析していた。
リュザナの地図の上に指を滑らせたロアはリディアの方をちらりと見ながら問いかける。
「他、ガキを探してるやつらと会ったことは?」
「えっ、あっ、……な、無いけど、その、子どもが居なくなったって噂は聞いたことがあって」
「どこで聞いた?」
「その、か、母さんが……町の人から聞いて……そのあとすぐに兄さんが、いなくなって」
「住んでる場所は?」
「西区です、その、いなくなった子もみんな西区で」
「人数はどれくらい、とかは聞いたか?」
「いえ、そんなには……」
力なく首を振るリディアの顔をみて、ロアはふと傭兵ギルドでフーゴから聞いた話を思い出した。
「さっきも言ったが、最近傭兵ギルドでガキを探しに来た奴らの話を聞いてる。偶然にしちゃ出来すぎだ。何人かはほぼ確実に被害者の関係者が混じっていると見てまちがいないふぁろうぜ」
「あ……、わ、私……行きました、傭兵ギルドにも。兄さんをみてませんか、って……」
「なるほど。お前の話だったか……で、それが何人か来てるって話だったから……、無関係じゃないだろる。……とはいえ、だ。売り捌くんじゃなくて実験台に使いたいなら飯やら衛生やら気にしにゃあならねぇ、よな?……となると最低限の確保だけして、後はアステルを始末できれば万々歳、ってところでお前を焚きつけたってところか……?」
「……っ」
ロアの言葉に、リディアは不安げに唇を噛む。
葉巻の男に言われたのは兄が実験台になっている可能性。
だが、言われてみればそうだ。ロアの言うように売り払われて今頃どこかでひどい目に遭っている可能性だってある。
自分たちが巻き込まれた事件の深さとままならさに、彼女の目からはボロボロと涙があふれ落ちた。
「アステル、お前なら実験に何人ほど人間が必用だ?」
「前提条件が明示されてない。よって回答に値しない」
「………この野郎……」
へそを曲げたアステルはこうなってはテコでも動かないだろう。
何より前提条件が無いというのも一種の正論だ。ロアにとって錬金術は門外漢だが、前提条件が分からないものに対して答えを出せ、という事が酷な話というのも分かる。
敵の兵力も地形もわからぬまま作戦は組めない、要するに今はそういう状態だ。
「……てことはあれだな、アステルを襲いに来るかもしれない奴らを撃退しつつ、相手が焦れて巣穴から出てくるのを待つしかねぇな」
「ま、待ってください、にいさん、そうしたら兄さんは、」
ロアの冷静で、冷酷な言葉にリディアが追いすがる。
だが、現状彼らにできることはこれが精々だ。
「だから、作戦を立てる」
「へ?」
そういったロアは、いまだ不安げなリディアに向けて人差し指を立てた。
「お前と、アステルのお友達作戦だ」
「お、お友達……?」
「相手には殺害か、脅しか何を命じられてたは知らんがまあそれは俺が居たから出来なかったと伝えろ」
「で、でも、そうしたら兄さんは」
「その代わり」
リディアの怯える声を遮るように、ロアは強い口調で告げた。
「は、はい」
「アステルの懐に潜り込めそうだと言え。なんなら定期的にこっちに通ってこい」
「え……?」
「そうすれば必ず相手はお前を利用しようとするはずだ」
「そうしたら、アステルさんは」
「売るふりをしろ。捕まえに来たところを俺がとっちめる、いいな?」
ロアの確信と自信に満ちた目に、リディアは静かに頷いた。
そして、2人の元で堅い握手が交わされたのだった。
「ねえ、僕のこと勝手に売った今?」
「売らねぇための作戦だバカ」
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