14:ピカピカくん
軽い脅しの言葉にも屈さず、ヤケクソのように言い切った少女にため息を吐いたロアは背を向けた。
「後ろをついてこい。壁やモノには触るな。それから俺が何か指示したら従え。怪我したくなかったらな」
少女に向けてそういい放ったロアは、いつも通り上階へとつながる大きな扉の前に立った。金属製の重厚な扉はロアが生まれてこの方この塔でしか見たことのない構造をしている。入るには「鍵」が必要だが、出ていくときは扉を閉じれば勝手に鍵が締まる魔法みたいな機能もついているときた。
アステルに言わせれば技術によるもの、らしいが。その「鍵」とやらもロアにとっては実に不思議な仕組みであった。扉の中央に嵌め込まれた青い水晶板に手を強く押し当てる。ロアの手に沿って淡く光るそれはクルクルと光りながら手の主が誰であるかを判断しているのだ。
「トーロクバンゴー3。ロア サマ。オハイリヤガレクダサイ」
ぶるぶると振動する水晶板がロアへと語りかける。音も立てず勝手に開いていく扉の奥には石造りの階段が続いており、上階からは暗く、冷たい空気が静かに落ちてくる。
「なにこれ……」
「さあな、あいつの考える事はよくわからん」
扉を見た少女が呆然とつぶやく。初めてこれを見たときはロアも同じ反応をしたな、と懐かしくなった。上階へと続く階段は外壁に沿って緩くカーブを描いている。等間隔で壁にかけられたランタンの中では青い光が揺らめいており、廊下を不気味に照らす様はおとぎ話に出てくる死者の国のようであった。
ロアやアステルの使い魔がせっせと掃除しているおかげで黴臭さや湿気とは無縁の場所になっているのが唯一の救いかもしれない。カツン、カツン、と靴音を鳴らしてゆっくりと階段を上っていく。いつもと違うのは後ろにもう一つ足音が続いてくることであろうか。ロアは少女の方をちらと振り返る。
「そういえば、お前。名前は?」
「えっ」
「聞いてなかったと思ってな」
「……リ……リディ……」
うつむいて呟く少女――改めリディの顔に先ほどまでの威勢は完全に削がれてしまったようだった。無理もない。アステルの塔に入るという事は未知に脳みそをタコ殴りされるようなものだ。何を考えてアステルに会いに来たか知らないが、今頃彼女の小さな頭の中は不安で満ちているに違いない。
「そうか。俺はロアだ」
「………」
無言を返す彼女を意に介さず、ロアは黙々と階段を上り続ける。2階は物置で、アステルがいるとしたら居間になっている3階か、研究室のある4階だ。ひとまずは3階だろう、と顔を上げたロアの視界の隅、壁でうごめく影がロアの目に入る。青白いランタンの光に照らされるそれは、ゲル状の何か。それは壁の隙間からずるン、と身をよじらせるようにして這い出てきた。ロアは手を伸ばしてリディを制止する。そして正面を見据えたまま、一つの指示を出した。
「おい。口と鼻と耳を手で隠せ」
「っ…えっ?」
「急げ。口は閉じろ、耳と鼻の穴を隠せ。耳は最悪なんとでもなる。早く鼻の穴を隠せ」
そうこうしている間にゲル状の何かもとい、アステルの発明品はじりじりと距離を詰めてくる。カラーリングが趣味の悪いショッキングムラサキ。「ピカピカくん」で確定だ。全部始末したと思っていたのに、まだ生き残りがいたらしい。
「一応説明してやる。あれはアステルがいじくりまわして作った掃除用スライムなんだが」
と、ロアがスライムに視線を固定したまま口を開く。その瞬間「ピカピカくん」はスライムとは思えないぐらい俊敏な動きで、ロアの口めがけて一直線に飛び上がった。
それよりもさらに速くロアは拳を突き出す。空気が裂けるような鋭い音が鳴った。打撃の効かぬスライムにぶよ、と手が沈み込む。ロアはそれを意に介さず、スライムの中心にある小さな核を鷲掴み、そのまま握りつぶした。ぶちゅり、と核が砕けた瞬間、スライムはどろりとした液体になってぼたぼたと落ち、足元で紫の色の水たまりになっていた。紫の気色悪い水たまり、あるいはスライムだまりからは、ふわ、とラベンダーのような甘い香りが場違いに漂っている。
「もういいぞ」
指から紫の液体を滴らせながらロアが背後を振り返ると、鼻と耳を抑えるために珍妙な体制になったリディが真っ青な顔で突っ立ている。
「なっ、……なに、なん、なんなのあれ」
「掃除用スライムだ」
「そ……そうッ、掃除用スライムに何で襲われるの!?そもそもスライムって森に居るやつでしょ!?」
ごもっともな指摘だ。
「知らん。スライムの可能性は無限大、が奴の言い分だ。本物じゃねぇ、スライムの特徴を真似した発明品だとよ。いじくりまわして掃除のために狭いとこを好む設計にしたらしいんだが」
「……つまり、」
「ああ、顔の穴も奴の掃除対象だ」
隙間や穴にもぐりこみ、埃や塵をぷよぷよの体表で吸着して内部にため込み、満タンになったら動かなくなるのでそのまま処分。放置するだけで清掃が完了する優れものだとかなんとか。アステルはごちゃ言っていたが、要するに穴という穴に入り込もうとする窒息マシンだ。
耳は耳垢を食われるだけだが、鼻や口だと「清掃中」に普通に窒息する。以前アステルがそれで死にかけていたことを思い出してロアは大きなため息をついた。両手を軽く打ち鳴らすとカチャカチャと音を立てて清掃担当の使い魔がびよん、と壁の暗がりから降りてくる。
使い魔は金属製の六本足に、素材を接ぎ合わせたような四角い胴体は蜘蛛を思わせる見た目だ。顔は無いが、動きは感情豊かなそれは慣れた様子でロアたちの目の目に着地した。
「ぎゃぁ!!」
使い魔におどいて叫び声をあげたリディに驚いた使い魔がビヨンと跳ね、ロアに張り付く。がたがたと怯えるリディと使い魔にしがみつかれたロアはうんざりとした顔を隠しもせずべりべりと片手で一人と一匹を引きはがした。
「これ、なんとかしとけ」
スライムの残骸を指さしたロアの言葉にカチャカチャと足を動かした掃除用使い魔はせっせと掃除を始める。怯え切った様子のリディの手がロアの服の裾を掴んだままであったが、彼は結局もう一度引きはがすことはせず、そのままにして上階へと歩みを進めた。リディが張り付いているため、先ほどよりもやや遅いペースで階段を上っていく。その間もどこかでカチャカチャと階段に響いている音は、きっとアステルの使い魔か脱走した発明品だろう。
やっとのことで三階フロアへとたどり着いた二人は居間へとつながる扉を開けた。こちらは出入り口のような金属扉ではなく、ごく普通の木製の扉だが、濃い群青のペンキで青く塗られている。
「アステル、居るか」
「………んぅ……」
部屋のどこからか、欠伸交じりの小さな声が返ってきた。ごちゃごちゃごちゃと本や発明品が積みあがった居間はインクや薬草、埃のにおいが漂っている。無秩序に見えて整えられているようで、その実無計画な部屋は家主の頭を再現したかのようだ。ここ数日の間、稼働した気配のない竈に、分かっちゃいたがと肩を落としたロアはぐるりと部屋を見回した。出入り口に背を向けているソファの横から白い足がにょきん、と突き出ている。ロアの呼び声に、パタパタともがいた足が引っ込むかわり、ソファの背もたれからアステルの頭がひょこりと飛び出した。
「やあ。…………何だい、後ろの其れは」




