厄介な男【第二部完結】
「ジゼル!? 誰だその男は!!?」
聞き慣れた声が、階段の上から響いた。
「ルシアンお兄様!?」
「おい! そこの男!! 今すぐジゼルを離せ!!」
「あらら、君の過保護なお兄様の登場だ」
エイデンが呆れたように眉を上げる。次の瞬間、ルシアンお兄様の背後で魔法士が短く詠唱し、炎の塊がこちらに向かって一直線に飛んできた。エイデンが体をわずかに傾け、それを紙一重でかわす。
「やめろ!! 弟に当たるだろう!!」
「ひっ、すみません!」
ルシアンが噛み付くように怒鳴り、魔法士が怯えたように後ずさる。俺はエイデンに抱えられたまま、肩越しに必死に叫んだ。
「おっ、お兄様! これには理由がありまして!! 詳細は帰ったらきちんと説明します!!」
「何を言ってるんだ!? 早くその男から離れろ! ジゼル!!」
額に青筋を浮かべ、今にも飛びかかりそうな勢いでこちらを睨みつけるルシアンお兄様。あんなに怒った顔を見るのは初めてだ。無理もない。引きこもりの弟が職場に不法侵入して、大騒ぎになっているのだから。どう弁解すべきか思考をめぐらせる俺に、ヘレナが小声で聞いてきた。
「……ジゼル、彼はあなたのお兄様なの?」
「そうだけど、今はなにを言ってもダメそうだ。逃げよう、エイデン」
「それがいいね」
エイデンが踵を返すとその先にあった出口からなだれ込むように兵士たちが現れた。重い足音とともに広間を埋め、あっという間に周囲を取り囲まれてしまう。
「捕まえろ! 弟には傷一つ付けるな!」
ルシアンお兄様の鋭い命令が飛び、兵士たちが一斉に武器を構えた。そのまま、じりじりと距離を詰めてくる。
「ははっ、袋の鼠だね」
「笑ってる場合じゃないわ。ジゼルはともかく、私達は捕まったら牢獄行きよ」
「それは困るなぁ、退屈しそうだ。ジゼル、本の差し入れを頼めるかい?」
「冗談言ってる場合じゃないだろ……」
この状況で軽口を叩くエイデンに、思わず顔が引きつる。正面の兵士が、俺たちを捕まえようと腕を伸ばしてくる。まずい、このままじゃ……!
思わず目を閉じた、その瞬間。
「全員、武器を下せ」
低く、静かな声が広間に落ち、空気が一変した。兵士たちの動きがぴたりと止まり、次の瞬間、示し合わせたように一斉に武器が下ろされる。
広間を満たしていた緊張が、すっと引いていくのを感じ、思わず顔を上げると、目の前にひとりの男が立っていた。
ヘレナと同じ、光を受けて淡く輝く銀色の髪。澄んだ緑の瞳。美しく整った顔立ちは、夢の中で見たものと寸分違わない。
「カイル・ペンドラゴン……!?」
俺が名を呼ぶと、男はゆっくりとこちらへ歩み寄り、とろけるような甘い笑みを浮かべた。
「ジゼル……!」
「……っ」
その視線が、あまりにも真っ直ぐに俺を射抜き、思わずたじろぐ。
「ようやく会えた。俺の守護天使」
「しゅご、なに……!?」
場違いな言葉に、耳を疑う。カイルはそんな俺の反応など気にも留めず、うっとりとした目でこちらを見つめたまま、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「ようやく会えたね、ジゼル」
低く、甘く囁く声。逃げ場を塞ぐように手を伸ばされ、背筋がぞくりと粟立つ。
「ルシアンから君の年齢を聞いて驚いたよ。まだ十五歳なんだな。困ったよ」
「な、なにが……」
わずかに眉を下げ、心底残念そうに息をつくカイルに、意味がまったくわからず聞き返す。するとカイルは小さく笑い、やわらかな声で続けた。
「俺たちの結婚式さ。明日にでもあげたいと思っていたんだが……」
「は、はぁ!?」
結婚? 俺たち?
――この男は何を言ってるんだ……!?
混乱する俺を見つめ、カイルはゆっくりと微笑む。その瞳は逃がすつもりなど最初からないと言わんばかりに、まっすぐに俺を捕らえていた。
「愛しているよ、運命の人。どうか俺の愛を受け入れてくれ」
言葉は甘く、けれど有無を言わせぬ響きを帯びている。
いや、この男、絶対にやばい……!!
初対面の男からの熱烈な愛の告白にドン引きする俺だったが、今思えばこんなのはカイルの異常性のほんの一端でしかなかった。
俺はまだ知らなかったのだ。
この男がどれほど執念深く、狡猾で、常識が通じず――そしてどれほど俺の人生をかき乱してくる存在なのかを。
だってありえないだろう。初対面でいきなり「愛してる」だの「結婚式」だの。初っ端から飛ばし過ぎだ。
それでもこれが、俺とカイル・ペンドラゴン……もとい、この国の第一皇子カイラス・アルヴェインとの初めての出会いだった。
そして俺とカイルが結婚するまでの長きにわたる騒動と、帝国の医療を塗り替える改革の始まりの日でもある。
そう、これは――
ひとりの医学研究者が異世界で治癒魔法を研究していたら、最悪で最高な男に執着され、人生ごと捕まっていく物語である。
第二部、最後までお読みいただきありがとうございます!
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引き続きお楽しみいただければ幸いです。




