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悲劇の皇女

むかしむかし、あるところに美しい皇子がいた。


誰もが見惚れる美貌に、才覚溢れる頭脳、剣をふるえば無双。完璧な皇子だと誰もが称えた。


しかし彼の心は凍てついた氷のように冷たかった。人を見下し無慈悲に切り捨てる。逆らう者には容赦がなく、見せしめに処罰することすらあった。


『悪魔の心を持つ氷の皇子』


誰もが彼を畏怖し近づこうとしない。彼もまたそれを望んでいた。帝王とは畏れられ、君臨する存在である――それが彼の持論であった。


そんな彼の前に、ある日、ひとりの女性が現れた。


彼女は聡明で、身分こそ低かったが、誰よりも美しく気高い心の持ち主であった。


彼女は皇子に勉強を教えるために召された、しがない家庭教師だった。華奢で儚げなその姿に、周囲は誰もが長くは持たないと考えた。


しかし不思議なことに、彼女は皇子を恐れなかった。皇子の横暴な振る舞いに屈せず、諦めず、ときには笑い飛ばした。彼女の在り方はやがて皇子の心を溶かし、いつしか互いを親友として認め合うようになった。


そして時が経つにつれ、友情は次第にかたちを変えていき、とうとう皇子は己の心に宿った愛情と独占欲に気がついた。


『愛している。運命の人。俺の愛を受け入れてくれ』


皇子は彼女の前に跪き、熱烈に愛を乞うた。だが彼女は首をふった。皇族である皇子と平民である彼女では身分が釣り合わない。しかし皇子は諦めず想いを伝え続けた。彼女はやむなくその想いを受け入れ、二人は恋人となった。


それが悲劇の始まりであった。


皇子が隣国の王女にみそめられ、求婚を受けたのだ。国家の利害を盾にされ、皇子は拒むことができなかった。


皇子は彼女を抱きしめて懇願した。


『君を手放すことはできない。どんな形でもいい、どうかそばにいてくれ』


しかし彼女は姿を消した。なぜなら彼女の腹にはすでに新しい命が宿っていたからだ。彼女は賢かった。この子は皇族の血を引いている。いずれ権力争いに巻き込まれることになる。


彼女は身を隠し、美しい皇女を産んだ。父親譲りの銀色の髪に母親と同じ瑠璃色の瞳。彼女は絶望した。愛する我が子が、あまりにも父親に似ていたからだ。


そこにある男が現れ、彼女に助けてやると持ちかけた。皇女を俺に預けろ。そうすれば安全を保障すると。子供の命を守るため、彼女はうなずいた。男はこの国で王の次に権力を持つ貴族であった。


男に匿われ、彼女は遠い国へ去った。そして生まれたばかりの皇女は、とある貴族の家へ養子に出されることになる。


織物業で成功し、爵位を得た成り上がりの男爵家。温厚な母親と子煩悩な父親、やんちゃだが心優しい兄弟がいるごく普通の家庭だった。


心優しい両親は皇女を歓迎し、実子と分け隔てなく育てた。生まれてすぐに両親を失った悲劇の皇女は、新しい家族と平穏で幸せな日常を送るはずだった。


しかし、ほどなくして父親が大規模な投資詐欺にあい、男爵家は没落してしまう。家族は路頭に迷い、それまでの豪奢な生活を捨て、平民として細々と暮らすことを余儀なくされる。


こうして皇女は、気高き皇族の血統にも関わらず、ただの平民として生きることになった……




「……というのが、二十七年前、現皇帝が即位する前の皇室の雇用関連の記録と当時の不自然な織物産業の衰退と隣国の関税免除による輸入品の増加、商会の詐欺被害報告書を読んだ僕の見立てなんだけど。合ってるかな?」


エイデンの満足げな笑みに、ヘレナは困ったように目を伏せた。やけに具体的で生々しいエイデンの“仮説”と気まずい沈黙に挟まれ、さすがの俺もどんな顔をすればいいのかわからない。


これは一体どういう展開なんだ……?


やがてヘレナは小さくため息をつくと、静かに口を開いた。


「……ひとつだけ訂正を。爵位は失ったけど、匿名の支援があって路頭には迷わなかったわ。家は売ることになったけど、郊外の屋敷で不自由ない生活はできたの」


愛されて育ったのは真実なのだろう。ヘレナの表情には悲壮感はなく、昔を懐かしむような穏やかな笑みが浮かんでいた。エイデンは遠慮なく問いを重ねた。


「それじゃ、それほど不幸ではなかったってわけかい? 諸悪の根源であるカーネリア家当主アレクシス・カーネリアに恨みはないと? 僕の予想じゃ、君の実父と隣国の王女を引き合わせたのはアレクシス・カーネリアだ。ついでに言えば、投資詐欺を仕組み、爵位を失うように仕向けたのもカーネリア家の差金だよ」


…………えっ?


エイデンのとんでもない暴露に、ヘレナは表情を変えなかったが、横にいる俺は全身から汗が噴き出し、血の気が引く心地がした。


嘘だろ!? い、いたたまれない!!!

いますぐここから消えたい!

帰りたい!!


穴があったら入りたいとはまさしくこのことだ。エイデンの推理が事実であれば、スカラベ博士が実の両親を失い、義理の家族が全財産を失ったのも全部、諸悪の根源は俺のお父様ってことだ。


いまここで俺がカーネリア家の息子であることがばれたら、彼女や彼女の兄に刺されても文句は言えない。エイデンが名乗らないように止めた理由も納得だ。


しかし、長い沈黙から顔を上げたヘレナは、あっさりと言い切った。


「誰が黒幕だとか、今更興味はないわ。私は家族に恵まれ、細々とだけどやりたい研究ができてる。実績も積み重ねてきた。過去に未練はないし、ましてや皇族に戻りたいなんて蟻の足先ほども考えていないの」

「……つまり、カーネリアに報復する気はないんだね?」

「ないわね。そもそも、ただの平民の私がカーネリア家の貴族に会うことが出来ると思う?」


ぎくり。今まさに目の前にいる俺がカーネリアだ。誤魔化すべきか、真実を告げるべきか。言葉が喉で絡まり、息を呑むことしかできない。そんな俺を横目に、エイデンはすべてを見透かしたように、悪戯っぽく微笑んだ。


「出来るさ。彼こそがカーネリア家の次男、ジゼル・カーネリアだからね」

「え、エイデン!?」

「ははっ、大丈夫だよジゼル。報復する気はないってさ」

「そ、そういうことじゃなくて、勝手にバラすなって言ってるんだ!」


突然の暴露に頭が真っ白になるが、エイデンは楽しげに笑うだけだった。これにはヘレナも意表を突かれたようで、真顔でまじまじとこちらを見つめてくる。


「……驚いたわね。悪辣で有名なカーネリア家の子息に、アイゼン博士のような利他的な人間が生まれるなんて。黒炭蝗(こくたんバッタ)から桃色の個体が生まれるようなものよ。突然変異種ね」


なんという言われようだ。それでも、どうやら敵意を向けられているわけではないようだ。


「……すまない、スカラベ博士。言い出すきっかけを失ってしまって……」

「ヘレナでいいわ。私、今晩は大切な友人と顔を合わせるのを楽しみにしていたの。色々、想定外なことがあったけど、あなたが人並み外れた存在であるのは最初から分かっていたわね」


ヘレナはやわらかく微笑み、そっと手を差し出した。


「改めてよろしくね、ジゼル。手紙でも話したけど、助けて欲しい人がいるの。手を貸してくれる?」

「もちろんだ」


すべてを失った皇女と、業を背負う家の息子。妙な巡り合わせの組み合わせだが、俺と彼女の友情に血筋や立場は関係ない。


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